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IF後日談 Side:アイザック

本編エピローグ終了後の後日談です。本編の後ろにおまけとして載せていたIF後日談と同じものです。


X年後に告白をする攻略対象たち、というテーマのお話ですので、恋愛要素強めです。


マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、もし○○が告白するとしたら……ということで、それぞれ世界線も時期も(本編終了後どのくらい後なのかも)バラバラです。その点お含みおきください。


こちらはアイザックの後日談です。


 アイザックに訓練場の決算書類を手伝ってもらった帰り道――よくよく考えてみたら次期宰相に手伝わせるというのもなかなか思い切った行動だが、泣き付く先が彼しか思いつかなかったのである――彼を見送るために一緒に馬車を降りた。


 手伝ってもらったのだから、最低限の礼は尽くしておくべきだろう。親しき仲にも礼儀あり、というやつだ。

 彼が門の前まで歩いて行くのを見て、私も戻ろうかと踵を返しかけたとき……


「バートン」


 彼が振り向いて、私を呼び止めた。

 彼に再び視線を向ければ、一瞬迷ったように揺れた赤褐色の瞳が、次の瞬間にはどこか真剣そうな光を宿して、私を見つめていた。


「急な話で悪いが……来週のパーティーで、僕のパートナーをしてくれないか」

「パートナー?」

「僕が伯爵の位を継ぐ祝賀パーティーがあるんだ」

「とうとうか、それはおめでとう」

「ああ。……だが、正式な夜会だ。この年でパートナーなしは外聞が悪い」

「そういうものか」


 外聞というものと無縁の生活をしているので気づかなかった。

 最近はもう両親も私の結婚は諦めムードなので、せっつかれることもない。


 私としても無事訓練場に就職し――「訓練場長」あたりが正式な名称だと思うのだが、結局隊長として担ぎ上げられている。書類仕事が増えたくらいで、実質はあまり変わっていない――最悪公爵家を放り出されても生活できるだけの稼ぎはあるので、特に困っていなかったのだ。

 社交の場ではそりゃあちくちく言われるが、訓練場の仕事のせいにしてのらりくらりと回避している。


 アイザックは私より真っ当な貴族をしているはずで、ちくちくなんてものではないくらいに色々と言われているのだろう。素直に同情する。


 まぁ、彼は愛想はないが見てくれはいいし、出世頭だ。

 私と違って相手には困っていないはずなので、さっさと結婚してしまえばいいのに、と思わないではないが。それはお互い言わぬが花だな。


 何より手伝ってもらった身である。断る理由がない。


「仕方ない、祝いの席だものな。一肌脱ごう」

「ありがとう。恩に着る」

「で? 私はどっちで行けばいいんだ?」

「僕はどちらでもいいが……今回は陛下や、お前のお父上も参加されるそうだぞ」

「……ドレスで行く」


 ふざけて聞いてみれば、予想以上にきちんとしたパーティーらしかった。

 騎士団関係者として出席するときは正装していけば良かったので、ドレスを着るのはかなり久しぶりだ。


 一週間では流石に身体作りは無理だな、と思った。

 さて肩幅をどうしようかと考え始めた私の顔を、アイザックが覗き込む。


「贈ろうか?」

「いや、これでも公爵令嬢だからね。大人になった時に式典用に何着か仕立ててある」

「……そうか」


 私の答えを聞いて、アイザックは少し間を置いてから、頷いた。



 ◇ ◇ ◇



 一週間後。伯爵家の馬車で迎えに来たアイザックを、私は仁王立ちで出迎える。


 一応ドレスも着たし、メイクもした。だが私は非常に納得がいかない気分だった。


「アイザック。私の父に聞いたけれど……君の伯爵就任のパーティーは来月だそうじゃないか」

「ああ」

「……嘘をついたな?」

「ああ」


 こともなげに、アイザックが頷く。

 ああ、じゃない。


 私の苦々しげな表情に気づいているはずなのに、アイザックは特に悪びれる風もなく続ける。


「パーティーまでには、お前に正式なパートナーになって欲しかったからな」


 アイザックが、自然な仕草で私の前に跪いた。


「バートン」


 彼は私の手を取り、私の瞳を見上げる。


「僕はお前が好きだ」

「え、?」

「愛しているんだ」


 何て?

 愛?


 突然の告白に、頭の中にぐるぐると疑問符が舞う。

 見た目よりも冗談の通じるアイザックだが、この場でわざわざ跪いてまで、ジョークを飛ばすか?

 笑うべきなのか? それとも……


 いや。しかし、私と彼は友達だ。お互いそういう関係ではない、はずだ。

 逡巡した結果、私はいつもの軽口として対応することにした。


「君の辞書にそんな言葉が載っているなんてな」

「茶化すな。僕は本気だ」

「茶化すよ、友達だろう?」

「ああ、友達だ。だが友達から恋人になってはいけないというルールはない」

「そりゃ、ないけど」


 彼はどこまでも真剣な眼差しで、私を見つめている。

 気圧されて「その冗談、面白くないぞ」という台詞を飲み込んだ。


「仮に、君が本当に、本気だとして。君は女の子が苦手だろ。そこに、私みたいなのがたまたま手近なところにいたせいで、何か錯覚したんじゃないか? ほら、外聞の話してたし、いろいろ言われるうちにこう、そう思っていた方が合理的に思えたというか、無意識に思い込んでいるというか」

「僕は」

「まず聞けって。そもそも好きとか嫌いとか、そういう一時の感情に任せては、きっと後悔するぞ。一生続くかもしれないことだし、安易な決断はよくない。お父上お母上その他家族と相談をして決めるべきだ」

「一時の感情でもなければ、思い込みでもない。僕にとって、お前は友達であると同時に、初恋の相手なんだ。ずっと、ずっと。お前の言葉に支えられて、僕はここに立っている」


 眼鏡の奥のアイザックの目が怖い。どうも何やら地雷を踏んだらしかった。


 恋、という言葉が似合わない彼に、私は目を瞬く。

 あれ。でも前に確か、年上の家庭教師への淡い初恋がどうとか、言っていたような気がするのだが。


「まず、僕は別に女性が苦手なわけじゃない。お前以外の女性に興味がないだけだ」

「嘘つけ、学園で最初に会った時とか女子に嫌われてたろ」

「その頃からお前を好きだったんだから、当たり前だろう」

「え」

「ずっと、ずっと好きだった。8歳のあの日から、ずっと……お前が僕の全てだった」


 私の手を握っているアイザックの指に、力がこもる。


 8歳というと、初めて彼と会った、ロベルトの誕生日パーティーの日だろうか。

 あの時、確かに結果的に彼のことを助けた形にはなっただろうが……私がそうしなくても、彼は自力でここまで来られたはずだ。

 そんなことで「全て」なんて言われるのは、ちょっと居心地が悪い。


「あれは、たまたま見かけて、気まぐれにちょっと手を出しただけだ。君に感謝される覚えはないよ。それよりダンスの方を感謝して欲しいくらいだ」

「別に、助けられたから好きになったわけじゃない」


 私の言葉を、彼はきっぱり否定する。

 そして、ひどく真面目な声で、こう言った。


「あのとき、お前は僕の名前を呼んだんだ」

「はい?」

「そして、僕に強いと言った」

「おい、まさかそれだけとか言うんじゃないだろうな」

「そうだ」


 アイザックは頷いた。


 目眩がする。

 本気で言っているのか、こいつは。

 そんな、私も覚えていないような、誰でもできるような、些細なことで?

 十何年も前から? 今までずっと?


 俄には信じがたい話だ。だいたい学園で会った時も、そんな素振りはなかったような気がする。

 友人としてそれなりに長い時間一緒にいたし、私は割とそういった機微には気がつく方だ。

 ずっと気づかずにいたとは考えにくい。

 彼の言い分を信じるなら、私がとんでもなく鈍い奴ということになってしまう。


「その言葉が僕にとってどれだけ大切で、支えになったか。お前には分からないだろう」

「……分からないよ。消しゴム拾ってくれたから好きになったって言ってくれた方が、まだ分かるぐらいだ」

「そうだろうな。だが分からないのなら、否定もさせない。これは、僕の感情だ」


 言われて、私は口を噤んだ。確かに、理解できていない私には、否定する権利がないかもしれない。

 彼が腹の内で何を思おうが、それは自由だ。自由、だが。

 その感情を向けられるこっちの身にもなってほしい。


「いいか。僕は本気だ。だから本気で、返事をしろ」

「そ、んなの、急に言われても」

「今すぐでなくてもいい」


 私が手を引こうとすると、彼が立ち上がる。そして私の手を握ったまま、半歩距離を詰めてきた。

 いつもより踵の低い靴を履いているので、彼の顔が普段より近い。


 僅かに視線を下げて、彼の顔を窺う。

 私を見つめる彼の表情は、いつもの友達として接してくれる彼と何ら変わりなかった。


「来月のパーティーまでに、答えを聞かせてくれ」

「締め切りがあるのか!?」

「いつでもいいと言ったら、どうせ有耶無耶にするだろう」


 読まれている。その通り過ぎてぐぅの音も出なかった。


「それまでは、試用期間にしてくれ」

「試用期間?」

「その期間中に、僕と結婚することによるメリットを理解してもらう」

「は?」


 おかしい。何やら愛の告白をされたような気がするのだが、ものすごい事務的な話が始まっている。


「メリット? 何、え?」

「簡単に説明すると」


 コホンと咳払いをして、アイザックがつらつらと語り出した。


「まず、お前は仕事を辞める必要はない。もちろん辞めたいなら辞めてもいいが、自由にしていい。社交も最低限でいい。もともと父の代からそのあたりは必要最低限にしている。生活レベルも概ね現在と同等を保証する。伯爵位を継いだ段階で名目上僕が宰相職も継ぐことになっている。まだ父からの引き継ぎを受ける段階だが、鉱山への投資で当てた僕個人の資産もそれなりにある。少なくとも金銭面でお前に苦労をかけることはないはずだ。それからこれはまだ機密事項だが、ギルフォード家は僕の代で侯爵に上がることがほぼ内定している。お前の家と比べても、爵位の釣り合いで肩身の狭い思いはさせない」

「ちょ、ちょっと、待て。情報量が多い」


 話がすごい勢いで耳を滑っていく。右から左だ。


「1ヶ月かけて少しずつ教えてやるから安心しろ」

「それは、安心していいのか?」

「その上で、判断してくれ。僕と結婚するか、しないか」


 頭の中を舞う疑問符が一向に減らない。

 教えてもらったところで、分かる気もしないし判断もできない気がするのは私だけだろうか。


「いや、ちょっと。試用期間とか何とか、勝手に決めるなよ」

「お前の両親には許可を取ってある」

「何で!?」


 何故私の両親に許可を取っている。

 そして何故、私に許可を取らない。


「もし試用期間を経て、結婚しないという判断をお前がした場合には……残念だが」


 アイザックが僅かに目を伏せる。彼の髪と同じ深い藍色の長い睫毛が、赤い瞳を覆い隠した。


「条件を整えて再度交渉することになる」

「は?」


 後に続く言葉が予想外だったので、私はまた混乱してしまう。


「そ、そこは、すっぱり諦める、とかじゃないのか?」

「諦めるわけがないだろう」


 アイザックがやれやれと言った様子でため息を吐く。

 いや、ため息をつきたいのはこちらの方だ。


「それが僕の才能だと。一度や二度の敗北で折れるのは僕ではないと。そう言ったのもお前だ、バートン。……お前の親友は、そういう男だ」


 その台詞には、覚えがあった。

 いつか私が、彼に言った言葉だった。


「言っておくが、何度断られても僕は諦めるつもりはない」


 ぐい、とアイザックが顔を近づけてくる。赤い瞳が、私を映していた。


「僕をこんなに強くしたのは君だ。諦めが悪い男にしたのは、君だ。だから責任を取ってくれ」


 気づくと腰に手が回されていた。

 彼の顔が目の前にある。相変わらず作り物のような美しい顔だな、とどこか他人事のように思った。


「バートン。僕の持っている全部をやる。お前のためなら何だってする。だから、僕を選んでくれ。僕を、愛してくれ」


 至近距離で囁かれて、私はまた目眩を感じた。

 事務的な情報と感情的な情報が一気に入ってきて、完全にキャパオーバーだ。


 私が停止しているのをいいことに、彼は自分の腕を私に掴ませる。

 そして形ばかりのエスコートで――実情、私を引っ張る形で――歩き出した。


「とりあえず試用期間として、今日は手始めに僕の父に会ってもらう」

「お前、マジで言ってる!?」


 いきなり親に挨拶とか、試用期間の範疇ではない。

 それでドレスを着てくるよう仕向けたのか、こいつ。


 重い。今分かった。

 アイザック、お前、重いぞ。


 以前から薄々思っていたのだ。いくらなんでも友情に厚すぎると。私を甘やかしすぎだと。

 それが悪い方向に働いている気がしてならない。


 そこまで考えて、はたと思い至った。

 ……もしかしてあれは、彼なりの愛情表現だったのだろうか。

 だとすれば、本当に彼は、ずっと……?


 私が我に返って逃げ出そうとした瞬間、ドアを開けた執事がにっこり笑って私たちを出迎えた。

 退路を断たれた私は、その場しのぎの愛想笑いを浮かべるほかなかった。


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