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第1章 人影と封筒と

「お待ちしております」

 と、書かれた封書が新也アラヤの元に届くようになったのは、梅雨に入ったばかりの頃だった。

 しとしとと降る雨の中、新居に引っ越して2ヶ月目で、新也はそんな手紙を受け取った。

 谷本新也はしがない地方公務員である。

 彼はごく普通の27歳の青年であるが、一つだけ特技というか得意な体質があった。

 ありとあらゆるホラーやオカルトな出来事を引きつけてしまうという体質だ。

 今回の引っ越しも、一所に長く住むと、彼を尋ねて有象無象が押し寄せてしまうせいである。特に成人してからは、定期的に引っ越しを繰り返していた。

 その手紙は、封がされていない真っ白い封筒に、一枚のコピー用紙が入れられているものだった。用紙の真ん中へ一行、シンプルに「お待ちしております」と印字されていた。

 はぁ、と新也はため息をついた。もうすでに、なにかに目をつけられてしまったらしい。

 しかし、「お待ちしております」とは何だろう。

 もうすでにここには引っ越してしまっている。

 ここに何かがいるのであれば、「お待ちしておりました」が正しくはないだろうか。

 そう考えて、首を傾げながらその紙をぽいっとゴミ箱へ捨てるほどには、怪奇に新也は慣れている。

 その日は仕事終わりに厄介事が増えたなという感想で、就寝した。

 

 それからである。

 毎日、毎日、新也は手紙を受け取り続けることになった。

 それと同時に、新也の跡をつけてくる人影が現れた。

 「それ」は人間の形をしていた。仕事に行く際、外回りをする際、帰宅時……兎に角、新也が外に出ると現れた。彼の後ろ十数メートルほどを、付けてくる人影。

 一見、普通の保険か何かのセールスマンのように見えた。体に綺麗にあったスーツを着ており、背筋は伸びている。表情は暗くてよく見えなかったが、清潔気な身なりに手にはバッグを持っていた。

 普通の人間でないことはすぐに分かった。

 その人影は、彼の仕事のデスクの後方やランチを食べに出た蕎麦屋の店内にまで現れるのだ。そこには入れないだろうという隙間にも、体をぎゅうっと押し込むようにしてまっすぐ立ってこちらを見てくる。

 唯一、影が姿を現さないのが新也の部屋の中だった。

「何だかな……」

 新也は仕事帰りにポストを覗き込みながら呟いた。

 影はほんの数秒前まで新也を付けて帰宅していたのだが、先程ふいっと消えてしまった。

 そして、ポストの中には相変わらずの「お待ちしております」だ。

 誕生日も近いというのに、詮無いことだった。

「ああ、」

 誕生日と言えば……と部屋で新也はラインを立ち上げた。

 どうやって知ったのか、彼の高校時代の先輩にして、今は新進気鋭の作家、藤崎柊輔が新也の誕生日を祝いたいと連絡を取ってきたのだった。

 新也の誕生日、7月2日あではあと1週間。

 あの人が来れば、少しは変化があるかもしれない。

「とにかく、鈍感な人だからなぁ」

 本人には言えない独り言を、新也は呟いて今日の手紙を握りつぶした。


 その日、誕生日当日には、朝に手紙が届いていた。

 いつもは仕事の帰りにポストを見るのだが、ふと気になって、新也はその日に限って仕事に行く前にそこを覗いた。

「うわっ!」

 そこにはぎっしりと、封筒が詰め込まれていた。

 恐る恐る、その中の一枚を引き抜き、中を開ける。

 中には1行、

「もうよろしいですか」

 と、書かれてあった。

 新也は驚き、他の封筒も次々開けていった。

 開けてみた全てに、「もうよろしいですか」と問いかけが書いてある。

 意味はわからないが、勿論、よろしいわけがない。

 新也はしかし、手の中の封筒と仕事のカバンを見比べて、がっくりとうなだれ仕事に向かったのだった。


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