何かやっちゃいました?
「タマは彼氏どころか、告白されたことも無いんだ?」
「う、うるさいな! そんな事あるわけないでしょ!」
告られた経験を元にマウントをとる文芸部部長、三島由香利。
殺意にも似た眼差しを向ける土間珠美。
放課後の文芸部は今日も二人きり。
長机を挟んで恋愛について激しいマウント合戦が続いていた。
「そうよねぇ、タマだもん」
小学校の頃に一回、中学の時に一回、計二回ほど告白された経験がこんなに役に立つなんて。
加えて純文学で恋愛について学んだ知識。これでタマにマウントを取り放題ね。とユカはほくそ笑む。
「なによその顔、ムカつく」
不満げなタマ。
「タマも、いつか恋を知るときが来るわ」
自慢の黒髪を指で梳き、余裕の笑み。
「流石はユカ、文芸部の部長は凄いなぁ」
タマは棒読みの半眼で返す。
「私は告られた事あるもんね!」
「それは小学校のときでしょ!」
タマのツッこみなんてどこ吹く風。ユカは完全に勝ち誇っていた。
「私に釣り合う男子なら、考えてもよかったんだけど」
「ユカに釣り合う男子ってどんな? 想像つかないし」
「優しくて知的でエレガント、素敵で頼れる男の子がいいわね」
「恋愛小説と少女マンガの読みすぎだよ! いるかそんなん!」
思わずムキになってにらみ合う。
「タマも恋愛小説を沢山読むといいわ」
「本での疑似体験なら間に合ってます」
「まぁ、本物の恋は想像するのと違うけれどね」
「はーん? 恋を知るユカは凄いね、尊敬する」
彼氏なんていたこともないくせに。
「優れた文学作品は心の滋養、豊かな人間性も育まれるわ」
「豊かな人間性? スマホでソシャゲばっかりしてるよね」
「じゅ、純文学を下敷きにしたソシャゲなのよ」
「どんなソシャゲよ!? 適当言わないでよ!」
タマはだんだんユカとの会話にイラついてきた。
「と、とにかく! タマは『小説家になれよ』のしょーもない恋愛小説ばかり読まないで、もっと純粋な文学に触れたほうがいいわ」
「何よ偉そうに! 素人小説で悪かったわね。って、だからユカに相談したんじゃん。勉強のために恋愛小説は何がオススメかって」
真っ当な質問に、言葉に詰まる。
「そうだったわね、ごめんね。タマ」
「いいから教えて、読んでみるから」
「えぇと……。野菊の墓、伊豆の踊子、風立ちぬ……あと」
名作文学をスラスラと口にするユカ。
手元のスマホには、口にした有名作品と同じ文字が浮かんでいる。超高速の指さばきでスマホの検索サイトに「純文学 恋愛 オススメ」と打ち込んだのだ。
「なるほど、タイトル聞いただけで国語の教科書みたいだね」
「タマ、本気でもう少し教養をみにつけなさい。小説家はね」
マウントの上乗せ、ウンチクを語ろうとするユカ。
と、机に置かれていたタマのスマホが鳴った。
SNSのメッセージではなく着信だ。
「あ、ごめん電話」
「電話? 珍しい」
タマは電話に出た。
「もしもし……何? え? 食べるよ! じゃぁね」
電話を乱暴に切るタマ。
つっけんどんな言い方からして、親御さんか兄妹だろうか。
「ご家族?」
「ううん。ユウ」
「弟?」
「いや隣の家の男子」
「はぁ!? 男子ぃ!?」
ユカはバンッ! と勢いよく机に両手をついて立ち上がった。
般若のようなユカの形相に ぎょっとするタマ。
「な、なによ急に?」
「そ、それって、お、幼馴染ってやつ!?」
「あーそうかもしれないけど、姉弟みたいな感じだよ」
「それを幼馴染っていうのよ! 何、どこの学校なのよ!?」
「ヤンキーか! どこ中みたいに聞くな。同じ高校にいるし」
ユカとタマは一組。ユウ君は二組なのだ。
「タマ! 初めて聞いたわよそんな話!」
「だって、別に話すほどの事じゃないし」
タマはなんだか話しづらそうだ。
照れくさいと言うより、ユカに言うと面倒くさそうだったから。
ユカは興奮がとまらない。顔を真っ赤にしてタマに迫る。
「大事な話でしょ! それに今の電話はなに!? 家族と話すノリだった!」
「うーん? 家族じゃないけど、親同士も仲良くて、昔からあんな感じだし」
「昔から……」
「幼稚園の頃」
幼なじみ……!
創作文学では欠かせない、幼い頃からの馴染み。
男女の友達である例が多いが、そこから彼氏彼女の関係へ発展したり、しなかったり。
時には「噛ませ犬」というポジションと言われることもあるが、最後はくっついたり。
「ちなみに……何の電話だったの?」
「チキンカツ食うかって、聞かれた」
「はぁ!?」
「ユウん家のおばさんが、チキンカツ沢山作っから食べるかって」
ドシャァ、とユカは椅子に腰を下ろした。
白目の放心状態である。
「ユカ! どうしたの!?」
「あ……あのね……」
それが一番のネタでしょ。
幼なじみとの日常、あったらな。と誰もが思うやつじゃん。
「かはっ……!」
ユカはイメージ的に吐血した。
「ちょっと大丈夫?」
彼への気持ちがいつか恋に、なったりならなかったり……。ライバルが出現したり。それこそが恋愛ネタの基本ではないのかしら……?
ユカは声にならない声で、口をぱくつかせるばかりだった。
「え、え?」
「鈍感め!」
「あたし、何かわるいことした?」