この俺を怒らせたら、どうなるか分かってんのか!?
正直に、ただのお客様としか見ていない。
「”この俺を怒らせたら、どうなるか分かってんのか!?”」
分かっているのはフルネームと住所。どんな時間帯にいるのか?基本、昼間。短気な性格。
「大変申し訳ございません」
「俺は朝から居たんだぞ!!なんで不在票入ってんだよ!!希望だって入れてるんだぞ!!なぁ!?こんな仕事で金もらえんのかよ!!おっさんさぁー!よく仕事できてるね!」
「インターホン鳴らしたんですけれども」
「鳴らした証拠とかあんのか!?ホントにいい加減にしろよ!!ボケ爺!!殺すぞ、ホントよぉ!!」
バタァンッ
在宅不在で怒られる事はしばしば。荷物を渡せば、大抵。ごめんねぇーとかなんだが……。近頃の若い者の中にはこーいうのもいる。
次の仕事に影響が出るくらい怒鳴られた木下は、ひとまず。車内でタバコを吸って、苛立ちを抑える。
「まったく、若い奴は……いや、若いのにキレる奴は……」
普段だったら、そいつの親とかが出てきてくれるんだが。なんだか、知らんが。最近は若い奴が出てくる事が多い。まぁいいやって思って、次の仕事に向かう。
まったく、何が怒らせたら……だ。こっちがキレたいんだよ。無駄な時間を使いやがって
◇ ◇
「よー、木下のおっさん」
相変わらず、目上の者に礼儀がなっていない。部長のお子さんと言っていたが
「例の客は怒ってたか?」
「山口が初回の配達で不在票切らなきゃ、こーならなかったよ」
「そんなこと言ったら、午前の再配で遅くに行った木下さんが悪いだろ?その時間に居なかった客も悪いけどな。ま、木下さんが怒られるのは日常じゃねぇか」
「ったく、配達ルート逆走するわ。散々だったよ。11時半頃なら居ろよ」
木下はタバコを吸いながら、会社の休憩所で休んでいる二人。一方で山口は、テレビを視ていた。
その時だった
『速報です。今日の昼頃、○○○○の×××アパートの3階で殺人事件が起きました』
「……!お、おい。木下さん……」
「あ?」
『その部屋に住んでいる◎◎◎さんが亡くなられました。警察は◎◎◎さんの兄の通報を受け駆けつけたところ、弟を口論の末、刺してしまったとのこと』
アナウンサーの声だけでなく、映像まで入って来たことで。2人は戦慄しながら確認する。
「こ、ここって。さっき、木下さんが行ったとこじゃね……?」
「…………そ、そうだな」
『地域の方々によりますと、弟と同居していた父親は2週間前、ガンで亡くなっており現在はそこで弟が1人暮らし。借金をいくつか抱えていたため、兄とも金銭トラブルになっていたとのこと』
危うく、殺人事件に巻き込まれるところだった木下。
『弟が逆上したため、兄もカッとなってしまい。台所の包丁で何度も刺して、気付いたら死んでしまったとのこと。前々から働かず、借金ばかりし、近所トラブルを起こす弟に腹が立っていた、と供述もしているそうです』
「お前が刺されて、殺されてるのかよーーーー!!!」
タバコを灰皿に押し潰しながら、このどこかで起きそうな殺人事件に対し
「なんなんだよ!!あのクソ野郎!!なに!?怒らせたら、あーいうの死ぬの!?殺人罪をこっちに押し付けるんですか!?無敵じゃねぇか、この野郎!!」
「どっちかっていうと、雑魚だろ……」
「馬鹿野郎!殺人罪で残りの人生が牢獄とか、ふざけんな!!おい!山口!!兄全然、悪くねぇよ!近所トラブルとついでに、この俺に対して、とんでもねぇ侮辱言ってるんだぜ!罪を消してやりてぇよ!!」
「いやいや、そーでもさ。殺人は良くねぇって」
「おかしいと思ったんだよ!最近、親が出て来ないと思ったら、死んでたのか!だから、息子の次男が受け取ってたのか!!あー、くそっ!!殺されてもいいじゃねぇーか!」
そんな感情的な木下に対して、山口は考えながら。
「……もしかして、木下さんが再配遅いからキレたんじゃね?」
「………え?なに。俺が悪いっての?」
「日頃から溜まっていたんだろうが、木下さんの仕事ぶりが大した事なくて、家の中で爆発しキレた。……いや、その荷物は確か高い品物だったな。借金してるのに買ったもんだから、兄と口論にもなる原因だったかもな」
「おいおいおい。なにか?おい。俺が、なに……仕事をテキトーにやったから……」
「たぶん、兄が来たのは12:00頃なんだよ。荷物渡したのは13:30だよな?本当だったら、午前中に受け取って、隠したかったんだろう。木下さんがちゃんと早めに行ってれば、こんな兄弟喧嘩は起きなかったかも……」
「止めろよ!!そんな憶測で、俺はクズの命と善良な人の人生を変えちまったってのかよ!?」
理由はどうあれ、もう結果は決まっている。遅かれ早かれ、事件になっていただろうし。逆のパターンも有り得ただろう。弟が兄を刺し殺してしまうという、悲しい事件に……。
だが、もう1つのパターンがある。
「いやー、怖い事件だな。良く助かっちゃったなぁ、木下」
「お、親……いや、部長……」
「うおっ、や、山口部長……」
山口兵多の父親にして、会社の部長。この休憩所に木下がいるんじゃないかと、顔を見せる。息子も木下も苦手としている人物であり、パワハラが上手い。木下の肩を掴みながら
「お兄さん、可哀想だな。クズな弟とはいえ、実弟だ。一緒に過ごした時間もあるはずだ」
「は、はぁ……」
「もっと別に伝えたい事があったはずだ。そうだろ、木下……伝えるべきことが世の中にはあるだろ」
「そ、そう、……ですよねー……へへへ、息子さん。目上の俺に対して、厳しい事を言ってるとか?ははは。教育ちゃんとしてました?……ふふふふ」
「そうなのか……じゃあ、木下」
その掴む手に力が入っていく……。
「”この俺を怒らせたら、どうなるか分かってんのか……”」
怒号で言うのではなく、静かに物騒な言葉を吐く方が威圧感がある。
なぜなら、考えと呼べるものがその口から開かれるから。
「あの謝罪で配達を遅らせるわ、怒りと焦りでガードレールに車をぶつけるわ、それを会社に報告しないわ、何食わぬ顔でここでタバコ吸ってやがるわ……」
「…………な、な、なんの……いや、誰のことでしょう?」
「君以外はいないでしょー。木下く~ん。君が彼等の代わりに、殺人犯になるか、死体になった方が良かったんじゃないのかねぇ?」
「ぱ、パワハラですよ」
「ほー、上司にそんな事言えるなら。君の車のドライブレコーダーを見ていいよね?ま、ドアの部分に見事な凹みがあって、言い逃れできないし……ねぇ。どーいう仕事してんだ、この野郎。俺もまた頭下げに行かなきゃいけねぇーんだよ……兵多、木下の残りの荷物を配達しておけ」
「俺がやるのかよ!?つーか、今!それ知ったのに!」
「つべこべ言うな!交通事故が起きたらそーなるくらい、分かるだろ!!」
「す、すまん兵多!あとで缶ジュース買ってやるから!」
こうして、木下も。山口部長に連行される形で、事故現場に向かうのであった。
山口兵多は泣きながら、夜中まで荷物を配り回ったのであった……。缶ジュースじゃ納得いかん。