:001 目覚め
心とは宇宙であり、未知数だ。
誰もが一度は考えた事があると思う──果たして宇宙はどこから生まれたのだろうと。宇宙の始まりが何なのか、何故宇宙ができたのか、真実は暗く深く断片的な星の輝きを繋いでいるに過ぎない。心もまた同じ、始まりも終わりも曖昧で世界は何処までも広がり続けている。
──そう、この世界は未知で広がり続けているのだ。
***
遠い場所でパラパラッと何かが溢れ落ちて行く音が聞こえた。はっきりしないがよく耳を澄ますとサラサラと砂の様な繊細な音だ。微かに風が吹いて砂埃を撒き散らしているのがなんとなくわかる。しかし、それ以外の音は何一つ聞こえない。
「……っ」
徐々に不明瞭だった意識がはっきりし始め、風の音も遠い場所だと思っていた砂埃もはっきり聞こえる様になった。どうやら直ぐ耳元から聞いてたみたいだ。まだ身体は指一つ動けないが、ゆっくりと重い瞼を開ける事はできた。細く開いた目の先はまた真っ暗な空間で、目を開けても閉じても見ている風景は変わらない。
「ここ……は」
身体の感覚が重い痺れから少しずつ解放されるのはそう長くなかった。指先に力を込めると今度は指が一本、二本と動かせる様になり、手から腕、腕から肩まで力が順番に全身を巡って行く感じがした。意識が戻ってからどれくらい時間が経ったのだろう、凭れかかる背中にひんやりとした壁があるのがわかる。足を引きずりながら背後にある壁を頼りに、何度か崩れ落ちそうになる身体を支え少しずつ立ち上がらせる。
「……おもい」
目が暗闇に慣れ、少しずつだが周りの風景が見えて来た。どうやらここは廃墟したビルの一角、大きな柱がいくつかも並んでおり、所々崩壊して風化した瓦礫が転がっていた。
遠い遠い場所に一筋の明かりが射している。思考するよりも先に身体が自然と光を求め、錘のように重い身体を引きずった。
何故生物は本能的に光を求めて歩き出すのだろう。本能だからか。それが生き残る為の反射的行動だから。
一歩一歩光に近付いて行く。
「……っ」
陽だまりに包まれ重い身体は溶けて軽くなる。冷え切った身体を暖かい熱が染みわたり、眩しい光に暗闇に慣れてしまった目は耐えきれず痛く感じてしまうが、その痛みでさえ少し気持ちいいと思ってしまう。
彼は暖かく疼く目をゆっくりと開いた。男とは到底思えないブラックホールのように吸い込まれそうな程黒く、腰まで伸びている髪。開いた目はルビィ色に輝いていた。
その瞳に映ったのは、とても静かで、黒い粒子が舞う荒廃した世界。
照らす朝焼けの光はこの物語の始まりを意味していた。