キラキラ小説タイトル
「ねぇ、ユカ」
「なに、タマ」
放課後の文芸部。
安っぽい長机を挟んで、二人の女子高生が座っていた。一人はショートボブのメガネ少女で、もう一人は流れるような黒髪の乙女。
「新作小説、書き始めたんだ」
土間珠美はパイプ椅子にふんぞり返り、ノートパソコンの前で腕組みをした。やりとげたぜ、という心情を全身で表しているらしい。
「ふぅん、よかったじゃない」
「えー!? うそマジで読ませてよ! とか言うでしょ普通」
「誰の真似かしらないけれど、頭の悪い反応を期待しないで」
三島由香利の反応は今日もそっけない。視線は手元の本……の陰に隠されたスマートフォンの画面に向けられている。
「ってスマホみてるし!」
「調べものしていたのよ」
「ソシャゲじゃん! ガチャ回してるし」
「今いいところなんだから邪魔しないで」
「それでも部長かよ」
「あぁガチャ外れた」
「くそが」
「なによ」
二人はにらみ合い険悪なムードが漂う。
だが、少なくとも珠美に非はない。ガチャが外れたのも珠美のせいではない。
「せめて、アクセス数に貢献してよ」
「悪かったわ。新作、読んでみるね」
冷静さを取り戻し、部長の仮面を被った由香利がスマホの画面を操作する。
小説投稿サイト『小説家になれよ』を開く。
自称、現役女子高生の覆面作家、「たまりん」こと珠美が匿名投稿を続けているサイトである。
国内最大の老舗サイトは何万という小説が日々更新される激戦区。無数の作家志望が蠢く、修羅たちの戦場だ。
「えへへ、新作で検索してみて」
「いいわ、何てタイトルなの?」
「『ギャラクシーナイト★サーティーン』って」
まったく興味をそそられないタイトルだった。
作品が一覧で並んでいても気にも留めず、見向きもしないだろう。というか、サーティーンって何?
由香利は微かに眉根を寄せた。
「ファンタジージャンル? 全検索しても無いわ」
「そんなはずないよー」
「無いものは無いもの」
「おかしいなぁ」
「出てこないわ」
珠美が立ち上がって近づき、由香利のスマホ画面を覗き込む。
「あーもう、ユカってば。『銀河騎士』でギャラクシーナイトだよ」
「わかるか! キラキラネームみたいなタイトルはやめなさいって」
正式タイトルは『銀河騎士★サーティン』だったらしい。ようやく新作ファンタジーで検索に引っ掛かった
『銀河騎士★サーティン』
あらすじの欄に「ギャラクシーナイト」というルビがふってある。この時点でもう読む気がしない。
「サーティーンっていうのは、13歳とか13人のとかそういう意味?」
由香利が尋ねる。
「ううん、ちがうよ。12人の銀河騎士の落ちこぼれの、主人公の名前」
「ちょっとまって、12人でサーティーン?」
「だから主人公の名前が、サーティーンなの」
12人のギャラクシーナイト。そこに入れない落ちこぼれの主人公がサーティーンという名前らしい。思わず頭を抱えそうになる。
「もういいわ」
「閉じないで」
「無理よ、読みたくない」
「そんなこといわないで」
由香利が『小説家になれよ』を閉じようとするのを、必死で止める珠美。
「せめて読みたくなるタイトルにしなさいな」
「ちゃんと考えたもん! かっこいいでしょ」
「価値観は人それぞれだけど」
「読めば面白いよ、ねっ!?」
そういって面白かった試しはない。
世の中の投稿小説は「あらすじ」さえ読んでもらえないケースがほとんどだという。タイトルがまず心に響かない、興味をそそられない。そんな作品の方が圧倒的に多いのだ。
由香利はそれを身をもって体験していた。
「仕方ないわね。これも部長の仕事よね」
「すっごく渋々な嫌々感がハンパないね」
「あらすじは……と」
「自信作なんだよ」
ワクテカ顔の珠美。
――あらすじ
超銀河紐理論が解明されて数世紀。人類は外宇宙へと進出し植民地を築いていた。だが銀河を支配する性悪次元生命体ユカリオが人類を殲滅せんと
「……ひとついい?」
「銀河騎士はね!」
「いや、そうじゃなくて。これファンタジージャンルよね」
「そうよ。あたしSF好きだし、銀河の星を舞台にしたの」
「はぁ、悪役の名前は?」
「ユカをイメージしたわ」
いけしゃあしゃあと答える珠美。
「やっぱ止めた」
「あっ閉じた!」
読まれない小説には理由がある。そう確信した由香利だった。
タマ「今日のアクセス数はどう!?」
ユカ「一言でいうなら大惨事としか」
タマ「SNSで宣伝したのにおかしいなぁ」
ユカ「SNSのフォロアーも閑古鳥でしょ」