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サムライと呼ばれし人 05


「サクラさん、ここはボクに任せて下さい。ボクも男ってやつを見せてやりますよ」


「そうね……、任せたわ。私は君を信じてるからね」



 彼女の決意と期待が込められた言葉を背に受け、ボクは自身の手へ希望を握り締める。

 長く強靭なそれは多くの男たちを、眼前へと広がる戦場に駆り立てた"武器"。


 今まさにそれを手にし、僅かな逡巡を経て勢いよく振り上げる。

 目に映るのは、蒼く、ひたすらに蒼く広がる世界。

 ボクは自身の輝く未来を勝ち取るために、アルマや町の人たちを、そしてサクラさんを護り通すために。

 無心でその武器を振り下ろした。


 それから少しの間を置き、ボクの耳へ一つの音が響く。

 ポチャン、と。



「で、気が済んだ? 私は近くで待ってるから、あとは適当に頑張って」



 どこか暢気な響きを纏ったサクラさんの声。

 気合を込めたボクの行為ではあるが、彼女からすれば最初にお遊びでノッてみる程度のものであったらしい。

 逆の立場ならば、ボクとて同じ反応をした可能性は高いけど。


 今ボクが何をしているか、端的に言ってしまえば"釣り"だ。

 手にした釣竿を振り、目の前へと広がる海に釣り糸を垂らす。ただそれだけ。

 仰々しい発言にサクラさんを突き合わせたのは、勢いというか何というか。



「なにか手応えがあったら教えますね。実際どうなるかはわかりませんが」


「はいはーい。がんばってねー」



 岩場へと座り込み、弓の手入れを始めたサクラさんへ振り返る告げる。

 彼女は片手を軽く上げ、ひらひらと振って返す。

 その姿を確認すると、ボクも同様に足元の岩場へと座り、彼方にある浮を注視しながら獲物がかかるのを待った。




 ボクがどうして気合を入れ釣りをしているのか。話は数日前へと遡る。

 魔物の減少による悪影響を危惧したボクらは、港町に居る他2組の勇者と召喚師を集め、話し合いの場を設けた。


 そのオリバーさんたちを交え事情を説明すると、彼らもすぐさま理解を示してくれた。

 当然だ、彼ら自身の生活にも関わってくる事態であり、協力しなければ対処できないのだから。

 狩る魔物の数を減らすという点は他に選択肢がないため、受け入れざるをえない。

 とはいえ、その代わりに減った収入の当てとなる手段の模索に、ボクらは全員で頭を悩ます破目となる。


 いっそ暫く町を離れ、余所で活動するべきなのだろうかと考え始めたところへ、助け舟を出してくれたのは一人の漁師。

 酒場で顔を突き合わせ真剣に話す内容が、聞こえていたのであろう漁師のおじさんは、一つ良いことを教えてくれた。

 曰く、魔物は海の中にも存在するのだと。



『でもどうやっておびき寄せるんですか? ボクらが海の中に入って戦うってのはちょっと……』



 漁師のおじさんが示してくれた可能性に、若干の希望を見出す。


 しかしそうは言っても相手は魔物だ、下手をすれば命の危険がある。

 それに海の中に現れるということは、当然魚類やそれに準ずる形状をした魔物なのだと思う。

 海に入って戦うには、些か不利な状況ではないかと思えてならない。

 その疑問を口にしたボクへと、漁師のおじさんは人差し指を立て、問題ないとばかりに横に振った。



『なぁに、こっちが入る必要はねぇ。陸に誘き寄せりゃいいんだよ』


『誘き寄せる……、っていったいどうやるんダイ?』


『簡単だ。釣竿で一本釣りすりゃいいのさ』



 突拍子もないおじさんの言葉に、ボクや方法を問うたオリバーさんは絶句する。

 ボクの頭の中には、蟷螂型の魔物であるブレードマンティスを、釣竿で吊り上げる光景が浮かんだ。

 当然あれは陸地に生息する魔物なので、そんな事は在り得ないのだけど。



『釣れるんですか、魔物』


『おうよ。つっても普通の餌じゃ、歯牙にも掛けられないんだがな。そこら辺の餌で魔物が釣れたんじゃ、俺ら漁師は危なくって仕事になりゃしねぇ』


『それはまぁ、確かに』


『時々引き上げた網にでっかい大穴が開けられるんだが、考えてみりゃあれは魔物の仕業だったのかもしれねぇな』



 おじさんは腕を組み、感慨深そうに頷く。

 漁に使う網へ大きな穴を開けられるなど、死活問題だろうにとは思うも、おじさんに気にした様子は見られなかった。

 案外日常茶飯事に過ぎるため、毎度気にもしていられないのかもしれない。



『餌には魔物の肉を使う。別にどんなのでも良いらしいぞ、この辺りに居る虫のだって大丈夫だっつー話だな』



 おじさんの話だと、随分と昔にこの港町で活動していた勇者の一人が、その方法を偶然発見したらしい。

 おそらく最初は遊び半分だったのだろうけど、魔物の肉を餌にして釣り糸を垂らすと、漁で採れる魚類とは異なる大型の魔物が釣れたそうだ。


 これはこの港町で漁を生業とする人であれば、ほぼ全員が知っている逸話であると言う。

 であるにも関わらず、ボクらにはその話がまるで伝わってはいない。

 どうしてなのかとおじさんに尋ねると、そういった行為でもしなければ海から魔物は現れないため、基本的に危険性がないからなのだという話だった。



『物は試しね。やってみましょ』



 サクラさんの言葉に、ボクら全員が頷く。

 どちらにせよ、町の外に居る魔物はしばらく手が付けられない。

 それに上手くいけば、海の魔物から得られるであろう素材を利用して、新しい産業が生み出せる可能性もあるのだから。




 とまあそんな訳で、その翌日となる今日。

 早速外で餌となる魔物を狩り、件の勇者が吊り上げたという海沿いの岩場へと移動したのだ。


 今回餌となるのは、トンボがそのまま大型化した見た目の魔物。

 売却可能な部位である羽の付け根部分に生えた棘と、とても餌としては使えそうにない羽を除いて、ぶつ切りにしてある。

 それをする作業は若干グロテスクであったようで、サクラさんは終始目を背けていた。

 動物型の魔物に関してはそれなりに慣れてきたみたいだが、虫はどうやらまだダメらしい。



「あ、餌が外れてる……」



 少し様子を見ようと糸を引き上げると、先に取り付けた小さなナイフにも見える釣り針から、魔物の肉が外れていた。

 喰われたというよりも、何かの拍子に外れてしまったようだ。


 代わりとなる餌を付けるべく、少し離れた場所に置いた荷車へと向かう。

 その上にはこんもりと、石灰と土を混ぜたものが積まれており、掘ると中からは刻んだ魔物の肉が。

 死骸のまま放置していたら、この地域固有の魔物であるヴーズを呼び寄せてしまう。

 それを避けるため、極力臭いを抑えるようこうして運んだのだが、今のところは効果を発揮しているようだ。



「でもこれって、冬になったら辛いかもしれませんね」



 新しい餌を付け、再び針を海に放り込む。

 座って一息つき獲物がかかるのを待つ間、これから先を思って小さく言葉を漏らした。



「南方とは言え海沿いだもの、体温の低下だけは気を付けないと。これがそれなりに成果が得られるとわかったら、防寒着を揃えておきましょ」


「とびきり暖かくて、水に強いのを探さないと」



 弓の手入れを終え海を眺めていたサクラさんが、ボクの言葉に反応して返す。


 まだ秋の頭である今は、むしろ海風が心地よく、このまま居眠りでもしてしまいそうな気温だ。

 しかし冬ともなればこうはいかない。

 吹き付ける冬の風は体力を削っていくだろうし、海が荒れでもしたらさぞかし悲惨であろうことは、想像に難くない。

 この町で暮らしていれば、防寒具にお金を掛けずに済むだろうというボクの目論みは、脆くも崩れ去っていく。



 最近のボクはお金に関する思考ばかりしている。そんな気がしてきた頃。

 竿から手へと、僅かにしなったような感触が。


 最初はあまりにも軽いその感触に、気のせいであろうかとも思う。

 しかし数度の軽い手応えの後、急に引きずり込まれんばかりの勢いで竿を引っ張られた。



「さ、サクラさん! 来ましたっ!」



 ゴツゴツとした岩場の出っ張りに足を引っ掛け、懸命に踏ん張る。

 しかし相手はおそらく魔物だ。ボクのように非力な者では到底敵いっこない。

 急いで駆け寄るサクラさんの手を借り、なんとか海へと落ちるのは避けられてはいるものの、変わらずとんでもない力で引っ張られる。



「ちょっと、この釣竿リールとかないの!?」


「り、りーるってなんですか!?」



 サクラさんの叫ぶ言葉を理解せぬまま、懸命に竿を引く。

 しかし常人よりも遥かに強い彼女の力をもってしても、竿はビクともしない。

 本当に魔物が掛かっているのだと確信できる力だけれど、このままでは非常によろしくない。たぶんこの調子でいくと……。


 懸命に竿を引くボクとサクラさんを嘲笑うかの如く。

 というよりも案の定であろうか、無情にも糸は千切れ、針と餌もろとも魔物は海へと帰って行った。

 しばし呆然とするボクとサクラさん。その様はまるで、通り過ぎた嵐を見送るかのようだ。



「……あんなのどうやって釣れっての?」


「さ、さぁ……?」



 姿さえも確認できぬまま去っていく魔物。

 岩場の上で、ボクらは再び先について頭を悩ます破目になっていた。


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