ギャップ 06
ソニア先輩が言っていた通り、大通りの石材屋が在る角を曲がり、住宅地の方向へと進んでいく。
そこから少しばかり歩いた先に、教えてもらった店は存在した。
古びた外観に、コルデーロ武具店という店名に加え、武器防具と書かれた簡素な看板。
あまり大きな店ではないが、こういった小さな構えをした店の方が、いかにもといった雰囲気をしているように見える。
扉の取っ手に手をかけて開くと、カロンカロンというドアベルの音が響く。
中へ入るも、店内には窓がなく昼間でも薄暗いため、灯されたランプの明りが淡く店内を照らしていた。
扱う商品が武器であるため、多少は健全な空気を出したい所ではある。
しかし建物が密集しているせいで、陽射し取り用の窓が作れなかったようだ。
「おや、お客さんかい? ああ、扉はそのまま開けといておくれ。暑くてかなわん」
ドアベルの音に来客を察したのだろう。店の奥から出てきた店主のお爺さんが、ボクらに話しかけてくる。
腰が深く曲がり、後頭部に薄らと白髪が残った老人だ。
「そちらのお嬢さんは勇者だね。最近は随分と増えたもんだ」
店主のお爺さんは、サクラさんを一目見てすぐに勇者であると悟る。
扉から入ってくる明りと、ランプの薄い照明だけであっても、この黒髪は目立つみたいだ。
一方当の勇者であるサクラさんはといえば、店内の壁へと掛けられた武器の数々を、半ば呆気にとられながらキョロキョロと眺めていた。
きっと武器の類を目の当たりにした経験が、ほとんどないせいだ。
「彼女の装備を見繕って頂けませんか。戦いの経験がまだないので、どんな武器が合ってるのかもわからなくて」
「なるほど、新米の勇者かい。方々で噂は聞いてるよ、最近は急激に魔物が増えたせいで、碌すっぽ訓練もせずに放り出されるんだって?」
武具を扱うというのもあるが、一介の商人にもこちらの事情は筒抜けになっているようだ。
案外客として来た、他の召喚士や勇者から聞いたのかもしれないけど。
でも話が早くて助かる。意外と協会で時間を取られてしまったせいもあり、もう昼近くなってしまっていた。
限られた時間だ、出来るだけ武具選びに割きたい。
店主のお爺さんはサクラさんへ顔を向けると、少しだけ彼女のことを観察する。
「お嬢さんは身長こそ高いが、そこまで体格の良い方ではなさそうだねえ。力には自信があるかい?」
「正直そこまで自信は無いですね。こちらの人よりはずっとあると聞きましたけど」
「勇者ってのは、大抵馬鹿力だからの。おっと、女性にそう言っては失礼か。……ふむ」
そう言って、重そうに身体を動かして店の壁際へ移動する店主。
彼はザッと壁にかかった武器の類を眺めると、サクラさんへと軽く手招きをした。
「いくら体力に優れた勇者でも、まったく戦いの経験が無いならあまり重い物はお奨めできん。防具だと硬革か金属の部分鎧。武器だとこの辺りに置いてる軽めのが良いかもしれんな」
店主が指差した壁には、ナイフや小剣などの敏捷な攻撃を重視した武器が飾られている。
ただボクも近寄って見てみると、そこに書かれた値札に驚く。
ナイフ一本で、与えられた予算の数倍以上となる金額だ。
とてもではないが買えるものではない、この予算で他にも狩りに必要な物を買い揃えなければならないというのに。
「あの、もっと安いのはないでしょうか…? あまり予算が……」
「そうじゃったな、話だと使える費用も削られておるのだったか。壁に掛けてあるのはうちの看板商品ばかり、奥に行けばもっと手頃なのもある。ついて来なされ」
思い出したように笑う店主に導かれ、ボクとサクラさんは店の奥へと向かう。
暗い店内を案内され進み、抜けた先は店の裏庭。
軒先には手入れの最中だろうか、いくつかの武器が雑然と置いてあった。
「そこにある武器を手当たり次第振ってみるといい。しっくり来る自分に合った物を選びなさい」
その置かれた武器を指す店主に言われ、サクラさんは武器の中から適当に一本の小剣を拾い上げた。
置かれた中にはナイフや小剣だけでなく、短槍や手斧、大鎌なんてものまである。
その一つ一つを順番に手に取り、サクラさんは周りに人が居ないのを確認してから振り回していく。
戦いの心得がないと聞いてはいたが、見る限りなかなか様になっているようだ。
何かを思い出しながら動こうとしている様子から、誰か知り合いにでもそういった事に覚えのある人でも居たのかもしれない。
「良さそうな物はありました?」
「……どれも微妙。武器なんて使った経験ないってのもあるけど、なんとなくコレじゃないって感じ」
一つ一つを振り回しては、納得のいかない表情を浮かべるサクラさん。
どうにも納得のいかない彼女へ、店主は店から更に幾つかの武器を持ちだしては、次々と彼女へ渡していく。
その中の一つにどういう訳か鞭が含まれており、それを握るサクラさんの姿を見た瞬間、背筋へゾクゾクと寒気が走るような感覚を覚えた。
同時に少しばかり、サクラさんが嬉々とした表情を覗かせた気もするけど……。これはきっと気のせいだろう。
振り回す彼女の目つきが、若干輝いてるように見えてしまうのも、きっと目の錯覚に違いない。
ただ結局は鞭もお気に召さなかったようで、次に手を伸ばしたのは弓だ。
こればかりはどうしていいのか悩んだらしく、店主に矢の番え方を教わっていた。
試しに一射二射と裏庭に盛った土に射てみるも、当然初めてで上手くいくはずもなく、矢は大きく的から外れてしまう。
ただサクラさんはジッと握った弓を見つめると、ボクへ振り返ってハッキリと告げた。
「クルス君、私これにする!」
「いいんですか? 弓はかなり難しいですよ」
「でしょうね。でもなんか妙に違和感がないし、使っていけば案外慣れてきそう」
とりあえずお気に召したようだ。
とはいえ弓は武器の中でも難易度が高く、人によってはまるで適性が無いというのも珍しくはない。
なのでもしもサクラさんの感覚が間違っていたらと考えると、ボクとしては二の足を踏む思いであった。
ただそんな不安を打ち消すように、店主はカラカラと笑う。
「良いんじゃないかの。ほとんどの勇者は何か一つ、直感的に合う武器を見定めるもんさね。それが最も自身の適性に合っていたという場合がほとんどだ」
「そういうものなんですか?」
「ああ、商売人として経験に基づいてのお墨付きじゃがな。もしダメじゃったら無償で交換もするぞい」
彼としては商売の側面もあるだろうけれど、無闇に無駄とわかっている物を押し付けたりはすまい。
なにせほぼ勇者を相手に成り立つ商売だ、いくら他に店が無いとは言え、悪評が立っては元も子もない。
ならばそれを信用するかと考え直し、僕はサクラさんへ大きく頷いた。
こうなると後は実際に物を選ぶだけ、ボクらは在庫分の中から、最も良さそうな品を予算内で探し始めた。
防具も含めての予算なので、あまり品質の良い物は選べないけど。
「それにしても、弓を選ぶとは思いませんでした」
「なに、問題でもあるの?」
「いえ別に弓そのものが問題ってわけじゃないんです。ただ……」
一つ一つ手に取って、握り心地や重さを確かめていくサクラさん。
そんな彼女へと、ボクは呟くように思った事を口にした。
「子供の頃から想像していた勇者像と、ちょっと離れたかなって。ボクの思い描いていたのは、大剣とか細身の剣を駆使して戦う姿だったので」
「そいつはご愁傷様。でもさっきクルス君の先輩だっていう子も言ってたじゃない、合わないと感じた物を選ぶなって。どうも近い距離でやり合うのは、性に合わない気がしたのよ」
「…………あんなに嬉しそうに鞭を振ってたのに」
「ん、なにか言った?」
「いえ、なんでもないです!」
一瞬芽生えた激しい衝動が口をつくも、小声であったため事なきを得たようだ。
そういえばボクのお師匠様の元相棒であった勇者は、女性でありながら大斧を振り回す人であったと聞く。
教官が召喚した勇者に関しては、勇者にはあまり似つかわしくない大鎌を武器としていたそうだ。
その辺りを思えば、まだ弓の方がそれらしいかもしれない。
暫しの時間をかけてサクラさんが選んだのは、木材で作られた簡素な弓。
安価な価格帯の代物の中では、少しお高めの武器ではあるが、これならば一応なんとか予算内。
接近を多用しない戦い方となるため、逆に防具の方は想定したよりも安く済ませられるようだが、こちらは正直予算不足となった。
店主のご厚意で、中古品の革製部分鎧を一先ず借り受けることとなったうえに、矢と矢筒、弓用手袋などの補助具も割り引いてもらった。
装備品のメンテナンスに関する指導も込みでだ。
「すみません、こんなに割り引いてもらって」
「いやいや、構わんよ。ワシとて別に完全な善意でやってるわけじゃないからのう」
「今後ともご贔屓に」と告げる店主の笑顔からは、商売人としての強かさも感じさせる。
ここまでサービスしてもらった以上、この町に居る間は度々顔を出す必要がありそうだ。
ついでにかなり安価な部類ではあるが、自腹を切って短剣を一本購入しておく。
これから魔物狩りを任せることになるサクラさんへ、ボクからのささやかな贈り物。
それを渡すと彼女は、少し照れたような仕草をして受け取ってくれた。
この反応が人目のある外用のものではなく、本心からのものである事を祈るばかりだ。
装備を調達した後は、結局サクラさんの衣服を数枚購入してから撤収することになった。
本当はもう少し色々と周りたかったのだけれど、その時点で陽がかなり傾きつつあったためだ。
小腹を満たすため出店で野菜の串焼きを買い、それを頬張りながら来た時と同じ道をノンビリと帰る。
「あの……、大丈夫ですかそれ」
「なにが?」
「かなり独特な味付けなんで、慣れない人にはキツイかなって」
サクラさんが咀嚼しているそれは、この地方独特の香辛料を効かせた味付けの物だ。
ここいらではごく一般的な味付けなのだけれど、他地域から来た人たちはこれがダメな人も多い。ボクも最初は苦手だった。
だがそれは杞憂だったようで、サクラさんは気にする様子もなく平然と食べ続ける。
「私は好きよコレ。どことなくカレーっぽいし、大抵の日本人なら好むんじゃないの」
「カレー? まあ、気に入ってくれたなら良かったです」
どうやらサクラさんの故郷にも、似たような味付けをした食べ物があるらしい。
きっとカレーというのが、その故郷にある料理の名前なのだろう。
この味に適応できるなら、たぶん外での食事は大丈夫そうなので一安心。
そんなホッと胸を撫で下ろすボクへと、一本串焼きを食べ終えたサクラさんは、思い出したように声をかける。
「ねえクルス君。確か宿舎のすぐ隣に、練兵場が在るとか言ってたわよね?」
「ええ、ボクはあまり使う機会が無いですけど。それがどうかしましたか?」
「夜中にでもさ、そこを使わせて貰えないかな? 少し弓の練習したくて」
サクラさんが口にしたのは、少々意外な内容だった。
食事を終えて部屋に戻った途端、昨夜のように身体を拭いて速攻で眠ってしまうと思っていただけに。
となると彼女も明日の魔物狩り開始に向けて、多少なりとも不安を抱えているということだろうか。
だがそれはきっと良いことだ。自信過剰で魔物に向かって行き玉砕してしまうのを思えば、臆病なくらいで丁度よい。
狩る対象となる魔物は、慣れるまで当分の間は弱い部類のものを選ぶ。
それでも一定の危険があるのに違いはなく、少しでも武器の扱いに関する経験値を高めておくに越したことはなかった。
「たぶん大丈夫だと思うので、教官にかけ合ってみますね。でも使うなら陽の出てる内がいいのでは?」
「下手だからさ、あまり見られたくないのよ」
「……わかりました。練習用の矢を借りておきますね」
このくらいは何でもない。むしろこういった事も含め、勇者を助けるのがボクら召喚士の役割なのだから。
それになによりも、サクラさんが僕を頼ってお願いをしてくれたことが、少しだけ嬉しい。
「それにしても、人目のない所では真面目にやるんですね、サクラさん」
「一言多い。張り倒すわよ」
ちょっとばかり気を良くしたボクは、笑顔となって思った事を口にする。
ただすぐさまサクラさんは僕の頭へと、握りこぶしを振り下ろしてきた。
とはいえそれは昨日感じた痛みとは程遠く、半ば撫でるような感触でしかない優しいもの。
見れば徐々に赤く染まりつつある夕陽に照らされているせいか否か、サクラさんの顔が少しばかり赤く染まっているような気がした。