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笛の音 05


 目に見えるだけでも1、2、3……、7体。

 ソックリな見た目に同じ色であるため区別が付け辛いけど、それだけのゴーレムがボクらへと襲い掛かっていた。

 この手の連中を相手とするのは、ゲンゾーさんのように大斧を扱う人間か、かつて会ったミツキさんのように大槌を扱う人。

 決して精密さと射程距離を武器とする、サクラさんのような弓使いの本領が発揮できる相手ではなかった。



「もっと早く走って、追いつかれるわよ」


「そんなことを言われましても! この足場じゃ……」



 不安定な足場の中で逃走を試みるボクは、なんとかサクラさんへと追い縋る。

 一応サクラさんもゴーレムも倒せないことはないけれど、流石に複数を相手などしていられない

 1体だけであればともかく、相手をするのに必要となる特別な矢は、そう多く用意していないのだ。

 なにせ値が張る上、とても重たい代物であるために。



「仕方ない、ちょっと危ないけどついて来なさい!」



 サクラさんはボクの背に居たアルマを抱き抱えると、迷うことなく道を外れ斜面へと飛び出す。

 普通歩こうなどとは考えぬそこを、大きな弓矢に加え子供一人を抱いたまま、体勢を崩すことなく下っていった。

 流石は勇者、こんな地形すらものともしない。……などと考えている場合ではないか。



「冗談ですよね……。あぁもう、待ってくださいよ!」



 置いて行かれては堪らないと、意を決し斜面へと足を踏み出す。

 ただやはり斜面は小石ばかりで滑り易く、何度となく足を取られ転びそうになる。

 それでも辛うじて、我ながら奇跡的な反射で体勢を立て直し、なんとか斜面を下り終えた。


 振り返ってみれば、ゴーレムも同じく斜面を追いかけようとしてくる。

 しかし重い石の身体であるせいか、上手く体勢を保つことが出来ぬようで、途中で転倒し明後日の方向へと転がっていく。

 崖となっている方へ向かい落下していく様は、こちらの背筋を寒くさせるに十分な光景だ。



「さて、と。……どうやって元の道に戻ろうかしら」


「やっぱり後のことを考えてなかったんですね」


「魔物に押し潰されるよりはマシってもんでしょ。命があるだけ儲けものよ」



 なんとか振り切ったと、カラカラ笑いながら言うサクラさんは、抱き抱えていたアルマを降ろす。

 ただ実際彼女の言う通りかと思い、ボクは極々簡素な地図を開き、周辺の地形を眺め現在の位置を推測。

 目的としている場所までそう遠くないと判断し、比較的傾斜の緩やかそうな方向を指さした。


 しかしそちらへ向かって歩くも、すぐさま登るには困難な崖にぶち当たる。

 仕方なしに一旦引き返し、別の道を模索するのだけれど、やはりそちらも似たような状態。

 魔物から逃げる為に駆け下りた場所は、見たところ存外入り組んでいる場所であるとわかり、サクラさんは気まずそうに頬を掻く。



「参ったわね、降りてきた場所を登るしかないのかしら……」


「かもしれません。ですがその前に少し休憩にしましょう、焦って体力を消耗してもいけないですし」



 ボクは羽織っていた外套を脱ぎ、地面へ敷き水筒を取り出す。

 なにせ冬場の山中だ、無闇矢鱈に歩き回ってしまえば日が落ちてからが大変。

 それにサクラさんは自分が何とかしなくてはと焦っているように見え、ここは冷静になるためにも少しばかりの休憩を摂った方がいいと考えた。


 3人揃って敷いた外套の上に腰を降ろし、水を口へ含んで息をつく。

 ふと空を見上げてみると、魔物に襲われている最中もずっと見ていたのか、いまだ2羽のミルータが上空を旋回していた。



「あれ、いつまでついて来るのかしら」


「笛の音に反応したんだと思いますけど、もうアルマも鳴らしてはいませんしね」



 現れた魔物から逃げるため、アルマの首から下げた笛は落とさぬよう、服の下へ入れている。

 なのでいい加減何処かへ行ってもいいように思えるが、ミルータはこちらを監視するかのように、延々空から見下ろし続けていた。


 見たところこれといって危険は無いように思う。

 けれど真上に居座られ続けるのも居心地悪いと思っていたのだけど、ミルータは突然に旋回する動きを変じ、2羽揃ってゆっくり何処かへと行ってしまう。



「鳥さんがあっちって。呼んでるよ」



 翼を翻すミルータが、甲高い鳴き声を発した途端、横で座っていたアルマが立ち上がる。

 そしてジッと去っていく鳥を凝視し、なにかを察したように呟いた。



「呼んでるって……、ミルータが?」


「うん、こっちにおいでって」



 怪訝に思い首を傾げるボクとサクラさん。

 ミルータから何かを感じ取ったのだろうかと思い問うてみるも、アルマは答えることなく小さな身体で駆けだした。


 まさかミルータが道案内でもしようというのか。それにその声をアルマが聞き取ったのかと、信じられぬ思いを抱く。

 ともあれ放っておくわけにはいかず、サクラさんは急ぎアルマの後を追った。

 ボクもすぐさま水筒を片付け、敷いていた外套を抱えて走る。



 走るアルマを追いかけ、ボクとサクラさんはすぐ後ろを行く。

 アルマは薄い空気の中で息を弾ませるも、そのようなことを気にもせず、悠々と舞うミルータを追っていた。

 まさか本当にあの鳥が、こちらを案内しているというのだろうか。それを証明するように、進む道は途切れず次第に標高を下げていく。



「アルマが言っていたことは間違ってなさそうね。確かにあの鳥が案内してるみたい」


「そんなまさか。……でも山道にも戻れましたし」


「ミルータと意思疎通が図れるのかしら?」



 アルマを追い続けていくと、その内に細いながらも踏み固められた道に出る。

 こうして現に道へ戻れた以上、ミルータが案内してくれたというのは間違いなさそうだ。

 それに亜人たちが使っていたという笛に対し、アルマが妙に執着していたり意思疎通ができていた点からして、サクラさんの想像は合っていそうではあった。



「だとすればやっぱり、アルマはここの出身ということですか……」


「寂しい? アルマを家族のもとへ帰すのが」



 何気なく呟いた言葉だったけれども、サクラさんはこちらを見透かしたように言葉を向ける。

 彼女の言っていることは、ボク自身なかなか否定出来るものではなかった。


 でもまだそうなると決まった訳ではない。

 そもそも亜人たちと接触できるとも限らないし、もしアルマが歓迎されなかったとしたら、連れて帰る必要だってある。

 ここまで見てきた限り、亜人たちの集落が奴隷商に壊滅させられた可能性は少なそうだけれど、歓迎されないという恐れはまだ残っているのだから。



「悪い顔してるわよ。もし両親のもとに帰れるなら、祝福してあげないと」


「す、すみません……」



 やはりこちらの思考などお見通しであったのか、サクラさんは複雑そうな表情をし、ボクの頭へポンと手を置く。

 そうだ、サクラさんの言うように、むしろ帰れるよう願い祝福してあげなくては。

 アルマを預かって以降、妹のように想い接してきたけれど、ボクらは一時的に預かっているにすぎないのだから。



 酷く暗い思考をしていたことに、若干の嫌悪感を抱きつつも、ようやく出れた道を進んでいく。

 ただ少しばかり歩き続け、そろそろ次の集落跡地が見えてくる頃かと思い顔を上げると、先の方へ平たくなった場所が姿を見せ始めていた。

 ミルータを追い早足となるアルマを宥めつつ、若干の緊張を纏ってその場所へ。


 ただそこへ辿り着き目にしたのは、なにか大きな衝撃によって破壊された竈と無数の木片。

 そして腐敗し尽くし骨ばかりとなった、人と思われる数体の死骸であった。



「クルス君、お願い」


「は、はい! アルマ、こっちにおいで」



 その光景を目にするなり、サクラさんは鋭い口調でボクへと呟く。

 彼女の声を聞くなりその意図を察し、近寄ろうとしていたアルマを押し留め、死骸が見えぬ岩場の影へと連れて行った。

 あれがアルマにとって身内と言える、亜人たちであるかはわからない。

 ただどちらにせよ、まだ片手で数えられる齢の少女へ見せていいものではなかった。


 岩の陰からチラリとサクラさんの様子を見ると、口元を押さえながらも数体の死骸を観察していた。

 彼女は少しばかり死骸と周囲の様子を観察し、なにかに納得したように頷いてから戻ってくる。



「死んでから相当な日数が経ってるわね」


「亜人たち……、なんですか?」


「まず違うと思う。服装がそれなりに上等な物だったし、彼らの"特徴"が見られなかったもの」



 サクラさんが観察し確信したのは、あれが亜人たちの死骸ではないということ。

 山中で移動しながら暮らす亜人たちは、衣服は丈夫さが優先で良し悪しには頓着しない。でも死骸が纏っていたのは、そこそこに上等な仕立て。

 おまけに亜人たちの特徴である、獣の耳と長い尾がないということは、あの死骸が普通の人間であることを表していた。


 そのことに安堵するも、次に沸いてくるのは誰であるのかということ。

 隣国であるコルネート王国との国境に近い土地ではあっても、こんな山を越えて入る人間など居ない。

 ちゃんとした街道が麓に整備されているため、ここを通るのは亜人たちか、あるいは大手を振って国境を越えられない者に限られる。

 となるとあれは……。



「ならアレは奴隷商、ということになりますね。ここを通るようなモノ好きなんて、奴隷商の他にはボクらくらいしか居ませんから」


「亜人たちに返り討ちにされたのかしら? でもちょっとおかしいのよね」


「何がですか?」



 あの死骸が奴隷商であるなら、別段問題はない。

 ただサクラさんは少しばかり首を傾げ、不審さを口にしていた。



「亜人たちが武器を持っているのは当然として、それにしても骨の砕け方が凄まじいのよね。まるで全身を一気に潰されたみたいに」


「風化で崩れたとかでは?」


「なんとなくだけど、そういう雰囲気には見えなかった……」



 どこか不穏な、サクラさんの言葉。

 亜人たちも自身が狙われると知っている以上、武器を持っていると考えるのは普通。

 それに下手に扱いが難しい刃物より、振り回すだけで効果のある鈍器をというのは無難な選択で、奴隷商の骨が砕けているのも別におかしくはない。

 けれどもサクラさんはそれとは異なるようだと言う。しかし全身を一気に潰すなど、あり得るのだろうか。


 とはいえ大抵こういう時、彼女のする直感は当たってしまうことが多いような気がする。

 ボクの思考を読んだりすることも含め、サクラさんは妙にそういった勘が鋭いのだ。

 そして彼女の言葉を証明してしまうかのように、ズシリという振動と音がボクらの身体へ響く。



「ああ、もう! こんな時にも現れるだなんて」



 何事かと周囲を窺って見えたのは、集落が在ったと思われる場所に現れた魔物。

 ついさっき追いかけられていた、ゴーレムに類するそれらより少しばかり大きな体躯。

 なるほど、案外奴隷商はこいつにやられたのかもしれない。



「アルマ、ここはサクラさんに任せて隠れ――」



 現れたのが1体だけであるためか、既にサクラさんは臨戦態勢。

 ならばここは彼女に任せ、ボクとアルマはどこかで隠れていればいい。

 そう思いアルマの手を引くのであったが、すぐさま掴んだ手は払われる。


 いったいどうしてと思い振り向くと、幼い身体は硬直し魔物の巨躯を見上げていた。

 ただアルマの口は小さく開かれ、声にもならぬ嗚咽めいた息を漏らし、震え手いる様子が見て取れる。



「あ、……あぁぁ」


「アルマ、アルマ!?」



 アルマも幾度か魔物を見たことはある。でもこんな反応は初めて。

 突如として様子を一変させたアルマを揺すり、ボクはただ呼び声をあげるばかりであった。



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