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サムライと呼ばれし人 13


 カン カン カン

 と、甲高く響く槌の音。

 叩き、伸ばし、折り重ね、炉に入れる。

 こういった作業を何度となく繰り返していき、ようやく姿を現したそれは、確かに見る者を惹き付けるなにかがあった。



「これダヨ、これ。この輝き、鋭サ。これぞ日本刀だネ!」


「とりあえず、今の俺ができるのはここいらが限界です。これ以上の代物となると、設備や技量何もかもが足りませんし」


「いやいや、十分ダヨ。これでもっと上手く戦えルってもんサ!」



 念願叶い、魔物から得た鉱物を用いたカタナを手にしたオリバー。

 それを作成した鍛冶師のフェルナンドは、全身を汗に濡らし脱力したまま告げた。

 オリバーは十分だとは言うものの、鍛冶師としてはまだ不満の残る出来のようだ。

 そしてサクラさんもまたフェルナンドの言葉を肯定し、これが完璧な出来とは程遠いと口にした。



「でも鉱石はまだ沢山あるし、練習していけばいいじゃない。勇者のほぼ全ては日本人なんだから、きっと需要はあるわよ」


「では張り切るしかありませんね。俺としてはもっと質を上げていきたいですから」


「オリバーがこれを使っていれば、嫌でも話題になるってものよ。近いうちに客が殺到しそうね」



 そう言ってサクラさんは、オリバーがここまで使っていた方のカタナを手に取る。

 そいつを鞘に納めたままで軽く振ると、多くの勇者がこぞって買い求めるであろうとお墨付きをした。


 ただ向こうの世界、というよりも勇者たちの国では基本的に武器が不要で、当然こういった物に触れる機会はそう多くないと聞く。

 なのにサクラさんは妙に慣れた様子であり、そこが気になったボクはそれとなく聞いてみる。



「うちの爺さんが一振り持っててね、大人になってからは手入れを手伝わされたものよ」


「それでですか……。通りで最初から、矢の手入れとかも普通にこなしたと思っていたら」


「当時は何の興味もなかったけど、勇者になると地味にあの経験が役に立つわね。刀と弓だから、全く違う武器の筈なのに」



 サクラさんは初めて武器を手にしてから、馴染むのにそう時間を要さなかった。

 こちらの世界に生まれた人間でも、最初は扱いに困惑したり多少の怪我をするというのに、彼女にはそれがほとんどなかったのだ。


 ただそうである理由の一端は、サクラさんの祖父にあったようだ。

 あちらの世界の軍人であったとは聞いたけれど、案外素質の面でも血を受け継いでいるのかもしれない。



 とても嬉しそうに、何度となく鞘からカタナを抜いては納めるオリバー。

 そんな彼の横でジッと見つめていたカミラは、どこか感極まった様子で、グッと拳に力を込めていた。

 すると彼女の様子に気付いたオリバーは、カタナを置きカミラの肩を抱きしめる。



「君のおかげだヨ、カミラ。こうして刀を手に入れられタノハ」


「……良かった」


「でももう危ない真似は止しておクレ。カミラが怪我でもしタラと思うト……」



 諭すように、カミラの無茶を諌める。

 彼の役に立ちたいと小舟に乗り込んだカミラのことを、オリバーは内心で随分と心配していた。

 その言葉、ボクには言ってくれないのかとは思うけれど、今はそんな茶々を入れる雰囲気ではなさそうだ。


 すると目元に涙を浮かべるカミラは、ソッと自ら身体を離す。

 そしてオリバーの目を見据えると、珍しくハッキリとした声で問いかけた。



「その武器で、オリバーは"サムライ"になれた?」



 カミラの発したそれは、オリバーが目標とし続けていたもの。

 勇者たちの故国にかつて存在した、戦士たちの階級。あるいは生き様とでも言うべきものだ。

 その"サムライ"が持っていたとされるのと同じ武器を得て、念願は成就したのかと確認したいようだった。



「……まだダヨ。これを持ったカラと言っテ、侍になれたとは言えナイ」


「それじゃあ、どうすれば?」


「多くの人を助けテ、認めてもらわナイといけナイ。そのために、これからも手を貸してくれないカ」


「……うん。わかった」



 だがオリバーは、これだけでなれる存在ではないと思っていたらしい。

 大きく首を振ると、まだ先は長いこと、そしてそのためにはカミラの力が必要であると告げた。

 彼の伸ばす手を、ソッと両の手で握り締めるカミラ。


 そんな光景を見るなり、ボクの肩を指で突くサクラさんは、耳元で小さく呟く。



「これ以上は野暮ってもんよ。私たちはお暇しましょ」


「そうですね、お邪魔虫みたいですし」



 居心地悪そうに視線を泳がせているフェルナンドへと、小さく目配せをし暇を告げる。

 そして静かに工房を跡にすると、秋の気配漂う涼しい空気を吸い込んだ。


 オリバーとカミラのやり取りに、なにやら気恥ずかしさすら感じつつ、近くに在る露天へ。

 そこで果実水を買って、公園へ移動し腰を降ろしてから、サクラさんの横顔へと口を開く。



「ところでよかったんですか、あの鉱石を全部あげちゃって」


「別に構わないわよ。取引する市場の存在しない金属なんだから、値がつかないもの」



 結局あの魔物から得た金属。その全ての所有権をボクらは手放した。

 全てをオリバーの物とし、彼が都度に応じて鍛冶師のフェルナンドへ提供する。そう決めたのはサクラさんなのだが、少しだけ勿体ない気がしなくはない。

 ただ彼女の言う通り、現時点であの金属は欲する人間が限られるため、値が付かない代物だった。



「それにフェルナンドの話だと、鍛造を繰り返さないと武器としては役に立たない金属らしいし、当然そうなるとコストも跳ね上がる。これ以上の産出すら不透明ともなれば、今の時点ではほぼ宝の持ち腐れね」


「だからって全部譲るってのは……。もしかしたら価値が出てくるかもしれませんよ」


「でもあれでオリバーにも少しは余裕が出てくるでしょ。そうなると彼も、カミラの気持ちに気付くかもしれないし。まぁ、あの二人へのご祝儀ってところね」



 サクラさんのした発言に、ボクは目を瞬かせポカンとする。

 彼女の言葉を反芻してみると、それがカミラの密かに抱えた想いを表しているのだと悟る。



「まさか気付いていたんですか?」


「当たり前でしょ。オリバーを見る時の熱い視線、気付かない方がおかしいってものよ」



 呆れた表情でボクを眺めるサクラさん。

 魔物を誘き寄せるための小舟で、カミラと一緒に乗ったことによって、ボクは初めてそれに気付いた。

 だがサクラさんはそれよりも前、普段のやり取りの中から勘付いたらしい。


 これが色恋に対する男女の鋭敏さによるものなのか、それともボクが鈍いだけなのか。

 そこはわからないけれど、なんとも置いてけぼりを喰らったような心境にさせられてしまう。



「別に私たち、お金には困ってないんでしょ?」


「それはそうですけど……」


「ならいいじゃない。少しくらい男の度量を示すのも、女の子にモテるためには必要よ」



 幸いボクらは、現在懐事情の面ではまったくと言っていい程問題を抱えていない。

 夏の頭に大量の魔物を狩ったり、王都でした依頼の成功報酬や、海の魔物から得た素材の売却分など、かなりの余裕を持っていられる。

 それに今は宿代だってかからないため、そろそろ勇者支援協会が運営する銀行へと、お金を預けなくてはと思っていたくらいだ。

 なのでたぶん、あの鉱石が手に入らないからといって困ることはない。



「わかりました。オリバーとカミラの前途を祝して、ということで」


「よくぞ言った、偉いぞ男の子。褒美に今夜はお姉さんがお酒をご馳走してあげよう」



 そう言うとサクラさんはボクの手を取り、意気揚々と酒場へ足を向けようとする。

 ただ単に彼女自身が飲みたいだけに思えるけれど、こうして無事オリバーの、そしてカミラの希を叶えたのだ。今くらい浮かれてもいいのかもしれない。



「ほら、早く来なさいな。なんなら甘いお菓子も付けてあげるから」


「ま、待ってください。転んじゃいますって! ……甘い物は頂きますけど」


「なら急ぎなさい。私に全部食べられたくなければね」



 サクラさんの早める歩に足をもつれさせながらも、強く握られた手に引かれ小走りで進んでいった。

 彼女は時折振り返ると、ボクを見下ろし挑発的に口を開く。実のところサクラさんは、甘い物がそこまで得意ではないというのに。


 ただそうして力強く手を引かれるのが、なんとも心地よい。

 きっとこの強引さもひっくるめ、ボクがサクラさんを慕う理由の一つに違いない。


 ただ今のボクはカミラと同様、ただ憧憬の視線を向け気付いてもらうのを待つ側。

 到底自ら口には出せない。召喚士という立場である以上、まずは勇者を助ける役割を完璧に果たさねばならないのだから。

 でも願わくばいつの日か、サクラさんがそれに気付いてくれる日が来てくれれば。

 そう想うと、俯いた顔へ自然と熱が帯びていくのを感じた。



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