無口で天然な後輩っ、降臨っ!
俺は急いでいた。時刻は午後7時をまわっている。
何をそんなに急いでいるのかというと今日は柚咲の誕生日だ。毎年欠かすことなく祝っている俺だが今回はマジでヤバい。
俺ももう2年生なので進路調査を学校がそろそろ聞いてくる時期になった。だが、俺には将来なりたいものが全くといっていいほどない。それどころか、大学を行くことすら迷っている。
勉強はできる方ではあると思うが、するのは大っ嫌いだ。
だから白紙で出したら案の定担任の松崎に呼び出され、延々と説教を受け、何もしたくないと言ったら松崎に泣かれ、気がつけば6時をまわっていた。
走り始めてから早1時間。電車通学をしているんだが、次に来る電車が10分後だった。あまりにもじれったかったから走ってここまで来たが、よくよく考えないでも電車に乗った方が早く着いたな。しくじった。
電車に乗らなかったことを後悔しながらも全力で走っていると、公園が見えてきた。滑り台やブランコ、砂場などがある至って普通の公園だ。
昔はよく柚咲とここで遊んだっけな。あの頃は、兄の鬱陶しさも知らない無垢な妹で可愛かったなぁ。もちろん、今の柚咲も好きだぞ。妹が嫌いな兄なんていない! 兄が嫌いな妹もいないと思いたいね。
そんな事を考えていると、ふと、公園のブランコに座っている女の子が見えた。暗いので詳しい容姿は分からないが、背で見ると小学校高学年から中学生のように見えた。
でも、今は夜の7時だぞ。あんな子が1人で出歩くような時間じゃないはずだ。それに、この公園には他の人影は見当たらない。
急いでいるんだが、見てしまったものは仕方ない。生憎、俺には夜の公園で1人、ブランコで佇む女の子を放っておけるような無関心さはない。
そう考えた俺は話しかけることにした。
少しずつ近づいていくと、女の子の容姿がはっきりと分かった。
少しピンクのようにも見える白髪のショートに、眠たげな目、身長も相まってとても幼げに見える。やっぱり小学生か中学生だろう。
「おーい、君、こんな時間に1人は危ないよ。お母さんはどこに行ったのかな?」
よしよし、これだけ優しい口調で話しかければ変なおじさんと思われることもないはず。
俺の優しい口調が効いたのか女の子は、話してくれる気になったようだ。しかし、少し寂しそうな顔で答えた。
「いない」
しまった。あまり軽率に家族の話を聞いたらいけないんだった。昔も、この質問で少しやらかしてしまったことがあった。今後も気をつけなきゃいけないな。
「すまない。君を傷つけるつもりじゃなかったんだ」
「いい、アメリカ」
あまりにも言葉が足りないけどお母さんは死んでなくて、今はアメリカに行っていると言いたいのか。それにしても足りなさ過ぎる。この答えにたどり着くのに少し時間をかけてしまったぞ。
「そうなんだ。それはそうとして、こんな時間にここで何をしていたのかな?」
「観察」
女の子はまたしても短い言葉で返してきた。
この子はあまり会話が得意じゃないのかもな。答えやすいようにゆっくり質問をしてあげよう。
「へぇー、観察か。何を観察していたの?」
「人間」
「人を観察することが好きなんだね。でも、こんな時間までここにいたら危ないよ。それに、こんなに暗くなったら人なんていないんじゃないかな」
俺がそう言うと、女の子は心なしか食い気味に答えた。
「いる。例えばあなたが来る5分前、いかにも平社員のサラリーマンが凄く慌てて走っていった。その10分前には、小学生の子供達が門限なのか慌てて自転車で駆けていった。そして、ついさっきはあなたが慌てて走っていた。現代人は忙しい」
そんな人達を見ていて楽しいんだろうか。しかし、急ぎ過ぎだろ現代人。俺も含めてだけどさ。もう少し心にゆとりを持って生きようぜ。ゆとり世代はよく色々言われるが、心にゆとりを持っていても誰もなにも言ってこないさ。
「みんな君みたいにのんびりしていればいいのにな。でも仕方ない部分もあるよ。大人は忙しいんだから。もちろん、俺みたいな高校生も」
「私も高校生」
「え……? 今なんて?」
「高校生」
え、嘘だろ? どう見たって高校生には見えない。有り得たとしても中学生だろ。
「あなたはどこで判断した?」
「背だが」
判断基準を答えると、女の子はとても憂鬱そうにため息をついた。
すまん、どう見ても高校生には見えない。もし道行く人100人にアンケートをとっても全員がそう答えるはずだ。
「みんなそう言う。あなたもそう」
「すまない、高校生には見えなかった。どこの生徒なんだ?」
「小此木山」
「俺と同じじゃないか。となると、1年生か?」
「そう」
そういうことなら、俺の心配はありがた迷惑ってやつだったのか。
「名前はなんて言うんだ? 俺は橘恭介、2年だ」
「冴島瑠莉」
「よろしくな、冴島」
「よろしく」
自己紹介を終えたところでふと思い出した。思い出してしまった。
ヤバい! 柚咲の誕生日会のことをすっかり忘れて話し込んでしまった。
恐る恐る時間を見てみると、7時半をまわっていた。
ほんとにヤバい。今朝家を出る時に母親が誕生日会は7時半から始めると言っていた。この公園から家までは20分、全力で走ったとしても10分はかかる。
今まで積み上げてきた俺の皆勤記録が……。
俺があまりにも落ち込んでいた顔をしていたのか、冴島が少し心配そうな顔で覗き込んできた。
「ガラガラガラ」
「はははっ、なんだよそれ」
後輩の意味不明な行動に思わず笑ってしまった。
「何かが崩れる音」
よほど上手いと思ったのかドヤ顔で答えてきた。
「お前、面白いな。学校でも仲良くしてくれ」
柚咲の誕生日会には遅れてしまったが、この無口でどこか天然な後輩に出会えたし、よしとするか。
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