ならばデスゲームだ
「ユカ、あのさ」
「なぁに、タマ」
平日の放課後、どんよりとした曇り空。
中間考査が近い放課後は、どことなく落ち着かない。
それでも二人は帰って勉強をするでもなく、文芸部でダラダラと時間を潰していた。
「次の新作、クラスで殺し合うデスゲームにしようかと思って」
ショートボブのメガネ少女――土間珠美がメガネを光らせながら言った。
窓を背にしているので逆光で表情はわからない。
「何があったか知らないけれど、止めておいたほうがいいわね」
黒髪ロングの文芸部部長――三島由香利は冷たく言い放つ。
「特殊能力で殺しあうの!」
「殺しあいなんて出来る?」
「それは、ムカつく相手なら」
「相手はクラスメイトでしょ」
「だけどさ、そういう状況になったら」
「クラスカースト上位の子に勝てる?」
タマは「うぐっ」と喉の奥から変な呻き声を発して固まった。
自分はクラス内では目立たないほう……というより、陰キャだ。自覚もある。
もしユカがいなかったら、今ごろは高校2年生にして便所飯デビューだった。
おのれ成績優秀でスポーツ万能、パリピでウェーイなカースト上位の連中め……! ぐぬぬ、見返してやりたい。溜まった鬱憤をデスゲーム(の小説)で発散させたいということで思いついた。
「い、異世界に転移して、それぞれ特殊能力を与えられて、壮絶な死闘をするの!」
「まっとうな神様なら、スポーツや成績の優秀な人間に優先して恩恵を与えるわよ」
「それじゃあたしはどうなるの!?」
「タマは、最初に死んじゃうと思う」
「実際にやるとは言ってないよ!?」
いや、まって。小説の設定の話がいつのまにかリアルな想定にすりかわってない?
「私が最初にタマを殺してあげるね」
「こ、怖いよユカりん」
「そのほうがいいよね」
ダウナーなメンタルで凄惨なストーリーを考えていたタマだったが、真顔で微笑むユカの視線に圧倒され、二の句が継げなかった。
闇堕ちの度合いではユカが上手らしい。
「す、すみませんでした!」
「あら、戦う前から降参?」
タマは机に頭をこすりつけた。
「テストが嫌で……現実逃避してました!」
「まぁ……。そんなことだろうと思ったわ」
タマが涙目で白状すると、ユカは溜め息混じりに眉を持ち上げた。
「あたしには無理……やっぱり殺せないよ。クラスメイト……好きだもん」
自分は引っ込み思案だが、クラスメイトは――特に上位と呼ばれる子たちは――気遣ってくれる。
殺しあいなどという発想をした自分が、とても惨めで矮小な人間に思えた。
ユカは立ち上がると、タマに近づきそっと背中を撫でた。
「デスゲームを書ける作者さんは尊敬するわ。けれど、サイコパス」
「サイコパス……って。それは才能だよ」
「じゃ、タマにその才能は無いわね」
「……!」
プロの作家や『小説家になれよ』では、デスゲームをはじめとした殺伐とした物語は人気のジャンル。けれど書くためには特殊な才能が必要になる。
キャラクターを殺し面白さを引き出すだけではない。各キャラクターの背負うもの、思考とロジックを組み合わせて戦わせる技術。どうやって生き抜くか、極限の駆け引き。
それらを描写できてはじめて、ストーリーとして最高に面白いものが書ける。
けれど、タマには書けそうもない。
小説であっても、物語の世界では「生きている人間」なのだから。
好きで生み出したキャラを殺せない。
それは書き手としては失格かもしれないが……。
「タマは自分が本当に面白いって、そう思うものを書けばいいのよ」
「自分が……本当に面白いと思う?」
「そう」
面白いと思って書き始めたギャラクシー★ナイツは完結してしまったが、キャラたちは今も星の世界で生き続けている。いや、むしろ戦いはこれからだし。
次こそ皆が楽しめるような、面白いストーリーを考えたい。
自分だけの物語を。
タマはメガネの曇りをハンカチで拭う。
「文芸部でのデスゲーム?」
「そこから一旦離れなさい」
タマ「文芸でバトル!」
ユカ「あるから、それ」