IF後日談 Side:リリア(3)
本編エピローグ終了後の後日談です。本編の後ろにおまけとして載せていたIF後日談と同じものです。
X年後に告白をする攻略対象たち、というテーマのお話ですので、恋愛要素強めです。
マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、もし○○が告白するとしたら……ということで、それぞれ世界線も時期も(本編終了後どのくらい後なのかも)バラバラです。その点お含みおきください。
こちらはリリアの後日談3話目、引き続きリリア視点です。
普段のデートはわたしが行きたいところを言うことが多いのですが、その日はエリ様から提案がありました。
「聖地巡礼、しよう」
何それ、絶対楽しい。
わたしは一も二もなく了承しました。
「Royal LOVERS」のゲームに登場する場所を、一緒に巡ります。
学園から王都の中心街、郊外の廃屋。
続編の「Royal LOVERS2」の聖地も織り交ぜながら、王都を練り歩き、スチルの背景と同じ角度の場所を見つけては、ふたりで大騒ぎしました。
エリ様は顔が利くので、王城や学園の中にも簡単に入ることが出来ました。
わたしは王城の中に入ったことはほとんどなかったので、王太子ルートで見たことのある景色に大興奮です。
推しだったので感動もひとしおです。親の顔より見た背景。
恋愛エンドで出てくる庭園が、王城の中庭か裏の温室かで言い合いになったりもしました。
やれあの花があるのは温室だとか、やれ温室より中庭の方がロマンチックだとか。
そんな他愛もない話が、途方もなく楽しかったのでした。
徒歩圏内の聖地を一通り回り終えた頃には、もうだいぶ日が傾いていました。
これまたゲームに出てきたカフェでお茶をして、そろそろ解散かなと思うと、今日一日が楽しかった分だけ寂しい気持ちが押し寄せてきます。
テーブルにしがみついて、つい我儘を言ってしまいました。
「う――……帰りたくない」
「どうしたの、急に」
「エリ様だって、もっと一緒にいたいって思いませんか?」
「別に、会おうと思えばいつでも会えるし」
「エリ様、ほんと分かってない」
冷たいことを言うエリ様に、わたしは唇を尖らせて不満を言いました。
「嘘でもいいから、今夜は帰さないって言ってくださいよ」
「それは無理矢理言わせて嬉しいの?」
苦笑いするエリ様。
もちろんエリ様がそんなことを言ってくれるはずもなく、お茶を飲み終わると家まで送ってくれて、その日はお開きになりました。
エリ様と付き合って、恋人同士になって。
前よりも頻繁に会えるし、話もするし、デートもする。それがとても幸せなのですが……時々、不安になります。
エリ様はわたしのこと、本当に好きなのかな、なんて。
どのくらい応えられるか分からない、って最初に言われて、それでもいいからと答えたのはわたしだけれど。
きっと何回聞かれても、同じ返事をすると思うけれど。
だけれど人間と言うのは欲張りなもので……ひとつ手に入ると、もっと先が欲しくなってしまうのでした。
◇ ◇ ◇
「そういえば。家をもらったんだよね」
「はい?」
「だから、家。もらった」
公爵家でお茶をいただいていると、エリ様がまるでなんでもないことのように切り出しました。
聞き返してみても、宝くじで300円当たったんだよね、くらいの、あっさりとしたテンションでした。
「この前たまたま騎士団の訓練で乗り合わせた船で、海賊に出くわして。ついでだからと片付けたら、国から褒章が出ることになってさ。何がほしいって聞かれたから、家って答えたら、くれた」
「な、なぜ、家を」
「いつかは公爵家を出なきゃなと思っていたんだ。いつまでも行かず後家の私がいたらお義姉様もやりづらいだろうし。騎士団の寮に入れてもらおうと思ってたんだけど、断られたから」
「それはそうでしょうけども」
当たり前だけれど、騎士団の寮には男性しか暮らしていない。女人禁制です。
いくら見た目がイケメていても、女性が入れるわけがありません。むしろ何故入れてもらえると思ったのでしょう。
「屋敷っていうほど大きくないけど、王都の中心街で通勤にも便利そうだから、もらっておこうかなって」
「一等地ですよね、それ……」
「うん。それで」
エリ様は、やっぱりいつもと変わらない……次のデートの場所を相談するくらいのトーンで言いました。
「一緒に住む?」
「え」
わたしは一瞬思考停止しました。
す、む? いっしょに?
エリ様と、……わたしが!?
耳から脳に情報が伝わり、やっと内容が理解できた瞬間、わたしは咄嗟に立ち上がりました。
背後で椅子が倒れる音が聞こえましたが、それどころではありません。
「い、いいんですか!?」
「うん。小さいっていっても普通に日本の住宅街にありそうな感じの一戸建てだから、一人じゃ持て余すだろうし」
どうどうとわたしに落ち着くよう示しながら、エリ様はミルクティーを啜っています。
どうしてエリ様はそんなに落ち着いているのでしょう。謎です。
何を呑気にミルクティーなんか飲んでるんですか? 一大事ですよ??
「男爵家のこともあるだろうし、無理にとは言わないけど」
「住む!!!! 住みます!!!! 住まわせてください!!!!」
わたしは後一歩で土下座という勢いでエリ様に縋り付きました。このチャンスを逃す手はありません。
同棲です。まさかの同棲チャンス到来です。もとから同性ですけど。
なんとしてでも男爵様のことを説得すると、私は心に決めました。
あと、新しい下着を買います。古いのは、全部、捨てます。
◇ ◇ ◇
男爵様は、大して反対せずにわたしを送り出してくれました。
教会での聖女のお勤めは変わらず果たすことを約束したのが良かったのだと思います。
2人の愛の巣は――この言い方をしたらエリ様にガチで引いた顔をされましたが、そのくらいではめげません――男爵家のお屋敷と比べるとかなりこぢんまりとした大きさだったけれど、庶民時代の家よりは大きい、2人で暮らすには十分すぎる2階建てのお家でした。
王都の中心街にあって、周りにお店も多いし、王城にも教会にも程近い。
何より赤い屋根と壁の飾りレンガが可愛くて、わたしは一目で気に入ってしまいました。
一緒に住むと言っても、エリ様は騎士団の仕事があるし、わたしは教会でのお勤めがあります。
お互い仕事がある日は夜はほとんど眠るだけで、一緒に食事をとれるのも朝食くらいという日が多いです。
それでも、わたしは嬉しかったのです。
朝起きたとき、エリ様が隣にいたりとか。
夜、一緒にベッドに入って「おやすみ」を言い合ったりとか。
休日には、連れ立って買い物に出かけたりとか。
わたしにとってはそれが、その日常が、とても幸せだったのです。
◇ ◇ ◇
ある日。ふたりともオフだったので、一緒に買い物に出かけました。
日用品や服を見て歩いていると、ふとあるお店のショーウィンドウに目が行きました。
足を止めたわたしの視線を追って、エリ様も同じお店に目を向けます。
「アクセサリー? 何か、欲しいものでもあった?」
「あ、い、いえ」
隣に立つエリ様を見上げます。
白のシャツに黒の細身のパンツという、非常にシンプルな出で立ちです。
素材のよさが生かされまくっています。今日も今日とてかっこいいです。眼福です。
結局白シャツ黒スキニーしか勝たん。
「エリ様って、あんまりアクセサリー、付けないですよね」
「騎士団の制服にアクセサリーも何もないだろう」
「そうですけどー……」
わたしが気になったのは、ショーウィンドウに飾ってあったうちの、ペアリングでした。
日本製乙女ゲームだけあって、この国でも結婚の際は指輪の交換をする文化があります。
街行く人も、それこそ王様だって、既婚者はみな左手の薬指に指輪を嵌めていました。
わたしと、エリ様は……この国の今の制度では、結婚できない。
それも分かった上で、エリ様と一緒にいることを選んだし……だからなんだ、結婚ってそんなに偉いのか、とか、普段は胸を張って言えると思います。
それでもやっぱり、ちょっとだけ羨ましくて。
ペアリング、どうかなぁなんて思ったけれど……この反応では、エリ様はつけてくれそうにありません。
「見ていくなら、そこのベンチで待ってるから。行っておいで」
エリ様が優しい眼差しを私に向けます。
その言葉に、やっぱり興味ないよね、という気持ちになりました。
わたしは顔を上げて、首を振ります。
「いえ、大丈夫です」
「そう? 買ってあげるよ? 公爵家へのツケで」
「う、うれしくないやつ……」
エリ様が冗談を言って、ふたりで笑います。
並んで歩きながら、わたしたちは買い物に戻りました。
◇ ◇ ◇
夜も更けて、そろそろ眠ろうと二人でベッドに入りました。
たいていエリ様が先に寝てしまうことが多いのですが……その日は、エリ様もまだ起きていました。
並んでベッドに座って、今日教会の仕事であったことなんかをぽつりぽつりと話します。
時間が合わなくて夕食は一緒に食べられなかったけれど、ゆっくり話が出来る幸せを、わたしはじんわりと感じていました。
こういう時間がずっと、続いたらいいなとか。
こんな日常をずっとずっと、重ねていきたいなとか。
そう思いました。
「はい、これ」
「?」
エリ様がふと思い出したように、サイドボードから何かを取り出して、私の手に乗せました。
ベロア地の布で覆われた、小さな箱です。
何となく、見覚えのある形です。ドラマとか、漫画とか……乙女ゲームの中で、ですけど。
開けてみると、箱の外見から想像したとおりの中身が入っていました。
銀色のリングが二つ並んで、箱の中に納まっていたのです。
しばらく呆然とそれを見つめて、エリ様に視線を移します。
エリ様はやっぱりなんてことないような、いつも通りの顔をしていました。
「エリ様、これ……」
「この前、見てたから。欲しいのかなと思って」
あっけらかんと言うエリ様。
まさか、気づかれていたなんて。
どうしましょう。
言葉がうまく出てきません。それどころか、息もできていないかもしれません。
しばらく口をぱくぱく開け閉めして、やっとのことで言いました。
「あ、あれやってください! 跪いて、パカッてやつ!」
「え、嫌だよ」
「いけず!」
冷たく断られました。
もう渡されてしまったので、確かに今更感はありますが……だってやって欲しかったんだもん。
「じゃあ、じゃあ、エリ様が嵌めてください! わたしもエリ様に嵌めますから!」
「はいはい、わかったわかった」
エリ様が苦笑いしながらも頷いてくれました。
頭からシーツを被って、お互いの指に指輪を嵌めます。もちろん場所は、左手の薬指です。
エリ様の手は、女性にしては大きくて、指が長くて、少し節の目立つ……わたしの大好きな手です。
少し苦労して指輪を嵌めて視線を上げると、エリ様と目が合いました。
照れたように笑うエリ様につられて、わたしも笑う。
「病めるときも健やかなる時も、ですね」
「出来れば常に健やかでいたいけどね」
「じゃあ、エリ様が付き合い始めた記念日を忘れたときも、キャバクラの名刺をポケットに入れて帰ってきたときも、で」
「悪意しかないじゃないか」
散々謝っただろ、と唇を尖らせるエリ様。
そのばつの悪そうな表情がおかしくて、また笑ってしまいました。
わたしが笑うのをやれやれとため息混じりに眺めていたエリ様が、被っていたシーツをばさりと剥がします。
「はい、おしまい」
「えっ」
そして指輪を自分の指からあっさり外すと、リングケースに戻しました。
「は、外しちゃうんですか!?」
「剣を握るのに邪魔だからね」
「えーっ!?」
それは、そうかもしれませんけど! でも、そういう問題じゃない気がするんですけど!
驚愕するわたしを尻目に、エリ様はさっさと箱をサイドボードにしまってしまいます。
「君はつけておいたら? 虫除けになるかもしれないし」
「エリ様も付けましょうよ~!」
「いい。しまっとく。それじゃ、おやすみ」
エリ様はわたしの額に口付けをくれると、布団に潜り込んでしまいました。
唖然としてその様子を見守っているうちに、規則的な寝息が聞こえてきます。
エリ様、基本的におやすみ3秒の人なのです。
分かっているように見えて、ほんと分かってないんだから!
横になったエリ様の後頭部を眺めて、わたしは頬を膨らませる。
せっかくのペアリングなのに、と思いながら、左手の薬指に嵌めた指輪に視線を落としました。
きらりと輝く銀色の、華奢なリング。サイズはぴったりでした。
それを見ていると、怒っていた気持ちがだんだんと消えていきます。
代わりに、嬉しい気持ちと愛しい気持ちが溢れて、胸がきゅううっとときめきでいっぱいになりました。
「エリ様、大好き!」
わたしもベッドに潜り込むと、後ろからエリ様の背中に抱きつきました。
ちなみにエリ様は普通に寝ていたので、呆れ果てた声で「君の情緒のジェットコースターに私を巻き込むな」とすげなくあしらわれてしまいました。冷たい。でも好き。
◇ ◇ ◇
「あの。エリ様」
「ん?」
朝食をとりながら、エリ様に話しかけます。
彼女はカフェオレを飲みながら、こちらにちらりと視線を送りました。
「もしかして、なんですけど」
手元のお皿に目を落とします。一見上手にできた目玉焼きが、こちらを見ていました。
朝食はたいてい、わたしが作っています。
ふたりとも料理は得意ではないのですが、エリ様のほうが朝早く出かけるので、気づくとなんとなくそういう役割分担になっていました。
エリ様は「使用人を雇うくらいの稼ぎはあるよ」と言ってくれたのですが……しばらくはふたりっきりで暮らしてみたいというわたしの我儘を聞いてくれて、今に至ります。
「わたし、めちゃくちゃ愛されてます?」
「どうして?」
エリ様が目玉焼きにナイフを入れて、口に運びます。
ちなみにエリ様は塩胡椒派です。わたしは醤油派だったのですが、残念ながらまだこの世界では醤油を見つけられていません。
「こうして、毎朝裏が真っ黒な目玉焼きを文句言わずに食べてくれますし」
「作ってもらったものに文句を言うほど図々しくないよ」
「指輪も、わたしが羨ましいって思ってるの、知ってたからかな、とか」
「さぁ、どうだろうね?」
素知らぬ顔でパンをちぎるエリ様。一口が大きいので、見ていて豪快な気分になります。
ちゃんとした場面ではもっとお上品に食べるそうです。真偽のほどは、分かりません。
「このお家も……教会からも近いですし、見た目とか家具もエリ様の趣味って言うより、女の子が好きそうな感じだし……もしかして最初から、わたしと一緒に暮らすために、とか」
「想像力が豊かだなぁ」
「思えば海賊の話も、ゲームの続編で出てきたイベントですよね? それを分かっていて、わざと船に乗り合わせたんじゃ、とか」
「ごちそうさま。行ってきます」
「えっ」
エリ様がさっと椅子に引っ掛けていたジャケットを持って、立ち上がりました。
いつのまにかお皿の上が空っぽになっています。
私の頭をぽんと撫でると、長いコンパスであっという間に玄関まで行ってしまいました。
こちらを振り向いて手を振ると、タイも締めないで出掛けて行きました。
まるで、何かを誤魔化そうとするような早業でした。
でも、わたしはそれよりも、こちらを振り向いたエリ様のことで頭がいっぱいになってしまいます。
シャツの下、開いた襟元の奥で、揺れるチェーンが見えたのです。
普段アクセサリーをつけないエリ様にしては、珍しいなと思って気になったのですが……
チェーンに通っていたのは、華奢なシルバーの、わたしとお揃いのリングで。
わたしは熱くなった頬を両手で包み、立ち上がりかけた椅子にすとんと腰を降ろしました。
口ではしまっておくと言っていたのに、ああして肌身離さず身に着けてくれている。
それが答えのような気がしたのです。
ほんとうに、ずるいひと。
そういうところ、ちょっと憎らしいとすら思ってしまうのですが……それでもやっぱり、嬉しさのほうが勝ってしまって。
ふにゃふにゃと頬が緩んでしまうのを、止められないのでした。
モブ同然の男装令嬢を攻略したら、想像以上のスパダリっぷりで溺愛されて困っています。
……いえ、嘘です。嘘を言いました。
困ってません。まっっったく!