:003 出会い
ピピッ
『はいは~い、もしもーっし。』
「ロネリーです」
『ロネリー君ってば、いっつも話の途中で切っちゃうんだから!もうお姉さんおこだわ!』
「それは、博士がくだらない話をするからですよ。」
「それよりも博士。F59に到着したものの敵反応が一体もないのは少しおかしい気がします。本当にこんな場所に回収目標があるんですか?真面目に答えて下さい」
『あら、真面目にって、私が何時も不真面目だったみたいな言い方ね』
「何時もじゃないんですか……」
少年は呆れて通話機の方をジト目で一瞥する。
『そうね、この廃墟一帯を衛星スキャンしても熱反応、視覚的反応共に引っかかる敵は極めて少ないわ。でも#暗黒物質__ダークマター__#濃度はこの一帯が飛躍的に高い数値になってる。何かしら敵に制限があるのか……あるいは……』
「親個体が高濃度の暗黒物質を吸って力を蓄えているか……どちらにせよ、早く任務を遂行した方がいいですね」
ロネリーは廃墟ビルF59の広間に足を踏み入れた。暫く奥へと歩を進め、黒い砂埃が風によって渦になっているのを目視できる以外特に敵の気配はない、と思ったその時。
天井からポタポタと黒い液体が床に垂れ始め、周りの粒子がその中心へと集まって行く。
『暗黒物質濃度上昇、既定値を突破。来るわよ』
先程の飄飄とした声ではなく緊迫した様子が通信機越しでも分かる。軈て、集まった黒い粒子は巨大な蜥蜴の化け物へと変化していく。黒く、渦を巻き、腹には六つの目が此方を睨む。ロネリーは側で浮遊する髑髏にそっと触れる。
「……仕事に集中したいので通信切ります、博士」
その一言伝えた後通信は切れてしまった。
***
廃墟施設の中でロネリーが対峙しているのは、体長五メートルはある黒い大蜥蜴。腹部の六つ目を向けていた。
その異形の存在を前にロネリーは焦る事なく、レザーグローブの端を整えている。
冷静に周りの地形に目を配り逃げ隠れ乍攻撃のチャンスを狙う。
「悪いがお前と此処で遊んでる暇はないっ」
蜥蜴は柱の影を利用して逃げ回るロネリーを追って次々と衝突と破壊を繰り返す。
────グォオオオアァアア
大蜥蜴は吠えていた。
ロネリーは敵を見据えながら、通信機を繋ぐ。
「F60に到着。ペイシェントと交戦、目的地までのナビを頼みます博士」
『やっと繋がったわね。オーケー、ちょっと待って……』
通信機の向こう側で博士と呼ばれる女性は分析を急ぐ。迫る大蜥蜴にロネリーは瓦礫を蹴り、剣を振るった。大蜥蜴はロネリーの剣を腕で防ぐが受け止めきれず、手を斬り裂かれ勢いで後退し壁に激突する。衝撃で柱は何本か崩れ、斬り裂かれた化け物の手は黒い粒子に戻り空中へと消えて行く。軈てロネリーは追撃の為一切の躊躇無く大蜥蜴に剣を向け直す。
『ちょっとロネリー君!!“施設”はなるべく壊さないでって言ったでしょおおおお!!』
が、不意に通信機から甲高い叫び声が響き渡る。キーンと頭痛がする声にロネリーは露骨に苛立ちの顔を見せるが、それが伝わる訳でもない。
『ロネリー、今いる位置から直進500m、右折した壁の先よ!』
「!」
目的地への経路解析が終了したと同時刻に大蜥蜴は予想よりも早く体勢を立て直していた。既にロネリーの眼前に迫り、斬り裂かれた腕を再生し再び突進してくる。
「003!」
ロネリーは剣を持たない方の腕を上げ拳を握り、命令と同時に剣の核が光り球体状のバリアが展開しロネリーを包み込む。衝突の衝撃で後方50m程押されたが、バリアのお陰でなんとか無事に防ぎ切れた。瓦礫や破壊された柱が邪魔で上手く闘えない。バリアが切れた瞬間、博士のナビに従いロネリーは走り出した。
『だからロネリーくううううん!!あんまり建物壊さないでえええええ!!』
通信越しの状況にもう一度叫ぶ彼女はその施設の重要性を知っているが故に、いつになく冷や汗。
「今のは俺じゃないです」
『もおおおお反抗期!?反抗期なのねロネリー君!? でもお姉さんそんな君もだ……』
────ピッ
言葉の途中で通信は故意的に切れた。
***
黒いうさぎの後を少年は必死に追いかけた。巨大な廃墟施設の中を見渡しながら歩いて行く。幾つもの階段を登り、“60”と書かれた大きなシェルターのような、明らかに周りのコンクリートとは違う巨大な扉の前にたどり着いた。うさぎはそのまま扉を潜り、その後に続き少年も進む。長くて暗い鉄で構成された道が続き、周りには薄っすらと電子的な光が奥へと続いていた。そう言えば、こんなに歩いたのに生き物の影が一つもない。
この時少年は黒いローブを身に纏っていた。どこから取り出したのか分からないローブをぬいぐるみから手渡された。
どれくらい歩いたのだろうか、一直線の道の向こうに光が見えた。長い時間暗い場所で歩いたせいか、眩しくて目が開けなくなる。
暗闇からの最後の一歩を踏み出した先には、コンクリートの壁とステンドグラスの窓が並ぶ中央に真っ白な木が一本立っている────庭だった。
────僕はこの場所をしっている。
少年はなぜかそう思った。懐かしいようだが、記憶を失っているばかりに何も分からない。
────僕は一体なんなのだろう。
自分が誰なのか、なんのためにあそこで目を覚ましたのか戸惑いながら白樹に手を伸ばす。
「なんだろう、このマークは。どこかで見た事ある気が……」
その言葉を掻き消すかのように、突然背後から激しい爆音と共に壁が崩れ、なにかが吹き飛ばされた。
「博士にあまり施設を壊すなと言われていたんだが」
驚いて振り向いた先には白髪に黒コートの少年が立っていた。
「目的地には辿り着いた」
白髪の少年────ロネリーはそう言いながら握っていた剣を骸骨へと変化させる。
「なんだ、先着がいたのか……お前誰」
無愛想に黒髪の少年を一瞥する。
「誰って……僕は……」
黒髪の少年は、その質問の答えを持っていない。言葉が淀んだ。
「というかなんで裸なんだ……」
ロネリーはレザーグローブの端を整えながら、全裸の少年を見つめ言葉を遮った。
空気は、少し冷えていた。
少年は自分の事を知らない。彼の問いかけに返す言葉は無く、信じる事も能わない。
そんな困惑を意に介さず、ロネリーは剣の切っ先を向けた。
「誰なのかは知らないが、お前のその姿を見たからには逃してやる事は出来ない」
何を言われているのか、黒髪の少年には理解が追いついていなかった。自分の手元を見るまでは。
自分でも知らぬ間に、左手から溢れる黒い粒子は纏りついて腕までを覆い尽くし、異形の獣の様な爪を形作っていた。
それは銀河の様に所々青白い光を発しながら蠢き、意識が吸い込まれそうな程の漆黒を湛えていた。
深い、漆黒だった。ロネリーから見たそれは、禍々しさすらあった。
「ローダンセ、チェンジナンバー001」
ロネリーの命令に周囲で浮遊していた骸骨はビビットライトなブルーの目を光らせ剣へと姿を変えて行く。