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サムライと呼ばれし人 07


 初めて目にした、エビと酷似した見た目を持つ魔物。

 結論から言えば、それは多岐に渡って有用と言えるモノだった。


 硬く頑強な鋏は、防具の一部材料として。強くも剛性の高い脚の外殻は、船の構造材として。

 目玉はこれから検証していくそうだけど、薬師が使えそうだと息巻いていた。

 そしてその白い肉は、案の定食用として。



「ていうか正直、かなり美味しいのよね」



 サクラさんは手にした魔物の肉へと齧り付き、頷きながら舌鼓を打つ。


 クラウディアさんが営む宿の、正面に在る酒場。

 そこに持ち込まれたエビ型の魔物の肉は、巨大であった元の大きさを忘れる程に小さく切り分けられ、今は客全員へと振る舞われていた。


 小さくとは言うも、その大きさはボクが作る拳の倍以上。

 それが30人以上いる酒場の客全員に行き渡っているという時点で、元の大きさが理解できようというものだ。

 まだ厨房には大量に残っているらしいのだけど。



「見た目の時点で食欲をそそりましたけど、想像以上の味です」


「普通ここまで巨大だと大味な気もするけど、それが一切ないわ。ほど良い食感と繊細な風味、天上の味もかくやと言わんばかりね」


「……今日はまた随分と語りますね」



 その身を頬張るサクラさんは、恍惚とした表情でひたすら感想を口にしていた。

 幾種かの香辛料を塗して焼き上げられた魔物の肉は、芳ばしい香りと脂の爆ぜる音を漂わせ、なんとも食欲を刺激する。

 綺麗に焼き上げられた色目を見るにつれ、この町の名物として売り出すというのも、一つの手かもしれないという考えも湧いてきた。


 もちろん食用としての安全性は確認済み。

 複数件の酒場や食堂の店主たちが、数匹の小動物に食べさせて実験しているのをボクも見ていた。



「イヤー、故郷の味を思い出しまスヨ」



 ボク自身もこういった料理は好みではあるが、ボク以上に喜んでいたのはオリバーさんだ。

 彼は先程からウマイウマイと言いながら、残っている肉を何度となくおかわりしている。


 どうやら彼の故郷には、似た味付けの料理があるらしい。

 そちらは焼くのではなく、茹でるのが基本であるという話だけれども。



「と言ってモ、あっちにはこんなおっきなザリガニは居まセンけどネー。知ってるのはコノくらいですヨ」



 彼はザリガニと呼ばれる生き物の大きさを、片手の親指と人差し指を使って表す。

 随分と小さい。そんなに小さくては、碌に食べる部分もないだろうに。

 そんな嬉しそうに表すオリバーさんへ、サクラさんは軽く微笑みながら返す。



「こっちでも似た香辛料や食材があって良かったじゃないの。同じは無理でも、似た味なら食べられるし」


「そうなんでスヨネー。それが目当てデこの町に来たようナものでスケド」



 なるほど、オリバーさんの故郷では海産物が豊富に獲れるらしい。

 彼が港町であるカルテリオを活動の拠点として選んだのは、サクラさんがここへ来たのと同じ理由のようだった。


 ただ会話をしながらも変わらず笑顔で食べ進める彼を見ていると、不意に持つ武器の柄が目に入る。

 オリバーさんはこれまで、身の丈近くある大剣を使っていたはず。

 でも今テーブルの淵に立てかけられているそれは、元の剣よりも随分と小振りに。

 少しだけ覗き込んで見てみると、変わっているのは大きさだけではなかった。



「あれ、武器を替えたんです?」


「ん? ああ、昨日ネー」



 問うボクの言葉へと反応した彼は、食べ進める手を止め、置かれた剣の鞘を掴み掲げてみせる。

 その武器は鞘の形状からして湾曲しており、以前持っていた物と比べれば随分と細身。

 一方サクラさんはそれを見るなり、少しだけ驚いた様子で言葉を漏らす。



「日本刀じゃない。どうしたのそれ?」


「作ってもらったんでスヨ。フェルナンドに」



 店の中なので抜き放ちはしないが、手にしたそれを自慢げに握り締めるオリバーさん。

 そういえば何日か前に会った時、鍛冶師のフェルナンドに何事か相談を持ちかけていた。

 その結果が今彼が手にしている、ニホントーとかいう武器なのだろう。



「ずっと憧れダったんでス。But、ナゼかこっちの日本人誰も持ってなイ。なら特別に頼むしかナイと思いまシタ」


「私たちは他の勇者と絡むことが少ないから、よくは知らないんだけど、言われてみれば確かに持ってる人を見た事ないかも。好きな人も多いでしょうに」


「フェルナンドは、強度の問題であまり使うヒト居ないみたいて言ってまシタ。これもあまり納得いった出来じゃナイみたいでスヨ」



 会話を続けるオリバーさんには、些か残念そうな様子が混じる。

 ほんの少しだけ彼が鞘から刃を見せたのを見れば、それはどうにも本当に刃物として、対象を斬るための用途で作られたように見える。

 なるほど。取り回しはともかくとして、高強度の魔物を相手にするのは難しいかもしれない。

 いっそ太い金属の棒で殴る方が、よほど簡単に効果が現れるはず。


 この武器はあちらの世界で使われている代物らしいけれど、製造方法の違いかそれとも使われる材質の問題なのか、少々強度に問題を抱えているようだ。

 オリバーさんや多数の勇者たちが望むだけの品質には届かないようで、それが使われない主な理由になっていると言っていた。



「……やっぱり、あの人もニホンの人なのね」



 オリバーさんと話すサクラさんを横目で眺めていると、不意にボクへ向けられたと思われる声に気付く。

 そちらを見ると、そこには椅子に座って淡々と食事をし、果実酒を口にしていた召喚士の女性が。

 カミラという名の召喚士である彼女は、酒の入ったコップを手に握ったままオリバーさんをボンヤリと眺めていた。



「そ、そうなりますね。オリバーさんは違う国の方みたいですけれど、基本的に勇者は皆ニホンという国から来た人たちみたいですし」



 彼女とは何度か顔を合わせたけど、自ら話しかけてきたのは初めて。

 基本的に物静かで、あまり口数も多い人ではないと思っていただけに意外だ。

 カミラさんはそのシルバーブロンドの髪を、小さくかき上げながら問う。



「あっちの世界の人たちは、皆武具品に関する知識を持っているのかしら……?」



 物憂げというか、眠そうというか。

 彼女はその瞼を半分閉じたような瞳で、ボクとサクラさんを見つめ、少しだけ疑問に眉を顰める。

 あまり表情が変わらない人なので、ほんの少しなのだけれど。


 彼女の視線の先を追って見れば、サクラさんとオリバーさんは武器の製造について自身が知る限りの知識で、何が足りないのかの議論を始めている。

 あちらの世界では戦いの経験など皆無だと言っていた割には、サクラさんにはそういった知識をある程度持っているようだ。


 なるほど、カミラさんが疑問に思うのも無理はないかもしれない。

 少なくともこちらの世界に関しては、そういった業界に属していない限り、女性が武器に詳しいというのは考え難い。

 最初にサクラさんの武器を選びに武具屋へ行った時にも思ったけど、彼女はそういった物にある程度触れる下地が、多少なりとも存在するようだった。

 やはり以前に彼女が話していた、祖父が軍人であったというのが影響しているのだろうか。



「そんなことはないと思いますよ。確かに戦いの経験がない一般人であったにしては、妙に詳しい人とかも居たりするみたいですけれど」


「そうなの……?」


「ボクが知る限りですけど、勇者の中にはそういった事に詳しい人が多少居るみたいで」



 ボクがこれまで知り合ってきた中で、武器に詳しかった勇者と言えば、やはりタケルだろうか。

 サクラさんを召喚し、勇者家業を始めた当初に再開したソニア先輩。その先輩が召喚した勇者であるタケルは、色々な武器に対しての造詣が深かった。

 宿代節約のために相部屋となったボクは、毎夜彼からそういった話を聞かされたものだ。



「かと思えばそういった面にサッパリな人とかも居ますし。人それぞれですかね」



 その例としてボクが知るのは、同じ町でタケルと入れ違いとなるように会ったミツキさんだ。

 ボクの同輩であったベリンダの勇者である彼女は、武器や戦闘といった点に関してまるで疎かったはず。


 ふとそんなことを思い出し、それほど長い年月が経ってもいないというのに、少々懐かしくなる。

 皆元気にしているのだろうか。

 いつ何が起こるとも知れぬ勇者稼業だ、無事に居てくれれば良いのだけれど。



「オリバーは武器に詳しい。わたしも話せるようにしたいけど、よくわからない」


「ですけどカミラさんも騎士団員なら、ある程度そういった知識も習得されたのでは?」



 思い悩むような素振りを僅かに見せ、カミラさんは飲んでいた果実酒のコップをゆっくり置き、自身が持つ知識の薄さを嘆く。

 ただ基本的にボクら召喚士は、騎士団の施設で養成されるため、その過程で相応の知識を得ていく。

 なので彼女もまた、武具に関する最低限の知識は持っているはず。

 しかしカミラさんは静かに首を横に振り、自身は違うと答えた。



「わたしは代理だから……」


「えっと、それはどういう?」


「召喚士じゃないの、わたし。オリバーとは一緒に居るけど」



 ボソリ、ボソリと呟くように告げるカミラさん。

 いったいどういう事なのだろうかと思っていると、少しずつ彼女は話をしてくれる。


 どうやらオリバーさんには、元々彼を呼び出した召喚士が別に存在したのだという。

 だがある時、魔物を狩っている時に強敵に遭遇、召喚士は命を落としてしまったそうだ。


 二人一組での活動が基本となる勇者と召喚士。

 でも危険が伴う稼業であるため、どちらか一方が欠けてしまうというのも珍しくはない。

 勇者の側が居なくなれば、召喚士はその時点で戦う術を失い、騎士団に戻るか辞めてしまうかのどちらか。

 しかし勇者の側が残った場合であれば、まだ戦う術は残っている。

 そういった時に誰かが本来の召喚士に代わり、補佐を受け持つという例は存在した。



「オリバーの召喚士が、わたしの兄。わたしは兄の代わりに……」



 基本的にその相手となる人物の選択権は勇者側にある。例え相手が騎士団員でなくとも、そこは自由。

 召喚さえ成され以後の用が達せられるなら、別に騎士団所属の人間が補佐である必要もないために。

 どういった理由かは知る由もないけど、オリバーさんが新たな相手として選んだのが、召喚士の妹であるカミラさんだったようだ。


 彼女が少しだけ物憂げであるのは、自身をあくまで代理であると考えているから。

 ボクがもしサクラさんの本来の相棒ではなく、後に入った代理であったとしたら、同じような感情を抱いてしまうかもしれない。




「ちょっと……、いい加減食べ過ぎじゃないの?」


「このくらいフツーですヨ。サクラの食べる量が少なスギなんダヨ」



 そんな若干しんみりとした会話をしている最中も、サクラさんたちは会話をしながら食事を続けていた。

 見ればオリバーさんの目の前には、空となった皿がうず高く積み重なっている。

 いったいこの短い間に何度のおかわりをしたことやら。


 気が付けば、彼はサクラさんを呼び捨てにしている。

 ボクでさえなかなか呼び捨てをするには、踏ん切りがつかないというのに。

 これが近しい境遇に居る者の距離感なのか、サクラさん自身もそれを気にした様子はない。



「今回は食材がこっち持ちだから、安く済むのはいいけど」


「そうダヨー。だからサクラももっと食べとかないト!」



 サクラさんの言葉にオリバーは陽気に笑い、厨房に向けてさらなる注文の言葉を放つ。

 だが再びされる呼び捨てに、ボクはその内に若干湧き立つ感情があるのに気付くのであった。


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