第4話 モンスターママ?
「ばぁぁぁぁ〜」
オフィスに怪獣の泣き声が響いた。
暗幕の中の小さな怪獣はきょろきょろと落ち着かないように辺りを見渡す。
隣に座る怪獣のママを見ると少し安心して、次は紫のテーブルクロスを小さな拳でごしごしと擦っている。
怪獣の名前は、畠山サトル君、2歳と3か月。
お隣には、サトル君のお母様の千鶴さんがすました感じで座っている。
ベージュのスーツは母親というより、キャリアウーマン風である。
千鶴さんは、溜息をついて自分の息子を見た。
「この子は、もう2歳になるのにほとんど言葉を話さないんですよ。普通よりも言葉が全然遅いんです。何か悪い霊が憑いている以外、原因が見つかりませんの」
絵里姉は、このお客様が来る前に、少しだけ育児知識を入れた。
「まだ、結論を出すのは、早いと思います。確かに少し遅いかもしれませんが、3歳から突然話始める子供もそれほど珍しいわけではありませんから…」
「霊媒師さん。私の実家は総合病院を営んでおります。私も私の主人も専門は違いますが、そこの医師です。そして、うちの病院にも小児科はございます。一般論を聞きたいわけではありません。私は育児のカウンセリングに来たわけではありませんの。悪霊が憑いているかどうかを確認しにまいりましたの。お分かりですか?」
医者が悪霊を確認にきた?
何のこっちゃ?
「おばばぁ〜。キャハハハハ」
無邪気に絵里姉を指差し笑っているサトル君に悪霊が憑いているとは思えない。
あ…、絵里姉の額に青筋が…
もっともモニターからそこまで確認ができるわけではないが、そんな気がする。
「憑いてますわ。間違いないです。こんな…」
『絵里お姉さま!!!!』
妹、麻美が絵里姉を止める。
絵里姉はイヤフォンをしている。
そこから、麻美からの情報を取れるようにしているのだ。
私と麻美はいつものように別室で待機だ。
「やっぱり、そうですの?私の親族も主人の親族もほとんど医者ですの。稀に弁護士や官僚になる者もおりますが、いずれにしても私の子供だけ、こんなバカだなんてありえないですの」
何だか、私には千鶴さんのいう意味が理解できなかった。
ちょっと言葉が遅れているだけなのに、バカで、
医者とか弁護士にならないから、バカ…?
こうやって悪霊がどうとかいう方が、よっぽどバカに見える。
もしかしたら、これが噂のモンスターペアレント予備軍かも。
しかし、サトル君は嬉しそうに、ごしごしとテーブルクロスを拳で擦っている。
そんなサトル君を気にも止めず、千鶴さんはものすごい顔で絵里姉に詰め寄った。
あの絵里姉が、千鶴さんの剣幕に少しビビっている。
「あ〜。いえ。その、…悪霊ではなく。その守護霊ですわ。その、ひ、ひ、曾お爺様ですわ」
でた。絵里姉お得意の曾爺さんが出てきた。
「曾お爺様?」
「は、はい…」
「もしかして、畠山総合病院の創始者の畠山源三郎ですか?私のお爺様の?」
おっと意外な展開。
まさか曾爺さんの名前を聞かれるとは…
絵里姉から脂汗が出ているように見える。
モニターからは見えないけど…
「…そ、そうかもしれないし。そうでないかもしれません。…あのですね、サトル君の守護霊の曾お爺様は、とっても恥ずかしがり屋で、名を名乗るほどのものではないと、おっしゃってますわ…」
通りすがりの命の恩人か!
「やっぱり源三郎お爺様だわ…、お爺様は口下手な恥ずかしがり屋でした」
「かなりの口下手の恥ずかしがり屋さんですわ!」
霊は口下手の恥ずかしがり屋が多いんだろうな…
「でも、お爺様が悪霊のわけないですし…、あっ!」
そう言うと、千鶴さんがスーツの内ポケットから携帯を取り出した。
「病院からだわ。ごめんなさい。電話にでますので、この子を少し見ていただけます?」
そう言い終わらないうちにサトル君を置いてオフィスから出て行った。
「ばぁ〜」
サトル君を見て絵里姉が疲れたように肩を落とした。
私と麻美は別室を出て、絵里姉の疲れ切った顔を見た。
サトル君は、しゃがみこんだ私の顔を見ると、
「ばぁば〜」
と言って、小さな手でむにゅ〜と私のほっぺをつねって、またキャハハハと笑った。
このガキィ〜
「理真お姉さま」
麻美にいさめられ、私が怖い顔でサトル君を見ていることに気づいた。
サトル君は少しおびえたように私から離れて、次に周りをきょろきょろ見回した。
そして、また嬉しそうに天使の笑顔を作り、絵里姉の右上を指さしながら笑った。
「じいじ〜、じいじ〜。キャハハハハ〜」
私と麻美は顔を見合わせ、次に絵里姉の右上を見た。
もちろん、そこには何もない。
じいじ………?曾爺さん?
絵里姉は、さっと青ざめた。
「や、や、やめてよ〜〜〜。れ、れ、霊なんてこの世にいないわよ!!!!」
とインチキ霊媒師らしいセリフを吐きながら、私にしがみ付いてきた。
そして、麻美に向きなおり、
「そうよね!麻美!」
「確かに現在の科学では霊の存在は証明されておりませんが、いないという証明も科学ではしきれておりませんわ」
「いや〜〜〜〜」
絵里姉はしゃがみこんだ。
そんなに怖いなら、この商売止めた方がいいのでは?
「絵里姉。いたとしても、守護霊でしょ?悪霊じゃないんだからいいでしょ」
私は絵里姉を慰めてみた。
「そんな問題じゃな〜い」
しゃがんでしまった絵里姉の前にはサトル君がいた。
サトル君は、また床をごしごし擦っている。
私は麻美が畠山源三郎をパソコンで検索していたのを思い出した。
しばらくして千鶴さんが帰ってきた。
「本当に申し訳ありません。ちょっと病院でトラブルがありまして。でも、何とか解決いたしましたので、先ほどの続きをしましょう」
絵里姉はにっこりと笑って千鶴さんを迎えたように見える。
が、実際は笑っていない。
「サトル君には、悪霊は憑いておりません。安心してください。先ほども言いましたが、サトル君の曾お爺様が守護霊としてサトル君を守っているのです」
いつもなら、さらりと言ってしまうセリフをどこかぎこちなく言っているように感じる。
「だったら、なぜサトルは、こんな…」
バカ…という前に絵里姉は、紙とクレヨンを出した。
さっき用意したものだ。
そして、サトル君の前においた。
すると、サトル君はさっきと同じように嬉しそうにクレヨンを手に取った。
そうして、紙に何かを描きだした。
別室に戻った私は、さっきサトル君が描いた絵を手に取った。
紙にはおじいちゃんが何人も描いてある。
サトル君は曾爺さんが大好きなのだ。
「サトル君の曾お爺様ではありませんか?畠山源三郎様…に似てないですか?」
「そう言われれば…、そう見えないことも…」
千鶴さんは意味がわからないと言うように、サトル君が次々に描くおじいさんの絵を眺めている。
サトル君には絵の才能があった。
「でも…」
千鶴さんは首を捻る。
「畠山源三郎様は画家になりたかったのですわ」
「確かに源三郎おじい様の趣味は、絵でしたわ。でも、それは、趣味で…」
「画家を諦めたのは仕方ありません。戦時中でしたからね。絵を描くことは難しかったと思います。体の弱い方でしたから、戦争には行かずにすみましたが、随分苦労されたようです。心優しい方ですね。物のない時代に精一杯、貧しい方も分け隔てなく、必死で医師として人々を救われてきました」
畠山総合病院の創始者である畠山源次郎の資料は割と簡単にそろった。
私は、サトル君の描いた絵を見て、麻美の検索した畠山源三郎の顔を思い出したのだ。
千鶴さんは深く息をしてから、静かに話した。
「よくお婆様からも聞かされました。戦争中は大変な苦労だったと。たくさんの人が亡くなって。お爺様は助けることができなかった人々を思い、とても苦しんでいたとか…」
「戦後も絵を描くなんてできる時代ではなかったのでしょうね」
絵里姉は、楽しそうに曾爺さんの絵を描いているサトル君を見て言った。
「今は、絵を描かせてあげてもいいのでは?きっと、必要になれば、お勉強をして医者になって、たくさんの人を助けてくれると、…曾お爺様が言っておられます」
千鶴さんはサトル君の頭を撫でた。
「…そうですね」
サトル君の描いた曾爺さんの顔を見ながら少し微笑んだ。
「わかりました。もう少し、この子をゆっくり見ます」
サトル君は千鶴さんに手をひかれ、楽しそうに帰って行った。
絵里姉は、床にへたり込んだ。
「も、もういないよね?ね?」
「まぁ、サトル君の守護霊ですからね。サトル君と一緒に行ったと思いますよ」
麻美はお祖母ちゃん子だった。言葉遣いもその影響がかなり出ている。
科学好きな麻美だが、お婆ちゃんが本物の霊媒師だったことは認めている。
絵里姉ももちろん信じているが、認めたくはないようだ。
「それに、恥ずかしがり屋なんでしょ?もう出ないよ」
と、とりあえず、私は慰めてみた。
「ごめんなさ〜い!全国の曾爺ちゃん達ぃ〜」
絵里姉は天に向かい叫んだ。
私たちは、少しだけ本物だったお祖母ちゃんに近づけたのかもしれない。
絵里姉を見る限り、それはないような気もするが…
いずれにしても、全国の曾お爺様方、罪深き我が三姉妹をお許しください。