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丘の上に風は吹く

 風が吹く。広大な丘の上の草が薙ぐ。


 どこまでも青く続く空の上に輝く白い太陽。


「今までと違うパターンだな……」


 俺は周囲を確認するが、どうも辺りに人はいないようだ。今までのは毎回世界を救うように嘆願した依頼者、集団のリーダーがすぐ近くにいるパターンだったからな。


 まあいいか。ここまでろくに異世界を冒険できてないし、ここらでちょっと気楽にぶらぶらしてみるのもいいかもしれない。


「とは言うものの……生き物が全然いないな……おっ、第一村人発見!」


 丘の向こうに人影が見える。よかった。このまま誰にも会えずにモンスターとエンカウントしたり、それすらもなく何にも会えずに野垂れ死に、という最悪のケースはこれで脱することができたわけだ。


 シルエットからすると……どうやら女性みたいだ。細い体に膨らんだスカート。うむ、幸先いい。これでおっぱいが大きいなら言うことなしだな。


 ん? どうやら彼女もこっちに走ってきてるみたいだな。それもなんか、後ろをちらちらと振り返りながら。


「……げて! 逃げて!!」


「えっ!?」


 いきなり『逃げて』? 何かに追われてるのか? 俺は少女の後ろに焦点を合わせて遠くを見る。あ……なんかヤバイ。獣が一匹追いかけてきてる。それもすげえでけえオオカミだ。


「おいおい、いきなりモンスターかよ! 伏せろ!!」


 体高2メートルほどもある巨大なオオカミ。普通の生き物じゃない。俺が叫ぶと女の子は俺の足元に飛び込むように伏せ、俺はそれと同時に魔法を放つ。


「ファイアボール!!」


 レーザーのように光の軌跡を残して丘の上の草花を焼き払いながら魔法が直撃するとオオカミは爆発四散して粉々にふっとんだ。うむ、相変わらずのアホみたいな威力。


「す、すごい威力の魔法……助けてくれてありがとうございます」


 女の子は立ち上がって俺に礼を言った。


 それにしても……凄い外見だ。


 年の頃は16歳くらいか? 俺とそう変わらない。中世から近世ヨーロッパ風の、ディルアンドルみたいなコルセットで強調された、凄く大きいおっぱい。優しそうな柔らかい表情をたたえた顔は少女のあどけなさを残すとともに、鼻筋が通っていて美しい。


 そしてその可愛らしい顔の上にある、ピンク色の髪。


 なんなんこの色。こんなの始めて見た。


 さらさらと風に揺れる柔らかそうな薄いピンク色の髪、眩しい。下の毛もピンクなんだろうか。まあそれはいいとしてあのオオカミは何だったんだ?


「それにしてもあなた凄いわね。『オンデアの獣』を一撃で仕留めるなんて……ふつうは村の大人たちが十数人がかりで駆除する物なのに」


 まあ勇者だからな。そこらの奴と同じにされても困る。


「この辺はあんなデカいオオカミがウロウロしてるもんなのか?」


「ううん、普段は昼間はオンデアの森からは出てこないから油断してたんだけど……やっぱり魔王の復活と関係してるのかしら……」


 ここでも「魔王」か。そういや今回この異世界の抱えてる問題をベアリスから聞き忘れてたな。俺もポンコツだけどやっぱりあの女神頼りにならん。


「この国にはね……言い伝えがあるの。悪魔の王が現れた時、それに匹敵しうる唯一の力を持つ『勇者』が、遠き地より現れて、奴らを撃ち滅ぼすだろう……って」


 まさしくそれだな。


「うふふ、あなたがもしかして、その勇者だったりして」


 そう言って少女は可愛らしい笑みを見せる。その通りだわ。


「あなた、じゃ呼びづらいわ。私の名前はサリス。あなたは?」


「俺か……俺の名はケンジ。実を言うと、女神からの使いで、この世界を救うために来た勇者なんだよ」


 俺が少し冗談めかしてそう言うとサリスは歯を見せて笑った。これは信じてないな。まあ当然か。そんな「勇者」といきなりこんな何もない丘で会うわけないからな。


「じゃあ、そんな勇者様を私の村に招待しなきゃならないわね。この国、ガンクテルムの人間には義務があるの。異世界から来た『まれびと』たる『勇者』様に憂いなく戦っていただけるように、全力でもてなしをする、っていう義務がね。他に行く当てが無いなら私の村に来ない? 勇者様」


 そんな素晴らしい習慣があるならぜひご厄介になりたい。とは思うけど、俺が勇者だっていう確信もないのにそんな事勝手にしていいんだろうか?


「ケンジは間違いなく私の『勇者様』だもの。もちろん問題ないわよ」


 そう言ってサリスは俺に抱き着くようにして腕を取り、引っ張って歩いていく。


 ふわりと桃色の髪が舞い、乙女の甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。腕にはボリュームのある、柔らかい胸の感触が伝わる。これはいかん。理性飛びそう。


 俺の手を引き、楽しそうな声色で話しかけてくるサリス。しかしその表情は何故か、悲しそうに見える時があった。



――――――――――――――――



「ぐ……」


 薄暗い洞窟の中、小さなろうそくの明かりの中で眠っていたように見えた若い男が目を覚まして上半身を起こした。


「どうしましたか? カルナ=カルア様」


 すぐさま傍に控えていたメイドのような服装をした人物が声をかけた。この女性にも、ベッドに寝ていたカルナ=カルアと呼ばれた男にも、その頭部には水牛のような立派な角が生えている。


「使い魔をやられた……オンデアの森の近くだ」


「なんと、カルナ=カルア様の使い魔を倒すような者が?」


 カルナ=カルアは顎をさすって考え込む。何か邪悪な企みを考えているのか、当て所なく眼球が向きを変え、視線が彷徨う。


「まさか……あいつがまた現れるとはな」


 それが独り言であることが分かったのか、今度はメイドは言葉を返さなかった。この男が不思議な力、というか、知識を持っており、常人のあずかり知らぬところで考えを巡らせているのは何も今に始まったことではないのだ。


 メイドはそれ以上カルナ=カルアが自分と会話を続けるつもりがないのだと気づくと、一礼してから「朝食の準備をしてくる」と伝えて部屋を去っていった。


「まずいな……何か手を打たないと。もう燃やされるのはごめんだ。

 ……最悪の場合、それこそ魔王を裏切ってでも、な……」

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