高校生こそ日常系ミステリー
「早いのねタマ」
「ユカが遅いの」
土間珠美は、遅れてやってきた部長――三島由香利に声をかけた。
いつもの放課後、文芸部の部室には傾いた日差しが差し込み、気だるい時間が流れている。
「何をしていたの?」
「生徒会の手伝いよ」
「ふぅん?」
「なによ?」
ノートパソコンの前に座っていたタマは黒髪ショートボブの前髪とメガネの隙間から、ユカに疑いの視線を向けた。
「口の横に白い粉が付いてるけど」
「……くっ、なかなかの洞察力ね」
慌ててハンカチを取り出し、口の横を拭う。
ユカの頬に白いパウダーが少し付着しているのを、タマは見落とさなかった。
本当はここで立ち上がり、舌先で頬を舐め「これは嘘をついている味だぜ!」なんて言えば高校生探偵としてキャラも立つのだろうけれど……。
残念ながらタマは、指先でメガネの鼻緒を持ち上げるのが精一杯だった。
「パウダーシュガー?」
「するどいわね、タマ」
長机とセットのパイプ椅子に腰掛け、ついにユカは自白を始めた。
「お菓子研究会で試食をしていたの」
「ずるい! あたしへのお土産は?」
「無いわ食べちゃったもの」
「ひどい、太ってしまえ!」
お菓子研究会は大人気で、部員は5名。
可愛らしい女の子たちが、いつもキャッキャウフフとお菓子作りを楽しんでいる。
調理室は甘い香りと、和やかな笑い声に包まれて、実に和やか。もうそのままアニメ化しちゃえよ、と思うほど良い感じだ。
辛気臭い文芸部とは雲泥の差である。
まさか、部長のユカは鞍替えを目論んでいるのではなかろうか?
タマのなかに疑心暗鬼が芽生え始める。
「タマを守るため、仕方なかったの」
「どんな理屈よ、自分だけずるい!」
「スノーボールクッキー、糖質が高いのよ」
「くっ……! ダイエット中の身には辛い」
タマは最近太ったとか言って、甘いものは控えている。
焼き菓子にたっぷりの粉砂糖をまぶしたクッキーなんて天敵だ。
文芸部で運動とは無縁、動かず、頭ばかり使っているのだ。甘いものを食わずとも、痩せる要素も無いのだが。
「それより、タマは探偵モノとか意外といけるんじゃない?」
「えー? うーんどうかな。観察は出来るけど、推理は無理」
「本格的でなくてもいいじゃないの」
「あー、日常ミステリーってやつ?」
「そうそう人気ジャンルよね」
「高校生の日常ミステリーか」
タマもそれなら書けるかも、と考えていた。
何気ない日常に潜む謎。それを解き明かす高校生の男女……。
高校生活で見落としがちな、ふとした疑問をネタにするのがコツらしい。
「ね、いけそうじゃない?」
珍しく協力的なユカ。自分だけお菓子を食べてきた後ろめたさを誤魔化すためなのか、とタマは心情を推理していた。
とはいえ、折角のアイデアを使わない手はない。
「確かに、何か書けるかも」
早速、タマはプロットの制作に取り掛かった。
日常ミステリー。
舞台は……文芸部でいこう。
他の部活は経験するか、取材するかしないと書けないから。
主人公は知的で無口なメガネ少女。メガネを外すと美少女設定は鉄板ね、とキーボードを打つ手もなめらか。
さて、そこで起こる事件は……。えぇと、
「小説が書けない謎を解明する?」
「それはミステリーじゃないわね」
面白いと思うけど。
「やっぱり殺人事件かなぁ」
「日常系って言ってるのに」
高校生活でそんなに人は死なない。
「盗難事件とかは?」
「何を盗まれるの?」
「夢……かな」
「マモーかよ」
あぁもう、決まらない。
日常系、日常系、ゲシュタルト崩壊してきた。
「違和感を感じて疑問を抱くところから始めてみたら?」
ユカが助け船を出す。
「違和感……。文芸部の部長が何故、お菓子を食べたか」
「まだ覚えてるの!? し、しつこいわね!」
「あたしにとっては十分ミステリーだもん!」
この後――。
タマとユカは、お菓子研究会に取材を申し込むことになった。
試食を兼ねて、部員たちの様子を取材する。
名目は「グルメ小説を書くため」ということで。