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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

色白で高身長な俺を見ると異世界の住人は死ぬ

作者: 兄箱




 目を覚ますと、辺り一面が鬱蒼と繁った森だった。


 意味が分からない。


 俺がついさっきまで居た場所は大都会TOUKYOUだぞ? こんな野性味溢れた原生林なんか、生まれてこの方、一度も足を踏み入れたこともない。


 そんな場所に俺は倒れ伏していた。

 就活をした帰りだから、服装はスーツのまま。お陰で雑草や苔の上に直で触れていた部分がじっとりとしている。

 股の辺りなんか特に……。

 眠っている隙に粗相をしてしまった訳ではない、ということを声を大にしてここで宣言しておこう。

 そんなことはどうでもいいか、どうやら俺以外にはだれも居ないようだし。


 立ち上がって辺りを見回す。

 うん、見事に樹海だな。枝と葉に空が覆われて、太陽が殆ど見えないよ。


 それにしても、なんでこんな場所に?

 最後の記憶では、俺は就活に赴いた会社の面接でトチってしまい、連敗記録を更新したと確信しながら家への撤退戦をはじめていた所だった。

 社会に出て数年、もう何度目になるか分からない就職失敗に死にたくなりながら駅のホームの椅子に腰かけていたのだが、ついウトウトしてしまったのだ。


 ここまでしか覚えていない。

 ということは、そこで寝ている間に此処に来てしまった、ということになるのか。

 まさか、俺は無意識に樹海に来てしまうほど追い詰められていたのだろか? 然もありなん。


 そういえば、鞄がない。

 あれにはスマホも財布も入っていた、ついでに履歴書やらカロリージョイやらカロリーインゼリーやらも。だけど、周囲に落ちている様子はないな。

 こんなところにやって来た? 連れてこられた?って 以上は、鞄が手元にあるなんて期待していないけど。


 これ、何かのドッキリ企画か? いやいや、今どき俺みたいな就活敗残者をどうにかして視聴率を稼ぐような悪趣味な番組なんか無いだろ。芸能人でやれよってなるし。


 記憶がないまま富士の樹海めいた場所に来るなんてのも中々無いと思うし、怨恨や営利目的で誘拐されるような人間でもない。ということは、こりゃあれかね、某国に拉致されたというのが一番有力なのかね。

 樹海に放置されている理由は分からないけど。


 拉致したはいいけど、役に立たないと気付いて捨てた、とか、いきなり樹海に放り込んでサバイバル能力を見ようとか、そういうことなんだろうか? 


 うーん、駄目だな。考えていても仕様がない。

 幸いというか、驚きというか、俺はこの状況下でパニックを起こしていない。いや、他人事の様に言っているが、本当に不思議なのだ。俺ってこんなにキモが座ってたっけ?

 現実感が無さすぎて受け入れられないだけかも?


 まぁいい、パニックになっていないのは幸運だ。今のうちに動いてしまおう。

 こんな所で死ぬのは御免だからな。


 必要なのは水と、食料か。

 生水は危険らしいし、どうしよう? 汁気の多い果物なんかがあれば嬉しいんだけどなぁ。


 宛もなく歩き出す。

 地球は丸いんだ。1つの方向に歩いていればいつか必ず樹海から脱出できるはず。

 それで出られなかったら……、就職できず、就職してもブラックで、ワーキングプアの鬱になって首を切られ、また就活というスパイラルから脱出できる。

 どっちにしろ脱出は出来るっていう訳だな、ははは。


 歩いている内に、水の跳ねる音が聞こえた。

 魚が水面で跳ねたような音だった、ということは近くに魚が確保可能な水場があるということじゃないですか!

 まだまだ疲労も空腹も気にならないレベルだけども、探索拠点を作っていくに越したことはない。


 俺は音の聞こえた方向に走った。

 そこは、樹海がわずかに開けており、中心に綺麗な泉が湧いていた。

 澄んだ水に日の光が差し込み水面にキラキラと反射している。それはまるで幻想のようで……。

 う、美しい……ハッ!

 いかんいかん、見とれていた。まずは拠点を作らなきゃな。


 水場に近すぎると、野性動物とかが寄って来そうで怖いので、水場ギリギリの樹海の淵に拠点を作ることにしよう。


 こうなると木を切り倒すための刃物なんかが欲しいところだよな。

 そういえば、水場には黒曜石が落ちていると聞いたことがある。黒曜石じゃないにしても、打製石器になりそうな石くらい見つかるだろう。


 そう思い、泉に近づいた。

 あんまり手頃な石は無いなー、まさか泉の底に潜らなきゃ駄目かなー。

 ここから覗いて分かるようなら、一回潜ってみても……。


 ん?


 んん?


 今水面になんか変なものが映らなかったか?

 もう一度水面を覗いてみると、やはりそれ・・が映る。


 俺の顔? いや、だけどこれは……。それになんか、背後に妙なものが見える……?

 風で波紋が起こる水面に手を伸ばし、そこでまた異変に気付いた。


 なんか、俺の腕、長くね?

 なんとも言えない不気味な感覚に、背筋におぞけが走った。


 風が止み、水面が凪ぐ。

 水鏡となった泉に、はっきりと俺の顔が写り込んだ。



 ……おいおい、嘘だろ?


 俺は呆然と泉の淵に膝を付いた。

 就活用のスーツにじゅくりと水気が染み込むが、気にする余裕もない。


 何故なら、水面に映った俺の顔には、目も、耳も、鼻も、口も、髪の毛さえも残されていなかったからだ。

 まるでのっぺらぼうのように、異様に白い顔の形をした何かが首の上に乗っかっていた。


 一言でいうなら異形だ。もしくはゆで卵。

 しかし、異形は顔だけに止まらない。


 恐る恐る顔を触る手はひょろ長く、関節1つ分は増長していた。何ともふざけたことに、伸びた腕に対応するように着ていたスーツの袖も延びている。意味不明過ぎて、恐怖や戸惑いの前に笑いがでてしまった。


 極めつけは、背中から伸びる触手だ。


 ……何を言っているのか分からないと思うが、木の根のような触手めいたものが四本、俺の背中から突き出しているのだ。

 冗談だと思う? 俺もそう思いたい。


 だが、この木の根を自分の意思でぐねぐねと動かせてしまうと、これも自分の肉体の一部なのだと認めざるを得ないのだ。


 俺の今の容姿をまとめると、ビジネススーツを着た腕長の白いのっぺらぼう+触手四本、ということになる。


 どうみてもバケモノです本当にありがとうございました。


 まさか、これは転生というヤツなのだろうか?

 生まれ変わるにしても、生まれ変わり先というものがあるんじゃなかろうか?


 というか、俺はいったい何になってしまったんだ!?



「見つけたぞ! 番人!」


 バケモノに就職してしまったのかと頭を抱えて落ち込む俺の背後から、怒声が響いた。

 泉の周囲は開けており、俺以外には誰もいない。

 ということは俺に話しかけているのか?


「 こっちを見ろバケモノ! 貴様を倒して、俺は魔王城に辿り着いて見せる!」


 うん、たぶん俺だろう、と立ち上がり振り替える。

 あぁ、意識すると異様な背の高さが気になってしまう。


 異様な俺をいきなり怒鳴り付けてくれたのは、これまた異様な男だった。

 とはいっても、俺みたいにバケモノ染みている訳じゃない。服装が変なのだ。

 傷だらけの西洋風な鎧、片手剣と盾、そして緋色のマント。頭には宝石の填まったサークレットを付けており、ツンツンと立った髪の色は黒だ。

 なんか、イカニモな勇者って感じだな……。


 勇者に、魔王城に、番人ねぇ、こってこての王道ファンタジーなのかしら?

 ファンタジーなのに俺は鎧やローブを着ておらずビジネススーツっていうね。世界観壊してすいません。こうなるって分かってたら鎧を着て面接に行ってたんだけどなー。ハッハッハ。


「俺は勇者アルバート、番人、貴様を倒し、そして魔王を倒し、世界を平和に導く者だ!」


 やっぱり彼は勇者らしい。

 そして俺は門番? 番人?らしい。初耳です。

 話を聞いていると、俺がまるで魔王城とやらの門を守っている中ボスモンスターのように聞こえるんだけど、人違いだよな?

 だって城っぽいものなんて何処にもないし、触手が生えているだけのヒョロガリのっぺらぼうな俺に戦闘能力があるとは思えない。


「…………」


 人違いですよ、と伝えたかったのだが、口がない俺には言葉を発することは出来なかった。

 目は見えるし耳も鼻も機能しているのに喋るのは無理なのか。なんだその縛りは。

 言葉を発したところで、話が通じるかどうか分からないけどな、二重の意味で。


 戦うなんて真っ平ごめんだし、通りたいならどうぞ、と道を開けてやる。

 是非世界に平和をもたらしてくださいよ。ついでに賃金上げて、ボーナス&有給あるある詐欺とサービス残業を滅ぼしてくれ。更に言うなら人が辞めないでずっと働きたいと思える職場環境を作って欲しいんだ。勇者なら出来るよな?


「貴様、何のつも……ぅ……あ……」


 勇者アルバートは怒鳴りかけたが、何故か言い淀んだ。

 不思議に思って顔を覗き込むが、目の焦点が合っていない。ぐるぐると黒目が動き、口の中でブツブツと呟きだした。

 え、何? 怖いんですけど?


「あ、あぁ……、うわぁああああああああ!!?」


 勇者は 絶叫 を上げた!


 驚いて尻餅をついてしまい、スーツが更に汚れる。

 仮にも俺を倒すとか言ってる相手を目の前にして隙だらけになってしまったが、アルバートはもう何も目に入っていないようだった。


「うわっ、うわぁあ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!、来るな! ああああああ助けて誰か助けてええええええ!!」


 見えない何かに向かって剣を振り回し、叫び続ける。

 なんだよ。何が起こってるって言うんだよ!?

 俺は尻餅をついた姿勢のまま、ただ呆然と自称勇者さんの狂態を眺めているしかできなかった。

 やがて、アルバートは足を縺れさせて倒れ、口から泡を吹きながら喉元を掻きむしり始めた。

 ひ、ひぃいい! バリバリって、皮が! 血が!

 自分でぐちゃぐちゃにしている喉だけじゃない、目からは血涙が流れだし、股間も真っ赤に染まっている。

 まるで、身体中から血液を排出しようとしているかのように。


 勇者の動きは段々と鈍くなり、ついに動かなくなった。

 それでもしばらく痙攣していたが、それも止まる……。


 し、死んだ……?


 恐る恐る這い寄ってみても、ぴくりとも動かない。

 近くで見た勇者の顔は恐怖にひきつり、目が限界まで見開かれ眼球が飛び出しそうになっていた。

 掻きむしった首もとは血まみれで、指の爪は幾つか剥がれてしまっている。

 血の泡が溢れた口からは、痙攣で噛んでしまったようで千切れかけた舌が覗いている。


 凄惨な死体だった。




◆◆◆




 自称勇者さんの突然の死から数ヵ月。

 自称とはいえ、勇者を名乗り魔王城の番人……らしき俺の所に来られる程の男が何故いきなり死んでしまったのか、理由は不明のままだ。

 勇者が死んだ理由は、多分俺にある……のか? もしくはこの森だと思うんだけど、確証がない。


 凄惨な死体は森の奥に埋めさせて貰った。

 未だに動物一匹発見できない森だけども、そのまま放っておいたら野性動物に食い散らかされるかもしれないし、何より見た目や臭いが不快だからな。


 処理・・は淡々とおこなった。

 狂い死んだ人間を目の当たりにしたのに、俺は怯え一つ抱かなかった。いきなり叫ばれたのには驚いたが、恐怖心は全く沸き上がらなかったのだ。

 これもバケモノとなった影響なのだと思う。意識は人間である俺だが、感じ方や考え方はバケモノ側に傾いてしまっているらしい。


 それは常日頃強く実感出来ている。

 特に、森に侵入者が入っている時などは特に。


 この数ヵ月、俺は自分に何が出来て何が出来ないのかを把握することに努めていた。

 それで色々分かったことの一つに、触手を木々に触れ合わせることで森全体を、木々をネットワークのようにして感じることができるということがある。

 触れる触手は一本で充分、それだけで木々の一本一本に自分の目があるかのように見ることができるのだ。

 あまりにも多くの木々から情報を得ようとすると頭が爆発しそうになるけど、極々単純な震動感知くらいならば一瞬でやってのけられる。


 その俺の感知が、森へ侵入してくる一団の動きを捉えていた。

 震動感知以外にも、温度感知、視覚共有を発動させ、その一団を詳しく確認する。

 その集団は、斥候らしき軽歩兵隊と、重装備の騎士で構成されていた。奇妙なのは集団の真ん中で御輿が担がれていることだ。ドアや窓があるようには見えない。イメージとしては百葉箱が近いか?

 それを担ぐのは簡単な装備をした男達だが、彼らの首には大きな鉄の首輪が嵌まっている。どうやら奴隷兵士らしい。


『ここいらで勇者アルバートの反応が途絶えたのだったな』


 震動感知がやつらの声を拾い上げた。

 日本語に聞こえるけど、たぶん転生得点の言語翻訳機能とかそういうのが仕事してるんだろう。話せないから効果半減だけど。

 話しているのは後方に控える重装備の奴等か。身なりが良さそうな重装備連中にあって、更に装飾過多な重鎧を着こんでらっしゃるから、偉い人なんだろうな。


『正確にはもっと奥ですが、早めに巫女カナリアを出しておきますか?』

『いや、いい。前方の斥候隊から悲鳴が聞こえてからでも間に合うだろう。その後の手筈は分かっているな?』

『はい、当然です。巫女カナリアがフィアー型番人を抑えている間に、我々は大きく迂回し魔王城へ進攻、役目を終えた担ぎ手を壁にしつつ玉座へ突撃し、果断かつ攻撃的姿勢を貫徹し魔王を徹底的に粉砕する。ですね』

『そうだ。独断専行しあたら命を捨てた勇者を擁護していた文官共ではなく、国土防衛を担う我々武官こそが、国民自身として国家を脅かす巨悪を討たねばならぬのだ』

『さすが鎮護将軍閣下、閣下であれば必ずその使命を遂行できると確信しています。我が命も存分にお使いください』

『うむ、俺を信じ、命を預けよ。英雄としての勝利を約束してやろう』


 そこまで聞いて、一旦震動感知を解除した。

 ふむふむ、詳しいことは分からないけど、要は以前の勇者と同じで魔王城とやらを目指してこの森に入ってきたってことで良いんだよね。

 で、フィアー型番人とか言ってたけど、番人って多分、俺のことだから、俺がそれってことになるんだろう。

 勇者の反応云々と言っていたし、現場を盗聴ないし盗撮でもされていたのかな? おのれ、盗聴盗撮とは卑怯な、人として恥ずかしくないのか!


 カナリアとやらが俺対策なのだろう。

 向こうさんはヤル気満々ってことか。

 悲しいな、俺はただ平和に穏やかに、植物のように生きたいだけなのに、勝手に相手が殺しに来るんだもの。


 だけど、俺に彼らをいちいち相手にする義理など無いのだ。

 門番? 知らんよそんなこと。

 わざわざ対策してもらって悪いんだけど、俺は逃げます。


 この長身と何故か脱ぐことが出来ないスーツは森の中でのステルス性がやたら低い。だが補足されていない今ならば流石に簡単に逃げられるだろ。


 それについ最近のことだが、逃げるのにピッタリな能力を持っていたことに気付いたのだ。


 御覧いただきましょう。

 まずは木の陰に入ります。

 次に、木の陰から出ます。

 するとアラ不思議? なんと森から森へ景色が変わっているではありませんか!?

 そう、つまりワープです!


 変わっているように見えない? まぁ景色は全部木だから、大差はないのだ。

 一度に跳べる最大距離は50~200メートルと安定しない。だけどクールタイムとか無いのでバンバン跳べる。

 入る陰と出る陰は別にしないといけない、出たばかりの陰には入れない、などのちょっとしたルールはあるけども、特に制限があるようには感じない。

 ほぼ無制限のワープ能力と言っても過言ではないだろう。


 それじゃ、説明もほどほどにさっさと逃げさせて貰いますかね、連続でワープ、ワープ、ワープ、ワープっと。


「…………」

「…………!?」


 あ……。

 ワープしてきた木の陰から顔を覗かせると、見知らぬオッサン達とばっちり目が合っていた。

 俺は、思いっきり侵入者集団のど真ん中、担がれた御輿の後ろ辺りに出現してしまっていたのだった。


 馬鹿な、振動感知等々は発動させていたはず、俺は確かに侵入者ズを避けたのに! くそぉ、木が多すぎるのがいけないんだ!


 意気揚々と喋くってずんずんと森を進んでいたオッサン達は、完全に意表を突かれたらしく、俺を見て硬直していた。


「か、閣下……」

「そんな、脅威感知は発動させていたはず……、門番との距離は開いていたはずだ……!」


 俺が考えていたことと似たようなことを筋肉まみれのオッサンが呟いていた。その顔には赤黒い湿疹が浮き上がり、血涙が流れ始めている。

 あぁ、もうこの後の展開が予想できるぜ……。グロ注意! グロ注意!


「見て、見てしまった、ぎゃあああああああああッ!!」 

「嫌だ、こんな風に死ぬなんげぶろばぁッ!!」


 顔中の穴という穴から体液を吹き出して悶絶しているオッサン達は、頭皮が剥がれるまで頭を掻きむしり、指が折れるのにも構わず木の幹を引っ掻き、喉が潰れるまで折れた指で握り締めたりと勝手に地獄のような酸鼻な光景を作り出していた。


 そしてそのまま動かなくなる。


 恐らくこの集団のトップであろうオッサン達が凄惨な死に様を迎えたことに、周囲の奴等も気付いたようで次々に振り返り、殺到し……、次々に同じような地獄を作り出して死んでいった。


 俺は何もしていない。

 ただ此処にぼんやりと突っ立っていただけだ。

 俺を見た。ただそれだけで、彼らは勝手に発狂し、自分で自分を痛めつけて死んでいったのだ。


「…………」


 自称勇者が自傷勇者になった時に薄々気づいてはいたが、どうやら俺は狂気伝染体質とでも言うのか、見たものを狂死に追いやる能力を持っているようだ。

 SCPかな? いやSPCだったかもしれない。

 彼らは俺のことをフィアー型番人と呼んでいた。

 フィアー、即ち恐怖。見るものを恐怖に陥れ狂気を伝染する怪物が、今の俺なんだろう。

 ははは、なんというか、なんだろうね、この状況。

 色白で高身長とか女性にモテそうなフレーズなのに、実際は人間皆殺しマシーンらしいです。

 いくら人外になってしまったとはいえ、今後、人の前には絶対に姿を表すことはできないことが確定っていうのは結構堪える。


 まぁ、今の俺は魔王城への道を守る番人らしいので、人に会わないに越したことはないし、侵入者が来た場合は手軽に撃退できるに越したことはないんだけどさ。

 番人とか言われても、仕事振られた訳でもないし、給料も貰ってないので実感無いけど。


 俺はこのままこうやって存在し続けるしかないのだろうか?

 食事も睡眠も必要なく、見られるだけで他人を殺してしまうような怪物のまま、何の楽しみもなく森を彷徨くだけ。そんな時間を過ごすしかないのだろうか?


 森から出ればいいと思うかもしれないけども、番人としての特性なのか、壁のようなもの阻まれて森から出ることは出来なかった。

 出られるとしても、見られたら相手を殺してしまう以上、出るつもりも無いけども。


 いっそ、自分で自分を殺……、いや、それは、まだ勇気がない。森への団体客を皆殺しにしといて何だが、俺は死にたくないんだ。だけど、殺したくもない。

 もうどこかの洞窟にでもこもって、生涯外に出ないようにするしかないのかもしれない。


 そうだ、それがいい。

 彼らを埋葬したら洞窟を探してみるとしよう。無ければ自分で掘ったっていい。これがホントの掘ったて小屋……なんちゃって。


 ははは……はぁ。


 ため息を一つ吐いて、墓穴を掘り始めようとした、その時だった。


 カタン。


 何かが動く音がした。

 そういえば、御輿のような物があったんだったか。中にいる人がまだ生きているのかもしれない。

 護衛の兵士も担ぎ手の奴隷兵士もみんな死んでしまったが、御輿の中は視線が遮られていたはずだからな。

 せっかく命を拾ったのに俺を見てしまったら台無しだ。

 俺は素早く木の陰に身を隠した。


 ワープで離れれば一番だけども、生きている人間に少しでも関わりたいという俺の寂しさが、俺を此所から離れ難くさせていた。


 百葉箱のような御輿はカタンカタンと動き続けていたが、やがて諦めたように静かになった。

 まさか、御輿の壁の隙間から俺を見てしまったりしたんだろうか?

 もしもそうなら、俺は俺の人恋しさで人を殺してしまったことになる。後悔してもしきれない。

 俺は項垂れ、その場から離れようとした。


「すみません兵士さん、御輿が傾いているようなのですが……、戻せませんか? その、すごく座りにくいんです……」


 中から困り果てたような声が聞こえた。

 確かに、担ぎ手が死んだことで御輿は盛大に傾いている。というか、墜落している。

 御輿の中の人は周囲の状況に気づいていないんだろうか? あまりにものんびりしているというか、危機感が無さすぎる。

 自分で言うのもなんですが、ここ、目撃したら発狂死確定の怪物がいる森なんですよ?


「ついうとうとしていた私も悪いのですが、もう少し優しく起こしてくれても良いんじゃないでしょうか?」


 反応が無いことにムッとしたのか、今度は少し怒ったような声音になった。

 まさか、御輿が墜落しているのがうたた寝していた自分を手荒に起こすためだと思っているのか?

 いやいや、それは無いでしょうよ。


 なんだか気勢を削がれた俺は、木の陰から触手を伸ばし、百葉箱の扉を開けた。

 さぁ、さっさと出てきて、それで周りの状況に気づいたら逃げなさい。童謡のクマさんみたいに追っかけたりしないから。


「私の役目として、もう少し丁寧な扱いを……ぅきゃあ!」


 珍妙な悲鳴と共に、百葉箱の中から一人の少女が転がり落ちてきた。

 まずい、見られると思い触手を引っ込める。触手だけなら問題ないかもしれないけども、用心に越したことはない。


「うぐぐ……、どういうことですか? まさかもう番人の居場所に着いたということですか? それに、この臭い、何なんです?」


 少女はキョロキョロと周囲を見回し、自分の服の埃を払う。

 ……いや、待ておかしい。周囲には筆舌に尽くしがたい凄惨な死体がゴロゴロしているのに、小さい女の子が悲鳴一つあげないってどういうことだ?

 一目見たら大の大人でも恐怖に叫んで腰を抜かすような光景なんだぞ? 俺だって口があるなら叫んでる。自分が作った状況だけどな。


 それなのに、少女はまるで見えていないかのように辺りをキョロキョロと見回し続け、よろよろと立ち上がる。

 その手は頼りなくふらふらと宙をさまよい、何か掴むことができる物を探しているかのようだった。

 大丈夫だろうか、どこか怪我をしたんだろうか。

 心配になって様子を伺っていたんだが、不意に少女がこちらを振り向いた。


「…………!」


 まるで見えて・・・・・・いないかのように・・・・・・・

 冗談じゃない。

 こちらを向いた少女の顔の、目玉が収まっているはずの場所には、暗い暗い窩が空いているだけだった。

 少女は本当に目が見えていなかったのだ。

 それでも瞼を開き周囲を見ようとしてしまうのは、最近まで目玉が有ったからだろう。


 俺は思い出した。

 侵入してきた一団の偉そうな奴等は、カナリアがフィアー型番人を抑えると言っていた。

 それは、この少女のことだったのだ。

 奴等は俺への対策として、俺を見て死なないように少女の目玉を抉り取ったのだろう。

 少しでも番人に対抗して時間稼ぎをさせるために。


「……? 皆さん、いないのですか? まさか私を置いていったのですか……? ということは、番人が近いのですね……。せめて一言言ってくれれば良いのに……。無力な女の子を生け贄にするのが後ろめたかったのは分かりますけど」


 少女は呆れたように溜め息を吐くと、懐から帯を取りだし目のところに巻いた。

 うん、それが良いと思う。眼窩剥き出しって衛生上悪そうだから。

 魔法やなんやかんやで病気や壊疽は防いでいると思うんだけどね。


 俺の心は少し浮き立っていた。

 だって、経緯はどうあれ、俺を目の前にしても死なないかもしれない女の子が居るんですよ?

 誰にも見つからない場所で孤独に閉じ籠ることを覚悟していたのが一転、もしかしたら寂しさに泣き濡れることは無くなるかもしれないのですよ?

 喜んだって仕方がないじゃないですか!

 しかも、少女は可愛い。艶のある黒髪を短くオカッパにしており、頬は桃色に色付いている。唇は血色が良く、花盛りの桜のようだ。服装は生け贄の装束なのか、アイヌやネイティブアメリカンめいた民族性を感じる紋様多目のポンチョのような服装だ。

 結論として、目玉の有無など些細なことと思えるくらい可愛い。


 御近づきになれるだろうか?

 前世でまともな女友達を作ることが出ることが出来なかった俺には、女の子に声をかけるというだけでかなりヘヴィなミッションに思えるんだが……。

 あ、いや、俺、声でないんだったわ。

 じゃあ手話で……って、少女は目が見えないんだ。

 え……? コミュニケーションとれないじゃん。この出会い、最初っから詰んでない? スタートラインにさえ立てないんですけど?


「そこにいる人は、私が番人を抑えておけるかどうか報告するための見届け人ですか? まだ番人には出会ってませんが、抑える自信はあります、部隊に戻っていただいて結構ですよ? 魔王城攻略には一つでも多くの手が必要でしょう」


 帯を巻き終えた少女がこちらを向いたままそう言った。

 うん? どうやら俺がここにいることはバレているということ?

 気配とか魔力とかそういうので分かるのかしらん?


 というか、魔王城攻略のメンバー全滅してます。はい、俺のせいです、すみません。


「……戻らないんですか? 真面目ですね、光を捨ててまで巫女カナリアになったんです、今さら逃げ出したりなんかしませんよ」


 こりゃもう俺がいることはバレてるね。だけど俺が番人ということにはまだ気付いていないみたいだ。

 これならやりようによってはコミュニケーションが取れるんじゃなかろうか?


 俺は恐る恐る木の陰から身を乗り出してみた。

 次の瞬間には少女は血反吐を吐き散らして倒れるかもしれない。どうかそんなことにはなりませんようにと祈りながら、触手、足の先、腕、最後に顔とゆっくり出していく。

 少女は気配で俺のしていることが分かるらしく、怪訝な顔をして俺のやっていることを見ていた。

 いや、正確には見てるわけではないんだろうが。


「何やってるんですか?」


 これは貴女が死んでしまわないように慎重に慎重を重ねているんですよ。


「あの……、何か言ってくれないと分からないのですが、もしかして喋れない方なんですか?」


 全身を木の陰から出して、少女の前でポーズを決めたり踊ったりしてみたけど少女が死んでしまう様子はない。

 顔を出した時点で死なないことは分かっていたけども、あれです、つまりはしゃいでしまったのです。


「からかっているんですか? 目が見えないと思って馬鹿にしてるんですね?」


 しまった、少女を怒らせてしまったようだ。

 そんなつもりは無かったのだと伝えるために肩を叩く。


「ぅわっ! いきなり触らないで下さい、魔力でなんとなく位置は分かりますけど、一言も無いとビックリしますから」


 いやだから話せないんですって。

 仕方がないので軽く手を叩き、手の位置を知らせた上で肩を叩いた。これもう手を叩くだけで良かったな。


 そんなことよりやっぱりあるんですね魔力!

 うわー、異世界要素来ちゃったかー、俺がバケモノになってるとか勇者とか来る時点で大分ファンタジーだったけど、やっぱ異世界ファンタジーですよねー……。知ってた。


「……やっぱり言葉が話せない方なんですね、すみません、無神経でした。ここでこのまま私を見届けて頂けるなら、手を一回叩いて貰って良いですか? もしも魔王城に行かれるのでしたら、手を二回叩いて下さい」


 イエスが一回で、ノーが二回ね。オッケーです。

 俺は迷わず手を一回叩く。

 少女は困ったように首を傾げていたが、やがて諦めたように頷いた。


「わかりました。番人が現れたら私は役目を果たしますので、貴方はその間にちゃんと逃げて下さいね」


 逃げるもなにも俺が番人なので、少女の言う俺を抑える役目は既に進行中なのである。

 俺を見ても死なない少女が話し相手になってくれるなんて最高だ。これが足止めならば完璧に成功していると言える。

 ただ、まぁ、討伐隊はもう全滅しているんですけどね。



 手は一回だけ叩いておいた。



 少女と一緒に暮らすにあたって、いくつか問題が浮上した。

 俺が人外なので、人間の暮らせる準備をなにもしていなかったということだ。


 これが俺一人なら、服はなぜか脱げないし腹は減らない、眠くなったら根っこを枕にごろ寝していれば良かったけど、少女がいるならばそうはいかない。

 まずは住まいを作らなければなるまいな。もともと目覚めた当初はこの辺りに拠点を作ろうとしていたんだし、早めにやっておくべきだったんだよ。


 さて、最初は木だ。

 何が適した木か分からないから、適当に切り倒すとしよう。

 ……いや、斧の類いがそもそも無いな。斧だけではない、そもそもこの原始感たっぷりの森の中で、道具と言うものを見たことがない

 あ、そうだ、この触手で代用できないだろうか?

 絡めて引っ張って……、あ、ダメだ、全然駄目、びくともしない。

 一生懸命木を伐ろうとしている所で少女に呆れ返った声を掛けられた。


「何をしているんですか?」


 またイエスかノーかで答えられない質問を……。

 喋れないと、こういう質問が困るのよね。モールス信号か点字でも覚えれば良かったんだろうか?

 少女が理解できないだろうから意味がないけども。


 苦肉の策として地面に絵を描き、それを少女になぞらせてみた。


「これは……、四角の上に、三角、ですか? 何をしているのか、絵で教えてくれているんですね?」


 手を一回叩く。

 これはイエスという意味だと分かっているので伝えるのもスムーズだ。

 少女は頷き、考え始めた。


「えっと、四角の上に三角……、何でしょう? 教会? 祭壇を作ろうとしているとか、ですか?」


 惜しい、建物ということは合ってるんだけどなー。

 手を二回たた……


「いえ、待ってください、違いますね、そうだ、きっとこれは盾です、門番との戦闘に備えて盾を作るんですね!」


 残念だが正解から遠ざかってしまってますよ?

 手を二回た……


「あーっと、うっかりしてました、そうじゃないって思ってたんですよ、盾はないですよね盾は。つまりこれは看板ですよ」


 結局板じゃないか。こんな森の中で何の看板ですか? わかんないということを認めてください。

 手を二か……


「騙されましたね? 私は本当の答えをこれから言おうと思って……」


 手を二回叩くッ!

 んもう! 何なのよもう、何でいつのまに形当てクイズみたいになってんの!?

 楽しそうで何よりですけどもね!?

 一応、君にとってはここはかなり危険な場所な筈だと思うんですが、何でそんなにのんびりしてるんですかねぇ!?


「ちょ、どうして手を二回叩いちゃうんですか!? 違うという意味ですよね? 私はまだ間違っていませんよ!」


 スリーアウトだよ! もうゲームセットだから!

 くっそ、声を大にして突っ込みてぇ、喋れない我が身がこんなに忌々しいと感じたのは初めてだよ。

 というよりも、少女ってこんなキャラだったのか。

 こんな些細なやり取りでさえ正解に拘るとは、さてはオメー相当の負けず嫌いだな?

 いや、なかなか面白い一面を見れたけど、ちょっとギャップにびっくりです。


 こうなれば苦肉の策に苦肉の策を上塗りするようだが、もう文字で伝えてしまおう。

 連想ゲームみたいにするからいけなかったんや、やっぱり直接伝えるってのが大事よね。

 そう思い、地面に文字を書こうとして……、あれ、俺この世界の文字知らないじゃん、ということに気付いた。

 『いえ』『おうち』と書いてみたり『家』『HOME』と書いたけどダメ。より酷い連想ゲームになってしまったのだった。

 しかも、当たらない連想ゲームに疲れた少女は、手探りで百葉箱のような御輿に戻ると、さっさと眠ってしまった。


 あぁ、それ、家としても使えるのね……。


 俺の頑張りは全くの徒労だったようである。



◆◆◆



 少女と過ごし始めて数日が経過した。


 早朝、俺は日々の日課になっている食料集めをしていた。

 少女はまだ眠っている。暗い森の中で体内時計が狂っているのか、あの子は眠る時間が長い。

 その間に食べられそうな木の実や柔らかい芽を集めるのだ。


 最初、火を起こせないので調理をどうしようと悩んでいたのだが、なんと少女は魔法が使えるようで、聞き取れない不思議な言葉を唱えると指先からライターのように火を生み出し、着火していた。

 この火は大切に管理し、消えないようにしている。

 まぁ、何度も失敗して消してしまっているのだが、その度に少女がライター魔法で点けてくれた。


 やっぱ魔法ってあるよなぁ、魔力があるって言ってたし、勇者とか魔王とか居るらしいファンタジーだもんなぁ。

 俺も魔法らしい魔法を使ってみたかったぜ。木から木へのワープとか、見ちゃったヤツ絶対殺すマン的な能力を持っているっぽいけども、魔法かと言われると微妙だしなぁ。


 死んだ人の兜を鍋代わりに使い、携帯食料らしき干し肉と干した根菜のようなものを湯で戻し、採ってきた芽や木の実と一緒に煮込む。

 俺は口がないし食べられないので味見は出来ないが、きっと塩味のスープのようなものになっているだろう。ガンガン出てくる灰汁もこまめに取っているので、エグ味も押さえ気味で食べやすいはず。

 匂いは分かるので、味の方向性だけは分かるのだ。芳香なだけに。


「おはようございあす……」


 スープの匂いが漂うに連れて、百葉箱ががそごそと動き、少女が這い出してきた。

 一度、百葉箱の中を覗いてみたのだが、中には毛布がもこもこに敷き詰めてあり、暖かそうだった。昔実家で飼っていた犬の小屋を思い出したよ。窮屈そうだけど眠るだけなら案外心地いいかもしれない。


 少女は泉で顔を洗うと生活用にしている毛布でもそもそと顔を拭き、椅子代わりの岩に腰かける。

 光が感じられないとはいえ、魔力で大まかな形が分かるらしい少女は、目玉がないと思えないほど危なげなく歩く。

 とはいえ、魔力の過多によって見える見えないの差が大きく、目があった時と勝手が違うらしいのだが。


 俺は死んだ兵士が持っていた木の椀にスープをよそい、少女に手渡した。


「ん……、今日もありがとうございます」


 いえいえ、こちらこそ。

 君の存在は俺の孤独を癒すのにとても効果的です。いつも助かってますよ。

 口があったら口が裂けても言えないようなことでも、心のなかなら簡単に言えるよな。

 少女に気にしなくていいと伝えるために手を一回叩く。


「この辺りに滞在して、今日で何日目でしたっけ、門番は現れませんねぇ」


 少女はスープをちまちまと啜りながら独り言のように呟いた。少女にとって出来立てのスープは熱すぎるようだ。猫舌らしい。


 門番は目の前にいるんだよなぁ。見えた時点で発狂死だから、現れたって分かった時には遅いんだけどさ。


「先にいった方々が無事だといいんですが、まさか門番は私のように簡単に殺せるものは捨て置いて、皆さんの所へ向かってしまっているなんてことがあったりするんじゃ……」


 あの方々は先に逝っちゃってるから心配ご無用だよ。

 心から心配している様子の少女に何も伝えられないのがもどかしい。喋れたとしても言わないけどもさ。


 少女は、自分から光を捨てて巫女になったと言っていた。

 そこにどんな理由や覚悟があったかなんて、俺には分からない。聞く術もない。


「スープ、美味しいです。段々と腕を上げていますね」


 ここ数日で少女は少し痩せた。

 心労からだろうか、それともやっぱり栄養状態が悪いのだろうか。

 このまま少女が死んでしまうんじゃないかと不安になる。


 きっとこの子の事を思うなら、国に、家に帰してあげるのが一番なんだろうな。

 俺は森から出られないから送ることは出来ないけど、俺を殺しに来たヤツが連れて帰ることは出来る。

 俺は死にたくない。死にたくないけど、少女に対して情が湧いてしまっている。

 もしも、俺が勇者やらなんやらに殺されることで少女が家に帰れるなら、それはそれでいいかって思えるくらいには。


 次に誰かが来たら、俺は……。


「何か変なこと考えてますか?」


 ギクリと身を強張らせた。

 いやまさか、俺の考えていることが分かる筈がない。万が一分かっているんだとしたら、俺が門番だってのは最初にバレているだろうし、兵士の人達が狂死したのだって分かるだろう。

 もしも、全部分かった上でここに居るとしたら……。

 俺はどうするべきだ?


「何でバレたかって戸惑ってますか? あのですね、気付いてますか? 貴方が静かになった時はろくでもないことをやろうとしている時なんですよ」


 ここ数日で俺がやらかした失敗を挙げ連ねながら少女が頬を膨らます。


「例えば私の毛布を洗うといって擦りすぎて一枚駄目にしたり、お鍋から目を離して貴重な干し肉を台無しにしたり、何度も何度も焚き火消しちゃったり……」


 あっぶねー、そういうことかよ、焦って動かなくて良かったァ。まったく、少女の思わせ振りな発言に思わず心臓が跳ね上がっちまったぜ。

 いや、確かにそういう失敗はしましたけどね、やらかす前は静かになってるって、俺は元々喋れないんだから静かじゃないか。


「元々喋れないとか思ってますか? でも、動きで結構分かるんですよ? 静かな時っていうのは、貴方があまり動いていない時、考え込んでいる時のことです。きっと貴方は考えるより動いていた方がいいのでしょうね」


 少女はスープにふうふうと息を吹き掛け、顔をこちらに向ける。帯で覆われた向こうの暗い眼窩が俺を見据えている気がする。

 背筋がぞくりとして、思わず首もとのネクタイを緩めた。


 俺は今、少女を怖がったんだろうか?

 それはちょっと失礼じゃなかろうか、俺よ。

 俺と少女、どっちが怖いって言ったら100人が100人とも俺だって言うでしょうよ。

 そんな俺が少女を怖がるなんて、オオカミが赤ずきんを怖がるようなもんじゃないのよ。


 少女の、この冷たい視線(目は無いけど……)。いかんなぁ、いかんいかん。

 俺は少女に気にしないよう伝えるために陽気に動いて見せた。

 両腕を上に挙げ、海草のようにふわふわとさせながら、インド人のように首をカクカクと揺らす。

 見よ、これぞ弟夫婦の息子(四歳)が泣いて泣いてしょうがなかった時に一発で泣き止んだ俺の必殺ダンス、昆布の舞!

 どうだ、少女よ! 俺は君の事を怖がったりなんかしてないぞ!


「……何してるんですか? 誤魔化そうとしてませんか?」


 いや、その……、昆布の舞……。


「ふぅ、まぁいいです。ろくでもないなんて私も一緒ですから」


 うぅ、滑ったネタをスルーして頂いた……。これが優しさか。

 だがね、自分をろくでもないなんて言っちゃあイカンよ。君はまだまだ若いんだからさ。

 察するにアレかい? 巫女としてここにいるのにその役目を一向に果たせないから腐っているのかい?

 俺が門番なんだから、役目は達成してるんだよ。だから、安心していいよ。


 少女の頭をポンポンと撫でる。

 急に撫でるとびっくりさせちゃうから、ゆっくりと。


「……なんのつもりですか? 頭さわられていると、スープが飲めないんですけど」


 あ、ごめん、もしかして凹んでいるのかなって思ったから、慰めようと……。


「別に止めなくてもいいですけどね。不愉快な訳じゃありませんから」


 お、ツンデレかな? なんだよー、巫女ちゃんちょっとデレてんじゃんよー。首もと赤くなってんぞー?

 心の中でにやにやしながら撫で続けていると、パシンと手を跳ね除けられた。


「なんか不快に感じました。さわらないで下さい」


 デレのあとはしっかりツン、押さえてるなぁ。



◆◆◆



 この後も特になにか大きな変化があるわけでもなく、俺たちは平和に暮らしていた。


 たまに復活した勇者が『おのれ毎度毎度卑怯な手を! もうその手は食わんぞ門ばぁああぐらばぁあッ!?』と酷い死に様を迎えたり、


 『お前が居るせいで勇者とか英雄とかそういうのが一向に城まで来ないんじゃがぎゃああああああ!!』などと魔王と名乗る女性が度々現れては悶絶して死んだり、


 金ぴかの鎧を着込んだ集団が『呪われ魔物に魅入られた悪逆異端の巫女を殺びゃぁあああああああ!!?』などと全滅したりしていたが、概ね平和であるのだ。


「しかし、門番は現れませんねぇ……」


 巫女ちゃんは変わらず、朝は百葉箱からのそのそ這い出してはスープを冷ましながら啜り、後は日がな一日門番を待ってボーッとするか、掃除や洗濯を俺と一緒にやったり、門番を探しにいくという名目で森の中を散歩したりしている。


 不思議なのは、俺が今回こそ少女を森から助け出してもらおうとすると決まって少女が見つからず、森ネットワークにさえ検知できなくなることだ。

 おかげで今日も自傷勇者くんはただただ死んで土に還ってしまったよ。


 彼女は賢い。きっともう魔王討伐隊なんかとっくに全滅して、自分が宙ぶらりんの状態になっていることなんか分かりきっているのだろう。

 もしかしたら、俺の正体も。

 そして、帰りたくないから毎回逃げるんじゃないだろうか?

 だけど、少女は言わない。俺も伝えたり聞いたりするようなことはしない。


 今は仮初めのぬるま湯のような平和だけど、それが心地いいんだ。それはきっと、少女も同じなんだろう。

 このぬるま湯を守るための力と思えば、見られるだけで相手を殺すような馬鹿馬鹿しい呪いチートも悪くないと思える。

 俺は勇者も魔王も日常的に殺すモンスターだしな、もう何でも来い、もう何も怖くないって感じだわ。


「もしかして、門番はもう私達の傍にいて、こっちを見てたりして」


 不意にこちらを振り向き、ニヤリと笑う少女。

 な、なんだその笑顔は、やめろ、不安になるだろ……。


 やっぱり俺の正体、確信しているよね?




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[良い点] 面白かった! [一言] 非常に面白かったのでぜひ連載して欲しいと思いました
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