ブーメラン空手
「ナンデ!? なんでこんなところにお前が!?」
うるせーこっちのセリフだ。
「せっかくこの世界に生まれ変わって人生を謳歌してたっていうのに!! まさかお前、俺を追って異世界を渡り歩いてるのか!? 俺そこまで悪いことしたか!?」
「ベアリス……これいったいどういうこと?」
『どういうことって……何がです?』
何がも何も。
「どういうことだ? なんでカルアミルクがこの世界にもいるんだよ。殺したはずなのに。それも別の異世界で。向こうも俺のこと知ってるみたいだし他人の空似ってわけでもなさそうだ」
『どういう事でしょうね? 普通に輪廻転生したんじゃないんですか? 今調べてみたら魔族としての生存記録も数十年分あるみたいだし、不審な点はないですね』
前世の記憶を持ってる時点で十分不審だろうが。
「それにしてもつい一ヶ月ほど前に死んだはずの男の生存記録が数十年分あるって事は、異世界の時間は一様に流れてるってわけじゃないって事なのか? 並行して存在してる異世界の任意の時間の流れの中に俺は放り出されてるのか?」
『え? ごめんなさい、どういうことですか?』
お前本当に女神なのか。
俺がベアリスと話していると、視界の端でカルアミルクの姿が一瞬ブレた。
まあ、そう来ると思ってたよ。だからベアリスとの会話に集中してるふりしてたんだから。
最速で直線距離を飛んでくるカルアミルクの順突き、俺はそれを左手で払って即座に右手で炎をお見舞いする。
「イヤーッ!!」
「グワーッ!!」
黒煙を上げながら吹っ飛ぶカルアミルク。思った通りコイツ、このぬるい世界で何十年も生活してるだけあって全然弱いぞ。そりゃ組み手の相手もろくにいないだろうからな。
「こんなヌルゲーみたいな環境の異世界に来て二足歩行と知識チートで無双三昧とはいい気なもんだな」
『おや? 自己紹介ですかね?』
うるせー殺すぞ女神。
「どうだ? 首までどっぷりぬるま湯に漬かった感想は。楽しかったか?」
『ケンジさんはどうでした? 楽しかったですか?』
うるさい本当に黙ってろ。楽しかったけど。
「イージーな環境の中に自分を置いてお山の大将やろうなんて根性が気に食わねえんだよ。男ならもっと高みを目指すもんだろうが!! それを自分の欲望を満たすために……」
『いいこと言いますねえ。誰かに聞かせてあげたいですね』
すいません、ホントやめてください。ブーメランなのは自分でも分かってるんです。
「お……俺だって、辛かったんだ……いきなりお前に殺されて、生まれ変わったと思ったら、こんな冶金技術どころか二足歩行も覚束ないような原始的な世界で……だから俺は、六十年もかけて、ゆっくりと二足歩行の重要性をみんなに説いて、魔王の傍に仕えて最強の軍団を作ったんだ!!」
『なんか、ケンジさんよりよっぽど苦労してませんか……?』
それは俺も思った。
というかこいつはやっぱり普通に輪廻転生して赤ん坊からやり直してんのか。こんな世界で六十年も……大変だったろうな……
「でもファイアボール!!」
「グワーッ!!」
ぶっちゃけそれとこれとは話が別だ。それに気になることも一つある。俺はカルアミルクが死んでないことを確認すると、しゃがみこんで奴に問いただす。
「なんでお前、『魔王』じゃなくて『四天王』なんだ? おかしいだろ。お前の知識チートと実力があれば魔王になり替わるなんて楽勝なんじゃないのか? なんで家臣なんかやってる?」
実際魔王には会ってはいなかったが、俺は確信があった。
俺のファイアボールも回数を増すごとに洗練されて攻撃力が随分と上がってる。しかしこいつは三発目にも耐えて見せた。魔王の実力は分からないが、しかしバルスス族とどっこいどっこいの実力ってことは、おそらくそんなに強くはない。確実にカルアミルクの方が強いはずだ。
こいつは、おそらく魔族サイドの実質的なリーダーと見ていいほどの実力を持ってるはずだ。
「ナンバー1よりナンバー2、それが俺の人生哲学だ、文句あっか!?」
思ったよりもつまらない答えだった。
家臣として世話になったからせめてもの恩返し。そんな理由だったら俺の気持ちも変わったかもしれないが。
俺は奴に背を向けて数歩歩いてから、奴を手招きした。
「立て、空手で相手してやる」
よろよろと立ち上がりカルアミルクが構える。それに応えるように、俺も構える。
いつの間にか周りには人だかり。半数が魔族、半数が人間。大将同士の一騎打ちの様相を呈していた。
いたのだが。
ぶっちゃけ俺には勝算がある。たとえ魔力じゃなく空手勝負だとしても。
カルアミルクは割とアップライトに構えたスタンス。これが奴の元々のスタイルかどうかは分からないが、奴は今この構えしか取れないのだ。
三発のファイアボールを喰らって息も絶え絶えの状態、腰を深く落とした構えが取れない。
まず勝ちて、然る後に戦う。
これが俺の人生哲学だ。文句あっか!?
そして俺が魔法ではなくわざわざ空手で戦うのにも理由がある。
「がんばれー!ケンジー!!」
「ケンジ様頑張ってー!!」
ファーララがぎゅっと両手を握って祈るように目をつぶり、呟く。
「負けないで……ケンジさん……」
バルスス族に、二足歩行同士の戦い方を見せるためだ。
左半身に、深く構える。そしてカルアミルクが動くと同時に左足を下げてスイッチ。
初手は予想通りの下段回し蹴りだった。当然そこに俺の脚はもうないので空振る。これがもし仮に下段回し蹴りじゃなくても俺の回避行動は無駄にはならない。相手がどう動いても対応できるように行動してる。
俺は後ろに下げた左足を振りかぶり、下段回し蹴りを返す。奴の突き出された右足、その膝裏に。破裂音が聞こえ、カルアミルクは大きく体勢を崩す。
その隙に俺は奴の右手側、背中側に回り込み、同時に右拳で奴の顔面へのショートフック。防がれるが、しかしこれは囮だ。本命は奴の右わき腹へ、肝臓への打ち下ろしの左正拳。それも魔力を乗せた最強の一撃。
「イヤーッ!!」
「サヨナラーッ!!」
着弾と共にカルアミルクの体が魔力に負けて燃え始める。思った通りフェイントに全く反応できていなかった。これがブランクって奴だ。
悪いな、カルアミルク。恨むんならベアリスを恨むんだな。可哀そうだとは思うが、だがそれでもこれをやらなきゃいけなかったんだ。
魔王を倒さずに、なおかつ魔族勢力の最大の実力者であり、精神的支柱でもある男を倒す。これが俺には必要だったんだ。
俺がカルアミルクを倒すと、魔族達の表情は恐怖に染まり、取り乱して三々五々に逃げ始める。奴らはそれまで二足歩行で戦っていたのにナックルウォークで走り去っていった。やっぱりこういう恐慌状態になるとつい癖が出ちゃうんだろうな。
敵の大将を取ったことで俺は見事に魔族の侵攻を防ぐことができた。
魔王はまだその姿を見せてはいないが、いずれバルスス族と直接対決するときが来るかもしれない。
俺は天に向かって右拳を高くつき上げる。
「さすが勇者様だ!」
「ありがとうケンジ様!」
「かっこいい~!!」
口々に市民が俺を賞賛する。だが俺が、俺が本当に聞きたい声は……
「ありがとうございます、ケンジさん……」
いつの間にかファーララが俺の正面に立っていた。
「戦い方を教えてくれて。これで……私達は、ケンジさんがいなくても、魔族と戦えます……」
そう言って涙を一筋流した。
ああ、やっぱり分かっていたんだな。この子は賢い子だから。
俺は右腕を天に掲げたまま、顔を天に向ける。
「チェーンジッ!!」




