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聖杯 05


「さっきは悪かったな」



 ボクの背後へ立つヤニスがそう告げたのは、降りしきる雨の中、ひとり用を足しに茂みの中へ行った時だった。

 用を足し終えて振り返ると、彼は少しだけ離れた場所で、視線を余所に向け立ている。



「そう思うんでしたら、上手く手綱を絞っていてください」


「お前もなかなかに辛辣だ。だがそうだな、反論の余地もない」



 険しい表情を浮かべ、嫌味を込めて告げる。

 するとヤニスは反発する様子もなく、降参したとばかりに手を挙げていた。



「あいつにも色々と思うところがある。この世界へ来て以降な」


「話していいんです? 怒られちゃいませんか」


「むしろ話させてもらいたいくらいだ。俺の鬱憤晴らしも兼ねて」



 ちょっとだけ移動し、小さな木の下で雨を避ける。

 そこでボクが聞こうとするかなどお構いなしに、ヤニスは当人曰く"鬱憤晴らし"の世間話を始めた。



 どうやらサワキは、召喚当初はかなり有望視された勇者であったようだ。

 彼は当然のように王都へと向かう。歴史に名を残した勇者のほとんどは、王都に居を置き活躍していたと知ったが故に。

 ただ王都へと行くも、すぐさま大勢いる勇者たちの中で埋没する破目になる。

 実力の順に序列が生まれ、そうこうしている内に数年が経ってしまい、サワキは名も知られぬ勇者のひとりとなっていた。


 とはいえこんなのは珍しい話ではなかった。

 むしろ大多数の勇者がそうであり、最初こそ野心を抱き勇者として歩み始めるも、道半ばにして心折れる例は枚挙に暇がない。



「それでカルテリオに来て、今度はここで上手くいっていたサクラさんに執着を? 完全に逆恨みじゃないですか」


「俺もそう思う。だがやり場がないだけに、誰かへぶつける他なかった」


「はた迷惑な話です。というか貴方も一緒になってしないでくださいよ……」


「面目ない限りだ。あいつと一緒だと、ついな」



 ゆっくり頭を下げるヤニス。ただその点に関しては、ボクも気持ちはわからなくはない。


 ともあれサワキは王都での活動に見切りをつけ、カルテリオへとやって来た。

 ただそこでも自身より実力のある勇者が、それも始めてまだ一年も経っていない新米が、町で確固たる地位を築いていたのだ。

 王都の時と同じく序列が築かれ、自身が下に置かれるのではという焦燥から、サクラさんとボクへ攻撃的な態度を示していたのだろう。自分は決して弱くなどないと。



「これからは出来るだけ、俺があいつを抑えておく。あまり問題を起こさないようにな」


「そうしてくれると助かります。……たぶん、下手に人と比較せず頑張った方が、上手くいくと思いますし」


「そうだな。俺もそいつは同感だ」



 サクラさんやオリバー、そして遥か高みのゲンゾーさんには及ばずとも、サワキも決して腕が悪いわけじゃない。

 だとしても、ああも周囲と衝突しては上手くいくはずがなかった。

 他の勇者と組んで、依頼に当たることだってあるのだから。



 頷き了承するヤニスと共に、ボクらは大木の下へと戻っていく。

 そこで随分と長かったと告げる、サクラさんのニヤニヤした表情に迎えられた頃には、徐々に雨も上がり始めていた。



「遅いぞヤニス! 雨も上がった、オレはあいつを追う」


「わかったって。そう急くな、ぬかるみに足を取られるぞ」



 立ち上がるサワキは、自身の長剣を握り立ち上がる。

 今すぐに追いかければ、案外魔物に追いつけるかもしれないという考えで。

 あれから随分時間は経ったけれど、他の勇者に先を越されたくはないという思いが強いようだ。


 彼らは自身の荷物を背負うと、こちらを一瞥すらせず去っていく。

 ただヤニスの言葉からは、突っ走るサワキを落ち着かせようという意図が感じられた。



「何を話したの?」


「ちょっとした世間話を。ただ悪い内容ではありませんでした」


「そう。上手くいったようでなによりね」



 後ろ姿を見送るサクラさんは、小さく苦笑する。

 用を足しに行く時、サクラさんからたぶんヤニスが話をしに来るだろうとは言われていたため、ヤニスが現れた時も驚かず平静を保って会話が出来た。

 きっとサクラさんには、された内容がどんなものか想像がついているのだろう。



「さあ、私たちも行きましょ。みすみす先を越されてやるほど、安穏とした性格はしていないもの」


「知っていますよ。それにボクだって負けるよりは勝ちたいですから」



 視線も合わさずそう告げると、揃って湿った土の上へと降りる。

 すぐさま布の類を片付け、ボクらはサワキらが向かったのとは少しだけ違う方向へ、小走りとなって進んでいった。




 森を奥へ奥へと進んでいく最中、所々で人の姿を見かける。

 それは同じように調査に来た他の勇者たち。雨の中でも危険を冒し歩いてきたのか、彼らの足取りは少しばかり重そうだ。

 慣れぬ土地、湿り滑り易い地面。そんな中を疲労したまま進むというのは、危険が伴う行為。



「帰るように言いますか?」


「言っても聞かないでしょ。出来れば適当に弱い魔物にでも遭遇して、自分で体力が落ちてると認識してくれるといいんだけど」



 サワキほどではないにしろ、彼らもまた成果を求めていた。

 そのためこういった状況で無茶をしがちで、早々に消耗していると認識してくれなくては、もし強い魔物に遭遇した時に困ったことになる。


 とはいえそう都合よく弱い魔物にも遭遇せず、どうしたものかと思案する。

 ただそうしていると、不意に周囲へと色めき立つような空気が蔓延し、奥から数人の声が響いて来た。



「見つけたぞ、この先だ!」



 それは探していた魔物が見つかったという声。

 森へと響いた声に反応し、草を掻き分け勢いよく走っていく勇者たちの姿。



「サワキが追ってる! アイツに先を越されるな!」



 どうやら見つけたのはサワキのようで、どこかの勇者が慌てた口調で叫ぶ。

 他の勇者たちもそれに負けじと、自身の相棒である召喚士を置いて駆けていく。


 ボクはサクラさんに先に行ってもらうよう告げようとするのだが、彼女はそんなつもりは毛頭ないらしい。

 さきほどと同じく少女のように抱き抱えられると、深い森へと一気に突っ込んでいく。


 ただその途中で、ひとり森の中を走るヤニスを見かける。

 どうやら彼はサワキに置いて行かれたようで、額へ汗しながら追いかけようとしていた。

 こういったことからも、サワキがどれだけ必死なのかがわかろうというものだ。



「見えた。でも戦闘は始まっちゃってるわね」


「一応捕獲を試みますか?」


「……もう遅いかも。というか終わりそう」



 ボクを抱えたまま駆けるサクラさんは、森の奥へと件の魔物の姿を捉える。

 しかし既に数人の勇者が辿り着いているようで、武器を持ち囲まれた魔物は、今まさに狩られんとしていた。


 その魔物が直視できる場所へ到着し地面へ降りた時には、全てが終わっていた。

 血の滴る長剣を握るサワキは、勝ち誇ったように声を上げ笑う。

 どうやらこの様子だと、最初に追いつき仕留めたのは彼であるようだ。たぶん追いつくことが出来たのは、魔物が脚に傷を負っていたから。



「オレが、オレが仕留めたんだ! この中で唯一人な!」



 興奮した様子のサワキは、剣を振り回し勝利の余韻に浸る。

 しかし脚を負傷した魔物であれば、捕獲することも容易であったろうに。

 それをせず仕留めたのは、自己顕示欲の表れであるように思えてならなかった。


 駆けつけたボクらの姿に気付くと、ニタリと笑んでこちらを向く。



「遅かったじゃねぇか。残念だったな、報酬が手に入らなくてよ」


「クラウディアの話を聞いていなかったの? 報酬は山分け、その額が成果で違うってだけよ」


「知ったことか! 魔物を斬ったのはオレだ、お前らには1ディニアだってやるかよ!」



 死骸となった魔物を踏み、カラカラと笑うサワキ。

 どうやら久しく味わってなかった興奮によってか、平静な思考ができていないようだ。

 支離滅裂なその言動に、サクラさんとボクだけでなく、他の勇者たちやなんとか追いついたヤニスも困惑気味。


 もうしばらくすれば、少しは落ち着くだろうと思い肩を竦める。

 しかしそんな時だった……。魔物の死骸へ剣を突き立て勝ち時を上げるサワキの背後へと、妙な物体が姿を現したのは。



「……クルス君、あれってもしかして」


「まさかこんな所で!?」



 サワキの後ろへと現れたそれに、ボクとサクラさんは目を見開く。

 話には幾度となく聞いていた。そしてそれを描いた絵も、時折目にしてきた。

 だが実物をこの目で見るのは初めて。

 ボクらの前へと姿を現した物体。それは人の手に収まる程度の大きさをした、宙へ浮かぶ小さな杯であった。



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