ドラゴンカーセックス
「チェ~~ンジッ!!」
俺は力の限りにそう叫ぶ。すると俺の体は光に包まれ、次の瞬間には白亜の神殿の中にいた。
四つん這いになって荒い息を吐き出す。
顔を上げると、年の頃は十四歳くらいだろうか、不満そうに頬を膨らませた、美しい銀髪の少女が腰に手を当てて立っている。
「確かにチェンジしてもいいって言いましたけど……まさか本当にするなんて」
口を尖らせて不満をあらわにするその姿は正直言って「愛らしい」以外の言葉が浮かばない。胸は大分控えめであるが、睫毛まで真っ白なその外見と儚げに映るほどの小柄で痩せた体躯はウスバカゲロウを思わせる。
だがその可愛らしい外見に騙されちゃいけない。
平和に日本で暮らしていた俺をいきなりこのギリシャの神殿みたいな場所に召喚して、そして「人々を救うため」とか訳分かんないことぬかして異世界に派遣してるのが、この“女神”ベアリスなんだから。
「ケンジさん本当に自分の立場分かってます? いいですか? もう一度ちゃんと説明しますからね?」
ピン、と人差し指を顔の横に立ててどや顔で説明を始めるベアリス。くそ、やっぱりどんな表情でも可愛いな。ムカつく。
「ケンジさんの魂は特別製なんです。こんな才能を持った人間は数億、いや、数十億人に一人なんですよ? 『選ばれし者』なんですから!」
「数十億人に一人の才能」って言うと随分レアな感じもするんだが、実際地球上に今も数人いる計算なわけで……ぶっちゃけ俺でなくてもよいのでは?
「今回ほんっとラッキーでその『選ばれし者』がトラックにはねられて死んでくれたおかげで、ここにこうして召喚できたんですから……」
「『ラッキー』とか言わないでくんないかな」
人が死んでんねんで?
「ちゃんとやってくれないと私の顔も立たないんですよ……女神の使徒として世界を救うために遣わしてるんですから……なのにチェンジするなんて」
そう、俺は「チェンジ」したために、派遣された異世界からこの神殿に戻ってきた。
正直言って女神にいいように使われて「世界を救ってこい」なんて言われても俺には何の得もない。そこで俺がギリギリの妥協案として提案したのが「チェンジ」制度だ。
「はぁ……確かに派遣先の異世界の環境が気に入らなかったらチェンジしてもいいって言いましたけど。一体何が気に入らなかったって言うんですか?」
「何が気に入らないも何も……あんなひどい世界があるか!」
「そんな言い方ないじゃないですか、ちゃんとご期待に沿えるように、エルフの女の子も用意しましたし」
エルフ……ああ、確かにいたな。
「い〇ゞのエルフだったけどな!!」
「ケンジさん童貞だから処女がいいかと思って、せっかく新車で用意したのに……」
「どどどど童貞ちゃうわ!!」
いらない心遣いだよ!! トラックに新車も中古もねえわ!
「しかもお前、あの後大変だったんだぞ!? 急にドラゴンが現れて……」
「ああ、なんか、古い言い伝えで古代の竜王とエルフの姫の恋物語がどうとかいう話がありましたね……」
恋物語とかそういうレベルじゃなかったぞ!! 発情期なのか急にトラックに腰を振り始めて……トラック、いや、エルフ……? え? 竜とエルフの恋ってそういう……?
まあでも異世界に飛ばされていきなり目の前でドラゴンカーセックス見せられる俺の気持ちにもなってくれよ。
そらチェンジもするわ。
「うふふ、童貞くんにはちょっと刺激が強すぎましたかね」
童貞とかそう言う問題じゃねえんだよ。
「っていうかあのトラック新車じゃなかったよね? 思い出したんだけどさあ、あのトラック、俺をはねた奴じゃね? フロントが凹んでたんだけど?」
「まあこうやってぐちぐち言ってても仕方ないんでケンジさんには別の世界を救いに行ってもらいますか……」
「答えろよ」
ベアリスは俺の言葉を無視して近くのデスクに置いてあった紙の資料の束をぱらぱらとめくりだす。こいつ信用できるのかな? 今露骨に話題を逸らしたような気がしたんだけど。
「結構たくさんあるんだな、救いを必要としてる世界って」
「まあねえ……」
ベアリスは資料に目を落としたまま呟く。
「だからこそこうやって私が能力のある人を異世界にちょくちょく派遣してるんですよ……といっても、問題を解決できるほどの力を持った人って、本当に一握りで……」
なるほどなあ。こいつも見た目に反して意外と苦労してるんだな。俺の力が助けになるんなら出来る限り協力してやりたいとは思うけど。
「だから私がちょうど宿直やってるときにケンジさんが死んでくれて本っ当にラッキーだったんですけど……」
「女神って宿直制なの? あとさっきも言ったけど人が死んだのに『ラッキー』とかやめてくれる? 死んでんねんで?
トラックの件もあって気になるんだけどさあ、俺が死んだのって偶然なのよね? そこにベアリスは絡んでないんだよね」
「あ、これなんかいいかもしれないですね。ちょうど初心者向けの異世界がありましたよ」
「答えろよ!! あと初心者向けの異世界ってなんだよ!!」
「うう~ん、いわゆる中世ヨーロッパ風の世界ですね。人間の王国が突如現れた魔王軍に侵略をされている、と……」
くっそ、この女神本当に信用していいんだろうか。
「んで? 俺はその魔王を倒してくればいいわけ?」
「もちろん! 理解が早くて助かります。もしケンジさんがその世界を気に入って、無事平和に出来たならその世界で過ごしてもらっても構わないですからね」
「そりゃどーも」
気に入る様な世界ならな。
しかし実際いい条件を付けて貰っていることは理解している。
「異世界」が気に入らなければチェンジしてもいいし、気に入って、首尾よく世界を救うことができたんならその世界に居ついてもいいってんだから。何度でも引き直せるガチャみたいなもんだ。失敗したら死ぬけど。
「しっかしベアリスはなんでまたそんな面倒な事してんだ? 人間が異世界でどうなろうが知ったこっちゃないだろうに」
「まあ、女神には女神の事情があるんですよ。世界を救って、自分を信仰してくれる人々が増えて認知度が上がれば、私の神としての格も上がるんです」
結構俗っぽい理由だな。
まあでも利害関係が存在するんなら「無償の愛」とかいうわけ分かんない理由よりはよっぽど安心できる。理解できないものほど恐ろしいものはない。
「じゃあ、いきますよぉ!」
そう言うとベアリスは両手を頭の上に上げて光球を作り出す。
きれいな腋だなあ。
「おりゃあ!」
俺は、光に包まれた。