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聖杯 03


 シグレシア王国の南端、沿岸部に位置する港町カルテリオ。

 その西へ少しばかり行った先、海岸線へ沿うように広がる平野部の向こうへと、広大な森林地帯は存在した。


 "狂信者の森"などという大層な名で呼ばれるそこだけど、実際にはなんてことないただの森林。

 もちろん自然である以上、油断すれば命にかかわる事態となる。

 ただ基本的に木材を伐採するための小屋もあれば、野草や茸を採取する人も立ち寄るという、むしろ人々の生活に根差した土地だ。



「でも森の奥、海岸に近い一帯はそれなりに魔物も出るそうなんですよね」


「そこを探索していたどこかの勇者が、新種の魔物を発見した……、と。よく自分で調査しようとしなかったわね」


「調査まですれば報奨金も多いですけど、やはり危険もありますからね。新種目撃の報告だけして、少額を受け取るってのは現実的ですよ」



 その"狂信者の森"を進むボクとサクラさんは、太く這った根を踏み越えながら、少し潜めた声でやり取りをする。

 勇者支援協会の本部から来た依頼。新種の魔物に関する調査をすることになった経緯についてを。



「なんていうか、夢の無い話ね。異世界でもひたすら安全策ってのも」


「命がかかっていますから。案外狩りに来たんじゃなく、ただの物見遊山だったのかもしれませんし。こんな所に何があるのかは知りませんが」



 暢気な会話をしつつも、周囲へ視線をやるのを怠らない。

 なにせ木こりや野草採取の人が使う小屋がある場所は、とっくに通りすぎている。

 既に森の深い場所にまで入り込んでおり、目的の新種がすぐ近くに居るとも限らないためだ。


 ボクは当然のことながら、サクラさんと一緒に行動している。

 ただ町を留守にしているオリバーとカミラ、それに怪我で療養中の勇者を除く、20名以上の勇者と召喚士らとは別で。



「それにしても、集団で行動しろと言われないで助かりました。あの2人以外にも、こっちを快く思っていない人間はいますから」


「このやたら広い森を、分散して探すってのが理由だろうけどね。でもギスギスした空気の中でやるよりは、余程マシってのは確かかしら」



 出発時、一応の責任者扱いとなっているクラウディアさんは、参加する全員へ分散して行動するよう告げた。

 たぶん協会本部からの依頼書にそう書いてあったのだろうけど、理由は今サクラさんが言った通り。

 大勢の方がより安全だとは思う。でも固まって探していたのでは、いつまで経っても終わりはしない。

 なにせ広大な森林地帯だ、長々と続けていてはきりがなかった。


 とはいえそれはこっちにとって幸運。

 カルテリオで大きな屋敷に住み、住民たちからも一定の評価をされているボクらを、他の勇者らが邪魔しようとすらしかねなかったからだ。



「でも意外だったのは、私を嫌っているのが勇者だけじゃなく、召喚士もだったってことね。クルス君はベリンダと仲が良さそうだったし、てっきり結束が固いものだと思ってた」


「国内だけでも、召喚士の訓練所は各地にありますから。同じところを出た同期ならともかく、召喚士同士の繋がりなんて有って無いようなものです」


「そうなの? クレメンテさんやカミラとは上手くやっていたように見えたけど」


「ボクも基本的には、それほど接点がない召喚士相手には、会っても会釈で済ませるくらいですかね」



 サクラさんは召喚士であるヤニスもまた、こちらに敵意を持っていたことが気になったようだ。


 同期の召喚士であったベリンダは、ボクと同じくなかなか召喚の許可が下りず、言うならば共に落ちこぼれ同士であった。

 クレメンテさんは単純に、ボクにとって遥かに目上の人であったため、恐縮し通しだったというのが本音。

 そしてカミラに関しては、いわば同じような目論みを持つ同士とでも言うべき関係だ。なので少々他とは事情が異なる。



「それに召喚士と勇者は一蓮托生。勇者が嫌う相手を、召喚士も嫌っているなんてよく聞く話です」


「そういうもんなんだ……。なら私が余所で嫌いな相手が出来たら、クルス君も嫌ってくれるのかしら」


「断言はできませんが、そうなるかもしれません」



 きっとこれは大陸全土各国に居る、無数の召喚士たちが抱える弱み。

 一生に一度しか行えない召喚の儀、それによってこの世界へ渡ってきた勇者は、召喚士にとって何にも換えられない存在。

 人によって友人であったり、家族や恋人同然であったりと様々だけど、大切な相棒であるということは一致している。


 そんな勇者が蛇蝎の如く嫌う相手となれば、当然常に一緒に居る召喚士も、嫌う可能性は非常に高いというものだ。

 中には折り合いの悪い勇者と召喚士も居るそうだけれど。



「なら出来るだけそういった相手は作らないようにするわ。多ければ多いだけストレスだもの」


「そうしてくれると助かります。……っと」



 サクラさんの敵は、ボクにとって敵も同然とすら言ってしまえる。

 ただそんな相手が増えるほどに、気疲れしてしまうのは否定できない。

 彼女の言う通り、少ないほどこちらも平穏を送れるのは間違いないのだろうから。


 そんな話をしていると、ふと耳に小さな音が聞こえてくる。

 剣戟と思われるそれが聞こえる方向へ移動してみると、4名の勇者と召喚士が、6匹ほどの魔物を相手に戦いを繰り広げていた。



「……っ、手を出すな!」


「わかってるわよ。人の獲物を横取りする気はないから、こっちは気にせず戦って頂戴」



 茂みから姿を現したボクとサクラさんに気付いた召喚士が、すぐさま警告を発する。

 後から来たこちらに、魔物を討たれてはたまったものではないと考えたようだ。

 そんな彼らへと、サクラさんは軽く手を振ってその気はないと返す。


 大抵は最初に交戦を始めた勇者へ、優先的に魔物の討伐と素材採集の権利が転がる。

 それは定められた法というよりも、魔物を狩ることを生業とした者たちの間で、暗黙の了解として交わされたルール。

 特に王都のような、少ない魔物を大勢の勇者で取り合う土地から来た者は、そういった意識がより強いようだ。



「行きましょ、クルス君。あまり長居をして感情を逆撫でしてもいけないし」


「は、はい」



 踵を返すサクラさんに促され、ボクもまた彼らへと背を向ける。

 まだ名も覚えてはいない彼らは、対峙する魔物を次々と屠っていき、得意気な声を上げ勝ち誇ろうとしていた。


 そんな彼らから少し離れ、再びサクラさんと森を進む。

 ただ今の光景を思い出したボクは、確信を持ってこう呟いた。



「やっぱりサクラさんの方が、ずっと強いですよ。今のを見てそう思いました」


「それはどうも、お褒めに預かって光栄ね。……まぁ自信過剰と取られるのを承知で言えば、私自身もそう思ったけど」



 明確に断言するボクの言葉へと、おどけた調子のサクラさんは直後声を潜め、小さくそれを肯定した。

 さっき彼らが戦っていた魔物は、この森では比較的よく見かけるとされる類。

 カルテリオの周辺に生息するブレードマンティスより、脅威の度合いとしてはずっと低い魔物だ。


 数の上では不利だったとはいえ、あれに苦戦するというのは勇者としての実力を疑う他ない。

 例え王都近隣に出現する魔物の傾向とは、大きく違うものであったとしても。



「それが悪いとは言いません。けどその彼らがサクラさんを侮るなんて耐え難いです」


「あんまり気にしないの。ほら、私たちも早く探しましょ」



 また不機嫌になりつつあるボクへと、サクラさんは苦笑し軽く背を叩く。

 当人よりもボクの方が不愉快になってしまうあたり、やはり召喚士というのは難儀な存在なのかもしれない。


 ボクを宥めようとするサクラさんは、キョロキョロと周囲を窺う。

 そうして木々の隙間から見えるある一点を指さすと、弾んだ調子で声をかけてきた。



「ね、アレとか探してるのと違うかしら」


「あの魔物ですか? ……白い体毛に長い脚、角が二本に細い尾。って間違いないです!」



 ボクの気を逸らそうと指された、遠くに居る魔物。

 だがサクラさんが目にしたそいつは、目的としていた魔物の外見に酷似していた。

 つまり偶然にも、標的としている魔物を見つけたのだ。



「ほ、本当に!? 追うわよ!」



 当人も意外であったのか、若干動揺気味となるサクラさん。

 ただ彼女はすぐさま思考を切り替えると、背負った袋から縄を取り出す。

 こちらには気づいていない。なので上手くすれば討伐どころか、捕獲すらできるかもしれない。


 ただ慎重に接近を試みようとした矢先、やたら馬鹿でかい声が別の方向から響いてきた。



「居た! 追うぞヤニス!」



 驚きそちらを振り向いてみれば、茂みの中から現れたのは手に抜身の武器を持つサワキ。

 あいつは魔物に気付かれることなど考えていない声で、相棒の召喚士であるヤニスと共に走り出していた。


 案の定、魔物はサワキの声に驚き鹿にも似た顔を向ける。

 直後身体をしなやかに翻し、反対方向へと逃走を計った。……それも当然か。



「あの馬鹿……! 気付かれるでしょうが」



 サクラさんは悪態つき、ボクの襟元を掴んで担ぎ上げると、逃げ出した魔物を追うべく走りだす。

 なんだか最近こんな扱いばかりな気もするけれど、自身の足で走るよりは早いのは間違いない。


 上手くやれば遠くからの調査や討伐ではなく、捕獲という成果を挙げることもできたかもしれないというのに。

 ボクとサクラさんは、短気を起こし攻撃を仕掛けようとしたサワキらを苦々しく思いつつ、深い森のさらに奥へ向け駆けるのであった。



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