サムライと呼ばれし人 09
2年も放置しておいて再開です。
目の前へと倒れた魔物を前にし、ボクはいったいどうしたものであろうかと思案する。
魔物の多くは、普通に存在する動物や昆虫を模したような外見をしている。
なのでこいつのように、蛇を巨大化させたような魔物が居たとしても、別段おかしくはないのだとは思う。
ただこの魔物はやたら黒い体色に加え、表面はヌメヌメとした薄い粘液に覆われており、しかも現れたのが海の中から。
正直ボクは、海にこんな生物が存在するとは聞いたことがない。
しかしその奇怪な姿をした魔物を前にし、妙に高いテンションではしゃぐ人物が2名。
その2名であるサクラさんとオリバーは、随分と嬉しそうにその魔物を挟み込んで騒いでいた。
「ねぇ! こいつ食べれるかな!? かば焼きにしましょ、かば焼き!」
「いやいや、ここは白焼きにワサビで食べるのが通ってモノですヨ」
「日本酒もあると尚良いわね。でもワサビもないし……」
どうやら既にサクラさんたちは、この奇怪な魔物を食べ物であると認識しているようだ。
ただボクに言わせれば、とてもではないが美味しそうには見えない。
どことなくグロテスクであり、表面のヌメヌメとした体表などを見ると、若干の気持ち悪さすら感じずにはいられなかった。
「あの……、本当にそれを食べる気なんですか? 素材だけ回収するんじゃなくて」
ボクは若干呆れの混ざった言葉で問う。
我ながらダレた声だとは思うが、それも致し方ないだろう。
とてもではないが、ボクはこの魔物を食料とは認識できていないのだから。
「はあ!? 折角見つけた鰻、捨てていくなんて言ったら張り倒すわよ!」
「まったく、クルス君はこれの価値がヨクわかってないみタイですねぇ」
何が彼女らをそんなにまで熱くさせているのか。
ボクの言葉に対し、サクラさんとオリバーはふざけるなとばかりの抗議をする。
サクラさんも初見なはずの魔物だけど、この反応から察するに、どうもあちらの世界で似た生物が存在するようだ。
そしてそれは、彼女らを興奮させるに足るだけの食材であるに違いない。
ボクは隣に立っている、オリバーの相棒であるカミラさんへと視線を向ける。
だが彼女もまたボクと同じく、怪訝そうな表情が口元へと現れていた。
表情の薄い人なので、ほんの僅かではあるけれど。
「流石にここじゃ捌けないか。一度には無理だから、ぶつ切りにして分けて運びましょう」
「頭だけは置いていっテモいいんじゃないカナ?」
「じゃあ頭は解体して、中身だけ確認するってことで」
サクラさんとオリバーは魔物を前にして、いかに町へ全て運ぶかの打ち合わせを始める。
そこまでして全てを持ち帰りたいというのだろうか。
ここまで揃って熱心であると、よほど美味しい食材なのであろうと、徐々に気になってくる。
……これがサクラさんたちの故郷で食べられている物と同じであればの話だけど。
サクラさんは町から引いて来た台車に置かれた、大振りな斧を取り出す。
それを使ってヘビ型魔物の首を切り落とすと、胴体をぶつ切りにする作業へと移る。
一方のオリバーはカタナとかいう剣を、魔物の頭部へ突き差す。
魔物の黒い頭部へと触れたカタナは、するりと潜り込んでいく。
これは彼の武器が特別鋭いというわけでもなければ、おそらく魔物が柔らかいという理由でもない。
オリバーには極々一部の勇者しか持たぬ、"スキル"と呼ばれる特殊な力が備わっているためだ。
サクラさんの飛ぶ物体の軌道を修正するスキルに、ゲンゾーさんの自身の肉体と思考速度を強化するスキル。
そしてオリバーが持っているのは、手にした武器を高速で振動させ、対象を易々と斬り裂いてしまうという強力な物であった。
当人曰く、使用するとやたら疲れるからあまり使いたくない、とのことだけれど。
ともあれそのスキルを用い魔物の頭部を真っ二つに割ると、彼はしげしげと中を覗き込む。
「んー……、ありまセンねぇ」
「まぁ身体の方にあるかもしれないし、とりあえずそれは海に捨てておきましょ」
目当ての物が見つからず、オリバーは残念そうに魔物の頭を海へと放る。
彼が探しているのは、先日見せられた石状の鉱物だ。
海に生息する魔物から産出されるというのは判明しているものの、それがどの魔物からかまでは定かでない。
そこで現在ボクらは、姿を現した魔物を片っ端から細かく解体し、例の鉱物を探しているのであった。
斧を使って一抱えするほどの大きさへと魔物を分割したサクラさんは、嬉しそうに台車へと乗せていく。
その姿は今まで積極的に解体をしてこなかった様子とは、雲泥の差だと言っていい。
「それ、向こうでは食べるんですよね?」
「食べるわよー。全く同じ物かは知らないけれど、かなりの高級品ね」
「はぁ、これが高級品ですか……」
以前に居た町で狩っていたウォーラビットなども、肉としては比較的高級な部類に入る。
可食性の魔物もそこそこ存在するし、値が張るモノも中には有る。
先日狩ったエビに似た魔物の肉も、たぶんその部類に入ってくるはず。
目の前にあるこれは、サクラさんの口振りからすると更に高価な代物であるようだ。
もちろん国どころか世界すら違うので、一概に比較はできないのだけれど。
しかしボクにはどうにも、これがそこまで高価な食材として取引されているというのが想像つかない。
「百聞は一見にしかずって言うでしょ。食べてみればわかるわよ」
「そう言うのかどうかは知りませんけど、そこまで言うのでしたら……」
ウキウキとした様子で台車を引き始めたサクラさんは、同じく上機嫌なオリバーを引き連れて町へと急ぐ。
どちらにせよ、この調子では今日はもう狩りにならないだろう。
ボク同様に怪訝そうにするカミラさんを引き連れ、町へと戻っていくのであった。
そうしてカルテリオに戻ってからのサクラさんは、とてつもなく行動が早かった。
まず肉そのものに毒性が無いかを確認すると、酒場の主人と交渉して大量の炭を用意し、人を確保して膨大な魔物の肉を捌いてもらう。
そこから炭を仕込んだグリルへと乗せ、もうもうと立ち上る煙に燻されながら、塩のみで味付けした魔物の肉は焼かれていく。
「ほら、味見」
「ぼ、ボクがですか……?」
「ありがたく思いなさい。小生意気にも私の言葉を疑うクルス君に、最初に口にする栄誉を与えてあげる」
焼き上がったそれを手にしたサクラさんは、ボクの口元へと近づける。
皮を剥がれ身だけにされたそれは、確かに食材としての見た目をしており、匂いも芳ばしく食欲をそそる。
ただ元の姿を見てしまっているだけに、どうにも踏ん切りがつかない。
「いいから食べる! 毒が無いのは証明されてるんだから」
サクラさんはそう叫び、焼かれた肉を口へと押し込んでくる。
持ち帰った時点で、毒が無いのは証明されている。なので確かに食べても問題はない。
あまりに熱いそれに火傷しそうになりながら、口へ空気を送りつつなんとか咀嚼していく。
そして飲み込んだところで、ボクはひたすら押し黙る。
正直かなり舐めていた。こんな得体の知れぬ奇妙な生物が、美味しい訳がないであろうと。
だが一口食べてみればどうだろう。身は淡白なようでありながらも、脂がしっかり乗っている。
そしてじっくり焼かれた表面は、炭の香りが実に芳しい。
「……申し訳ありませんでした」
「だから言ったでしょ。……実際は私も同じ物かどうか半信半疑だったけれど」
疑いに対する謝罪をしたボクへ、サクラさんはほれ見た事かと言い放つ。
もっとも、彼女自身も半ば賭けのようなところがあったみたいだが。
「あちらでもこんな風にして食べるんです?」
「向こうではタレって言って、黒いソースを塗って焼くのが一般的かな。あっちの世界に居るのは、はもっと小さいんだけどさ」
「やっぱりあんなに大きくはないんですね」
「そうね、精々がそれこそ普通の蛇と同じくらい。まぁ……、それでも君のヘビさんよりはずっと大きいけど?」
不意にボクを殴りつける下ネタにギョッとし、彼女の手元を見やる。
いつの間にかサクラさんの手には、酒の入った大きなジョッキが握られていた。
それも果実酒などの軽いものではなく、何度も蒸留を行った非常にキツい代物だ。
その脇には空となったジョッキが一つ転がっており、既に二杯目に突入していると知れる。
どうりで最近鳴りを潜めていた彼女の下ネタ癖が再発したはずだ、明らかな飲みすぎである。
「……あなたたち、そういった関係なの?」
ボクらの会話を横で聞いていたのだろう。
カミラさんはどこかキョトンとした様子で、ボクとサクラさんを眺めながら問う。
"そういった"の部分が何を指すかなど、言うまでもない。
サクラさんの言った下ネタから、ボクと彼女が深い関係にあるのだと推測したようだ。
「えっと……、なんと言いますか」
「そうそう、私たちはふかーい関係なのよ。海より深く血よりも濃く、それはもう一心同体」
「サクラさん、飲み過ぎですよ。冗談ですからね、冗談」
手に入れた食材に気を良くし、普段より酒量多く悪い良い方をするサクラさんの言葉を訂正する。
しかしそんな言い訳めいた言葉も、オリバーの方にはわかっていたようで、カラカラと笑いながらボクを見ていた。
「からかい甲斐のない子ねぇ。……ところで」
と、酔いから陽気であったサクラさんが、少しだけ表情を締め話を締める。
ちょっとしたお遊びを中断し、真面目な様子でオリバーらへと視線を向けた。
「今日も出なかったけれど、本当に海の連中が持ってるの? あれ」
「間違いないと思いマスよ。記録にものこってまシタし、アレは普通の山で採れるような金属じゃナイと思います」
卓へと身を乗り出し、サクラさんは訝しそうな言葉で問う。
それに対しオリバーは堂々と、自信ありげに返す。
アレというのは、オリバーがボクらへ見せた球状の金属のこと。
結局あれが何に使われるのかと説明されたが、何のことはない、あの金属を用いて自身の武器を作りたいとのことであった。
オリバーが使用するニホントーと呼ばれる武器に、あの素材がピッタリではないかと推測したのは、あれを最初に見せられた鍛冶師のフェルナンドだ。
「ただこうも出てこないとね……」
「魔物ヲ誘き寄せる手段ガ間違っているンでしょうカ?」
「と言っても、釣る以外の手段も不明だしね」
一つの塊から採れる量は極僅かであるので、今も彼が持っているサイズ分を集めようとなると、いったいどれだけの数を採取しなければならないのか。
膨大な数が必要と思われるのだが、ここまでの数日で得られた数は皆無。
これまでは釣竿で誘き寄せ、それを陸に上げて狩っていた。
その手段で目的の魔物が見つけられていないというのは、幾つかの理由が考えられる。
一つには、既にその鉱石を生み出す魔物が絶えてしまったというもの。
件の鉱石と共に残されていた文章も、かなり前のものであるためその可能性はある。
そしてもう一つボクの頭に浮かんだ可能性は、もっと沖に棲む魔物、探しているそいつではないかというものであった。
「なら、沖の魔物を狩れば……」
その考えに至るなり、無意識に言葉が口をつく。
するとサクラさんとオリバーはボクを見て、キョトンとした表情を浮かべる。
だが直後に彼女らは両脇へ移動し、その考えを聞き出さんとニタリとした笑みで問い詰めにくるのであった。