IF後日談 Side:リリア(1)
本編エピローグ終了後の後日談です。本編の後ろにおまけとして載せていたIF後日談と同じものです。
X年後に告白をする攻略対象たち、というテーマのお話ですので、恋愛要素強めです。
マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、もし○○が告白するとしたら……ということで、それぞれ世界線も時期も(本編終了後どのくらい後なのかも)バラバラです。その点お含みおきください。
こちらはリリアの後日談1話目です。
「エリ様。この世界ってどうしてCER○Bなのか、知ってます?」
「うん? ゲームがCER○Bだったから、じゃないの?」
「じゃあ何故、ゲームがCER○Bだったのか、考えたことあります?」
「……制作会社の方針とか?」
リリアと我が家でお茶をしていると、どういう流れだったかは忘れたが、そんな話を切り出された。
なぜゲームがCER○Bか、なんて、登場人物サイドが考えることではないように思うのだが。
私が絞り出した現実的な回答を、リリアが首を振って否定する。
「聖女の力って、誰かと結ばれると消えてしまうんです」
「え?」
「正確に言うと、『キスより先のこと』をすると、ですけど」
彼女の言葉に首を捻る。そんなこと、ゲーム内で描写されていただろうか。
確かに魅了のことが一切語られていなかったりと、都合の悪い部分は省かれているきらいがあるが……30歳まで童貞だったら魔法が使える、みたいな理論でいいのだろうか、聖女。
何だか夢も希望もない気がするのだが。
「聖女というくらいですから、『清らかな乙女』でなくてはならないんです」
「……神様って、どの世界でも『清らかな乙女』が好きだよね」
「でも、ゲームの主人公は王太子や第二王子とも結ばれます。『キスより先がない』なんてのはありえません」
それはそうだろう。攻略対象の誰と結ばれたとて、お世継ぎ問題はついて回る。
結婚する以上、聖女だからと言ってそのお役目から逃れることなどできないだろう。
「聖女の力が消えてしまう、なんてこともあってはなりません。だって聖女を取ったら、主人公はただの男爵令嬢。しかも元庶民の、養子です。それでは末永く幸せに、なんて過ごせませんから」
私は頷く。
ゲームの中で主人公が、身分の差を飛び越えて王太子とまで結ばれることが出来るのは、ひとえに彼女が聖女だからだ。
いくらここがやさしい世界で、愛のパワー的なものがあったとしても、さすがにその問題は「聖女」抜きではひっくり返せまい。
もし結婚してすぐに聖女の力が失われたりしたら……その物語の結末は、きっとハッピーエンドではないだろう。
かといって、『キスより先』なしに正妻の座に座り続けることも……この世界では針の筵に相違ない。
下手をしなくても泥沼だ。「末永く幸せ」であるはずがない。
「それに対する回答が『大聖女』です」
「え?」
「大聖女になれば、『それより先』があっても聖女の力が消えないんです」
なるほど。私は納得した。
恋愛エンドでは告白されて交際することになるまでが描かれるが、結婚まで描かれるのは大恋愛エンドばかりだった。
そして大恋愛エンドでは、主人公は必ず「大聖女」の力に目覚めている。
単に恋愛エンドのさらに好感度が高い状態だから、という認識だったが、そういうからくり……というか、裏設定があったのか。
理解した様子の私を見つめて、リリアが力強く頷いた。
「分かります? エリ様。私が大聖女になった今……CER○Bの制約は取り払われたんです。CER○CでもCER○Dでも……どこまでだって行けちゃうんですよ?」
「怖いわ!」
いや怖いわ!
完全に捕食者の目をして言うので、思わず素でビビってしまった。
おお神よ、早いところリリアから大聖女の力を剥奪してください。
明らかな人選ミスです。
私がドン引きしたのを見て、リリアがふてくされた様子で頬を膨らませる。
「エリ様、こんなにアタックしてるのにどうして靡いてくれないんですか? わたしのこと、嫌いですか?」
「好きか嫌いかで言えば、好きだけど。可愛いし」
「可愛いって言ってくれるのに付き合ってくれないじゃないですか!!!!」
「それとこれとは話が別だよ」
私は紅茶のカップを口に運ぶ。
「いくらうさぎが可愛くったって、うさぎとは交際しないだろ」
「う、うさぎ……」
意気消沈した様子のリリアが、机に突っ伏した。
◇ ◇ ◇
「ねーエリ様ぁ、いい加減付き合ってくださいよぅ」
「私からしたらいい加減諦めてほしいんだけど……」
一緒に食事に出かけた日、街をぶらぶらしていると、リリアがいきなり私の腕に抱きついて、しなだれかかって来た。
どう見ても酔っている。弱いくせに、さっきの店でカクテルなんか頼むからだ。
これ見よがしに胸を当てるのをやめてほしい。
「こんなに好きだって言ってるのに……」
唇を尖らせる彼女を見下ろし、やれやれとため息をつく。
「……だって君、私がこの見た目じゃなかったら好きにならなかっただろう?」
「う」
私の問いかけに、リリアが口ごもる。正直者だ。
「女子の制服を着て、髪が縦ロールだったら好きになっていた?」
「げ、ゲームのエリザベス・バートンは縦ロールじゃなかったですよ!?」
「あれ。そうだっけ」
言われて思い出そうとするが……そもそもモブ同然のキャラクターの容姿など、はっきり覚えていなかった。
モブ令嬢のうち、金髪ロングのハーフアップがエリザベス・バートン……だったか。
「君が私のことを好きだと言ってくれるのは嬉しいよ。でもそれはあくまで私が『君に好かれる私』を演じていたからだ」
「そんな」
「ゲームが終わった今、私にそれを演じ続けるつもりはない」
きっぱりと言い切った。
まぁ、10年間女性の前で格好よく振る舞うことに全神経を注いできたのだ。
そうそう癖が抜けるものでもないだろうが……少なくとも、リリアに攻略されようとしていた時のように、意識をしてそれを行うつもりはない。
「君のことを友達として以上に特別扱いするつもりもないし、男装もやめるかもしれない。すっぴんだってそもそもだいぶ別人だし」
「わたしは、それでも……」
だんだんとリリアの言葉が消えていく。
俯いてしまった彼女の頭を、私はぽんと撫でた。
「直に君も夢から覚めるよ。そのとき君が後悔しないために……君をまた振り回してしまわないために、私は何度言われてもうんという気はない」
「そ、それは、本当はわたしのことが好きだけど、わたしのために諦める、ってことですか」
「好意的な解釈だね。私はただ……これ以上罪悪感を感じたくないだけだよ」
やれやれと肩を竦めて見せる。
本当に、彼女は隙あらば私を善人に仕立て上げようとするので困る。
攻略対象ならいざ知らず、私はただの悪役令嬢だ。しかも、モブ同然の。
特に悪人でもないが……善人というわけでもない。我が身が一番可愛いだけの凡人だ。
「君のためじゃない。私のためだ。罪悪感って息苦しいからね。出来れば一生無縁で生きていきたい」
彼女の目を見る。私を見上げる琥珀色の大きな瞳には、涙が溜まっていた。
ほら。やっぱり罪悪感って、息苦しいじゃないか。
「君の言葉を借りるなら、私はこれまでずっと『君のため』にやってきたわけだ。そろそろ自分のためだけに行動したっていいだろう」