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俺TUEEEE!!

 バルスス族の若者達に稽古をつけて二週間ほどが経過した。


 しかしこれがまあ酷いもんだ。やる気あんのか。十分ほども練習するとすぐに「キツイ」だの「こんなの無理だ」だの言いだして休憩に入る。


 ホントはさあ……バルスス族に戦い方を教えて、魔王軍に……まあ「軍」っていうレベルのもんかどうか知らんけどさ、こいつらの程度を見れば相手の強さもお察しだろ。とにかく魔王軍と戦う力をつけさせようと思ったんだけど、根性が無さすぎる。


「やっぱこんなの無理だよ」

「勇者様はなんであんなに立っていられるんだ?」

「ずりいよな、女神さまにチートスキル貰ったんだぜ」


 何がチートスキルだボケ。


 とはいうもののだ。こいつらの成長するがままに任せていたら何万年かかるか分からない。俺は一本の長い棒を取り出した。


「なんですか、勇者様、それは?」

「そんなものを持って歩けるんですか?」

「いったいなにを?」


 ガヤガヤと騒ぐ男たちの目の前で俺はその棒を地面について体の支えにする。


「こうやって、まだ未熟で自分の力で立てない者は、これを支えにして立つんだ。これを……」


 俺は前をキッと見据え、力強く宣言する。


「『杖』というッ!!」


 何を言ってるんだ俺は。


「凄い!!」

「確かにこれなら立てる!」

「TUEEEE!!」


 相変わらず必要以上にいい反応を返す若者達。勘弁してくれ。


 訓練は遅々として進まず。なかなかバルスス族の男たちは歩けるようにならなかった。そこで俺が考案したのがこの「杖」だった。


 言ってて恥ずかしくなってくる。朝も昼も夜もず~ッと四本足の物な~んだ? 答えはこのボンクラども。


 全員に杖がいきわたるとすぐに立つ練習を始めるが、しかしやはり若者たちは休憩を練習を繰り返しながらだらだらと進める。やる気が感じられない。


 そんな中一人頑張っているのが首長の娘ファーララだ。


 彼女だけは文句の一言も言わずに男たちに混ざって黙々と二足歩行の練習を続けている。彼女の綺麗だった膝は擦り傷だらけだ。本当に、なんていい子なんだ。


 彼女の存在が発破になってくれればいいんだが、しかし流れに任せるにはいかない。男どもには「この先」がちゃんとあるんだ、とエサを見せてやらないとな。


 俺は事前に用意していた打製石器を切れ込みを入れた杖の先に挟んで、茹でて柔らかくしてあった竹ひごできつく結んだ。


「勇者様……それはいったい?」

「なんだろう……分からない」

「分からない、分からないぞッ!」


 ちょっとは頭を使えこのボンクラどもが。


 俺は杖を水平に持って、少し足を開いて立ち、石器を前に突き出すように構える。


「これは……『槍』だ……ッ!!」


 言ってて自分で恥ずかしい。


 俺は槍を前方に突き、払い、叩き、架空の敵を攻撃する。


「これを使えば、自分は安全な場所にいながら、離れた敵を攻撃することができる」


「なんだって!」

「そんな卑怯な……いや、しかし合理的だ……」

「悪魔の力だ……」


 槍が悪魔の兵器とかお前らぬるま湯に漬かりすぎだろ。俺は極めつけの技を見せる。


「そしてこれは手に持って戦うだけが能じゃない。こうやって……」


 俺は槍を右手で逆手に持ち、左足を前に大きく出して勢いをつけ、そのまま槍を投げて土壁に突き刺した。投げ槍だ。


「お……恐ろしい……」

「嘘だろ……こんなことが、こんなことが許されていいのか」

「非人道的兵器だ……」


 逆に聞きたいんだけど君らが認める人道的兵器ってなんなの?


 こいつら四足歩行がデフォだから投擲も今までろくに使ってこなかったらしい。どうやって狩りとかしてたんだよ。ホントによく今まで生き延びてこれたな。


 本当は弓矢を作りたかったんだけど、俺自身が作り方を知らないのであきらめた。自殺島でもかなり苦労して作ってたし。


 二足歩行ができれば、その先にはこのステップがある。それを理解してもらえれば歩くことの重要性を分かってもらえるはずだ。


「それともう一つ、これは戦いとは別の事だが、やってほしいことがある。女の人も集まってきてくれ」


 俺はそう言って練習場の地面に杖の先で「い」「ろ」「は」と文字を書く。


「これはそれぞれ『い』『ろ』『は』と読む」


「それは、いったい……?」

「意味が分からない」

「『読む』……とは?」


 やはり理解できないか。俺は一旦目を閉じ、そして見開きながら力強く宣言する。


「これは、『文字』だ!!」


「Moji……?」

「絵じゃないんですか?」

「いったい何に使うもので……?」


 ちょっと疲れてきたな。こいつらホント……わざとやってるんじゃないのかな。実は全部ドッキリだったりとか。というかむしろもうそうであってほしい。


 とは言うものの、本人たちが「知らね」っつうんだから今はそれを信じるしかない。俺は仕方なく文字の説明を始める。もしこれがドッキリだったらこの光景、傍目に見てたら相当イタいだろうな。


 とにかく文字があれば今俺が教えている技術をこの場にいない人にも伝えられるし後世にも残せる。上手くいけば別の集落にも伝えられるかもしれない。


 ……この恥ずかしいやり取りが永遠に残るのか。


 いつか遠い未来でまた異世界から人が召喚された時、この記録を見て「プッ、こいつ二足歩行でマウント取ってやがるぜ」とか言われるんだろうなあ。仕方ないじゃん、他に方法ないんだから。


「なんと素晴らしい……」

「勇者様は溢れる知の泉だ」

「知識チートじゃん」


 今まで俺、褒められるのってもっと嬉しいことだと思ってたんだけどなあ……


 とにかく俺は文字の開発についてはオールムの奥さんのアルテットさんに任せることにした。俺は彼らの言葉がベアリスの力で自動翻訳されちゃってるのでこの作業は出来ない。


 ああ、それにしても。


 チェンジしたい。


『何でですか! こんなイージーな異世界、これを逃したらもう二度と来ませんよ! この世界を平和にして、末永くみんなと穏やかに暮らしたいと思わないんですか!?』


 思わねえよ。


 何が悲しゅうて新石器時代で二足歩行も覚束ない奴らと末永く暮らさにゃならんのだ。正直今すぐにでもチェンジしたいんだが。女神の言葉なんて無視だ。無視。


『そっ、そんなひどいこと言わないで下さいよぉ……可愛いファーララちゃんが泣いちゃいますよぉ? 私も泣きますし』


 お前は別にいいけど……俺はちらりと首長の娘、ファーララの方を見る。どうやら文字の方は他の女衆に任せるつもりのようだ。杖を支えにして必死に二足歩行の練習をしている。


 ああもう本当にかわいい。いじらしい。


 男どもはもう休憩してるって言うのに、彼女は首長の娘という立場でありながら誰よりも努力している。真っすぐで真面目で、一生懸命で、本当にいい子なんだよな。


 というか他の人達も俺を温かく迎えてくれたし、女神の使徒として厚遇してくれるし、何より人間がみんな親切で穏やかだ。理想の優しい世界なんだよなぁ……二足歩行さえできてれば。


『でしょ? いいところじゃないですか。それにほら、最近のラノベでも流行ってるでしょう。現代日本の知識をつかって現代無双! 知識チート!』


「違うだろう!!」


「えっ?」


 俺が急に大きな声を出したのでみんなが振り向いた。


「あっ、すいません。今ちょっと女神の奴と話してて。気にしないで下さい」


「女神ベアリス様とお話を……」

「シャーマンでもないのに、凄い」

「さすが女神の使徒だ……」


 箸が転がっても賞賛。


「もう嫌だ。たくさんだ」


 俺は、もう限界だった。


「こんなの知識チートじゃねえわ!! 二足歩行とか杖のどこが現代日本の知識だっつうんだよ!!

 知識チートって、こう……違うだろう! もっとさあ、マヨネーズ作ったり、シャンプーとコンディショナー作ったり……いや俺どっちも作り方知らないけどさあ!!」


『マヨネーズとシャンプーも現代日本の知識かって言われると微妙な気がしますが』


「うるせえ!!」


 誰に向かって叫んでるのか。女神か、それともバルスス族の人達なのか。それが分からなくても俺はぶちまけずにはいられなかった。そうしなければ、俺の心が壊れてしまいそうだったから。


「どこの世界に異世界人に二足歩行教えてホルホルする知識チートがあんだよ! ここにあんだよバカヤロウ!!」


 俺は地面に持っていた槍を叩きつけた。


 辺りは静寂に包まれる。


 バルスス族の青年の一人が、恐る恐る、俺をなだめようと声をかけてきた。


「勇者様……その、何があったか知りませんが、落ち着いてください。そんな大声を出して……それじゃサルと変わりませんよ」


 お前らにだけは言われたくねーわ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひのきのぼうじゃなくてよかったね! 失われた技術が残念すぎる世界…。 カルアミルクちゃんは次回かな( *´艸`)
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