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サムライと呼ばれし人 08


「どうもありがとうございました。またお世話になるとは思いますが」


「いえいえ、大丈夫ですよ。また気が向いたら声をかけてください」



 我が家の裏手にある広い庭、そこでボクは若干頬の上気した目の前の女性たちから礼をされる。

 彼女らは港町カルテリオを拠点とする勇者と召喚士。

 オリバーとカミラさんとは異なるもう一組の彼女らが、どうして我が家へとここへ来ているのかと言えば、サクラさんが作ったお風呂を借りにであった。


 活動する範囲が多少違うため、普段あまり顔を会わせることは多くないけど、彼女らはこうやって度々風呂を借りに来ている。

 話に聞いていた通りニホンの人はその多くが風呂を好むようで、この様子だと随分満喫したようだ。



「昨日採ってきたのですが、よろしければ」


「すみません、ありがたく頂戴します」



 ボクは勇者である女性から差し出された、小振りなバスケットを受け取る。

 そのまま再び礼をして去っていく彼女らを見送ると、使い終わり空となった風呂を軽く掃除してから、適当に置かれた木板の上へと腰を下ろす。



「お、茸と根菜が沢山」



 受け取ったバスケットへ被せられた布を捲ると、そこにあったのは山盛りの野菜。

 これが今回風呂を貸したこちらへの、謝礼という訳だ。

 彼女らも最初こそ金銭を渡してこようとしたのだが、それに関してはこちらで丁重にお断りさせてもらった。


 確かに水を汲む手間や、湯を沸かす燃料代などといった問題はある。

 ただそれでお金をもらうのも気が引け、妥協案として出先で手に入れた食材の一部を提供してもらうこととなったのだ。

 毎度大きく新鮮な物を渡してくれているので、狩りに出た先でわざわざ探してくれているのだろう。

 実にありがたいことだ。



「あら、今日も随分良い物くれたじゃない。どう料理するの?」



 サクラさんの声に反応し振り返ってみると、彼女はいつの間にか後ろへ近づきこちらを覗き込んでた。

 その顔は若干ニヤケ気味で、手に入った食材を見て食欲が刺激され始めているようだ。



「そうですね……、とりあえず茸は素直に焼いてしまおうかと。サクラさんは根菜は煮た方が好きですよね」


「任せる。とりあえず私はパンでも買ってこようかな」


「たまには作ってみてもいいんじゃないですか? 教えますよ」


「嫌よ、間違いなくクルス君が作った方が美味しいじゃない。私は食べる係」



 どこか呑気な彼女の言葉。

 結局サクラさんは苦手な家事を克服できておらず、ほとんどボクが担当している。

 ただそれはそれで悪くはないと思え、どこか家庭っぽい感じに頬が緩んでしまう。


 そんな心境に浸るボクであったが、のんびりとした時間を打ち砕くかのような大声が響く。



「オーイ! 誰か居るカイ!?」



 この若干おかしな発音。

 誰かを考えるまでもない、明らかにオリバーだ。

 ボクは柔らかな空気をぶち壊した彼に内心で悪態つきかけるも、平静を務めて返事を返す。

 一応何がしかの用事があって来るのだろうし、彼自身に悪気などあるわけもないのだから。



「庭に居るから、入ってきていいよー」



 大きく張り上げたボクの声がちゃんと聞こえたのだろう。

 オリバーは正面の門から入り、そのまま裏手にある庭へと足を踏み入れてきた。


 オリバーとはここしばらく何度か会う中で、少しばかり気心も知れてきた。

 おかげで互いに呼び捨てにし合うくらいには親しくなり、こうして気安く家を訪ねるくらいにはなっている。

 ただどうやら今日は一人で行動しているようで、カミラさんの姿は見当たらない。



「済まなイネ。ちょっと風呂を借りたイと思ってサ」


「あら珍しい。お風呂に執着があるようには見えなかったんだけど」



 若干からかいを含めた調子で、サクラさんはオリバーへと問う。

 しかし彼は心外だとばかりに溜息つくと、腰を手に当て告げる。



「こう見えてモ風呂は好きなんダヨ。日本に居た時には、週に四日ハ銭湯に通ってタんだから」



 セントーとはおそらく、入浴施設の類なのだと思う。

 そこに度々通っていたと言うからには、存外彼も風呂を好む人間であったようだ。



「それはいいけど、さっき湯を抜いたばかりだから、沸かすのに少し時間がかかるよ?」


「そのくらいなら待たせテもらうサ。ほら、ちゃんとお礼も持ってキタンだ」



 オリバーはそのお礼であると言う何かを、ボクへと放って寄こす。

 放られた物を慌てて受け取ると、それは手の平に収まる小ささながらもずっしりと重い。



「……なにこれ?」


「手土産サ。お金じゃ受け取ッテくれないからネ」



 それをよく観察すると、ほぼ新円にも近い丸い形状をしており、薄灰色で表面はザラザラとしている。

 一見ただの石かとも思ったけど、そんな物を謝礼として寄越してくるほど、オリバーも面の皮は厚くないはずだ。

 おそらくは、何がしかの鉱石。



「そうじゃなくて、これの正体だよ。ただの石ころって訳じゃないんでしょ?」


「そりゃもちろん。それの正体についてハ、風呂の湯が沸く間に話すヨ」



 話してくれるというのであれば、まあいいか。

 それにオリバーが風呂を使うことそのものにも別段問題はないし、湯を沸かす間にしっかりと説明してもらうとしよう。



 早速先ほど湯を抜いたばかりの風呂へと向かい、再度火を熾す。

 オリバーはその間、井戸から水を汲みあげて風呂の釜へ。

 早く終わるに越したことはないと考えたのか、手持無沙汰となっていたサクラさんも手伝ってくれる。



「で、結局何なの、この石は」



 必要な量の水を張り、あとは湯となるのを待つ間。

 火の調整をしながら、ボクは背後に立つオリバーへと問う。



「ああ、そいつハ役場の奥に転がってた代物デサ。昔この町に居た勇者が置いてイッタ物だヨ」


「それって、海に魔物が居るのを見つけたっていう人?」


「そうらしイヨ。どうやら、それも海の魔物カラ獲れた物みたいダネ」



 オリバーの言葉を聞き、手にした石をジッと見下ろす。

 一見してただの石ころにしか見えないけれど、これもまた魔物から採れた素材の一つであるようだ。

 どんな魔物のどの部分に当たる物かは知らないけど、これがいったい何に使えるというのだろうか。



「ホラ、貸してみなよ」



 オリバーはそう言って、ボクの手からヒョイと石を掠め取る。

 するとその石を、目の前にある風呂を沸かすための火へと近づけた。



「なにをして……?」


「いいカラ見てなって」



 彼の言う通り、とりあえずは黙って見てみる。

 突然の行動が気になるのだろう、サクラさんも後ろに立ちその様子を眺めていた。


 しばらくすると、火の近くに置かれた石の表面が徐々に光沢を帯び始める。

 なんだろうと思ってよくよく見れば、その表面が熱によって溶けだし、中から輝く細かい粒が姿を現していく。



「な、なんなのこれ?」


「このキレーな粒が、この石の正体サ。ちょっとした金属みたいなものダネ」



 石を火から離すと、オリバーは腰から抜いたナイフで表面を撫で溶けた部分を落とす。

 すると中からは、先ほど見えた輝く粒が無数に姿を現した。

 一見宝石のようにも見えるそれへと、オリバーは息を吹きかけ冷まし、数粒摘まんでボクの手の中へ。



「風呂を借りたいってのもホントだけどサ、今日の本題はコッチ。クルスたちにハ、これを集めるのを手伝ってもらいタイんだ」



 これが彼にとってどんな意味を持つ物なのかは知らない。

 けれどもわざわざ頼みに来るところからして、単独では少々骨が折れる作業なのだろう。

 だがこれを集めて欲しいと言うってことはつまり、魔物を狩るのを手伝ってほしいということに他ならない。



「なら手土産だって言うこれはどうなるのよ。くれるんじゃないの?」



 サクラさんは若干呆れたような口調で詰め寄る。

 手土産として持ってきたこの物体を欲し、集めるのに協力して欲しいとオリバーは言うのだ。

 当然これを渡すのも惜しいと考えるのが当然。



「いや、それはモチロンあげるよ! ……返してくれるって言うナラもらうけド」



 なかなかに虫のいい発言を平然としてくれるものだ。

 とはいえボク自身、彼がこちらに協力を依頼してまで欲している、この物質の価値が気になり始めていた。

 金属と言うからには、何がしかに加工されると考えるのが普通だとは思う。



「で、これを集めてどうしたいの? 受けるにしても、そのくらいは教えてもらわないと」


「そうよね。何も聞かずただ協力しろだなんて言われても、納得がいかない」



 ボクとサクラさんはオリバーを挟み、ほんのちょっとの冗談を含めつつ、自白を迫るべく圧を掛けていく。

 その状況を受け、早々に観念したようだ。

 降参とばかりに両の手を上げ、オリバーはあっさりと用途を白状する。



「わかった、わかったヨ。……でも他の人には教えナイでくれヨ?」



 ボクらは彼の言葉に頷くき、その金属の使い道を聞き出す。

 そして少しだけ悩んだ末に、オリバーの要請を受け入れるのであった。


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