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城下町

「ぐすっ、ありがとうございます、勇者様……」


 クーデルカはハンカチで涙を拭きながらそう言った。


「でも……私は、もう、うんこを出さなくてもいい社会を作りたいのです……」


 そんな社会はないよ。アイドルじゃないんだから。


 部屋には俺とクーデルカの他にはメイドも近衛兵もいない。おそらくはクーデルカの言っていた「王もこのことを承知している」というのは本当なんだろう。


 だからこそ二人きりにしたんだ。


 俺は再び、優しく彼女を抱きしめた。小さく、華奢で、いい香りのする彼女の体。彼女は、細かく震えていた。そりゃそうだ。彼女からすれば、如何に勇者と言えどもまだよく知らない、どこの馬の骨とも知れない謎の男なんだから。


 その得体の知れない俺に全てを打ち明けてくれた彼女が愛おしい。俺はゆっくりと彼女から離れた。


「きっと、夢はかなう。こんな歪んだ社会は正すべきだ」


 彼女は幾分か緊張が和らいだのか、儚げな笑顔を浮かべて言った。


「ありがとうございます、勇者様。私は自分の利益のためにあなたを利用しようとしているのに……たとえあなたが勇者でなくとも、私は……恋に落ちていたかもしれません……」


 えっ? 恋って……え?


「と、とにかく! その勇者様って呼び方はやめてくれ。俺の名前はケンジだ。


 照れ隠しに俺がそう言うとクーデルカはにこりと笑って、椅子から立ち上がった。


「そうですね、ケンジ様。さあ、今日は城下町を案内いたします。それともお疲れでしょうから明日にしましょうか?」


 クーデルカは俺を気遣ってくれたが、その気持ちだけで十分だ。俺はお言葉に甘えて城下町を案内してもらうことにした。



――――――――――――――――



 クーデルカと城下町を歩く。


 と言っても二人きりじゃない。ほんの2,3歩離れて軽装の近衛騎士もついている。


 レンガで舗装、整備された城下町の外まで続く大通り。そしてそこから毛細血管のように無数に伸びていく小さな道。城は少し高いところにあるので城門を出た時にその壮大な景色を堪能できた。まるで海のように街並みが広がっていく。


 まさしく中世ヨーロッパの世界とでも言おうか。


「素晴らしいでしょう、ロサ・ロカの街並みは」


 笑顔でクーデルカがそう言った。先ほどまでの悲しそうな顔はどこ吹く風。泣いたカラスがもう笑った。しかし実際素晴らしく発展した、明るい街並みだった。活気がある。


 正直言うと俺はこの国には何も期待していなかった。王からしてあんな傲岸不遜な奴だし、市民はみんなあの傍若無人な王の圧政に苦しんでるんじゃないだろうかとも思っていたのだが、事実は全く逆だった。


 少ない警備で姫が町に出たりしたら速攻テロされるか、もしくはうんこ投げつけられるんじゃないかと思ってたが、そんな心配全くない。市民は気軽に姫にあいさつを交わし、しかし近衛兵がいることに気付いてか、余計な心配をさせまいと不用意には近づかない。


 姫も市民のあいさつに気軽に答える。親しまれ、敬われているのだ。あのウンコ夫妻の王家が。


 そしてもう一つ。町が臭くない。


 大阪の梅田だってあんなに下水臭いって言うのに全然だ。上水は分からないが、少なくとも下水道が整備されている。王様があんなだったから町中うんこまみれなんじゃないかと危惧していたのだが、逆だった。


 しかしまあ、よく考えてみれば陛下が座っていた便器も水洗式の物だったから当たり前と言えば当たり前か。


 この国は、うんこというものをとても重要視している。


 少なくともその辺に放置して悪臭をまき散らしたり、不衛生にしてペストの温床になるネズミが走り回ったりすることはない。今までの異世界と比べると文明度が非常に高い。段違いだ。


「見てください、ケンジさん、青果店にリンゴが入ってますね。おひとついかがですか?」


 そう言って姫が近衛兵に指示すると、そいつが懐から銅貨を払って、俺と姫にリンゴを一つずつ渡した。


 ちゃんと金を払ってる。


 当たり前っちゃあ当たり前だが、中世世界じゃ民衆は搾取され、略奪される者。だが姫はちゃんと金を払ってリンゴを買った。


「甘い……」


 一口齧ると、さすがに現代日本の物ほどじゃないものの、瑞々しく、うまいリンゴだった。今でもたま~に、スーパーで買ったリンゴがパサパサの粉みてぇな食感だったりすることがあるのに。


 つまりこの世界は、食うに困らない。味を楽しむ余裕がある。品種改良してないリンゴでこんな味なんて出せないからだ。それ相応の知識があり、そして……


 改めて青果店の品揃えを見る。色とりどりの野菜に果物。日本で見たものもあれば、見たこともない果実もある。


「物流が随分発達してるんだな……」


「青果店を見ただけでそこまで察するとは、さすがは勇者様ですね」


 クーデルカが意地悪そうにわざと『勇者様』と言った。しかし実際王都のこの小さい青果店にこれだけのものを揃えるには物流と保存方法が相当発達してないと無理なはずだ。おそらくは王城から繋がるあの太い街道。


「これもう中世っていうか近世レベルなんじゃないのか……?」


 正直言って俺程度のレベルじゃもう知識チートできない発展具合だ。二足歩行教えたり食人してた頃が懐かしい。いや二度と経験はしたくないけど。


 そしてロローの治世は少なくとも市民に十分に幸福を施しているのだ。全然暴君じゃなかった。こりゃ本当にあの悪習を廃止しようとしてるってのも、娘の幸福を願ってるのも、間違いなさそうだ。


 俺に出来るのは、この有り余る魔力で敵を倒すことだけか。


「ん……?」


 町を歩いてる中、ふと何者かに見られてる気がして振り返るが、しかし怪しげな者はいない。


「どうしました? ケンジさん」


「誰かにつけられているような気がしたが……気のせいか?」


 その言葉に近衛兵が焦りを見せ、周囲を警戒する。俺は少し思案して、試しにやってみることにした。


「サーチ!」


 目をつぶってそう叫ぶと頭の中に光点が浮かぶ。前回怒りに任せてカルアミルクを討ち取った時に閃いた魔法だ。


 無数に浮かぶ緑色の光点、そして中心に浮かぶ五つの青い光点。これが多分俺達だ。青は仲間。緑色は中立、無関係な人たち。そして少し離れたところに赤い点がある。


 ……これがおそらく敵性勢力。……たった一人か。


 しかし一つ問題が。方向が分からない。


「少し歩こうか」


「勇者様、いったい……?」


 近衛兵の一人が焦った顔で話しかけてくる。


「敵がいる。炙り出すから俺に自然に合わせてくれ」


 俺が一方向に向かって歩き出すとすぐ横にクーデルカが。そして近衛兵たちも渋々、訳が分からない、という表情ながらもついてくる。


 俺が歩くのに合わせて光点が動く。俺達5人の光点は動かず、スクロールに合わせて緑光が下にずれていく。赤い光もしばらく同じようにスクロールしていったが、ある程度歩くとひょいひょいとつかず離れず距離を保つ。おそらく建物の陰に隠れながらついてきてるんだろう。


 よし、これで方角が分かった。後ろだ。


 これは、俺がG〇ogleマップで方向が分からなくなった時によく使う手だ。動くことで方向を知る。地球での知識の応用だ。勇者の力を舐めるなよ!


 ……いかんな。


 いくら知識チートが出来ないからって、俺、なんか、自分をほめるときのハードルが下がりまくってるな。レベル低すぎないか? 俺ちゃんと主人公やれてるかな?


「みんなはそのまま王城に帰ってくれ。姫の護衛を頼む」


 そう言って俺は後ろ、赤い光点の方向に駆けだした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか難しい問題ですね。 女神の揺るぎなさよ… でもカルシャキアちゃんを応援したくなる〜!
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