人に非ず
次の日の午前中、クーデルカ姫を中心とした慰問団が正式に開拓団の主要なメンバーに対しねぎらいの言葉をかけ、そして団長のギルギスに小さな勲章を与えた。
ギルギスは男泣きに泣いており、開拓団の士気は一層高まったようだった。
勲章を与えた後もクーデルカは時間の許す限り開拓者一人一人に声をかけ、話を聞き、「何か足りないものはないか」「苦労していることはないか」とできる限りの心遣いを見せた。
「しっかし、クーデルカは凄いな」
昼の休憩中、俺は本当に、思ったままの事を口にした。天皇陛下は戦争後、日本中を回って国民を励まして回ったというが、しかしこんな中世の世界でここまで民の事を労う王族なんて聞いたことがない。
「いえ、当然のことです。確かに他の国ではあまりこういったことはしないそうですが、しかし開拓団の皆が国を豊かにし、そして王都も潤うのです。そこに感謝しないとすれば、それは暗君というものでしょう?」
昨日俺は彼女の事を『聖女』と形容したが、まさしくそれ以外の言葉が浮かばない。
ぐふふ、この国がもうすぐ俺の物に……いかんいかん。俺も彼女とこの国にふさわしい人間にならなければ。
それにしても、この国の人間は本当に出来ている。女神も言っていたが、やっぱりこの善良な人々を守って適当な屁理屈こねる魔族をぶちのめさないとな。奴らにもなんか言い分があるんだろうが、しかし暴力はいかん。問答無用で攻撃仕掛けてくるような奴らに理なんてないんだ。俺が言うのもなんだけど。
「午後からはもっと奥の、開拓地を査察することになっています。もちろんケンジさんも来てくださいますよね?」
もちろんだ。そもそも俺は姫の護衛として直接王妃……Hey……王妃様に頼まれてるんだからな。
この時の俺は、まさか開拓地であんな、この世界の真実を見ることになるなんて、思いもよらなかったのだ。
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「あの……クーデルカ?」
「なんですか? ケンジさん」
俺は開拓現場を見渡す。
なんか、想像してたものとは全く違った。足枷に鉄球をつけられ、小突かれながら土を耕す人々。
おかしい……なんか聞いてた話と全然違う。王族は国民に感謝してるんじゃなかったのか? それが何で足枷つけて小突き回されてるんだ?
「あの方々は、懲役労働中の犯罪者の方々ですね」
ああ……な~る。確かにね? 犯罪者なら仕方ないね。にしてもすげー多いけど。
「そしてあちらの方々は、本職の奴隷の方々です」
「なぬ?」
俺は思わず変な声を上げてしまった。奴隷とな?
「はい。戦争捕虜、両親が奴隷の生まれついての方、借金奴隷、事情は人それぞれでしょうが」
「ええ~っと……ええとですね……」
まずいまずいまずい。なんか展開が早すぎて理解が追いつかないぞ。……奴隷? 国民には感謝しているのでは?
「奴隷は自由市民ではありません。財産です。つまり国民ではありません。感謝の対象ではありません」
な~るほどね? 市民じゃないもんね? 感謝の対象外ね? じゃあさ? もう一つ聞きたいんだけどね?
「あそこのさ、一角にいる、小突かれるどころか鞭で打たれながら働いてる人たちは? なんかその奴隷にすら蹴りとか入れられてるんですけど?」
「被差別民ですね」
なんと!
こいつぁやっべぇもんに触れちまった。戦々恐々とする俺に気付かずにクーデルカは嬉々として説明を続ける。
「あの耳の長い奴らはエルフですね。切り拓こうとした森の中で原始人みたいに狩りをしてウホウホ暮らしてたぼんくらどもです。無様ですよね」
ぼんくらときたもんだ。
「その手前のちんちくりんの臭そうなやつらがホビットです。小さくて醜いですね」
確かに、平均して160cmくらいか? 小さいけど、ホビットってもっと小さいんじゃないの? 確か足の裏に毛が生えてて靴は履かないとか……でもあいつら靴普通に履いてるぞ? あれ身長が低いだけで普通の人間なんじゃないのか? いやたとえホビットでもあんな扱いしたらあかんけども!
というか『臭そう』とか思いっ切りブーメランなんだけど? 主に君の両親に対して。
「一番奥の沢山足枷つけてる豚人はオークですね。同じく森で捕まえました。牛馬は開拓に役立ちますけど、豚も役立つんですね。私知らなかったです。肉は硬くて食べられたもんじゃありませんけど」
「はえ~……」
というか食べるの? 俺はサリスの事を思い出して体が震えてきた。
「そ……その……開拓に協力させてるってことは、彼らも言葉の通じる……その……『人』……ですよね? 罪悪感とかは……その」
「うえぇ~ん!! パパ、パパ~!!」
泣き声が聞こえて俺は振り返る。見ると、成人男性くらいの大きさの、しかし成体のオークに比べれば随分と小さい、子供のオークが泣き出していた。
その子の前には大柄な一人のオークが血を流して倒れている。あの子の親だろうか。
「ぎゃあぎゃあうるさいぞ! 手を動かさないなら、おまえもこうだ!!」
開拓団のメンバーと思しき男が、まだ鮮血のついている剣で、その子オークを貫いた。
クーデルカは、少し困った表情で笑って、俺に答えた。
「……アレを、私達と同じ『人』と考えるのは……少し、難しいですね」
そう言って、鈴の音のような可愛らしい声で、ころころと笑った。
「いやいやでもですよ? 例えばそのぅ、オークやエルフは分からないですけども、遺伝子が近い……っても分からないか……その、近い種族とは子供も為せるわけじゃないですか。それはもうほとんど『人』って言っても差し支えないんじゃ?」
「馬とロバは子を為しますが、同じ生き物じゃないでしょう?」
完全に価値観が違い過ぎる。だが、これが人間というものなのかもしれない。ギリシャの哲人ですら、黒人を「同じ人間と見るのは難しい」と言っていたような気がする。だが、俺にはとてもじゃないが割り切れない。言葉が通じるなら、分かり合うことだってできるだろう?
「ケンジさんは女神の使徒として来てくださったんですよね? つまり神は確かに存在し、この世界を作り、我らの願いを聞き届けてくれたのです」
いや、多分あいつらそんな高尚な存在じゃないぞ。世界なんか作れない。クーデルカは奴隷たちを指差しながら俺に話しかける。
「彼らは間抜けで、小さくて、醜い。でも私達はそうではない。何故かわかりますか?」
何を言い出すんだこの女は?
「つまり私達はこの世界に『理想の存在』として作られた物であり、彼らはそうではない『欠けた存在』です。愚かな彼らを導いて、使ってあげる義務が私達人間にはあるのです」
あまりの事態に俺は言葉を発することができない。それを「納得した」と受け取ったのかクーデルカは少し先に進み、開拓団の男たちに話しかけた。
「どうしましたか?」
「いやあ、ここいらに生えてる草が、木みたいに材木にはなりそうもないし、かといって一つずつ刈ってたんじゃいつまでかかるか分からないんで、どうしようかと……」
クーデルカはにっこりと微笑んで答える。
「焼き払いましょう!」
彼女の声に男共はぱあっと笑顔になった。
「そいつぁ名案だ!」
「さすがは姫様!」
「国民の太陽だ!」
嘘だろおい。
「クーデルカ! クーデルカ!?」
「そう慌てないで、ケンジ様。灰は肥料にもなるし、こんなゴミみたいな森、あってもクソの役にも立たないわ。景気づけにぱぁっとやっちゃいましょう!」
朗らかに宣言するクーデルカ。開拓団の男どもはどこから用意したのか、それぞれが松明を手にしている。
「焼き払え!」
「応っ!!」
うそやろこいつら。どういう倫理観しとんねん。ブラジルの大統領か。
奴らは全く躊躇することなく森に火を放つ。一番前で作業をしていたオークやエルフは何人かが炎に巻き込まれ、火だるまになりながら悲鳴を上げて逃げ回っている。
その逃げ回る奴らに開拓団の男たちが剣を突き刺して静かにさせる。
一人のオークが、動かなくなった仲間の亡骸を抱きかかえて、涙を流しながらこちらを睨んでいる。クーデルカの隣にいた俺は、もちろんその憎悪の瞳の主要なターゲットだ。
「あ……ああ……」
俺は、走り出していた。