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首相暗殺

「おいしい! これなんて言うんですか!?」


「カレーよ。ベアリスちゃんカレー食べたことないの? そんなに日本語上手なのに。カレーはラーメン、ハンバーグと並んで代表的な日本料理の一つよ」


 お父さんとお母さん、それに姉貴と俺、そしてベアリスの5人は食卓を囲んでカレーライスを食べている。


「ちょっとケンジ」


 隣に座ってる姉貴が小声で話しかけてくる。


「なんなのこの子? あんた女の友達なんていなかったじゃない。どっからこんな北欧系銀髪美少女拾ってきたのよ」


 まあ……気になるわな。だが俺もどう言ったらいいのか……ベアリスはどういうつもりなんだろう。結局方向性をすり合わせられないまま夕食になってしまった。


「あんたいつも行動が唐突なのよ! 交通事故なんてやったと思ったら急にこんなかわいい女の子家に連れ込んできて……どんだけみんなが心配したと思ってんのよ!」


「フミちゃんなんて取り乱して泣いちゃってたもんね~心配したよねぇ」


「ちょっとお母さん! 言わないでよ!!」


 姉ちゃんいつもはぞんざいな扱いなのにそんなに心配してくれてたのか。なんだか申し訳ない。


「ほんと美味しいですね! この……カレー? っていうんですか? 辛くて、香りがよくて! 凄いですね! これ私が食べるために開発されたんですよね?」


 そんなわけねーだろ、どういう発想してんだ。


「ねえ、ベアリスちゃん、カレーが気に入ったのはいいんだけど、あなたどこから来たの? ケンジとはどういう関係なの?」


「そうだな。見たところ未成年みたいだし、親御さんが心配してるんじゃないのか?」


 お父さんもお母さんの質問に乗って尋ねる。まあ、どう見ても子供だし、気になるよな。


「というか何の説明もなしに夕食に同席するのが信じられないんだけど? あんた何者なの?」


 姉ちゃんも訊ねる。どうすんだベアリス、もう収集つかねーぞ。


 しかしベアリスは質問に答えることなく右手の人差し指だけを出して天に掲げ、その後、ビッとお母さんたちに向けた。


「オラッ! 催眠!!」


 雑な催眠術。


「……あの? ベアリスちゃん?」


 お母さんが続けて尋ねる。そりゃそーだ。そんな雑な催眠術がかかってたまるか。


「今日は泊まっていくの?」


「えっ?」


 お母さん? お母さん?


「さすがにケンジと同じ部屋はまずいよな。フミと同じ部屋でいいか? 来客用の布団出すか」


 お父さん? お父さん?


「なんだか妹ができたみたい! よろしくね、ベアリスちゃん」


 お姉ちゃん? どうなってんの!?


「ちょっと問題が片付くまではお世話になります。よろしくお願いします!」


 ベアリスさん!?



――――――――――――――――



「ちゃんと聞かせてもらうぞ、『民自党総裁を殺す』って、どういうことだ?」


「正確には、『まず手始めに』ですが、民自党総裁の岸本弘明内閣総理大臣を殺害してもらいます」


 全然説明になっていない。名前や正式な役職とかを聞きたかったんじゃない。


 次の日、日曜日の朝、俺の部屋で依頼の詳しい内容をベアリスからヒアリングした。しかしこいつの説明はいつも要領を得ない。というか完全にテロリストじゃねーか。


「いいですか? ケンジさん?」


 ベアリスは座っていたフローリングの床から立ち上がって説明を続ける。


「破壊される自然、広がる格差、増え続ける国の借金……その理不尽はみんな……」


 嫌な予感しかしない。


「全て民自党のせいです」


 ダメだコイツ。早く何とかしないと。


「いいですか、ケンジさん。これは何も日本だけの問題ではないんです」


 だんだんだるくなってきたな……


 俺は窓の外を見る。ああ、今日いい天気だな。外に出たいな。そうだ、せっかく日本に帰ってきたんだからコンビニ行ってみたかったんだよな。あんな小さい店にお菓子とかジュースとかアイスクリームから雑誌まで揃ってるとか、軽くファンタジーだよな。コンビニ行きたい。


「ケンジさんは『ディープステート』なるものを聞いたことは?」


 コンビニ……そうだ、おにぎり食べたい。カルビとかエビマヨとかの変わり種もいいけど、昆布のおにぎり食べたいな。ていうかお母さんに塩にぎり作ってもらおうかな。いきなりそんなもん食いたいって言ったら変に思われるかな。


「ディープステートとは、いわば『影の政府』ともいうべき物。その影響力は国家を超えて世界を支配しているのです。近年の戦争は全てこれによって引き起こされたと言っても過言ではありません」


 コンビニもいいけど、そうめん……そうだ、そうめん食いたい。かつお出汁のきいためんつゆで冷たいそうめん食べたいな。氷なんか乗っけちゃってさ。よし、お昼そうめんにしてもらおう。


「このディープステートにより正当に選挙によってえらばれた政府は骨抜きにされ、いわば『国家の内部における国家』が世界を支配していて……」


「ああもう! うるせーな! 人が真剣にそうめんの事考えてるってのに! 『国家の内部の国家』ならもうそれ国家だろうが!! 何が言いたいんだよてめーは!!」


「おやおや、ケンジさんには少し難しい話でしたかね?」


 そう言って肩をすくめるベアリス。ガチでムカつく。お前にはそうめん食わせてやんない。


「まあ、ケンジさんみたいな『目覚めてない人』には私みたいな『目覚めた人』の話は理解できないかもしれないですけどね? でもそのままじゃいけませんよ?」


ふざけんなこっちゃずっと目覚めてるっちゅーねん。寝ぼけた事ぬかしてるお前にとやかく言われたくないわ。


「で、結局何が言いたいんだよおめーは」


「だから、さっきも言った通りケンジさんにはディープステートへの対抗として、手始めに首相を暗殺してもらいます」


 なんでだよ!!


「奈良県で」


 それこそなんでだよ!! いい加減にしろよホント!!


「知らないんですか、ケンジさん。要人を暗殺するなら今一番ホットなのは奈良県なんですよ」


 知ってるよ! 知ってるからやめろってんだよ、よりによってこんな時期に!!


「何しろ奈良県は大化の改新以来大きな事件の起きてない地域なので警備がザルなんですよ」


 失礼なこと言うな! なんか起きてるだろ……こう……すぐには出てこないけど、何かしら起きてるだろ!!


「平城京から長岡京に遷都して以来要人も来てないので要人警護のノウハウもないし、ねらい目なんです」


 ふざけんなよ奈良県に失礼だろ! こう、誰かしら……すぐには出てこないけど、なんか偉い人とか来たことあるだろ! 城島茂とか!!


「そこでケンジさんには興福寺の五重塔をスナイパー小屋として利用してもらって、奈良県に遊説に来た首相を暗殺してもらいます」


「だからやめろっつーの、そういう危ないネタは!! 本当にシャレにならないんだよ!! あとなんで五重塔なんだよ!!」


「奈良県で一番高い建物だからです。見晴らしいいです」


 なんだと?


「五重塔が一番高い建物って……奈良県全体で?」


「私ちゃんと調べたんですよ。付近の地域だと一番高いビルは、大阪府はあべのハルカス、2014年、京都府は京都タワー、1964年……奈良県、興福寺五重塔、730年」


「なんで……」


 なんで一つだけ8世紀なんだよ。


 しかしベアリスは「なんで」の意味を取り違えたようで建物の説明を始めた。


「あべのハルカスは駅と直結した複合施設として立てられました。京都タワーは展望台も含めた商業施設……五重塔は……仏舎利が収められてます」


 仏舎利かぁ……


「次点だと東大寺の大仏殿ですかね」


 それだとちょっと駅から遠いかなぁ……


「いやいやそういう事じゃねえんだよ! そういうのは荒れるからやめろってんだよ!! ただでさえセンシティブな話題なんだから!!」


 俺は呆れてため息をつき、窓の外を見る。


 これは、チェンジ案件か……しかし、ここでチェンジすれば、俺は再びこの世界から消え、家族を悲しませることになる。もう、母親が泣く姿は見たくない。仲が悪いと思ってた姉ちゃんも、俺の事をあんなに心配してくれてたんだ。


 いや待てよ? 別にチェンジする必要はないんじゃないか?


 その時、遠くの方から選挙カーの音が聞こえた。そう言えば、もうすぐ衆議院選挙があるはず。ニュースでやっていた。


「ベアリス、暴力じゃ何も解決しない。民衆がついて来ない。それよりも、合法的に政権をひっくり返せばいいんだ」


「合法的に? そんな方法があるんですか!?」


 普通そっちが先だろうが、このナチュラルボーンテロリストが。


「いいか? 俺はこの国の国民だ。戸籍もある。つまり満25歳になれば被選挙権が貰える」


「それは……どういう意味ですか?」


 察しの悪い奴だ。


「つまり、25歳になれば議員として選ばれるための選挙に出られるんだ。この意味が解るか?」


「それはつまり……どういう意味ですか?」


 こいつ本当に女神か。知能が低すぎないか。


「つまり、俺が議員になるんだ」


 ベアリスはハッとした表情で手で口を押えた。


「それは、まさか……ッ!! まさか……どういう意味ですか?」


「だぁかぁらぁ!! 俺が議員になって世界を変えるってことだよッ!! なんで分かんねーんだよこの低能!!」


「そうか……つまり、ケンジさんが衆議院議員になって、……そして……議員? 議員って何をするんですか?」


「お前本当にいい加減にしろよ!! 議員は立法府!! この国のルールを作れるの!! なんでそんなことも知らねーんだよ、ディープステートとか目覚めた人とか言ってる場合じゃねーだろが!! 目を覚ませ!!」


 俺は荒い息を抑えて窓を開け、外気を入れた。酸素不足だ。


 これでいい。これでいいんだ。『世界を救う』とか『世界を変える』とかそんなもんは棚上げ。適当ぶっこいて時間稼ぎして、チェンジはせずに俺は俺の人生を満喫してやる。女神の使命なんて知ったことか。


「はぇ~、ケンジさんすっごく頭いい……」


 お前が悪すぎるだけだ。


 選挙カーがだんだんと近づいてきた。


『民自党、民自党をお願いします』


 民自党の選挙カーか。


『どうかカルナ=カルア、カルナ=カルアに清き一票を!!』


 なんだと。

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