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華鬼と食事を  作者: 水無月水月
第一章 妖屋敷にて
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零話、始まりは不幸から


―――長保二年(西暦1000年)。


 藤原景頼(ふじわらのかげより)という男の人生は多くの幸運に恵まれ、正しく順風満帆そのものだった。



 彼の幸運は大きく分けて三つ。


 一つ目は、今を時めく貴族の家系である藤原家に生を受けたこと。

 二つ目は、容姿・才能・賢さ、いずれも優れていたものを有していたこと。

 三つ目は、その有能さが帝の目にとまったこと。


 これらの幸運が重なって、景頼は藤原氏の中でも24歳という異例の若さで大納言の地位を与えられたのだ。

 大納言とは、日ノ本におけるまつりごとを司る太政官だいじょうかんという最高国家機関に置かれた官職の一つである。太政官の最高責任者が太政大臣、その次が左大臣に右大臣、そしてその次に偉いのが大納言という役職だ。


 つまり貴族の中でもよりすぐりを集めた太政官という組織の中でも、上から四番目に偉い役職と言える立場といえよう。


 また三人と定められているこの狭き門を、この藤原景頼という若者は己の才のみで見事に射止めたのである。

 これがどのくらい異例のことか。あまりの異例の出世に、景頼は多くの妬みを買うことになるが、それは後述に続くことになる。


 だが、それも長くは続かない。


 彼の不運は大きく分けて三つ。


 一つ目は、彼の出世は一族の中でも大きく飛び抜けていたこと。故に親戚筋だけではなく、景頼の父と弟までもがその出世を妬むようになったこと。


 二つ目は、藤原道長が力を持ち始めたことだ。同じ藤原家であっても景頼の一族は道長派と敵対関係にあった。そのため景頼の存在は、道長にとっても邪魔であったのだ。


 三つ目は、実質的に京からの追放を命じられ太宰府だざいふに向かう途中の道で、野盗に遭遇してしまったこと。



―――そして今、景頼の命は風前のともしびであった。



 連れていた従者にも裏切られ、金目のものも奪われた。景頼自身も追手に切りつけられ、浅くもない傷を負いつつも、必死に逃げ延びた。

 なりふり構わずに走って、走って、走った。

 切りつけられた箇所が発する痛みも、出血も構わずに。ただ、生きたいと切望する本能のままに死に物狂いで逃げ出した。幸いにも夜の山道ということもあり、あの深手では助からないだろうと野盗共も判断したのか追いかけてくる者はなかった。


 その判断は悔しいが正しい。


 現に景頼は暗がりの森の中で、木に寄りかかりながら今にも死にそうになっていた。


 浅い呼吸を繰り返しながら、失われていった血液の代償として遠くなる意識の中、己の人生が目の前を駆け抜けていく。


 父に可愛がられる弟をただ羨ましいと思っていた幼少期。

 父のためにも御家のためにも学問に励み、才を磨いていた少年期。

 そして、ようやく帝の目に止まり運が向いてきたと思った青年期。


 死の間際にして、まぶたの裏を今までの自分の半生が風のように通り過ぎていく。


―――ああ、なるほど。これが俗に言う走馬灯か。


 と、どこか他人事のように思いながら。


「―――」


 不意に、誰かの声が聞こえた気がする。もしかして幻聴だろうか。 もしかしてあの世からの迎えというやつだろうか。徐々に黒に覆われていく視界と、鈍痛の中で、こんな時に限ってそんなことを夢想する。


―――ああ、それにしても……。


 薄れゆく意識の中、彼の前に人影が現れた、ような気がする。


「―――とりあえず、―――ぼう」

「まだ―――息は―――」


 複数の人の声。そして、身体がふわりと浮く感覚。

 誰かに運ばれているのだとぼんやりと認識する。

 しばらくすると、傷口がある腹部の辺りをじんわりと優しい温もりに包まれていく。


「―――」


 誰かに、ふわりと右手の辺りを握られたような感覚。

 その握られ方に、手の持ち主にはこちらを脅かすような敵意がないようであった。

 ありがとうと伝えようとして、声が出ないことに気付く。

 それどころか瞼すら思うように動かない。

 声が出ない代わりに、とその手を弱々しくだが、確かに握り返す。

 今はこれが精一杯。だけどいつか必ず面と向かって礼を言いたいと思いながら。



 視界をただ闇が覆い尽くし、意識が夢に沈む―――そして―――。


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