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笛の音 07


「ここが……、教えてもらった最後の場所です」


「何もないわね、ものの見事に」



 強い風が吹き付ける山中。ボクとサクラさんは並んで立ち、荒涼とした眼下を見下ろす。

 そこに在るのは一面の荒れ地と、所々に立つ細い木々。そして小さな水場。


 この場所こそ、シグレシア王国の端に位置する場所。つまりは国境地帯だ。

 そしてここが亜人たちの暮らす集落の中で、最も北に位置し冬場を越えるための場所。

 しかしそこには人っ子一人として姿はなく、あるのは集落を構成するテントの残骸と、燃やし放置された薪の跡くらいのものであった。



「結局空振りか。いや、そうでもないのかしら。一応アルマの素性はわかったんだし」


「……起こしてあげますか?」


「寝かせておいてあげましょ。理解できるとは限らないけれど、あんまり知りたくはないでしょ。自分の家族がもうこの地に居ないだなんて」



 最後の望みであったこの場所にも、亜人たちの姿はない。

 とはいえ別に、亜人たちがもうこの世に居ないという訳ではない。

 ただ単に今現在のボクらでは、足の踏み入れることが叶わない土地に行ってしまったというだけだ。


 見たところ放置されたテントは壊れているけど、戦いによるものには見えない。

 おそらく強風か降雨かによって、使い物にならなくなっただけ。

 集落の亜人たちが多少数を減らした恐れはあるけれど、この様子だと全滅したと言うことはないはず。

 なのできっとここより先、シグレシアの北西に在る大国、コルネート王国へ渡ってしまったのだ。



「クルス君、わかってるとは思うけど……」


「はい。今のボクらは、ここから先には行けません。許可もなく国境を越える訳には」



 まったくの不可能ではないけれど、勇者と召喚士は普通の人とは異なり容易に他国へは入れない。

 各国の騎士団や軍に属するため、下手をすれば示威行為や逃亡と見做されかねないためだ。

 故に国境越えには許可が必要で、王都に行かねば出来ぬその手続きは煩雑で時間が掛かる。

 当然、今のボクらはその許可を得てはいない。



「アルマの両親は、探すために残ろうとは思わなかったんでしょうか?」


「どうかしら。でもどちらを選ぶにしても、私個人としては納得してあげたいところね」



 少しばかりの憤りを滲ませ、拳を握って問うてみる。

 しかしサクラさんはボクの気持ちをわかった上で、あまりアルマの両親を責められないと口にした。


 結局最も可能性が高そうだと考えていた、アルマが家族によって奴隷商に売られたという展開は否定された。

 ただそんな彼らにしても、アルマを取り戻すというのは難しいのかもしれない。

 いくらミルータという強力な鳥を操れるとは言え、あれはこの山地に生息するものであり、他所の土地へまで連れて行くのは難しい。



「それに亜人は狙われ易い。こう言っちゃなんだけど、アルマを助けに行く危険とを天秤にかけて、探さないっていう選択をするのも間違いじゃないわ」


「わかってはいます。けど納得はできません」


「感情としてはね。もし私がその立場だったら、反対を押しのけてでも行くだろうし」



 サクラさんはボクへと同意し自身もそうであると口にしつつも、それが難しかったのだろうと理解を示す。

 実際その選択が出来るかどうかは、集落内でのアルマの両親がどういった立ち位置かでも変わってくる。

 もし集落の中で高い地位に据わっていたとすれば、他の亜人たちを危険に晒さぬよう、我慢を強いられるかもしれない。


 それに亜人は普通の人と比べ、多産な傾向があると聞く。

 亜人たちがどういった考え方をするかにもよるけど、アルマを諦め他を護るという選択は、理論としては十分にありえる。

 どちらにせよ文化の違う相手であるため、一概に文句を言ってやるのは憚られるというのが、サクラさんの言い分であった。



「ということは、アルマをカルテリオへ連れて帰らなくてはいけませんね。家族と会えなかったんですから」


「ホントはちょっと嬉しいんでしょ、素直になりなさいって」


「自重するよう言ったのはサクラさんじゃないですか。昨日と言ってることが違いませんか?」


「別に矛盾はしてないでしょ。私が言ったのは、帰れるなら祝ってあげなさいって話。まだ当面一緒に暮らせるのを喜ぶなとは、これっぽちも言ってないもの」



 飄々と言い放つサクラさんは、グッと身体を伸ばし冷たい空気を吸い込む。

 そして再び眼下の光景へ顔を向けると、そのままノンビリとした口調となって問う。



「で、まだ探してあげる? アルマの家族」


「もちろんです。国境越えの申請をしましょう、いつ許可が下りるかはわかりませんけど」


「了解。ならそのうち亜人たちを探しに行きましょ、またアルマを連れてさ」



 柔らかに、ボクの背で眠るアルマの頭を撫でるサクラさん。

 撫でたことで頭は軽く動き、吹き付ける冬の風にアルマの長く垂れた耳がなびく。


 ゴーレム型の魔物を討って以降、翌日となってもアルマはまだ眠ったままだ。

 別に命に別状などはなさそうで、ただ強いショックを受けたことにより、精神を護るため気を失ったのだとは思う。

 でもきっとそれでいい。ようやく思い出した家族に会えぬとわかった瞬間など、立ち会わなくても。

 どちらにせよ知らせねばならないため、ただの先送りであるとは思いつつ。




「さて、終わったことだし帰りましょ。また魚介が恋しくなってきちゃった」


「その前に、コルネートへ渡るための申請をしませんと」


「なら王都経由ね。そこまで大層な大回りでもないし、途中ちょっとだけ寄り道するのも悪くはないかも」



 ここから直接カルテリオへ帰るのも、王都などを経由するのもそう大して変わりはない。

 精々が乗合馬車を乗り継ぎ、1日か2日といった違いなはず。

 ただ出国許可申請のため、王都へ行かねばならないというところで、ボクは少しばかり思い出すことがあった。



「ああ、でも……。ボクとしては、あまり王都へ行きたくないんですよね」


「どうして? ……あ、わかった。ミリスちゃんを知ってる人に出くわすかもしれないからでしょ」



 少しだけ難色を示すボクへと、勘の鋭いサクラさんはすぐさま理由を言い当てる。

 王都にある貴族の屋敷へと侵入した時、ボクはあろうことか女性に変装を行い、メイドのミリスとして入り込んだ。

 あの時は薄くではあるけど化粧もしていたし、こうして男の格好をしていれば早々バレはしないとは思う。

 しかしあの屋敷に居る使用人たちくらいであればともかく、特に接点の多かった"彼"と万が一顔を合わせるようなことがあれば、隠し通せる自信がない。


 ニヤニヤとするサクラさんの視線から逃れるべく、顔を背けゲンナリとする。

 自ら言いだした以上、もう王都へ行かないとは言い辛い。

 でもちょっとばかりそれを遅らせるという意図も込め、ボクは以前から考えていた、ある提案をするのであった。



「王都へ行く前に、ちょっと寄り道をしませんか?」


「寄り道って、いったい何処へ」


「ここから東へ行った所に、ボクの故郷が在るんです。もう何年も帰っていないので」



 サクラさんへと告げてみたのは、ボクの故郷へ寄ってはどうかというもの。

 一旦ここの麓に在った町へ戻り、そこから乗合馬車を何度か乗り継げば、ボクが生まれたメルツィアーノという町へ辿り着ける。

 住んでいた頃には何とも思わなかったけれど、今になり振り返ってみると少々懐かしい。



「地元へ帰ったらサクラさんを紹介して、本当に召喚士になったんだって、見せつけてやろうかと思いまして」


「なかなかに暗い理由を口にしてくれるわね。……ね、もしかして地元じゃ上手くやれてなかったとか?」


「ま、まぁ。多少浮いてはいたかもしれませんが」



 正直ボクは同世代の少年少女らと、折り合いが悪かったのは否定できない。

 勇者と召喚士であった両親が居なくなり、それをからかわれたことを切欠に、里親であるお師匠様の側を離れなくなったのだ。

 お師匠様の家は町から少し離れた場所であったため、余計にその傾向は強まっていた。


 なのでこれといって、自身が召喚した勇者であるサクラさんを自慢する相手など居ない。

 あくまでも自慢云々というのは、サクラさんを誘うための方便であり、本当の理由は別にある。

 彼女にはお見通しであったようだけれど。



「でもクルス君の故郷か。うん、悪くないわね」


「なら……」


「それに時々話題に上る、君のお師匠様って人にも会ってみたいしさ。毎度毎度熱心に手紙を書いて、どんな人か気になってたもの」



 自慢をする相手は居なくても、しっかりと紹介しなくてはならない相手は居る。

 彼の地で暮らすお師匠様は、ボクにとって親代わりであると同時に、召喚士としての心構えなどを教えてくれた大先輩でもある。

 自身も召喚士となったのであれば、いつかサクラさんを連れて会いに行かねばとは考えていた。



「そうと決まれば善は急げね。早く下山しましょ、寒くて仕方がない」



 吹き付ける冷たい風に身体を震わすサクラさんは、外套の前を強く閉じ振り返る。

 急ぎ足となり細かな石で造られた道を下っていく様は、言葉に反してどこか楽しそうだ。


 口元を綻ばせ、ボクは先を行くサクラさんを追う。

 背負ったアルマはまだ目を覚まさず、それに反してあの巨鳥ミルータは、今もなお2羽揃って上空を旋回していた。


 ボクはちょっとした悪戯心を起こし、アルマの首にかかる笛を手に取った。

 そして軽く咥えて吹き、甲高い音を長々と鳴らし空を見上げてみる。

 しかしミルータはそんなボクが鳴らす音など意に介さず、鳴き声すら返すことなく2羽揃って空を悠々と舞い続けるのだった。



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