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聖杯 01


――――――――――


 拝啓 お師匠様


 この手紙がそちらへ届く頃には、もう国境沿いの山々も、頂が白く染まり始めている頃でしょうか。

 こちらは日々秋も深まっていき、港へ吹く海風に寒さを感じ始めています。


 ところで先日お話しした、オリバーが手に入れた"カタナ"と呼ばれる武器は、多くの勇者たちを惹き付けてやまないそうです。

 噂は噂を呼び、人は人を呼び。今ではこの小さな港町であるカルテリオも、十数人の勇者を抱える土地へと変わりました。


 町長などは特に大喜びで、ひとえにサクラさんのおかげであると、度々家を訪れては礼をする始末です。

 元々勇者が寄りつかなかった土地だけに、今の状況は町としてとても好ましいのでしょう。

 ですがボクとしてはそれが若干……、いえかなり不安に思ってしまう点もあるのです。

 というのも――


――――――――――




「なんというか、面白くありません」



 夕刻。港町カルテリオの中心部からほど近い、瀟洒な住宅街の一角へ建つ邸宅。

 その一階にあるリビングで、ボクは憮然とした表情でそう告げた。


 言葉を向ける先は、椅子の上で眠ってしまったアルマを部屋へ運び、再び戻って来たサクラさん。

 自身の席へ腰を降ろし、少しだけ冷めたお茶を口に含む彼女は、ボクへキョトンとした目を向けた。



「……どうしたのよ急に。っていうか何が?」



 お茶を飲みくだしたサクラさんは、意味が解らないといった様子で問い返す。

 ただ彼女の反応も当然だ。感情の赴くままに口を開いただけで、会話としては脈絡が無さ過ぎるのだから。


 ボクは軽く咳払いをすると、立ち上がって卓へ手を着く。

 そして自分でもわかるほど険しい表情をし、その意図を口にした。



「サクラさんは口惜しくないんですか? カルテリオへ新しく来た他の勇者に対して」


「ああ……。まぁ、放っておけばいいんじゃないの。そのうち飽きるか身の程を弁えるでしょうし」



 ただ思いの丈を告げたボクに反し、彼女はどこか関心が無さ気な様子だ。

 サクラさんからしてみれば、あまり目くじらを立てる事態ではないのかもしれない。

 しかし当人がよくとも、その相棒であるボクにとって、これは到底看過できない状況であったのだ。



 巨大な未確認の魔物を討伐した件と、海から発生する新種の魔物という存在。

 これらはたちどころに人の噂へと上り、他地域で活動する多くの勇者たちにも知られるところとなった。


 結果港町カルテリオへは、勇者が何組も訪れる事態となる。

 曰く、活躍をすれば家を貰える。魔物から得られる素材が高額で売れる。などといった噂の内容によってだ。

 ただここいらは以前から流れていたのとそう変わらないけれど、今はそれに加えオリバーが持つ"カタナ"という存在もある。

 多くの勇者たちにとって一種憧れの対象でもあるそれは、来訪する勇者の数を飛躍的に増やした。



「勇者が増えるのは別にいいんです。町長なんて大喜びですし、クラウディアさんだって宿が儲かって上機嫌です」


「魔物が取り合いになるのは御免だけどね~」


「でもですよ、他に誰も勇者が居なかった状況で、この町へ住むと決めて頑張ってるサクラさんに対してあの態度はなんですか!」



 ノンビリと茶のおかわりに口を付けるサクラさんへと、ボクは卓へ叩きつけんばかりの勢いで叫ぶ。


 町を訪れ、勢いのまま定住を試みた勇者たち。

 これまで王都に居たと思われる彼ら彼女らは、実のところを言えば、正直サクラさんよりもずっと腕が劣る。

 これは贔屓目でそう見ているというのではなく、紛れもない事実。

 というよりもつい最近この町へ所用で立ち寄った、ゲンゾーさんが断言したものだ。


 別にそこはいい。個々の資質や経験というのは違いがあって当然だし、それでもがんばっているなら助力もしてあげたい。

 だがその新たに来た勇者たちは、決してこちらに対し好意的な感情を抱いてはいないようで、顔を合わせる度に悪意剥き出しの言葉が口をついている。



「なにが"お前らにこの屋敷は勿体ない"ですか! 自分たちはまだ目立った成果もないってのに!」


「"ボロ屋に住むのがお似合いだ"とも言われたわね。あと"鶏小屋に引っ越すなら手伝ってやる"とも。流石に私もアレはちょっとイラッとしたわ」


「ボクはちょっとじゃ済みませんでした。はらわたが煮えくり返る思いですよ……」



 勇者としては少しばかり先輩であるというのが理由か、最近来た勇者たちはどうにもボクらに対し攻撃的だ。

 たぶん活動を始め1年も経たぬ新米勇者と召喚士であるボクらが、一定の成功を収めているのが気に食わないから。

 それにシグレシア王国随一の勇者であるゲンゾーさんと、懇意にしているという噂も反発に拍車をかけているはず。


 オリバーと同時期に来た女性勇者などは、とても温厚で礼儀正しい人であるためボクも笑顔で接し、庭の風呂だって快く貸している。

 ただこうも悪意全開で来る輩には、いくら何でもそれは無理。ボクの浮かべる愛想笑いは、サクラさんの外面用鉄仮面ほど強固ではないのだ。



「いっそ焼き討ちでもしてやろうか……」


「また随分と過激ね。クラウディアが泣くから止めてあげなさいな」



 感情の赴くままに、ドス黒い願望が口をつく。

 そんなボクに対しサクラさんは苦笑し、果実水の入ったカップを渡してくれた。


 寄越してくれた果実水を飲み、腰を下ろして息を吐く。

 そうしている少しすると、ようやく感情の高ぶりも収まってきた。

 興奮しすぎたことに若干の気恥ずかしさを覚え、温かいお茶でも淹れ直そうかと考える。

 すると同じことを考えていたサクラさんが立ち上がり、すぐ隣の台所へと移動し、竈の小さな火へ薪を放り込みつつ口を開く。



「そういえばクラウディアで思い出したけど、明日にでも来て欲しいってさ。クルス君も一緒に」


「ボクもですか? 渡した魔物の素材に問題でもあったんですかね」


「呼び出したのは私たちだけじゃなくて、カルテリオに居る勇者と召喚士全員みたいよ。という事はもっと大きな理由ね」



 これまでクラウディアさんが、所用あってボクらを呼び出すことはあった。

 大抵は報酬額や採取素材売却の計算間違えであったり、商人たちからの特定素材採集依頼であったりと、細々とした用件だ。


 ただサクラさんの話によれば、今回呼び出されたのは港町カルテリオへ住む全ての勇者たち。

 となるともっと重要な内容。案外勇者支援協会発の用件である可能性もある。



「わかりました、明日早速向かいましょう。ですが……」


「なにか問題でも?」


「全員を集めるってことは、また顔を合わさなきゃいけないんですよね」



 呼び出された以上、行かないという選択はない。

 ただ当然そこには他の勇者たちも居り、またもや過度の敵対視を受けるというのは容易に想像がつく。

 それを伝えるなりサクラさんもゲンナリとした様子を見せる。



「仕方ないでしょ。この町に私たちだけだった頃はともかく、今は避けて通れないんだから」


「理解はできます。でも気が進みません……」



 とはいえ衝突が避けられないのと同様に、接触もまた避けられない。どちらかがこの町から去らぬ限りは。

 向こうが折れてくれるとは思えず、こちらが大人に徹し受け流すしかないのかも。


 ただそんな言葉を説くサクラさんだが、軽く自身の眼前に手を掲げると、強く握りしめる。



「もしまた下手な発言をしようものなら、喧嘩の一つもしてみていいかもしれないけどね」


「……本気ですか?」


「かもね。あいつらが逆鱗に触れる発言をしないよう、精々祈ってなさいな」



 サクラさんはそう告げると、ゆっくりとした動きで拳をボクへと向けた。

 ニカリと笑みながらするその動作は、冗談めかしているようにも見えるが、同時に本気ではないかとも思えてくる。


 あまりそういった話を聞いたことはないけれど、もし勇者同士が本気の喧嘩などしようものなら、さぞ酷い事態になりそうだ。

 なにせ常人より遥かに高い身体能力を持つ者たち。

 ボクの頭の中へ建つクラウディアさんの宿が、勢いよく倒壊していく光景がよぎっていく。



「も、もしそうなっても程々にしてくださいね」


「なによ、急に弱気になって。焼き討ちしてやるんじゃなかったのかしら」


「……サクラさんが本気で暴れたら、焼き討ちより酷い事態になりそうですし」



 そう反論を口にするなり、彼女は拳をコツンとボクの頭へ当ててくる。

 見れば怒った様子などはなく、悪戯っぽい表情をしているため、そこの点に関しては自身でもそう考えていたようだ。



「もちろん自分から殴り掛かったりはしないわよ。……できるだけ」


「そうしてください。クラウディアさんが泣きますから」



 なんとも不安の残る言葉に、ボクは先ほど言われた言葉をお返しする。

 するとサクラさんは大きく笑い声をあげ、棚から自分用の酒を取り楽しそうに飲み始めたのであった。



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