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サムライと呼ばれし人 11


 爆発するような勢いで砂浜へと突っ込んできた赤い魔物。

 そいつは舞い上がり嵐のように降り注ぐ砂の中、細かな触手らしきものを無数に体表へと生やした巨躯を、ノソリと持ち上げた。



「な、なんですか……。コレは」



 呆然と見上げるボクは、誰へともなく呟く。

 落ちきった砂の中から現れた魔物は、脚……、と思わしき部分で砂浜を踏みしめる。

 そして水の中の素早さが嘘のようなゆっくりとした挙動で、こちらを見下ろしてきた。


 ただ目がどこにあるかはわからないし、そもそも頭に相当する部分が、地面に着いている脚らしき物と同じ見た目。

 腕に相当する箇所もまた同じで、これまで見てきた魚類型魔物以上の異質な姿をしていた。

 そう、その姿を例えるならば"星"だ。



「ていうかヒトデね、……それもバカでかい」



 いつの間にやらボクの隣へと立っていたサクラさんは、呆れ混じりの声で嘆息する。

 彼女にはこの魔物とよく似た生物に、見覚えがあるようだった。



「ひ、ヒトデ……、ですか?」


「ヒトデってのはね、海底へ棲む棘皮動物に属す――、ってそんな事はどうでもいいか」



 確かにその生物の詳細や分類などに関する話は、今は重要ではない。

 重要なのは姿を現したこいつを、どう討伐するかという事。

 サクラさんもそう考えなおしたようで、既に手へと愛用の弓が握られていた。


 彼女は挨拶代わりとばかりに、抜いた矢を番え一発お見舞いしてやる。

 それは魔物の胴体? の真ん中、口と思われる付近へと突き刺さった。

 背面の方は少々硬そうだけれど、正面の方は問題なく矢が刺さってくれるようだ。しかし……。



「……効いてる気がしませんね。流石にあの巨体じゃ、矢の一本では焼け石に水ですか」


「むしろ水まみれなのは向こうだけどね。なにせ海から上がって来たんだもの」


「なら逆に焼けた石でも投げつけてやります? 案外効いてくれるかも」



 こんな状況であるからこそ、自身の動揺を押し殺し冗談めかして返す。

 するとサクラさんは軽く笑い声をあげ、「それも悪くない」と呟き返した。


 海のモノなのだから、火には弱そうではある。

 しかし少々の火力、例えば火矢程度では大した効果は得られそうにない。

 たぶんこれは乾燥から身を護るためだろうけど、ヤツの体表は身体から滲み出る液体で終始濡れているためだ。



「ならぶった切ルまでさ!」



 幸運にも魔物の動きは鈍いため、ゆっくりとこちらに迫るのを避けていく。

 ただどう対処したものかわからず悩んでいると、カタナと呼ばれる剣を構えたオリバーが、勢いよく駆け肉薄した。


 高く跳躍した彼は、大上段に剣を振り降ろす。

 それは星形をした魔物の腕に相当する箇所を、易々と斬り落とした。

 オリバーの持つスキルは多くの固い物を切り裂く、それはあの大きな魔物相手に効果が出ているようだ。



「どうダイ。こんな海産物程度、刀の錆にシテくれようゾ!」


「海水なんだから、本当に錆ちゃうわよ。でも上出来よ、あとは足の一本でも切り落とせば動きも――」



 どうだと言わんばかりに、カタナを掲げ誇るオリバー。

 そんな彼へとサクラさんは素直に褒めるのだけれど、次ぐ言葉は突如として中断される。

 だがそれも当然かもしれない。なにせ今まさに切り落とした魔物の一部が、みるみる間に再生されていったのだから。



「さ、サクラさん。そのヒトデとかいうのって、こういう事もするんですか!?」


「そんな訳ないでしょ! 失った身体を再生したりはするけど、流石にこの速度は……」



 いくらなんでも、彼女の知るそれとてこうまで急速な再生は行えないようだ。

 となれば姿かたちはソックリでも、向こうの世界に居るモノとはまるで別物ということになる。

 もちろん大きさなどは、かなり違うようだけれども。



「それならもう一度斬るまでサ。今度は真っ二つにネ!」



 自身のした攻撃がアッサリと再生されては、あまり面白くないということか。

 オリバーは再度魔物へ向かうと、今度は中心へ向けて大きくカタナを振り降ろした。


 勇者としての力強さと、彼が身に着けた技量にスキル。

 それが合わさった一撃は、易々とまではいかないけれど、魔物の身体を真っ直ぐに両断する。

 ボクの10倍近くあろうかという体躯は、真っ二つに分かれグラリと傾き、強い振動を伴って砂浜へと倒れた。


 他の勇者が戦う光景というのは、通りすがりなどで見たことがある。

 ゲンゾーさんなどはその中でも突出した実力を持っており、流石はシグレシア王国随一の勇者と言われるだけの力量だった。

 ただオリバーも相当なもので、サクラさんとはまた別方向での強さであると思わせた。



「やっぱり弓じゃ、こういった大きな相手には不利ね。殆ど指を咥えて見てるだけだもの」


「こればかりは仕方ありませんよ。せめて新しい武器が完成するのを待ちましょう」



 巨大な魔物を屠ったオリバーの手並みに、サクラさんは感心すると共に口惜しそうな素振りも見せる。

 矢が一点で突き刺すという攻撃である以上、どうしたところで大型の魔物相手には向かない武器。

 普通の魔物相手であれば、むしろサクラさんの方が有利に戦えるのだけれど。


 現在王都にある武具工房で、ゲンゾーさんの紹介によって新しく弓を制作してもらっている。

 今のよりも大きなそれが手に入れば、多少なりと攻撃の破壊力も上がるはずだ。



「いっそ矢も少しだけ大型化してしまいますか?」


「あまり重くなるのは勘弁して欲しいかな。……って、あれ?」



 ならばいっそのこと、扱えるギリギリまで大型化した矢をと思い、提案をして見る。

 サクラさんはそれに対し苦笑しつつ思案するのだが、その瞬間になにやら気付いたようで、視線の先を凝視していた。


 ボクもそちらへと向いてみると、そこには二つに分かれ倒れた魔物。

 だがそいつは体表に這っている無数の触手をうねらせ、次第に伸びていくそれは失った半身を補うように密を増していく。さきほど身体の一部を再生したように。

 それも分かれた2つに分かれた身体の両方ともが。



「なにあれ。気持ち悪っ」


「まさか、あの状態から再生を!?」



 伸びた触手は絡まり、半身を形作り、その密度をどんどんと増していく。

 分かれた魔物の片割れの断面に小さく輝くものが見えたかと思うと、触手は真っ赤に変色し硬化。

 失った部分を補うようにまったく同じ半身を構築し、結果2体のヒトデ型魔物が生まれることになった。



「む、向こうのも分裂するんですか?」


「そういうこともあるらしいけど、こんな速度でなんてあり得ない。……流石は異世界ね」



 あちらの世界との違いを認識し、驚きつつもなにやら感慨深げに頷くサクラさん。

 だがすぐさま彼女は組んでいた腕を解き、突然にボクの襟元を掴むと、片腕で持ち上げ砂浜の上に放り投げた。


 ボクはまたもや砂まみれとなり、いきなりな状況に目を白黒させる。

 だがサクラさんがそんな行動に出た理由はすぐに明らかとなる。

 ついさっきまで立っていた場所へと、魔物から長く伸びた触手の数本が、針のように硬化し突き刺さっていたからだ。



「気を付けて、さっきまでとは大違いよ!」



 その場から走って移動しつつ、サクラさんは全員に警戒を口にする。

 確かに陸に上がって以降の魔物が見せていた、鈍重で脅威の無い動きなどどこへやら。

 今は無尽蔵と言えるほどに生やした触手を、周囲に向け伸ばしていた。

 それに普通の魔物では見られないけれど、2体は思考を共有しているかのように連携し、交互に隙なく攻撃を繰り出す。


 オリバーはカミラさんを抱き抱え、一目散に離脱を計っている。

 攻撃しても再生し、触手による攻撃まで加わったのだ、その行動は正しいように思えてならない。



「サクラさん、ここは一旦……」


「わかってる、ひとまず離脱するわよ!」



 対処法がわからぬ以上、まずは引いて策を立てるのが賢明。

 サクラさんは数本の矢を立て続けに放つと、ボクへ駆け寄りまたもや片腕で抱き抱え、大急ぎでその場を離脱するべく走った。

 なんとも情けない格好ではあるけれど、今はそれを言っている場合ではない。



 オリバーたちと二手に分かれ、大急ぎでその場を跡にする。

 そして魔物が追いかけて来ないのを確認すると、慎重に場所を移動し、少しだけ小高い丘の上へ。


 そこで合流をし一息ついてから、どうしたものかと言葉を交わす。

 ソッと砂浜の様子を窺うと、あの魔物はまだ揃って砂浜へ立ち、微動だにしてはいなかった。



「死んでる、ってことはなさそうですね」


「乾燥でもすれば生きていられないけど、よくよく見たら触手が海に伸びてるのよね。たぶんあれで海水を吸い上げてる」


「……よく見えません」



 身動き一つせぬ魔物の姿を眺め、サクラさんは目を凝らし観察を続ける。

 ボクも同じように見るのだけど、元々の視力が違うのか否か、彼女の言う触手とやらは遠すぎて見えなかった。


 サクラさんが目にかけている金属の輪っか。聞くところによると、あれは視力の強制をする器具であるとのことだ。

 なのでそのおかげで見えるのかと思うも、同じく眺めているオリバーまでもそう言う。

 たぶん勇者となる人たちの方が、こういった面でもボクらより能力が高いのかもしれない。



「あいつらは普通の魔物じゃないヨ。賢スギル」


「同感ね。それに連携が取れすぎている」



 さきほどボクが感じたこと、それはサクラさんとオリバーも感じていたようだ。

 それにカミラもそうであったようで、無言のまましきりに頷いていた。


 向こうの世界に居るという似た生き物もまた、真っ二つになっても再生し、2体の生物となる場合があるという。

 あの魔物も同じかと思うも、いくら元が同じだからといって、連携した攻撃などするだろうか。



「となると考えられるのは、主となるのは片方でもう片方は操り人形って可能性ね」


「では本体の方を仕留めれば、もう片方も止まるってことですか?」


「あくまで仮定の話だけど。でももしそれが正解だったとして、どっちがそうなのか……」



 サクラさんの言葉を聞き、ふと思考に過る光景が。

 真っ二つになったあいつらが再生する時、片方の魔物の断面へと、なにか輝く物体が見えた。

 倒すために必要かはわからないけれど、そのことを話してみる。



「核があるってのはあり得ない話じゃなさそうね」


「ならそいつをぶっ壊スまで斬るカイ? また数が増えるカモヨ」



 それが魔物の心臓部であるという可能性は肯定されるも、オリバーはまた別の懸念を口にする。

 核を見つけ出すために真っ二つにし、その分だけ数を増やされでもしたら大事だからだ。

 ただそんな彼へと、隣に居たカミラは小さく呟く。



「最初に斬った部分、魔物に変わらなかった」


「そうですよ、あれくらいに細かくなれば、もう再生はできないのでは?」



 彼女の言葉に記憶を呼び起こし、ボクもまたそれに同意する。

 オリバーが最初に腕? らしき箇所を斬り落としたが、そこはすぐさま再生されるも、落ちた方はそのままだった。

 となれば身体を修復するにも、ある程度限界があるのかもしれない。



「やってみる価値はありそうね。もしダメだったら、素直に頭を下げて援軍を寄越してもらうってことで」



 スッと立ち上がり、眼下の魔物を見下ろすサクラさん。

 彼女は少しばかり暢気な調子で、そう言って笑むのであった。



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