ポートメーション
あなたは「 です。」と言った。
それは、名前だけ述べる簡潔な自己紹介の言葉だった。
私は「はい」と答えて、他に言葉が続かないかと待ったが、それ以上言葉が続くことはなかった。
あなたが言葉を発する時、それは必ず、なにか名詞が発せられた後、です、で締め括られる、簡潔なものだった。
あなたが小学生の頃、学校からの帰り道に、「花です」と言ったことがあった。
どこを指差すわけでもなく、視線の先に花があるわけでもなく、あなたはただ家への歩みを止めないまま、花です、と言った。
あなたの声を聞いた私は、眼球だけで辺りを見回して、電柱が突き刺さったアスファルトの割れた皺に、タンポポの花が咲きかけているのを発見した。
あなたがそのタンポポから48歩ほど歩いたところで、私はマンションの傍らに置かれたゴミ箱の下から這って出た。
そのままずるずると地面を移動して、あなたが私のことなど気にかけずに家の玄関扉を開けたところで、あなたが見付けた花の香りを嗅いだ。
顔を寄せると犬の尿の匂いがして、このタンポポは犬の尿を吸って黄色く色付いたのだと思った。
日が暮れたころ、あなたの住む一軒家が燃えていた。
太陽が斜めに着陸したことが原因らしかった。
あなたが「花です」と言ってから、273日経った日だった。
焼け跡から、あなたの歯が発見された。