くっころ騎士イーリヤ
光が収まり、俺はゆっくりと目を開けた。
どこだ? ここは……俯いていた俺には石造りの床が見える。立ち上がって辺りを見回すと、周りは全て石造りの壁、天井、しかし…窓からは太陽の光を取り入れて暗くはないし、そこかしこにある調度品は質実剛健な作りと、そして豪華な印象を同時に受ける。
周囲には俺を取り囲むように人、人、人……その中の一人、壮年の男性が声を発した。
「おお勇者、女神の使徒よ。我らが願いに応えて下さったか」
む、どうやらこいつが召喚者か。なんかアレだな、王様っぽい格好してるわ。それに周辺にはぞろりと全身鎧の騎士達が守るように囲んでる。近衛騎士ってやつか。
よし、ここはいっちょかましたるか。
「我が名は勇者ケンジ。夜の森と狩りの女神ベアリスの使徒としてこの世界を救うために参った」
決まった……
我ながら格好良すぎる。本当ならここで腰から剣をスラっと抜いて天に掲げたりしたら格好いいんだろうけど、あいにく財布とスマホしか持ってないし。さらに言うなら服装もジーパンとパーカーだし。でもまあセリフはバッチリだぜ?
俺の名乗りが決まると周囲がざわざわし始める。ふふ……全く、仕方ないな。まあ、女神の使徒とばっちり宣言したからな。パンピーがビビるのも無理もないか。
「ベアリス……? 聞いたことあるか? お前」
「いや、ない。夜の森? 場所限定な上に時間も限定なの? ショボ過ぎひん?」
「全然御利益なさそうな女神だ」
「勇者ガチャ失敗したんじゃ……?」
おいおいマジかよあのクソ女神。全然知名度ねーじゃねーか。どうしてくれんだよあんな自信満々に名乗っちゃったのに。
しかしさっきのおっさんが軽く咳ばらいをするとすぐにざわつきは収まった。やっぱこいつがリーダーなんだな。
「貴公を召喚したのはこの私、バルオルネ王国君主、ヨールキ・ローネスールだ」
よかった。ちゃんと挨拶のできる人で。ここで王様オーラ全開のオラオラ系で尊大な態度でも取られたら速攻でチェンジしてやるところだぜ。
なんて考えてると王様の……ヨーグルトさん? の、隣にいた背の高い女性が一歩前に出てきた。周りの騎士と同じように全身鎧を着てるけど、下半身がスカートみたいなデザインになってるし、なぜか胸元が大きく開いて谷間が見えている。
G……いや、Hはありそうだ。
「私は近衛騎士長のイーリヤ・ローネだ。以後お見知りおきを。勇者殿」
そう言って美しいブロンドの髪をかき上げて耳にかける。これは……
うん。くっころ(※)騎士ですね。
※くっころ……気の強い女性が性欲の旺盛な敵に捕まった時に鳴る警告音の事。気高い女騎士が虜囚の辱めを受けるよりは名誉の死を選び「くっ、殺せ」と発言した故事に由来する言葉。大抵の場合偉そうな事ほざいておきながらすぐに快楽堕ちしてメス顔になる。転じて気の強そうな女騎士の事を指す。
「あ、ああ、こちらこそよろしく……」
イーリヤが右手を差し出したので握手をしようとこちらも右手を出すと、イーリヤと俺の間に一人の騎士が割って入った。
「姫様に汚い手で触れるな」
え? そっちから手を出したんスけど? っていうか姫? 俺が陛下に視線を送ると、陛下は少し気まずそうに答える。
「イヤお恥ずかしい。我が娘ながらなかなかに向こう見ずな性格で……女だてらに騎士をしております」
マジかよ、姫騎士(※)かい! ますますくっころやんけ!
※姫騎士……姫であり、騎士であるという、どっちつかずの器用貧乏。「クッコロ、クッコロ」という鳴き声で8月中旬と12月下旬のイベントの時期を知らせる哺乳類。季語。
力は非常に弱く、すぐに敵に捕まる。発情期になるとオークや山賊などからなる逆ハーレムを形成して子を孕む。
それは置いておいて、割って入った大柄な男は、おそらくこいつも騎士なんだろうけど、えらい剣幕だ。かなり怒った様子で国王陛下に噛みつく。
「陛下、恐れながら意見申し上げます。私はこのようなどこの馬の骨とも知れない男に国家の命運を託すなど反対です。魔王軍など騎士団の敵ではありません。我が剣の錆としてくれましょう」
まあ失礼な奴だとは思うけど俺も正直その意見には賛成だよ。俺だったらこんな馬の骨ともロバの骨とも分からん奴にお願いなんかせんわ。
「ふむ、ならばいいだろう、ベインドット。お前が手合わせしてその実力を確かめるといい」
おいおいクッコロさん何言ってるの。
「ふふ、もしお前がいい勝負をできたなら、プロポーズの事も考えてやってもいいぞ」
クッコロさん何勝手な話してんの? なんで初めて会う俺の力をそんなに過信してんの? 俺ですら俺の実力を信じてないのに。
しかしまあ……やるしかないのか。ベインドットが腰の剣に手をかけて抜こうとする。
「その言葉、忘れな……」
「ファイアボール!!」
ヨーイドンでしか走れぬ奴は闘技者とは呼べぬ。
速攻で俺の炎魔法がベインドットを吹き飛ばした。正直本当に魔法出るのかどうかも自信なかったけど。
「なんて奴だ……無詠唱で魔法を!?」
「威力もすさまじい。騎士団総長特注のミスリル銀の鎧じゃなけりゃ死んでたぞ」
「おい、早く総長を救護室に!!」
やべー、ちょっとやりすぎたかな? 周りの人たちが熱でどろどろにひしゃげた鎧を慌てて外してる。
「勇者殿、お力、しかと拝見させていただきました……」
完全にメス堕ちした表情でイーリヤさんが俺を見つめてくる。落ちるの早いよお前。ちょっとはベインドットの事も気遣ってあげろよ。
さらにイーリヤは俺の腕に絡みつくように抱き着いて、担架に乗せられようとしてるベインドットに向かって言葉を発した。
「私の伴侶となるのは勇者殿のように強い男だけだ。お前の様な弱い男はわきまえろ」
ベインドット聞こえてないと思うよ? なんか可哀そうになってきた。
とは言うものの、やっぱりおっぱいの圧が凄いな。やっぱりこれ、Hカップはあるな、と考えながら少し上から胸の谷間を覗き込んでみる。
『ケンジさん、使命を忘れないで下さいよ』
「わ、分かってるよ! 急に話しかけるな! びっくりするだろ」
「え?」
「あ、いや、今急に女神の奴が脳内に話しかけてきて……」
女神の声は俺にしか聞こえないのか。疑問符を浮かべるイーリヤにそう言うと彼女は俺にキラキラした視線を向けてきた。
「女神さまと直接会話を? さすが勇者殿……」
もう、なんか、アレだな。箸が転がっても「さすが勇者殿」とか言ってきそうだな。全てがチョロすぎる。さすが初心者向けの異世界だ。
だんだん辟易としてきたところ、広間に衛兵らしき人物が大慌てで駆け込んできた。
「陛下、陛下! 大変です! 魔王軍が!!」
「なんだ! 何があった!?」
「魔王軍の四天王と名乗る者が正門前に! 何とか留め置こうとしたのですが、圧倒的な力の前に歯が立たず……ッ!!」
マジかよこの城のセキュリティどうなってんだよ。正門前に来るまで全く気付かなかったのかよ。
「…………」
一同の視線が俺に集まる。
まあ……
そうだよな。
俺だよな。
騎士団の総長、担架で運ばれてったしな。
しかもそれやったの俺だしな。言いたいことは分かるわ。
でもいきなりかよ。
俺、ジーパンにパーカーで、道具はスマホと財布しか持ってないのに。
誰か武器貸してくんねーかな? って思って辺りを見回すとあることに気付いた。
「クッコロ……じゃなかった、イーリヤは?」
「近衛騎士長なら『魔王軍の四天王など剣の錆にしてくれる』とかなんとか仰って一人で正門に向かわれました」
マジかあのくそアマ。
くっころする気まんまんやんけ。