ファイ奈良ファンタジー
『……ということで、埼玉三区から出馬しているカルナ=カルア議員が選挙区の有権者の子供に白昼堂々と買収をした、ということになりますね』
『さらに議員は怪しげな壺を高額で購入したとの情報もあり、宗教団体との黒いつながりも噂されています』
『全く嘆かわしい事件です。こういうところにやはり民自党一強の驕り、昂ぶりが現れてるということでしょうね。民自党議員は全員腹を切って死ぬべきでしょうね』
『その通りですね。民自党滅ぶべし。以上、カルナ=カルア議員の公職選挙法違反に関するニュースでした。それでは次のニュースを……』
俺はリビングのテレビのスイッチを消した。
……マジか……確かにあのファミレスの会計、カルアミルクに払わせたけど……それだけでこんなことになるとは……
「ケンジさん……」
やめろ、そんな目で見るな、ベアリス。というかお前も一枚噛んでるやろうが。
「すっごい頭脳プレーしますね……正直ドン引きです」
俺は何もしていない。
なんなのこれ? どうなってんの? 結局俺が何かしてもしなくてもあいつはどんな世界でも炎上する運命なの? なんか可哀そうになってきた。
「ともかくこれでディープステート側の尖兵は一人始末したわけですね。じゃあ次のターゲットを……ん?」
「どうしたベアリス……?」
ベアリスが何かに気付いたようで視線を宙に彷徨わせている。俺も何か嫌な予感がした。こんな時は……
「サーチ!」
まさかこの世界で使うことになるとは思ってなかったが、俺は索敵画面を脳内に広げる。
赤い光点が二つ。敵だ!
外は暗くなり始め、もうすぐ夕飯の時間だが俺とベアリスは急いで外に出た。何が起きてるんだ? 周りは無関係の、緑の光点が無数に輝いている。俺は紅い光点に向かって全力で走った。
「ひいぃ……」
人通りの少ない路地裏。二匹の巨大な化け物に女子高生が捕まっていた。脂肪の多い巨体に豚の頭。前に見たことがある。これはオークだ。なんでこんな奴らがこの世界に!?
「ぐおお……」
オークの内の一匹が女子高生の腕と頭を掴んで首筋に噛みつこうとする。
「イヤーッ!!」
「グワーッ!!」
「イヤーッ!!」
「グワーッ!!」
俺は二匹のオークにそれぞれ一発ずつファイアボールを放って肉片に変えた。よかった。まだ試してなかったから少し不安があったけどちゃんと攻撃魔法も使えるままだ。
女子高生は腰が抜けたのか、情けない悲鳴を上げながら四つん這いのまま逃げていった。
少し遅れてベアリスが到着し、オークの死骸を見て驚愕している。
「一体どういうことだ? なんでこんなファンタジー化け物がこの世界にいるんだ? もしかして似てるだけでこの世界は俺がいた世界とは違うのか?」
「いえ……この世界にはこんな化け物はいない筈です。ただ……一つ可能性として考えられることはあります」
死骸の処理が面倒だった俺はオークの残骸を放置して、家路につきながらベアリスの話を聞く。別に俺の責任じゃないし、隠さなきゃいけないわけでもないからな。
「奈良県です……」
なんだと?
なんでそこで奈良県が出てくるんだよ。何なのその異常な奈良県推し。
「ケンジさんは奈良県の南部に何があるか、知っていますか?」
「奈良県っつったら、まず、東大寺、興福寺とか法隆寺……薬師寺もいいし、飛鳥の方行くのもいいよな……」
「それは全部北部ですね」
む……そうか。南部……南部、何かあったかな?
「あ、そうだ、吉野山が南部か。桜の名所だよな。行ったことはないけど」
「それも北部です」
なんだと? おかしいな、南部だと記憶してたんだけど……俺は歩きながらスマホを取り出してG〇ogleで確認してみる。
「あ……確かに北部だ。南部って……ん、山しかないな」
山。
山しかない。
この山にオークが? んなアホな。お前この世界にはこんな生き物いないとか言ってたじゃねーか。
「奈良県南部は、奈良県民ですら足を踏み入れることのない人類未踏の地なんです。何があっても不思議ではない」
なんだと。
「ケンジさんは東大寺南大門の金剛力士像を見たことがありますか?」
「そりゃあるけど……あれはホントに見事な像だよな。あんな凄いのが千年近く昔に作られたなんて、とても信じられ……」
「金剛力士像を作った運慶、快慶は……」
その二人がどうしたってんだよ。
「ドワーフです」
なんだと。
「おかしいと思わないんですか? ローマが共和制やってた頃にドングリ拾って土器焼いてウホウホ言ってたぼんくら日本人共にあんな見事な彫刻が作れるなんて」
ウホウホは言ってねえよ。ムカつくなこのクソアマ。
「あの彫刻は、間違いなくドワーフの仕業です」
仮にそうだとしてなんだっつーんだよ。
「人類未踏の地、奈良県南部は神も人も把握していない、異世界に繋がるゲートがある可能性があります」
え? なに? どういうこと?
「魔王を倒す前に、ケンジさんはそのゲートを封じて貰わなければならないかもしれません」
俺にファイ奈良ファンタジーやれってか。めんどくさい問題が一つ増えたじゃねーか。
「でもなんでだよ。今までそんな異種族が姿を現したことなんてないだろ? 運慶快慶がどうか知らんけど。少なくともオークなんて聞いたことないぞ!」
ベアリスの視線は歩きながらも宙を彷徨い、何か考えているようだ。
「まあ、多分私がいるからでしょうね」
ベアリスがオークの出現と何か関係が?
「私がこの世界に来ちゃったから、邪神側もなりふり構わずゲートを使ってモンスターを積極的に送り込むようにしてきたのかもしれません。
神族が一人で送れる人数はたかが知れてますが、もし『ゲート』が存在するなら、それこそ軍隊を送り込むことも可能ですから」
「ちょっと待ってよ……?」
え? 嘘だろ?
というかベアリスがこの世界に来たのって、『ヒロインがいないから』とかいう超くだらねー理由だったよな?
その報復が?
人食いモンスターの派遣?
「全然割りにあってねーじゃねーか!!」
――――――――――――――――
今日の夕飯は親子丼だった。もはやベアリスは当然のことのように家族と一緒に大喜びでそれをかっ喰らっていた。さっきまでその辺を人食いモンスターがのさばってたのに、切り替えの早い奴だ。
食事が終わり、それぞれ自分の部屋に戻ってくつろぎの時間。
お母さんだけはリビングでテレビを見ているが、俺は皿を洗いながらも、悩んでいた。
どうすりゃいいんだよこれ。
俺はこの世界で民自党政権を打倒するべく議員に選出され、世界を変えつつ、さらにどこかから湧き出てくる魔物を討伐しながら生きていくのか……? ハードすぎひん?
仮に民自党の事は放置するとしても、俺はこの町で正義のヒーローやりながら生きていけるのか? というかよくよく考えたら魔物が出るのってこの町だけなのか? もしかして日本中に?
その時ニュースの音声が耳に入ってきた。
『それでは次のニュースです。現地時間未明、インドネシアのキンタマーニ島で、巨体に豚の頭の覆面を被った大男たちが町を襲ったというニュースが……』
オークやんけ。しかもインドネシアだと?
『現地では24人の死傷者が出ましたが、警察が対応してこのテロリストを鎮圧したと報道されており……』
犠牲者めっちゃ出とるやんけ。俺に女友達がいなかっただけでこんなことに?
『全く嘆かわしい事件です。こういったテロリストの活発化も全て民自党のせいですね。民自党滅ぶべし、です』
『その通りですね。民自党滅ぶべし。以上、ワールドほのぼのニュースでした。それでは次のニュースです……』
「どういうことなの……なんで海外にまでこんなことが……どうすんだよベアリス」
「どうすると言われても……どうにもできませんが? 私にできる特殊能力は『チェンジ』だけですし」
俺がどうにかしなきゃいけないって事か……
「分かったよベアリス、じゃあ奈良県にその『ゲート』を封じに行けばいいんだろ!」
もう投げ槍だ。半ギレでで俺がそう言うとベアリスは驚愕の真実を明かした。
「や、でも正直今までのようにはいかないですよ。奈良県にゲートがあるのにインドネシアに敵が現れた、って事は恐らく邪神が直接この世界に来ています。つまり邪神を直接倒さないといけません」
え? 邪神を……? 俺のファイアボールでどうにかなる相手なのか? 正直ベアリス程度なら何とかなりそうな気がしないでもないけど、でも、そもそもこの力自体ベアリスからもらった物だからな……
「ケンジさんの力でどうにかなるとは正直思えない相手ですね……腐っても『神』ですから。逆にケンジさんレベルの『能力者』を作り出される可能性もあります」
そうか……俺の才能は『数十億人に一人』って言ってたけど、逆説的に言えば地球上に何人かいるレベルの力……って事はそれを邪神側にとられる可能性もあるのか。
「クソッ、どうにかならないのかよ。ベアリス、お前今からすぐ神殿に帰って、代わりに邪神の方も帰ってもらうように話つけられねーのか?」
「私がこの世界から引けば、邪神側もそれを察して撤退すると思いますけど、それはダメです。だって私がここを離れたら、ケンジさんちゃんと使命を果たしてくれますか?」
果たすわけねーだろ。ほっかむりして自分の人生をエンジョイするに決まっとるわ。
「女神は心が読めるって事、忘れてますね? ケンジさんの打算的な考えなんて全部お見通しですから」
がっくりと項垂れる俺の肩をベアリスがポン、と叩いた。
「諦めて使命を全うしてください。大丈夫、モンスターの件は知らんぷりしてりゃいいんですよ!」
俺は……どうすべきなのか。頭を上げると、相変わらず暢気にテレビを見ている母の顔が目に入った。
「お母さん……」
俺はテレビを見ていたお母さんの向かい側のソファに座った。
「ん? どしたの?」
これから何が起こるかも分かってないお母さんはとぼけた表情をしている。まあ、当然か。
「これから、長い長い旅に出ることになった。でも、俺は世界の……異世界のどこかで必ず生きてるから……心配しないで」
お母さんは半笑いで応える。
「な、何よ、涙なんか流しちゃって……迫真の演技ね。永遠の別れでもあるまいし」
永遠の別れなんだ。多分、この世界に戻ってこれるなんて、そんなチャンスはもう二度とこない。それでも、俺がいるだけでこの世界に迷惑がかかることになるなら、俺には選択肢は一つしかない。
「何を言ってるのかは分からないけど、それでもあなたが決めたことなら仕方ないわ……子供って言うのはいつか巣立つものだもん」
俺は、あふれる涙をこらえきれず、それでも号泣しながら宣言した。
「チェンジ!!」
 




