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糧 01


 夜明けとともにサクラさんの部屋を訪ね、ノックをして中に入れてもらう。

 中へ入ってみると、彼女はそれまで借りていた制服から昨日買った服へ着替え、武具店で借りた防具を身に着けていた。



「準備は出来てるみたいですね」


「一応はね。気構えの方は怪しいけど」



 背には矢筒を背負い、壁に立てかけていた弓を手に取る。

 装備は万全、ただ少しばかり緊張をしているのか、息を深く吸っては吐くというのを繰り返していた。

 それも当然か、なにせこれまで戦闘を行った経験どころか、魔物を見たことすらないのだから。


 ただ一式装備を身に纏い弓を握る姿は、非常に様になっている。

 長身に長い黒髪、引き締まった肢体と精悍な表情。

 少々装備の安さが気にはなるけど、あつらえたように似合うその姿からは、勇者としての威厳すら感じさせた。

 そんなサクラさんの姿に見惚れ暫し呆けていると、彼女は悪戯っぽい表情を浮かべる。



「まさかお子様のくせに、一丁前に朝からムラムラした?」



 と無邪気な表情でからかってくる。

 色々と台無しだ。真面目な表情さえして黙っていれば、涼やかでカッコイイお姉さんと思えるのに。


 彼女の本性を知らない外の人には、実際そう見えているのかもしれない。

 だがこの人は外面の良さという、本来の姿を覆い隠す鋼鉄の仮面を備えている。

 そいつを防具として装備しておけば、さぞかし高い性能を発揮してくれることだろう。



「……行きますよ」


「なによ、愛想の悪い」



 朝からドッと疲れたような錯覚を覚えながら部屋を出る。

 ただ先ほどのやり取りで、サクラさんは少しばかり緊張を解せたようだった。

 そういう点を思えば、この性格も悪くはないのかもしれない。


 さて、この宿舎ともしばしお別れだ。

 これから先は市街地にある勇者支援協会の宿、もしくは国内各地の町や村を渡り歩く事になる。

 ベリンダとはタイミングが合わず言葉を交わせなかったけど、他のお世話になった人たちや教官には、既に挨拶を済ませた。

 あとは魔物討伐という結果をもって、これまでの礼とするのみ。



 宿舎を出たボクらは、まず真っ先に協会の宿へと向かう。

 そこで宿泊の記帳を行い、持って出た荷物の大部分を置くと、魔物を狩るのに必要な装備と財布だけを持って出た。


 空を見上げてみれば、雲一つない快晴。

 多少汗ばむ陽気ではあるけれど、初めて魔物を狩りに行くには絶好の天気だ。



「とりあえず町の外へ向かいます。流石に町中では魔物も出現しませんから」


「了解。私はまだそこら辺がよくわからないから、クルス君に任せるわ」



 当面の行動を一任してくれたサクラさんと、ボクは協会の前から町の南門へと向かって歩く。

 まだ朝も早い時間であるというのに、随分と人の通りは多い。

 複数の行商人や町商人たちが、開店の準備や荷下ろしに追われているようだ。



「それにしても、全然他の勇者を見かけない。大量に召喚されてるんじゃなかったの?」



 早朝の町中を眺めるサクラさんは、自身の同胞を見かけないのが気にかかったらしい。

 彼女がここまで顔を合わせたのは、協会で会ったソニア先輩の勇者くらいのもの。

 した説明に対し、見かける数が少ないと感じるのは当然だった。



「この辺り一帯は、あまり強力な魔物が居ませんから。大抵の勇者は最初の1ヶ月くらいをこの町で過ごしますけど、以降はより強い求めて他所の土地へ移動するんです」


「なるほどね、いわゆるチュートリアルか……」


「ちゅーとり……、なんですか?」



 いったい何のことかはわからないけど、一応は納得してくれたらしい。

 この近辺の魔物は相対的に弱く、狩って得られる素材等も特別高く売れる物は得られない。

 より良い装備、より良い寝床を得ようと思えば、他の土地へ行くしか手段がなかった。


 それに弱い魔物くらいしか居ないここと違い、他地域の方が魔物による被害は深刻だ。

 そのため狩りに慣れある程度の実力を付けたら、他の町へと居を移すのが半ば強制的な慣例となっている。

 特に最近は各地で魔物が増えてきているためか、そのサイクルは早くなっていた。



「それで、町の外へ出たら最初は何から始めるのかしら?」



 周囲に人の目があるためか、外用の仮面を被ったサクラさんが問いかけてくる。

 おそらく聞かんとしているのは、まず最初にどんな魔物を狩るのか、といった事だろう。

 サクラさん自身、こちらの事情に疎いと自覚をしている。

 知識の無さから危険な相手に挑んでしまう事態を避けるためにも、まずは最低限の魔物に関する知識を持ったボクに、聞いておくべきだと判断したようだ。



「そうですね。やはり最初ですし、ウォーラビットから狙うのが良いと思います」


「ウォーラビット?」


「はい、前歯と爪が発達した攻撃性の高い大型の兎です。動きは素早いんですが、弓で遠くから攻撃すれば楽に仕留められると聞いたので」


「ならそれでいきましょう。まだ上手く当てる自信はないけど」



 自信の無さを口にはするも、サクラさんに反対の意志はない。

 判断材料が無いというのもあるだろうけど、とりあえずはボクの考えを信用することにしてくれたようだ。


 そのまま真っ直ぐ大通りを進み、町の南門をくぐって街道へと出る。

 街道の両脇には田園風景が広がり、植えた春の作物が顔を出していた。



「基本的には、街道近辺へ出没する魔物を狩っていくようになります。見ての通り畑も多いですし、行商人の人たちも多く通るので、安全確保のために魔物を駆除する感じですね」


「なんていうか……、案外地味なのね」



 言わないで下さい、ボクだって正直そう思うんですから。

 ボクも騎士団へ入る前は、血沸き肉躍るような大冒険を想像してた。

 自身の背丈の何十倍もあるような、強大な魔物に立ち向かう姿を妄想してた。


 でもそんなのは、ド新人であるボクらにはまだまだ荷が重い。

 経験を積んで実力をつけた勇者が、複数人で組んでようやく挑むような相手なのだ。

 それにそういった強大な魔物は、街道沿いや人里の近くに出没する例は少なく、深い谷や昏い森の奥を好んで住処としているという話。


 名高い勇者には、そういった魔物の素材を欲しがった領主や王が、協会を通して討伐依頼をする場合があるとは聞く。

 ただどちらにせよ、今のボクたちにはあまり関わりはない。無駄に命を散らそうとしない限りは。



 街道を歩き続け田園風景を抜け、草原が広がる場所へと出ると、そこはそよそよと柔らかな風が吹いていた。

 風が心地よく、その弱さが助かる。

 正直風が強く吹いていたら、今日の狩りは中止としていた。

 幸先は悪いが、そんな中で弓を使うなんて土台無理な話なのだから。



「で、目的の魔物はどれかな?」


「えっと……。あ、居ました」



 目撃情報の多い地点に辿り着き周囲を見回すと、早速一羽のウォーラビットを発見する。

 ウォーラビットは元々の生息数が多いのもあるが、この時期は繁殖期であり、穴の中から出てきて特に活発に行動する。


 今はそこまででもないけれど、冬場であればその肉は貴重な食糧として、毛皮は防寒具の材料として重宝される。

 おまけにそいつの固い骨は、上手く加工すれば様々な道具としても活用できた。

 衣食その他へ余すところなく活用できる、無駄のない有用な魔物だ。

 多くが危険視され狩られていく中で、このウォーラビットを含む一部の魔物に関しては、危険でありながらも居なくなっては困る存在の一つとして認識されていた。



「……ここからだと遠すぎますね、少し近づきましょう」



 そう告げてゆっくりと、身を屈めながら草原の草を掻き分け近づいていく。

 もう少し近付けたら、狙いを持って射ることのできる距離になるはず。



「ねぇクルス君。ちょっと聞いていいかな」


「もうちょっと声を落としてください、気づかれるので。どうしたんです?」



 後ろを忍び歩きでついてくるサクラさんは、突然にボクへ問いかける。

 その声は少しばかり、動揺を含んでいるかのようだ。



「確かに大型だとは聞いたよ。でもなんていうかさ……、デカくない?」



 彼女の言いたい事はわかる。想像した以上のサイズにたじろんだのだろう。

 大きさは1m強ほどもあり、その黒い毛並みや長い爪、鋭く発達した前歯からは威圧感すら感じさせる。

 元から可愛い普通の兎が、比較すると尚更可愛く思えてくるほどだ。

 ただウォーラビットは高い繁殖力に加え、その大きさ故に肉も多く採れ、毛皮も広く使えるため重宝されていた。



「兎ってなんだっけ……」



 と呟きながらも、一定距離に近付いたサクラさんはしっかり弓を構え、矢筒から取り出した矢を番えた。

 ゆっくりと呼吸を整え、一撃で仕留めるべく頭部に狙いを定める。

 全身が有用なウォーラビットも、あえて使わない部分があるとすれば、それは頭部だ。

 肉も取れず毛皮にもし辛い、そして当然生物である以上は弱点でもある。狙うとすれば間違いなくここ。


 草を食むウォーラビットの姿をよく見て、一瞬浅い呼吸を止める。

 サクラさんはその呼吸を止め身体の上下動が静まった短い間に、迷うことなく掴んでいた矢じりを離す。

 直後、緩い放物線を描きながら、矢はウォーラビットへと鋭く飛んでいく。


 迫る矢の存在にはまるで気付かず、口に残る草を食み続けていたウォーラビットの頭蓋へと、勢いよく矢は吸い込まれた。

 鳴き声を発する間もなく、受けた衝撃に揺れグラリと倒れる。成功だ。



「やりましたね、サクラさん!」


「……え、ええ」



 ボクの発した歓喜の言葉に、サクラさんは自分自身でも信じられないといった表情を浮かべたまま頷く。

 勇者が元々持つ力なのか、それとも昨夜の訓練が功を奏したのか。一撃で仕留められた。


 これが中途半端に外してしまえば、魔物は確実にこちらに向かってきていただろう。そうなれば短剣での接近戦となる。

 できるだけそれは避けたかったのだ。

 なんにせよこれで初の狩りは大成功。矢の消費もたった一本で済んだので、お財布的にも実に助かる。



 倒れた魔物の側へと近寄って確認すると、確かに矢は頭部に突き刺さっていた。

 ただいくら初日とはいえ、この一羽だけで終わらせる訳にもいかない。

 ボクは腰からナイフを取り出し、急いでウォーラビットの血抜きを始める。


 近づいてきたサクラさんはその作業に一瞬だけ顔を顰め、余所を向いて少しだけえづいた。

 仕留めたのは自分自身であるはずなのに。



「大丈夫ですか?」


「ゴメン……。そういうの、見た事なかったから……」


「異世界でも肉は食べますよね? どうやって処理をしていたんです?」


「こっちじゃ自分で狩る機会なんてまず無いわよ。解体して小分けになった肉が、店に並んでるのを見るくらいくらいしか……」



 向こうの人は不思議なことをする、切り分けた方が鮮度の劣化は早いと思うのに。

 それに意外なことに、あちらでは市場で生きたまま売ってたり、自分で得物を獲ったりはしないのだと言う。

 でも自分でやらずに済むというのであれば、楽そうだなとは感じた。


 ともあれウォーラビットの血抜きをし、内臓を取り出して軽く掘った穴に埋める。

 そうすると大きな得物も少しは軽くなった。

 冬場であれば内臓も持って帰ればいいけど、暖かくなってきた今では、止めて置いた方が無難。

 鋭い前歯と爪は、協会で買い取ってはくれるけど大した額にならないそうで、持ち運ぶ際に危ないため折って捨てることにした。



「もしかして、これで今日は終了?」


「まさか。この時期のウォーラビットはどんどん数を増やします、出来ればあと2羽は狩っておきたいところですね。さあ、次を探しましょう」



 まだ若干気分の悪そうなサクラさんの背を押し、再びウォーラビット探しを再開する。

 獲れればお金になるし、絶滅されては困る魔物ではあるけれど、決して安全な存在ではないため、多少は減らしておくに越したことはない。


 少しばかり周囲に目を凝らし探すと、程なくして先程よりも少しだけ小さな個体を見つけることができた。

 こちらも都合よく1羽だけしか居ない。魔物討伐初日、かなりツキに恵まれている。



「次は私だけでいってみる。一応見てて」


「はい。お気をつけて……」



 ようやく気分も落ち着いたように見えるサクラさんは、今度は一人先を進み静かに接近していく。

 まだ彼女だけでは危険かと思うも、動きは慎重で油断が見られない。

 狩りや戦闘の経験が無いはずなのに、初日にして既に順応を始めているようだった。


 身を低くして茂みの中へ潜み、ゆっくりと忍び足で近づきながら矢を番えて構えるサクラさん。

 しかし彼女が射ようと引いた時、偶然こちらを向いたウォーラビットと目が合う。

 瞬時に敵であると認識したのだろう、鋭い前歯を剥いて呻り声を上げ、強靭な後ろ脚で地を蹴りサクラさんへと突進する。


 ただ意外にもサクラさんはその状況にも動じず、落ち着き払って膝をつき、狙いを定め矢を放った。

 その矢は真っ直ぐ突進してくる魔物の眉間を捉え、突進の勢いそのまま草原の草むらへと勢いよく倒れ込む。



「どうよ?」



 一瞬だけ訝しげな表情を浮かべていたサクラさんだが、直後には立ち上がってボクへ近寄り、胸を張って見下ろすように得意げな顔をする。

 正直驚いた。これまで戦いや狩りの経験はおろか、訓練さえも受けてこなかった人とは思えない冷静さに。



「……正直、感服しました」


「そうでしょう、当然よね。もっと褒めてもいいわよ?」



 そう言って更に胸を張って大きく笑う姿は、どこか無邪気。

 だが大きな笑いに反して、張られたその胸は少し小振――



「痛ぁ!」



 唐突に、手にした弓で頭をボカリと殴られる。

 硬さよりも撓りを重視される弓とはいえ、木材は木材だ。殴られれば相当に痛い。



「アンタ今失礼な事考えたでしょ」


「な、なんのことですか。ボクにはさっぱりわかりませんが……」


「クルス君の視線が胸に来たの、ちゃんと気付いてるからね。さあ、具体的になにを考えたか教えてもらいましょうか」



 実に鋭い。ベリンダもそうであったが、女性は男が考えている内容を察する何がしかの特殊な能力を、生まれつき備えているかのようだ。

 顔を近づけ凄まれながらされるその問いに、ボクは視線を逸らしながら誤魔化し、やり過ごす以外にはない。


 ウォーラビットの処理をする最中、ボクはその件でサクラさんに追及を受け続ける。

 ただ彼女の声からは怒っている感じを受けず、無事に魔物を狩った満足感すら漂わせていた。


 お師匠様、ボクとサクラさんはまだ小さなものですが、立派な勇者と召喚士になるための一歩を踏み出しました。


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