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サムライと呼ばれし人 04


 サワリと頬を撫でる風に乗り、限界まで張られた弓より放たれた矢が、草原を疾る。

 風切音をまき散らす勢いで、それは大きな放物線を描き少しの間を置いて、遠方の豆粒程度の大きさにしか映らぬ魔物へと迫り撃ち抜いた。

 ……たぶん頭を。あまりにも遠すぎるせいで、イマイチ見えないのだけれど。



「腕は鈍ってないみたいで安心しました」


「当然。ちょっとでも調子を落としたら、すぐ皮肉が口をつくお子様が近くに居るからね」



 ボクの飛ばした軽口に、サクラさんは負けずとやり返す。

 すかさずそういった言葉が出てくる様子からして、それなりに状態は良さそうだ。


 久しぶりに魔物を狩りに出たけど、サクラさんの腕は些かも損なわれてはいない。

 いや、それどころか以前よりも、さらに技量が上がっているようにすら思える。



「でも試し撃ちに選ぶ獲物が遠すぎでは……。確認に行くのも一苦労です」



 若干それがフリであるとも思えたボクは、適当な理由を付けて彼女へとちょっとした愚痴を溢す。

 すると倒した魔物へ向け歩くボクの頭へと、すかさずコツンというごく軽い衝撃が。

 ボクの言葉に対する報復として行われた拳骨だ。

 ただ怒りやイラつきの感情は感じられない。そのちょっとしたじゃれ合いが、どこか心地よい。


 そんなやり取りを気楽に行えるのも、今の気候が丁度よいがため。

 空気は日を追うごとに澄んでいき、咽かえるような暑さも一段落。

 こうして久方ぶりに魔物を狩りへ出たのも、秋が近づき楽な頃合いとなったからだった。



「この辺りは冬になっても、そこまで寒さが酷くならないそうです。なので今からが魔物を狩るには絶好の時期ですね」


「秋の間はね。それでも冬になると多少魔物が減っちゃうみたいだし、今のうちにある程度稼いでおかないと」



 そういえばそんな話もあった。

 クラウディアさんから聞いた話では、温暖な地域であるカルテリオ一帯も、冬の間は魔物の活動があまり活発ではないという。


 その理由はなんといっても、ここいらで発生する魔物の多くが昆虫型である事に起因する。

 魔物の発生原因である"黒の聖杯"と呼ばれる現象以上に、普通の繁殖による増加が主な要因であるため、こればかりは避けようがなかった。、

 つい最近その話を再確認したボクたちが、多少の焦りを感じたのは言うまでもない。



「それにいくら寒さがそこまででもないと言っても、ある程度は冬の準備もしておかないと。薪の値段だって馬鹿にならないんでしょ?」


「そうですね……。一応自分たちで採ってはこれますが」



 こういった面に関し、サクラさんはやけに現実志向だ。

 ただ彼女の言う通り、今はよくともいつ何が起きるとも限らない。

 可能な限り仕える予算は大いに越したことはないはず。


 魔物を狩れるサクラさんであれば、少し足を延ばせば森林地帯まで行けるし、木を切って持ち帰るのは可能。

 とはいえそれは林業を生業とする職業集団の縄張りを犯す行為だ。

 ちゃんと町にお金を落とすというのも、その中で上手くやっていくには必要な行為。

 人口の少ない田舎町というのも、それなりに大変なのだ。



「家の暖炉以外にも、庭に薪を大量消費する代物が聳え立っていますしね。その分も確保しておかないと」



 言うまでもないが、こいつはサクラさん肝いりの巨大鍋……、もといゴエモンブロの話だ。

 あれも結局彼女一人で完成させるのは叶わず、何人かの職人さんに手伝ってもらった末に完成した。


 ただ完成してから一度使ってみるも、これが暖炉と同程度な量の薪を必要とすると判明。

 人が3人も入れるだけの湯を沸かすのだから、当然と言えば当然か。



「あれに関しては譲れないわよ。最低3日に一度は入るからね」


「もう好きにして下さい。ボクもお湯に入るの自体は嫌いではないですし」



 燃料代が気にかかるのは確かだけど、サクラさんの機嫌が良いというのを考えれば、そこまで無駄なお金の使い方とは思えない。

 同様にボクやアルマも、それなりに完成したお風呂を気に入っていた。

 最も大変なのは、井戸で汲んだ水を移す作業なので、そこを改善できれば尚良いのだけれど……。



 そんな会話を重ねながら、ボクらは試し撃ちで倒した魔物へと近づいていく。

 夏に陽射しを浴びて高く育ち、秋の風を受けて靡く草。

 その中へと倒れた魔物を覗き込むと、しっかりと矢は急所である頭部を貫いていた。

 採取する素材を痛めず、矢の消耗も少なくて済む。非常に効率の良い倒し方だ。



「お見事です」


「お褒めに預かり恐縮ね。いつも通りだけど」



 ボクの短く簡潔な賛辞を、サクラさんは堂々としながら冗談交じりに返した。


 それにしても、本当に見事なものだ。

 最初に彼女と会った頃から、その身に宿ったスキルもあって確かな腕を誇ってはいた。

 だが今はそれすらも児戯であったと言わんばかりの、驚異的な能力を発揮している。


 あえて弱点を言うならば、武器の特性上高強度の相手に対しての戦闘は、あまり得意ではないという点だろうか。

 保養地からの帰りに王都へ寄った時、ゲンゾーさんの紹介を受け武具工房へと足を運び、そこで新しく武器を注文している。

 とはいえそれが完成するのはもう暫く先、当面はこれまで使ってきた、愛用の弓が頼りであった。

 もっとも今のサクラさんであれば、今の武器でも慎重に戦えればこれといって問題はないはず。



「それでは次を探しましょう。この調子なら今日中に10体は狩れそうですし」



 ボクは魔物から換金できる尾の部分を斬り落とし、そう言って残る魔物の体を焼却する準備を始める。

 ただ短剣で大雑把に周囲の草を刈り取り、それを火種にして燃やそうとするボクへと、サクラさんは唐突に呟きを漏らした。



「……小さいわね」



 彼女の言葉に、ボクはビクリと身体が大きく跳ねた。

 そしてゆっくりと、軋むような動きで背後のサクラさんを振り返る。


 彼女は少し悩ましいような表情で、ボクの方を見ている。

 いったい何が小さいというのだろうか。いや、ナニが小さいというのであれば、保養地の温泉で似たような言葉を頂戴したか。



「えっと、なにがですか?」


「ん? ああ、それよ。魔物の素材」



 サクラさんはボクが腰に吊るした袋を指さす。

 そこからは、今しがた採取したばかりである魔物の売却可能な部位が、チラリと頭を覗かせている。


 考えてみれば、この場で脈絡も無くそんな話をする訳がないではないか。

 あれから何日も経つというのに、未だ過敏に反応してしまっている。

 あの一件は想像以上にボクの精神に激しい衝撃を与えていたようだ。



「い、言われてみればそうですね。よく見たら魔物の体躯も小振りですし」



 言われるまで気にも留めてはいなかったが、確かに彼女の言う通り。

 得られた素材や魔物の体は、これまで見てきた物よりも若干小さいようだ。

 それを訝しんで見るボクへと、サクラさんは「それに……」と言いながら周囲を見渡す。



「魔物の数も減ってるような気がするのよね」


「数が、ですか?」


「いつもならザッと見渡せば、もう少しは見かけるはずなのに」



 釣られて周囲を見るボクの目には、草原の遥か遠くにポツリポツリと、片手で数えられる程度魔物の姿が見えた。

 そういえば今まではもっと多かったはず。探さずとも歩けば幾度となく遭遇していたのだ。

 時期に寄る数の増減こそあるだろうが、それにしても少ない。



「もしかして乱獲された?」



 首を捻り疑問を口にするサクラさんではあるが、それもあながち間違いでもないと思えてきた。

 この町に滞在する勇者がボクらだけである時は、そこまで気にするほどの現象量ではなかった。

 なにせ狩るのと同時に、魔物も繁殖していたのだから。


 それが今では総勢3名の勇者がこの地に居り、その少し前には更に数人が居た。

 おまけに時期が秋へと移りつつあるというのもあって、魔物がその数を減らしているとしてもなんら不思議はない。

 今仕留めたのも発生して間もなく、大きく成長する前の個体だったのかもしれない。



「これはちょっと由々しき事態ですよ」


「やっぱりマズイかしら?」


「マズイですね。収入の面でもですが、それ以外にも」



 ボクたちが得る収入の減少も、当然大きな問題ではある。

 まず魔物が減るとなれば、魔物を狩る勇者同士で取り合いとなりかねないため、そこでの揉め事が無いとは言い切れない。

 なんといっても現金収入に直結する話なのだから。

 しかしそれと同時に、これは町に暮らす多くの人にとっても、困る事態となりかねなかった。



「魔物が減ってしまうと、素材の供給も滞りますから……」


「鍛冶師や宝飾職人には堪ったものじゃないわね。あとはクラウディアもかしら」



 魔物から採取される素材は、多くの人にとって必要とされる物。

 サクラさんが言った以外にも、薬品の材料とする薬師や医者にも影響するはずだ。

 遠方から仕入れるにしても、輸送費を始めとしてかなりの負担を抱えてしまう。



「以前であればそれでも回っていました。そもそも魔物を狩る勇者が居なかったんですから」


「つまり私たちが来たことで、魔物の素材を扱う商売が成り立ちだしたってことね。……逆に言えば、魔物が居なくなれば今度は食うに困ると」



 サクラさんが安定して魔物を狩ることで、その素材を使い様々な品が作られるようになってきた。

 それはちょっとした宝飾品や、日用品の類に至るまで多岐に渡る。

 魔物を狩り多少減らしたことで、物流が安定しそういった品を他の町に売るようになったのだ。


 人々の生活を脅かす魔物ではあるが、同時に生活へそれなりの恩恵ももたらしている。

 多すぎても困るが、少なすぎてもまた困る。

 出現を始めた大昔ならばいざ知らず、現代において魔物の存在は良くも悪くも、人々の生活に根差すものだった。

 一応、勇者召喚にはその魔物を滅ぼすという建前が存在するのだけれど。



「他の人たちと話し合った方が良さそうですね。ある程度狩る数を調整していかないと」


「なんて言うか、魔物を狩ってるってよりも、放牧してるような気がしてきた……」



 言いえて妙ではあるが、あながち間違っている認識だとは思えない。

 放っておけば自然発生する魔物ではあるが、全滅に近い状態に持って行ってはならないのだ。


 適度に狩って程よく残す。

 必要とされる素材を集めながらも、過剰供給で値崩れせぬよう調整する。

 勇者があまりにも多すぎる王都などは、この辺りが上手くいっていないと聞く。


 素材を買い取った協会の側で流通量を調整しているのだと、クレメンテさんが以前ぼやいていたのを思い出す。

 なるほど確かに。ある意味ボクらがしているのは農業や漁業、あるいは林業などの産業に近いのではないかと思えてくる。


 面倒事が目の前をチラつき、ボクとサクラさんは小さく肩を落とし、無意識の内にため息をつくのであった。



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