エタるより始めろ
「あのさ、タマ」
「なーに、ユカ」
淡い光が気だるい放課後。文芸部の部室では、ふたりの部員が長机を挟んで座っていた。
スマホをいじり倒しているのは三島由香利。万葉の世に生きた歌人を思わせる、流れるような黒髪の乙女。
ノートパソコンの画面を虚ろな眼差しで眺めているのは土間珠美。メガネを外すと可愛い……と自分で思っている地味子である。
「小説の連載、止まってるわね」
「あれね、なんだか忙しくって」
「三話以降更新されてないわ」
「なかなか筆が進まなくてさ」
言い訳がましいタマに、ユカがあからさまな舌打ちをする。
タマの新連載『ギャラクシー★ナイト サーティーン』の連載は止まっていた。連載開始当初は「あらすじ」欄に『毎日更新予定!』とあったが、翌日には代わりに『不定期更新』と書かれていた。だが、今はそれすら削除されていた。
「底辺作家らしい言いぐさね」
「作家だなんて照れちゃうよ」
「誉めてないわ」
「え、違うの?」
「書き手なら言葉から察しなさい」
「人物の心理描写って苦手だしさ」
「書き手に向いてない事は確かね」
「がんばってるのに、酷いなもう」
タマは手元のパソコンに視線を向けていたが、流石にカチンときたようだ。顔をあげてユカを不満げに睨む。
「言いすぎたわ。ここは前向きに。書けない理由を述べるのではなく、書ける方法を考えましょう」
ユカは言い終えるとちょっとドヤ顔になった。
部長として良いこと言った……とばかりに髪を耳にかきあげる。
「だって、思ったように書けないし。書いてもどうせ誰も読んでくれないし。なんて思っちゃって」
タマはすこししゅん、となった。
「悔しいわね。あんなに真剣に考えたのに」
「ユカ……」
寄り添ってくれる気持ちが嬉しかった。
まぁ、真剣に考えたかというと疑問符がつく。思い付きと勢いで書き始めたのが『ギャラクシー★ナイト サーティーン』なのだ。
情熱は消え失せ、面白いはず! という信念も揺らいでいた。どうせ人気もでないなら、ここで放置してしまおう。タマはそう思い始めていた。
「諦めちゃうの?」
「続けたいけどさ」
それが難しいから悩んでいる。
連載し続けるには膨大なエネルギーがいる。
書き手の中には、毎日連載し、軽々と数万文字、いや十万文字を超える作品を書き上げる人もいる。
けれどタマには難しかった。
作家にはなりたいけれど、原稿用紙3枚書くのでさえやっとなのだから。
「いきなり大作を書こうとするからいけないのよ」
「だって書ききれないんだもん。短編だと短いし」
「タマ、いいこと教えてあげる」
「ユカ、何か秘策でもあるの?」
ユカはため息を吐いた。
「なんていうか……。タマの作品読んだけど冗長な表現や描写が多すぎて、本題に入れないみたい。もっと短くていいから、展開を早くすればいいんじゃない? 騎士団の朝礼へ行く場面なんて特にそう。朝起きて歯磨きして、着替えの服を悩んで、とかこの描写いる!? 読者が期待しているのはギャラクシー★ナイトが活躍する場面でしょ。書くなら朝の朝礼に集合するシーンからでいいじゃない」
「は、話が長すぎて頭に入らない」
「もう! それでも作家志望!?」
いろいろ考えた挙げ句、タマは連載を終わらせることにした。
このままズルズルと休載状態、エタるよりいいと思ったからだ。
連載の無期限停止、通称エターナル。
書き手にとって「エタ作品」を量産するのは信頼感を損ねる。何よりも自分への自信も無くしてゆく。
それに数か月後には『この作品は更新が止まっています』などと、システムが嫌みくさい表示をする。
まさに墓標に刻まれる戒名のごとし。
そんな事が起こらぬよう、なんでもいいからきちんと「完結」させる。
それがユカが示した解決策だった。
「いい? 朝礼で騎士団が全員集合するの」
「なるほど、それなら千文字あればいいね」
タマは真剣にアドバイスに耳を傾ける。
「そして、真の敵の正体が明かされる」
「なら銀河皇帝が敵ってことにしよう」
「ラストは有名な」
「みなまでいうな」
――「いくぞ!」「おぅ!」
――俺たちの戦いは、始まったばかりだ!
――完
「これが鉄板よ!」
「打ち切りのね!」
タマ「というわけで次回から新連載!」
ユカ「書き手とは、依存症患者である」