表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/11

IF後日談 Side:クリストファー

本編エピローグ終了後の後日談です。本編の後ろにおまけとして載せていたIF後日談と同じものです。


X年後に告白をする攻略対象たち、というテーマのお話ですので、恋愛要素強めです。


マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、もし○○が告白するとしたら……ということで、それぞれ世界線も時期も(本編終了後どのくらい後なのかも)バラバラです。その点お含みおきください。


こちらはクリストファーの後日談です。


「……待った? エリザベス」

「クリストファー!」


 肩を抱かれて振り向くと、クリストファーが私を見つめて微笑んでいた。

 私に声をかけていた男が、チッと舌打ちをする。


「何だ、本当に待ち合わせだったのかよ」

「だから言っただろう」


 私が肩を竦めて見せると、男はこちらをひと睨みして去って行った。

 しばらくにこにこ笑って私の肩を抱いていたクリストファーが、男の背が完全に見えなくなったのを確認して、ふぅと息をついた。

 さっきまでの堂々とした仕草はどこへやら、おろおろした様子で私に向き直る。


「姉上! そんなにおめかしして、一人でこんなところにいるなんて! どうしたんですか!?」

「見合いの予定だったんだけれど……予定の時間を過ぎても相手が来なくてね。店を出て帰ろうか迷っていたところに、ナンパが。助かったよ」


 正直、声をかけられたときは驚いた。いくら女装――最近は見合いが増えていて、女性ものの服を着ることも増えているのだが、正直まだ「女装」という感覚が抜けない――しているとはいえ、こんなにデカい女をナンパする男がいるとは思わなかったのだ。


 見合い相手よりよほど根性がある。

 見合い相手が現れないのは大方、絵姿では分からなかったこの身長に怖気付き、すたこら逃げ帰ったからだろう。


 無視をすればよかったのだが、「何してるの?」に対してうっかり「待ち合わせ」と答えてしまったのが運の尽きである。

 しつこく絡んでくる男に、そろそろ捻りあげようかと考えていたところでクリストファーが助け舟を出してくれたのだ。

 お店の迷惑にもならなかったし、平和的に解決ができてよかった。


 不安そうな瞳で私を見上げるクリストファーの頭を、そっと撫でてやる。


「ありがとう。さっきの、かっこよかったよ」

「え」


 褒められて照れたのか、クリストファーの頬がぽっと赤く染まる。

 普段でも丸くて大きな瞳が、一段と丸く見開かれている。


「とても手慣れていた。さすが私の弟だね」

「その褒められ方は嬉しくないです……」


 拗ねたように口を尖らせるクリストファー。

 子供の頃と比べたら、彼も随分と背が伸びた。

 ヒール抜きの私より少し低いくらいで、もう立派な成人男性だが……可愛らしい顔つきや仕草は変わらない。


 さて、見合いをどうしたものかと考えていると、クリストファーに僅かに袖を引かれた。


「あの。姉上は……やっぱり、結婚、したいですか?」


 聞かれて、首を捻る。改めてしたいかと聞かれると……


「うーん。正直私はどちらでもいいけれど……その方がお父様とお母様は安心するだろうね」

「……ぼくは」


 俯いて、彼がぽつりと呟く。


「ぼくは、嫌です」

「え?」

「姉上がお嫁に行っちゃうの、嫌です」

「クリストファー……」


 見下ろす彼の瞳が、ほのかに涙を含んで揺れていた。

 自分がお兄様の婚約の時に大騒ぎしたのを思い出す。

 下の兄弟というものは、みんな少なからずそういうものなのかもしれない。


「あ! いた! エリザベス様!」


 声に振り向くと、我が家の執事見習い(フットマン)が走ってくるところだった。

 彼が私とクリストファーを見つけて、目を丸くする。


「あれ、クリストファー様も一緒だったんですか?」

「たまたま行き合ってね。それよりどうしたの?」

「それが、先方から連絡があって。待ち合わせ場所に行き違いがあったらしく……馬車を回してくるので、すぐに向かいましょう!」

「ああ、わかった」


 走り出した執事見習いが、何かを思い出したようにこちらを振り向く。そして慌てた様子で付け加えた。


「そこを動かないでくださいね! 自分が戻ってきた時いなくなってるとか、そういうのナシですからね!?」

「私をなんだと思ってるんだ」

「坊ちゃん曰く『おてんばさん』でしょ?」

「ぐっ……」


 あまりにしつこく言い含めるので文句を言ったが、ぴしゃりと跳ね除けられてしまった。

 お兄様は未だに私のことを「ちょっぴりおてんばさんな可愛い妹」と言って憚らないのだ。

 そろそろ「おてんばさん」は勘弁してもらいたいのだが。


「……姉上、行っちゃうんですか?」


 馬車で拾いやすい道の反対側に移動しようかと動き出したところで、クリストファーが私に声をかけた。


「まぁ、間違えただけだというなら……会っておかないと失礼かな。少々面倒くさくもあるけれど……今度の方は歳上らしいから。お父様もお母様も、私には年上の相手の方がいいと口を揃えるものだから、ちょっと気になっているのもあるね」


 ちなみに、私は別に金髪ぽっちゃりを条件に入れたつもりはないのだが、今回の見合い相手はどうもその条件を満たしているらしい。

 お父様からもお母様からもぜひ会っておけと猛烈におすすめされた。


「……嫌です」


 クリストファーが後ろから抱きついてきた。


 私は苦笑いしながら、肩に乗った彼の頭を撫でてやる。

 やれやれ、いくつになっても、甘えたで困る。こんなに大きくなっても抱きついてくるなんて……


 ……ん?

 あんまり小さい頃に抱きつかれた記憶、ないな?

 抱き上げた記憶はまぁまぁあるが……


「クリストファー?」

「姉上」


 すり、とクリストファーが私の首筋に顔を埋める。どうにも様子がおかしい。

 どうしたというんだ?


「好きです、姉上」

「……私もだよ。家族だからね」

「じゃあ」


 私の肩に回っている腕に、ぎゅっと力が篭る。


「ぼくの家族になってください」

「? もう家族だろう。君は私の、弟なんだから」

「違います」


 ふるふると首を振るクリストファー。柔らかな髪が首筋に当たって、くすぐったい。

 彼の言わんとすることが分からず、私は彼のつむじを見て首を捻る。


 やや間があって、彼は小さく、けれどはっきりと、言った。


「ぼくのお嫁さんになってほしいんです」

「……は?」


 想定外の言葉に、素で聞き返してしまった。

 何を言い出すんだ、急に。


 冗談として笑い飛ばすべきかと思ったが、顔を上げてこちらを見つめるクリストファーがやけに真剣な顔をしているものだから、それができなくなってしまう。

 そもそもうちの弟は非常にまっすぐな良い子に育ったので、そういう冗談は言わないし、通じないタイプだ。


 つられて真面目な顔になりながら、私は肩から彼の頭を退け、向き直る。


「いや、クリストファー。私たちは姉弟だから」

「ぼくは養子です」


 普段養子扱いされると拗ねるくせに、そんなことを言うクリストファー。

 もう我が家の誰も、君のことを養子だなんて思っていないのだが。


「婿養子ってことなら問題ないですよね? ぼくと姉上が結婚しても」

「おかしいだろう。ちゃんと後継がいるのに婿養子は」

「兄上も賛成してくれました!」

「私の知らない間に!?」

「『もしリジーがいいなら、僕はいいと思うよ』って」


 言いそうだった。

 何を勝手なことを言っているのだ、お兄様は。


「ぼくじゃ、だめですか?」


 クリストファーが一歩近づいて、上目遣いで私を見上げる。

 蜂蜜色の瞳がうるうると潤んでいた。


「いや、そういうことじゃなくてね」

「やっぱり、歳上がいいですか? もっとふくよかじゃないとだめですか? 髪、金色じゃないとだめですか?」

「クリストファー?」


 妙に具体的な特徴を上げるクリストファー。嫌な予感がする。

 両親と同じ勘違いをされている気がする。


 彼の次の言葉は、私の予感の的中を知らせる、案の定といったものだった。


「兄上みたいな男の人じゃないと、だめですか?」

「……いや、私は確かにお兄様のことは好きだけれど。それはお兄様だからであって、外見が好みという話では……」

「でも今回のお見合いの相手、そういう人だって。父上と母上が言ってた方ですよね?」

「ぐっ」

「行かないでください、姉上」


 今度は正面から、ぎゅっと抱きつかれる。

 可愛らしい見た目なのに、こうして密着すると身体つきは男性のものだというのが分かった。

 いつの間に、こんなに大きくなってしまったのだろうか。


「ぼくを一人にしないで」

「……その言い方は、ずるいな」

「ずるくてもいい」


 肩口に顔を埋めたまま、彼はさらにきつく私を抱き締めた。


「姉上がぼくを見てくれるなら、ぼく、ずるくても、悪い弟でもいいです」

「とりあえず、離しなさい」

「行かないって約束してくれたら、離します」

「……行かないから、離しなさい」


 クリストファーは、ゆっくりと私に回していた腕を解いた。さっと身を翻して、彼から距離を取ろうとする。

 寸でのところで、彼に左手を掴まれた。指を絡めて、手を繋がれる。


 彼は悪戯っぽく笑うと、そのまま私の手を引いて走り出した。


「ちょ、クリストファー!?」

「今日のぼくは悪い子なので……このまま姉上のこと、拐っちゃいますね」

「こら、離しなさい」


 あんなに釘を刺されたのにここを動いたりしたら、怒られるのは間違いなく私だ。


「ぼくのこと、好きだって言ってくれたら離します」

「だから」

「弟じゃなくて、異性として」


 私は押し黙る。

 嘘で良ければいくらでも言えるが、ここでの嘘は誰のためにもならない気がする。


「言ってくれないなら、今日は一日ぼくとデートしてもらいます!」

「両方、私が得をしないんだけど!?」

「おめかしした姉上、すっごく綺麗です。独り占めできるなんて、嬉しいな」


 無邪気に笑う彼を見ていると、先ほどの「一人にしないで」と言った彼の寂しそうな顔がオーバーラップして、振り解く気が失せてしまう。

 まぁ、いいか。私がちょっと怒られて、それで済むのなら。


「ねぇ、姉上。いつかと逆ですね。覚えてますか? 姉上がぼくの手を引いて、家に連れて帰ってくれた日のこと」

「……さぁ? 弟を迎えに行くなんて、当たり前のことすぎて覚えていないよ」


 目を細めてこちらを見つめる弟に、私は視線を逸らしてしらばっくれた。

 私の様子に、クリストファーは少し笑ってから、重ねて問いかける。


「もし、ぼくが弟じゃなくても……あの時、助けてくれましたか?」

「それは、……どうだろうね。助けたかもしれないし、助けなかったかもしれない」

「ぼくはきっと……姉上が姉上じゃなくても。貴女のことを好きになったと思います」


 走っていたクリストファーが、速度を落とす。

 少しだけ前を行く彼に手を引かれながら、2人で歩く。


「姉上のこと……女性として、好きなんです」


 交互に絡み合った彼の指に、ぎゅっと力がこもった。


「こうしてぼくと2人でデートしたり、手を繋いだり。抱きしめあったり、キスしたり。そういうの、嫌ですか? 考えられない?」

「考えたこともない」


 私が首を振ると、彼は困ったように眉を下げて、微笑んだ。

 その仕草はお父様や、お兄様とよく似ていて……彼はやはり、もう立派に公爵家の一員なのだと再認識する。


「ねぇ、姉上。お見合いなんかで出会う人より、……他の人より絶対ぼくのほうが姉上のこと、分かっていると思うんです。お店だって食事だってプレゼントだって、姉上の好きなものを選べる自信があります」

「それは、そうかもしれなけど」

「ピーマンも代わりに食べてあげます」

「もうさすがに大人だから残さないよ」


 お兄様も大概だが、彼もいつまで経っても私のことを「ちょっと困ったところのあるおてんばさん」扱いしている節がある。

 弟にそういった扱いを受けているのは、誠に遺憾だ。


 歩いていた彼が、立ち止まる。私も一緒に立ち止まった。


「ぼくは、男装している姉上のことも、ドレスを着た姉上のことも、すっぴんの姉上のことも、全部大好きです。ぼくや兄上に優しいところも、強くてかっこいいところも、適当なところも、嘘つきなところも、寝起きの機嫌が悪いところも……全部見たうえで、姉上にお嫁さんになってほしいんです。そんな男、ほかにいますか?」


 蜂蜜色の瞳が私を見上げる。その眼差しは蕩けそうなほど、甘い。

 私にとって都合のよい言葉が、彼のやさしい声を纏って耳朶を打つ。


「ぼくと結婚すれば、面倒なことを考えなくて良くなりますよ。もうお見合いなんてしなくていいんです。ぼくがいます。ぼくは姉上の魅力をよく知っています。……貴女のことを何も知らない誰かになんて、渡さない」


 繋いだ手に――左手の薬指に、彼が口付けた。そして僅かに、目を細める。

 その唇に浮かんだ笑みに、覚えがあった。


 基本的にまっすぐ育った弟だが……少しだけ、姉の悪影響を受けてしまっている。

 もともとゲームでは小悪魔キャラだったわけだし、私のせいだけではないのだろうが。

 口角を上げて笑う余裕ぶった顔は、毎日鏡で見慣れた誰かに、よく似ている。


「それにぼくと結婚したら……このまま公爵家で暮らせますよ。兄上と姉上と、父上と母上。皆でずっと一緒にいられます」

「クリストファー。……君はきっと、それが」

「違います」


 私の言葉を遮って、クリストファーは首を振る。

 私が何を言うつもりか、彼には分かったらしい。


「家族のために姉上を利用しているわけじゃない。……むしろ、逆です。ぼくは姉上を繋ぎとめるために……家族を利用しているんです」


 私によく似た表情で笑う彼の瞳は……妙に寂しげだった。


「ね、ずるいでしょ」


 確かにずるい、と思った。

 私が彼に甘いのを分かっていて、そんな目をするところも。

 いつのまにか、私が一番気に入っているレストランの前に来ているところも。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ