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知ってる天井

「ハッ……はぁ、はぁ……」


 俺はベッドで目を覚ました。じっとりと汗のにじむ額を手の甲でぬぐって周囲を確認する。


 夢か。


 ……長い、夢だっ……イヤイヤ違う違う違う。いくら何でも長すぎる。なんだかんだで3、4か月くらい経ってるからな。あれは間違いなく現実にあったことだ。


 恥ずかしい名前の聖剣と魔王の対決も、四足歩行の人間も、サリスの事も、外道の王国も。そしてあのベアリスという女神の事も。


 だからここが、次に俺が救うべき異世界なんだ。


 なんだか見知った天井のような気もするが。


 壁に貼ってあるメタリカのポスターも、机の上に置いてあるラップトップPCも、窓から見える景色と電柱も……


「って俺の部屋やないかい!!」


 そう、俺が目を覚ましたのは間違いなく俺自身の、日本で暮らしていた時の自分の部屋だ。


 どういうことだ? やっぱり夢だったのか? 言われてみれば正直奇想天外すぎる。女神に頼まれて魔法の力で異世界を救うとか、あり得ない。随分リアルだったが、あれはやはり夢だったのだろう。


「夢のわけないでしょう」


「うわぁ!! ベっ、ベアリス!? なんで!?」


 女神ベアリスが姿を現した。やっぱり夢じゃなかったんだ。


「夢じゃありませんよ、ケンジさんはこの世界、『地球』を救ってもらいます!」


 え? ち、地球?


「ケンジさんの希望通り元居た世界とかなり環境の近い異世界を選んだんで……」


「元居た世界だよッ!! っていうか俺の部屋だよここッ!!」


 どういうことだ? 『空き』、『キャンセル待ち』って、最近死んだ奴って、もしかして俺の事か!?


「あ、そうだ! この世界『かわいいエルフがいる』とか言ってたよね? ってことはここは似てるけどやっぱり地球じゃなくて……」


「いますよ。小型でかわいい積載量2トンのエルフが」


「やっぱりい〇ゞのエルフじゃねーか!!」


 くっそ、騙された。この詐欺師め! キャンセル待ちって俺のキャンセルかよ!


「いやあね、この部屋に住んでた男の人なんですけどね? まだ17歳だったんですけどプクスッ、赤信号無視しちゃってエルフに撥ねられて死んじゃったんですよ~うふふ、笑っちゃう間抜けですよね?」


「俺だよそれはっ!!」


 くっそ、ベアリスに間抜け呼ばわりされると腹が立つ。まあ事実だからしょうがないけど。


 というか一つ気になることがある。


「なんでさ、今回ベアリスもついてきてるわけ? 今までずっと音声サポートだけだったよね?」


 確か神族は現世に対しての干渉は出来ないから、せいぜい鉄砲玉を送り込むくらいしかできないとか、そんなこと言ってたはずなのに。


「まあ聞いてくださいよ、それがですね……今までいろんな異世界に行くたびにキレイどころの女の子が現れて物語を彩ってくれてたわけじゃないですか」


 まあ確かにな。食卓を彩ったりもしたけどな。


「でもですね? 今回の転生先の人、女の子の知合いどころか友達もろくにいないような陰キャ引きこもりクソキモオタゴミ饅頭だったんで、ヒロイン候補になるような女の子がいなかったから私が来たんですよ! 笑っちゃいますよねープププ」


「余計なお世話じゃ!!」


 というかそんなくだらないことで現世に干渉していいのかよ。


「いやね? 私も一応申請したけどそんな理由で通るわけないと思ったんですけどね? 事情を説明したら『そんな哀れな生き物がいるのか』とか『そいつ生きてて楽しいのか?』とか『ただただ可哀そう』とか同情されて、意外にも申請が通っちゃったんですよ!」


「ホンマ覚えとけよ神族の奴ら」


 とはいえ。


 とはいえだ。


 俺は机の上に置いてあったスマホを確認する。


「俺が死んだ日の……夕方か……」


 よかった。俺が異世界で過ごした数ヶ月の時間は反映されていない。カルアミルクの件から、どうも世界同士の時間の流れ方が一様ではないと思っていたが、確かに俺が死んだのはこの日の昼過ぎだったはず。その日の夕方に俺は転生した、ってことだ。死んでしまったコバヤシケンジの入れ替わりとして、またコバヤシケンジが派遣されてきたって事だ。


 ということは……


「実質『生き返った』ってことじゃ……?」


 つまり、このまま何事もなかったかのように生きていけば、俺の奇妙な女神の鉄砲玉を続ける人生ともおさらばってことだ。


 その時、がちゃり、と部屋のドアが開いた。


「ケンちゃん!」


「あ……お母さん……」


 俺が二の句を告げる前にお母さんは俺に飛びついて抱きしめてきた。


「良かった! 車にはねられたって聞いて、慌てて仕事先から行ったら今度は遺体が無いとか……私もうどうなってるかわかんなくって! 人違いだったのね!!」


 俺は何も言えずにただ抱きしめられるままになってた。母親に抱きしめられるなんて何年ぶりだろう。お母さんがこんなに小さかったなんて……いつのまにか、俺、こんなに大きくなってたんだな。


「ぐすっ、今日はカレーにするから……ご飯できたら呼ぶね……」


 お母さんは涙を拭いてから部屋から出て行った。


「なに泣いてるんですかキモい」


「うるせー!」


 いつの間にか俺も涙を流してた。でも仕方ないだろ、もう会えないと思ってた、数ヶ月ぶりの家族との再会なんだから。


 俺が涙を袖で拭いていると、再びドアが開いた。


「ねえ、聞きそびれちゃったけど、その女の子なんなの?」


 ああ~……アレか……俺だけに見えてるとか、そういうパターンじゃないのね。


「ああ、まあ……後でゆっくり説明するよ……」


 お母さんはなんとなく釈然としない表情ながらも、渋々部屋から出て行った。邪魔者が居なくなったところで俺は改めてベアリスに尋ねる。


「で……魔王でもいんの? この世界に……?」


 ベアリスは腕組みをして考え込む。そんな悩むような質問だったか?


「魔王……そういう言い方もできるかもしれませんが、ケンジさんに打倒してもらいたいのは今回はそういうのとはちょっと違うんですよね」


 『そういうのとは違う』……どういうことだろう。今までとは違うパターンなのか?


「ケンジさん、この世界って理不尽だと思いませんか?」


 理不尽……どういうことだろうか。確かにそういう面もあるかもしれない。『持つ者』と『持たざる者』の格差、そういうことだろうか。俺は頭の中で自分の人生で感じた理不尽な経験を思い出そうとした。


 大半はベアリス絡みだった。


 というか……そりゃ女関係とか友達には恵まれなかったけど、わりとまあ恵まれた環境で生きてきたと思うんだが。少なくとも俺が経験した異世界よりはよっぽどいい世界だと思う。生贄にされたり奴隷にされたりってのはそうそうないからな。


「はぁ、まったく、意識が低いですね。自分さえよければそれでいいんですか? この世界は理不尽で溢れています」


 呆れたような表情でベアリスは語る。悪かったな、意識低い系で。


「貧富の差は拡大し続け、貧民は逆転する機会すらなく、富裕層と貧困層の階層はもう何百年も固定されたまま。福祉も十分ではなく、貧しい人たちは飢餓に苦しみ、高等教育も受けられません」


 なんか、どこかで聞いたような……SDGs?


「この狭い地球に70億の人間がひしめき合い、資源を食いつくそうとしている。地球が持たない時が来ているんです!」


 なんか段々腹立ってきたんだが。


 俺がそれをコ・シュー王国の時に言ったら、お前それ全否定したじゃねぇか。


「資本主義の限界が来ているんです。ケンジさんにはそれを打倒して新しい価値観を作り上げてもらいます」


 なんか話がデカくなってきてるんですけど?


「ぐ……具体的には……何をすれば?」


「革命です」


「か、革命?」


「そう。エボリューション」


 それは「進化」だ。


「手始めにケンジさんが殺すべき『魔王』……それはですね」


「『魔王』とは……?」


「民自党総裁です」


 なんだと。

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