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絶体絶命

 俺とサクラは今、かなりの危機に直面していた。


 いつの間にか、フォレストディアという名の餌に釣られて、フォイニル森林の最奥部まで来てしまっていたらしい。


 目の前に見えるのは、全長3mほどの黒い巨体。

 上半身は人間のような体格を持っており、口元には鋭い鎌状の牙が2本。下半身には8本の長くて大きな脚。下腹部は袋状に膨れており後端が突起型になっている。そこにヤツの(ぶき)が収納されているのだろう。


 まさに蜘蛛人間(アラクネ)の名にふさわしい姿であった。


 ん?ゲームの時の設定では全長4mだった気がする


「ちっ……アラクネロスが倒された情報自体がデマだった、ということか?」


 今日のギルドでの出来事が一瞬頭を過る。


 いや、でも確かに聞いた。「初心者殺しは討伐された」と。もしかしてこの世界では、初心者殺しという二つ名が違うモンスターに名付けられているのか? いや、そんなの有り得ない! この森にはコイツ以外に初見で対策ができないようなモンスターは居ないはず――。


『ねぇ、スタン。どうしようあのクモ、アタシたちだけじゃ倒せないよ』


「……」


『スタン?……スタン! 』


「はっ!? ……あ、ああ、悪い」


 サクラの動揺を含んだ声色に、俺は考えを中断して目の前の怪物に焦点を合わせた。


 アラクネロスは初撃を逃したことにより、次は逃さまいとして、俺たちとの距離をジリジリと詰めてきていた。


『敵の前で考え事など言語道断! 全神経を相手に向けて集中だ! 分かったか、 スタン?』


 父さんから教わった冒険者の心得。何度言われたか、回数を忘れてしまったほど口を酸っぱくして注意された。


 冒険者の心得とは、今まで過去の冒険者が歩んできた道の軌跡であり、今の冒険者の道しるべであり。

 いわゆる教訓というやつだ。


 もしアラクネロスが、考え事をしている俺に攻撃してきていたら、今頃俺は死んでいただろう。


 もう次は無い。

 今度こそ俺は全神経をアラクネロスに集中させた。


「サクラ、ここはヤツにとって最高の狩場だ。まともに戦ったら勝ち目は無い。まずはこの場から一旦離れて……いや、どうやら俺たちは退却すらさせてもらえないらしい」


 俺は周りを注意深く見回してみる。

 木々の間から差す太陽の光に反射して、キラキラと光る、線のようなものが辺り一面に張り巡らされていた。

 そして俺たちがこの狩場に入って来る時に使われた唯一の出入り口の前には、アラクネロスがいつの間にか仁王立ちしており、その出入り口を下腹部の出糸突起から噴き出す白い線で瞬く間にふさいでいった。


 この状況はかなりマズイ。


 アラクネロスの糸はただの糸ではない。

 見た目こそ普通のクモの糸と何ら変わりはないが、その強度は見た目以上で、まず人の手で切れるものでは決して無い。

 更にその糸の粘着力は非常に強力で、一度捕まれば自力で脱出することは不可能に近い。


 ゲーム時代ではアラクネロスの糸に触れると、その場に拘束されて、デバフの重ね掛けを受けることになっていた。

 さらにアラクネロスは自分の糸に触れたプレイヤーに即死攻撃を与える、という特殊行動パターンがある。

 その際はヘイト値を完全に無視しての行動なので、糸を触らなかった他の仲間が注意を惹くことやヘイト稼ぎなどをしても、まるで意味を成さなさい。

 またアラクネロスの攻撃パターンと攻撃に移る予備動作が分かっている上級者プレイヤーでも、糸に触れた時点で拘束&デバフがあるので、いづれにせよ回避は不可能。

 そのまま即死攻撃を真正面から喰らうことになる。


 MGOではここまでが一連の流れとして定番になっていたのだ。

 中には、町まで帰るのがめんどくさくなったプレイヤーが、デスペナルティを覚悟してわざとアラクネロスの糸に触れ、即死&蘇生アクションでアバターを最後にセーブした町の教会に戻す。通称『アラデスルーラ(アラクネロス・デス・ルーラの略)』たるプレイまでできて一時期流行った程である。


 えー、つまり何が言いたいかと言うと。


「サクラ、ヤツの糸には絶対に触れるなよ。絶対だからな!」

『わ、分かった、がんばる!』


 あまりの勢いにサクラは驚いていたが、すぐに持ち直してサムズアップして見せた。(腕はないので表情で読み取った)


 まあ、ここまで念押しすれば大丈夫だろう。


「よし、まずはアラクネロスの機動力を下げる。俺が脚を狙う、サクラは遠距離から俺にバフ掛けを頼む!」


『おっけー! 』


 サクラの了解の声を聞いた瞬間、俺はアラクネロスに向かって走り出した。


「我、得る、己に、速さを……加速(モアスピード)!」


 走り出した足が軽くなり、回転率を上げる。

 俺は体勢を低くして極力空気抵抗を減らし、さらに加速した。


「ギュガガ!?」


 アラクネロスは俺の加速による急接近に驚愕の声を上げる。


『いくよー! えいっ!』


 そしてサクラの魔法、筋力強化(エンチャントパワー)により、ダメージを与える量の増加が約束された。


「せあぁぁっ!」


 俺は地面と水平に寝かせた片手剣を両手で握りしめ、左の脇構えの形から右斜め上へ思いっきり振り抜いた。


 ガキィィン!!


 アラクネロスの脚と片手剣が激突する。

 だがしかし。


「……は?」


 俺が振り抜いたはずの片手剣は、柄から10cmを残して、その刀身は宙を舞っていた。

 そのまま、後方の地面に剣先が突き刺さった。


 こちらの剣が折れたのに対して、あちらの脚には小さな切り傷が一つあるだけだった。


 まるでダメージ無しかよっ!


 俺はそれを確認するや否や、振り切った姿勢から体を地面ギリギリまで倒して、伏せる形をとった。


 その上をアラクネロスの脚の薙ぎ払いが通る。


 ホッとしてると突如、


『スタン!上!』


 《魔心伝心》で伝わるサクラの声と、目の前のアラクネロスとはまた別の強烈な殺気。


 サクラの警告により、いち早く敵意の方向を察知できたお陰か、真横に跳ぶという回避行動を半ば無意識に、かつ迅速に行う事ができた。


 その瞬間、俺が回避する前にいた場所に黒い巨木が振り降ろされた。


 いや違う、これは脚!?


 振り降ろされた脚による衝撃波によって、俺の体が大きく後方に吹っ飛んだ。


「がはっ……」

『ス、スタン!!』


 すぐそばに駆け付けたサクラが俺に回復魔法を掛けてくれた。

 受けたダメージ量に対して回復量は微々たるものだが、今ではそれが心の支えだ。


「な、るほど、な……」


 痛みのせいか、目の前の恐怖のせいか分からないが、震える体に鞭を打って立ち上がる。


『アタシたち……これ死んじゃうかもね』


 サクラの弱々しい声が聞こえるが、その言葉の意味を理解してはいけない。すれば絶望に染まった脳の思考は止まり、体が動かなくなるからだ。


転生前はこんなことなかったな。


 俺はもといた日本での生活の中で「生きてる」という実感を持った事が1度も無かった。

 安全な社会の中で生きていた時、目の前の景色すべてが灰色に見えた。

 しかしこっちの世界に来てからは、全てが新鮮だった。

 魔物という脅威がありつつも、村の仲間と協力して、色とりどりな日々を送ることができた。


 2つの人生を生きた今だから思える。


 生きているということは、素晴らしいことだ。

 しかしそれと同時に、生きているという確かな実感を得られるのは、死の恐怖に直面した時だと思う。


 冒険者になったのだから、何時でも死ぬ覚悟はできていると思っていたのだが。


「はぁ、これは……ひどい無理ゲーを見た」


『ギィアアオオオ!!!!』

『グアアゥウオオオオ!!!!』


 俺の目の前には、先ほどのアラクネロスに加え、その巨体を1回りほど上回った2体目のアラクネロスが立ちはだかっていた。


『うーん、親子かな?』

「そんな裏設定あったっけ?」


俺とサクラはそんな愚痴り合い(現実逃避)と共に、この絶体絶命の状況をひっくり返す何かを考えるのだった。

誤字脱字報告よろです。

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