新しい「追放」のかたち
「ユカぁ……」
文芸部の部室に気だるい声が漂う。
長机にうつ伏せになり、ネコのように脱力して伸びているのは土間珠美。ショートボブのメガネっ娘は、放心状態である。
「何よタマ」
スマホを眺めていた黒髪の乙女、三島由香利は間を置いて返事をする。
「考査、どうだった?」
「如何にも何も普通よ」
「普通って、何点よぅ」
「まだ返ってきてない」
中間考査が終わり、運動部も文化部も活動が解禁された放課後。今日も文芸部は二人きり。
「自己採点でさ」
「平均は95点」
「きゅうじゅうご!? 天才かオイ!」
「落ち着きなさい、ただの自己採点よ」
校庭から聞こえてくる運動部の掛け声も、心なしか弾んでいる。解放感に満ち溢れ、これでしばらくは青春を謳歌できる者、追試の実刑を宣告される者、悲喜こもごもである。
「タマは何点ぐらいなの?」
「聞かないで、悪かったの」
「悪いってどれぐらい?」
「たぶんユカより下だよ」
たぶんもなにも確実に下である。平均で95点を超える人間を目の前に、何をどう取り繕えばいいのかと。タマは沈黙することにした。
「私は学年で五位以内だけど?」
「あたしだって五番目だもん!」
しかし血の臭いを嗅ぎ付けたハイエナのごとく、ユカの嗜虐的で冷酷な追求が続く。
「学年の下から?」
「クラスでだよ!」
言わせんな! と涙目のタマ。傷口に塩を擦り込む愉悦に、ユカは口角を持ち上げる。
「ふっ、大変ね」
「くそがぁあ!」
発狂寸前である。
何故スマホばかりいじっているユカが学年トップで、日々精進(?)を重ねるタマが下流に甘んじねばならないのか……。
「普段から予習復習だけすればいいのよ」
「それ言われると、ぐぅの音も出ないわ」
「『今さら後悔してももう遅い』ってやつかしら」
「ネット小説で流行ってるけど、使い方が違うし」
「どう違うのよ?」
「それは……。たとえばユカがあたしを使えないからって文芸部から追放するじゃん? その後であたしが小説賞を受賞してデビュー! ユカが戻ってきてぇ……って泣いても今さら遅い! イケメン編集者とイチャラブで執筆活動を続けますが何か? って文脈で使うのが正しいの」
「タマの日本語能力がヤバいって事はわかったわ」
ジト目のユカ。
「ほっといてよ!」
タマはようやく自分の得意分野に話題が戻ってきたことで元気を取り戻した。
実のところこれはユカの優しさだった。これ以上点数のことで虐めるとパワハラになってしまうと、矛先を収めたにすぎない。考査の結果が戻ってきてからが本番ね、という余裕の表れでもある。
「追放ものって、一時期ほど流行ってないけど。今でも大人気だよ」
「ふぅん? 私はほとんど読んだこと無いけれど、タマも書けば?」
「確かに。あたしでも書けるかも……」
「要はマイナス状況からプラスに転じる面白さ。困難からの逆転劇は、昔からある物語の基本構造のひとつだものね」
「くそ……インテリぶりやがって」
タマの勢いを削いだところでユカが畳み掛ける。
「例えば旧約聖書の『楽園追放』が有名ね。アダムとイブが楽園を追放されて、人として歩み始めるの。そこから……」
「こ、古典だね! うん知ってる」
なんとか食いつくタマ。
「日本神話なら『神逐』かしら。神であるスサノオノミコトが高天原から追放され、そこから地上に降りて……」
「スサノオ、し……知ってる」
名前だけは。
「追放ものの歴史はとても古いわ。物語としての強固なフレームとして、ずっと使える構造なのね」
「お、おぅ……そうだよね、うん」
完全にウンチクマウントされ圧殺されたタマ。これ以上やるとライフがゼロになりかねない。
「タマもこれを参考にアイデアを出してみたら?」
「うん……なにか考えてみる」
「がんばって、応援するわ」
ノートパソコンに向かい作業をはじめるタマ。
プロットでも練っているのだろうか、キーボードを叩き、黙々と作業に没頭している。
少し気になったユカが背後から画面を覗き込む。
「何か良いアイデアが浮かんだの?」
「……浮かんだ、あたし天才かも!」
「ほう?」
「新しい追放の形」
「へ……ぇ!?」
ユカは固まった。
『成績が悪い! と高校二年から追放された私、一学年からやり直し転生で成績無双! え? 今さら飛び級で戻ってこいと言われても、もう遅い! これからは可愛い一年生君たちと幸せに暮らします♪』
あぁ、これはダメだ。
「えへへ、いいアイデアでしょ! 追放だよ」
「タマ、悪いことは言わないから止めなさい」
先生『この問題を解けるヤツいるかぁ!?』
生徒『無理だよ、そんなのまだ出来ないよ』
タマ「そこであたしがスラスラ解くの!」
ユカ「それ……言ってて空しくならない?」