:009 奇襲
――床に空薬莢が落ちる音が響いていた。
銃を撃ち終え、アリエス達はキイチ達を追う事はしなかった。
椅子に座り、銃も戻した。冷静さを失う程愚鈍ではない。
「あいつら、デストロイヤーだったな」
「さあ?そうなんじゃないですか。一人は銃弾防いでいましたし」
「つまりシリウスは手薄って事だ、今が好機だな」
アリエスの言葉に、部下達は察した。
日頃シリウス極東本部に対し恨み言を言っている。自意識の高いアリエスは自らが最高指揮を執るべきとすら思っている。
シリウスの研究設備と人材、そしてキイチがホログラムに映したあの石を手にすれば、世界を望む形に出来るかもしれない。それだけの膨大な可能性を秘めている。
「……やるんですか」
「あの石を奪う。シリウスはもう用済みだ、潰せば今度は俺達に運が向く」
「橋はどうします?」
「……異変に気付かれて戻られても面倒だ、下ろしてやれ。但しゆっくりとな」
***
跳ね橋の前に車を着けていた。
キイチ達三人はゆっくりと下りるその橋を車内から見ていたが、あまりの遅さに耐えかねた。
「……嫌がらせですよね、これ」
「間違いねえだろ! キイチ、お前あいつらに何やったんだよ?」
「挨拶しただけですよ」
しびれを切らした三人は、跳ね橋横の制御室に入った。
本来跳ね橋の操作はこの制御室で行う。監視塔内から操作出来るようにされているのはアリエスが独断でそうしたからだった。
「やっぱり貴方がやった方が早いですよ、ヴィルさん。これ、電気制御で動いてます」
言われてヴィルは、頭を掻きながら進み出た。
「……仕方ねえな」
呟くと、ヴィルの左手袖から五指に沿って電気を帯びた鉄糸が伸びた。
人差し指から伸びた鉄糸が、制御盤に突き刺さる。ヴィルは神経が通っているかのように鉄糸を器用に動かし、制御盤内部を探る。
「コントロール取れますか」
「いや面倒くせえ」
制御盤が軽い破裂音と共にショートを起こした。火花を散らしエラー音を立てている。
そんな煙を上げる制御盤から鉄糸を戻しヴィルが外を見ると、跳ね橋は速度を上げて下りていた。
「じゃ、行くか」
三人は車に乗り込み、跳ね橋が完全に下りたのを確認すると奈落川の先へと向かった。
***
──真夜中。
灯りのない廃墟の街は暗闇。
その中をバイクで走るアリエスは、前方に一人の少年を見つけ急ブレーキをかけた。
その白髪の少年は、剣を持っている。明らかに戦闘態勢だった。
──何故ここにいる?
タイヤを滑らせながら左手で銃を取り出し、少年に向ける頃には既にその場には誰もいない。
少年──ロネリーは跳躍し、アリエスの死角、上方から剣を突き下ろした。
アリエスは左腕を裂かれ銃を落とし、バイクからも転げ落ちた。
不覚を取った。視界の限定されたこの暗闇での不意打ち、相手は周到に用意していただろう。アリエスには自身の能力を使う間も与えられなかった。
「テメエ……どうして!」
「敵が来ると言われた……いや、正確には“ここに来たのなら敵”だと。監視塔に閉じこもっていれば手は出さないが」
──嵌められた。
全身を強く打ち呼吸も苦しい中、アリエスは思った。誘き出されたのだと。
「あの石の存在を知ってここに来るのなら、止めろとの命令だ」
石を見せた事もデストロイヤーを派遣し手薄に思わせたのも、アリエスの野心を試す為。
着いてきた筈の部下が追い付いてこない。遠方から微かに銃声が聞こえていた、狙撃されたのだろう。この暗闇の中で。
奇襲をかけるつもりが、逆に奇襲をかけられた形になる。
(武装化されている監視塔から俺を引き出し、そして俺が能力を使う間もなく銃を無力化する……まんまと絵に描いた通りに動いた俺が間抜けか。しかしだとしたら、ニヴィスの野郎は……)
考えている間に、ロネリーは闇夜に消えていた。
代わりにアリエスの前に立っていたのは、仮面の男だった。
「聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
その声は静かに、まるで幼子に言う様に。それでいて何処か、残酷な響きを感じた。