サムライと呼ばれし人 12
跳躍。そこから太陽を背に落下し、自重を乗せ刃を振り降ろす。
オリバーのした金属の塊すら両断しかねないその攻撃は、当然のようにヒトデとかいう生物に酷似した魔物を切り裂いた。
噴出するかの如く、浜にある砂を盛大に巻き上げる一撃。
それによって視界は一瞬で失われ、辺り一帯は薄黄色一色に染まっていく。
「どうだ、あるかイ!?」
それを成したオリバーは、舞う大量の砂の中で叫ぶ。
彼が問うているのは、魔物の体内へと目的の物が存在するか否かということ。
「ちょっと待ってください! ……見えない」
魔物へと接近したボクとカミラは、それを探すも上手く見つけることができない。
ボクらの役割は、オリバーが両断した魔物の断面から、核となる部分の有無を判断し、すかさず知らせること。
ただ舞いあがった砂で視界の多くを遮られ、なかなか目的の物を見つけるのも儘ならなかった。
それに接近し過ぎては、今度はこちらの身が危険。
かといって不意を討つためにはある程度荒っぽい攻撃になるため、どうしたところで多少の危険を冒し近づく他ない。
なんとかギリギリまで接近し見たところ、オリバーが切り裂いた方の魔物は、その身体に核を持ってはいないようだ。
「ありません。たぶんもう一体の方です」
「わかった、すぐ走るんダ!」
そこに目的の代物が無いと判断するや否や、報告を叫ぶと同時にオリバーの声を待たず走りだす。
するとついさっきまでボクとカミラが立っていた場所へと、もう一体から鞭にも似た触手が迫り、地面を強かに抉った。
迫っていた危険に肝が冷える。だがそれでいい。
ボクとカミラが担うもう一つの役割は、囮となって"彼女"の存在を魔物に気取らせぬこと。
魔物が注意を向ければ向けるほど、成功の確率は上がるのだから。
「次ダ、準備を!」
「わ、わかった!」
オリバーの叫び声にボクとカミラは了解を叫ぶ。
口へ砂が入り込むも、その不快さはひとまず無視し、もう一体が居ると思われる方向へ。
緩い砂浜に足を取られつつ進んでいくと、既にもう片方もカタナによって両断され、その身体を地面へ横たえようとしていた。
すぐさま近付きその断面を確認。だがあの時に見た輝く物体は見えず、焦りに思考は空回りをしかける。
「あった?」
「な、ない……。どうして」
「落ち着いて。たぶん他のところに」
その間にも名すらない魔物は再生を続け、蠢く触手は失った身体を新たに構成し続ける。
このままではすぐさま起き上がり、今度は4体の魔物となって襲い掛かってくる。
カミラの一言によって、少しだけ冷静さを取り戻す。
常にアレが身体の真ん中にあるとは限らない、ならば他のところを探せばいいのだ。
「わ、わかった。オリバー、もう一度攻撃を! 他の場所に埋まっているかもしれない」
「了解ダ! 少し下がっててくれヨ」
叫ぶなり彼は再度攻撃を仕掛け、カタナを振って魔物の身体をさらに分断していく。
すると一瞬、ほんの一瞬ではあるけれど、切り裂かれた魔物の断面へ何かが見えた。
それは舞う砂の中で差し込んだ太陽の光を受け、強く輝きを放つ。
「ありました、サクラさん!」
無意識のうちに、肺へ砂を吸い込みながらも大きく叫ぶ。
ボクがそれにより咽て空気を吐き出す瞬間、すぐ真横を鋭く通過していく物体の気配。
そいつは魔物の断面から現れた輝く核を、触手が多い隠す前に貫いた。
全身砂まみれ、息も絶え絶え。
そして呼吸すら辛い中で涙目となったボクが次に見たもの。
それは最初に切り裂いた魔物が数を増やし、今にもこちらへ襲い掛からんとしていた姿。
だがそいつは動きの一切を止め、うねっていた触手も風になびき揺れるばかり。
「せ、成功……?」
ボクの横でペタンと腰を落とし、呆然とするカミラの呟き。
彼女の言葉が耳へ届いた瞬間、魔物はグラリとその体躯を傾け、砂浜へと崩れ落ちていった。
後に残るのは、揃ってへたり込むボクらと安堵の息を吐くオリバー。
そしてそんなボクらへと、機嫌よく声をかけてくる人の声。
「思いのほか上手くいったじゃないの。クルス君の想像通りね」
姿を現したサクラさんは、ボクの隣へと立ち微笑んで見下ろす。
言うまでもないが、彼女の役割は少し離れた所で隠れ、魔物の核が現れたところで狙撃するというもの。
ボクとカミラはそのための囮。大量に舞った砂で見えないのではと心配したけれど、矢を射る瞬間には辛うじて晴れてくれたようだ。
「でも身の縮む思いがしましたよ。きっと寿命も」
「あら、クルス君が縮むのはもっと別の所じゃないの?」
労いの言葉をかけてくれたかと思いきや、嘆息気味に告げるボクへとからかいを向ける。
……どうやらこのネタ、まだ当分忘れてはくれそうにないようだ。
オリバーはその意味がわかったのか、独特の発音な声で大きく笑う。
一方カミラは意味を察しかねているようだけれど、理解せずにいてくれるのを願うばかりだ。
「で、では探しましょうか。こいつが例のアレを持っているかもしれませんし」
一息ついて起き上がったボクは、服の砂を払い振り向いて告げる。
そもそもこうして海の魔物を狩っているのは、陸の魔物が数を減らしているというものあるけど、オリバーが武器の素材とする鉱石を探すため。
どの魔物がそれを持っているかわからないので、これからあの魔物を解体し探さなくては。
ただボクが腰のナイフを取り出そうとしたところで、不意にサクラさんが肩へと手を乗せてくる。
どうしたのかと思い見上げてみると、サクラさんはチョイチョイと指をさし、倒れた魔物へと向けていた。
「その必要はなさそうよ」
「え?」
少しばかり素っ頓狂な声を上げ、彼女の指す魔物へと視線を向ける。
するとそこに倒れていた魔物の死骸は、ゆっくりと身体を変質させていき、石を思わせる硬質なものとなっていた。
艶やかな表面に、所々内側から盛り上がる粒のような隆起。
それはまさしくオリバーがボクらへと見せた、例の鉱石そのものといった見た目だ。
「こいつが目的の魔物だったんですね……。というか魔物の死骸がそのまま」
「てっきり体内に入っているんだと思ってたけど、加工された物だったってことね」
オリバーから渡された鉱石は、新円に近い球体だった。
なのでてっきり魔物の体内にあると思い込んでいたけれど、窯の火でアッサリ溶けてしまうような代物、加工も容易に違いない。
なので役場の奥に眠っていたというアレは、サクラさんの言うように、資料用かなにかのために加工した物だったのだろう。
ただ考えてもみれば、この方法を利用すれば鉱石を無限に増やせる気がしなくはない。
真っ二つにすれば延々分裂再生し、倒せば増えただけの数鉱石を得られるのだから。
こいつと同じ魔物がまだ潜んでいるかは不明だけれど、もしもっと居るのであれば、生産施設のような物が出来るのではと空想してしまう。
「これだけあれば足りるんじゃない? なにせ大型の魔物4体分の鉱石なんだから」
適当に転がった欠片の一つを掴むサクラさんは、ウインクしながらオリバーへと放る。
それを受け取った彼は何処か興奮した様子で、愛用のカタナへと触れながら、緊張の面持ちを浮かべていた。
「これデ遂に、ちゃんとしたカタナが」
「それだって十分実用に足る物だけどね。……でも作るんでしょ?」
「もちろんサ。このために今までやってキタんだからネ」
受け取った鉱石を握りしめるオリバーは、顔を上げニカリと笑む。
彼の隣へ立つカミラもまた、相変わらずの表情の薄さではあるけれど、どこか嬉しそうにしていた。
「それじゃ、これを全部持って帰るとしましょうか。どれだけ必要かわからないし」
「全部って、この量をですか?」
オリバーの様子に満足したサクラさんは、意気揚々と声を上げる。
だがボクは砂浜に崩れ落ちた魔物であったそれを指し、ゲンナリとした声となった。
なにせ人の数倍以上もの体躯を誇る魔物。
それが4体分に相当するだけの鉱石だ、当然重量はとてつもないことになる。
「これから忙しくなるわよ。さあ、早く運んだ運んだ」
サクラさんはそう言うと、浜の隅に置いてあった荷車を取りに向かう。
いったいあれで何往復せねば、これを全て運び終えられるだろうかと思うと若干気が重い。
それに船を引っ張るための器具も片付けねばならない。
この様子だと町の人に協力を乞い、荷車と人手を貸してもらうしかないかと、ボクは嘆息しながら町へ向かうのであった。