サムライと呼ばれし人 03
"焼けるような"とすら言われていた頃と異なり、ここ数日の日差しは幾分か柔らかい。
ほんの少しずつだけど、迫る秋の気配に酷暑も押しやられつつあるようだ。
とはいえまだ動かずとも汗ばむ陽気であるのには変わりなく、空を見上げれば照り付ける太陽が容赦なく瞼を貫く。
「クルス君、その辺に釘の入った箱が有るはずだから、取ってくれない」
「これですね。上手くできそうですか?」
ボクの問いかけに、サクラさんは「うーん……」と悩ましげな呻り声で返す。
家の裏手にある少し広めで殺風景な庭。
そこでボクらの前へ積み上がるのは、昨日材木商から買い付けた、数十以上にも及ぶ分厚い木の板。
ボクから釘を受け取った彼女は、その大量に置かれた板と複数枚の設計図を前に、金槌を振るい続けていた。
「ボクは思うんですよ。最初から専門の職人さんに任せるべきじゃないかなって」
「今さら言われても遅いわよ。それに日本式のなんてこっちの人にわかるわけないでしょ」
材木と釘に、山と積まれた粘土質の土。
そして視界の端に置かれた、巨大な寸胴鍋に近い形をした金属の塊。
それらを相手に、サクラさんは朝からずっと悪戦苦闘を繰り広げている。
生垣に囲まれ人目には付かないこの庭で、彼女がいったい何をしようとしているのか。
もしもこの光景を見てそう尋ねる人が居たら、ボクは呆れながらもこう答えるはずだ。
「無謀にも、自分一人でお風呂を作ろうとしているんですよ」と。
「何でしたっけ、ゴェムーンブローでしたか? それは大工仕事の経験も無い一般人が、簡単に作れるような代物なんです?」
「五右衛門風呂ね。そんなの私だって知らないわよ、完全に見よう見まねなんだから」
「よくそれで実行に移そうと……」
五月蠅いという言葉と共に、数本の釘がボクへと飛来した。
ある程度それは予測していたので、慌てることなくヒョイと避ける。
そして若干得意気な顔を浮かべてみると、サクラさんはそれが気に入らなかったようで、少しだけ憮然とし、再び作業へと戻り没頭し始めた。
これ以上軽口を叩いて機嫌を損ねてもいけないので、ボクは少しだけ離れ巨大な金属鍋へと近づく。
これは町に居る鍛冶師に相談して手に入れた物だ。
祭りの時に振る舞われる料理を作るのに使われていた大鍋だったけど、今では使われず放置してあったのを譲り受け、多少の手を施してもらった。
サクラさんの話ではこれに水を張り、下から火を熾して温めそこに入るのだと。
「……食材?」
お風呂に入るというよりも、自分自身が食材となり煮込まれる光景が浮かぶ。
それこそまさに人ひとりが楽に入れそうな大きさのそれへと近づき、中を覗き込む。
するとその中にはいつの間に入り込んだのだろうか、小動物のように身を縮め、かくれんぼの真似事をしていたアルマの姿があった。
「どう、アルマ。結構広いでしょ?」
「うん、これなら3人いっしょに入れるね」
無邪気に答えるアルマの言葉に、心の内で小さく動揺する。
あの保養地で起こった出来事は、ボクの精神へ小さからぬ傷として残っていた。
サクラさんは全く、一切、何一つとして気にはしていないようだけど、あんな状態の"ボク自身"を見られ平然となどしていられない。
あんな恥ずかしい想いをするのはもう沢山だ。
アルマには悪いが、ボクとサクラさんは別々に風呂を利用するのに納得してもらわねば。
「さ、流石に3人は厳しいかな。大人2人でだって難しいと思うよ」
「そうかなぁ……?」
実際かなり大きな鍋……、もとい浴槽だ。
身を寄せれば、おそらく3人で入るのも可能だとは思う。
ただ家族同然の存在となっているとはいえ、親子でも夫婦でもない男女が気安く一緒に入浴するというのは、道義的にもどうかとは思う。
そういうのはもっと、関係が進展してからするべきなのだ。
「また温泉に行く時もあるかもしれないから、その時にね」
なんとか納得してもらえたのだろうか、アルマは不承不承ながらも頷く。
その様子に胸を撫で下ろしたボクは、振り返り再びサクラさんの姿を眺めた。
彼女はこの強い陽光の下、手書きの設計図と木板を相手に戦いを繰り広げている。
今は風呂を取り囲む小屋の作成に取り掛かっているようだが、その様子は魔物を相手に弓を引く時以上に、真剣であるようにも見える。
「サクラさん、もう少し気温が落ち着いてきたら狩りを再開しましょうか」
「ああ……、それもそうね。あんまりサボってると腕も鈍るし」
そんなサクラさんへと再度近寄り、背後からノンビリと声をかける。
考えてもみればボクらは王都とを往復する間を含め、これといって魔物を狩ってはいなかった。
生活と言う面に関しては受け取った報酬があるため問題はなく、このまま一年くらいノンビリとしていても困窮するという不安はない。
それにカルテリオには現在、他に2組の勇者も滞在しており、魔物の被害という面でも然程心配は要らないようだ。
とはいえいつ大きな怪我をして、動けぬようになるとも知れぬ稼業。
気力体力共に有り余っている今のうちに、相応の成果を残しておくというのは必要な行為。
つまりどんどん魔物を狩って、お金を貯めておこうという話だ。
「ですので今のうちに、装備品の手入れをしておこうと思うんです。サクラさんのも一緒に武具店へ預けておきますか?」
「ならお願いしようかな。ついでに矢の注文も多めにしておいて」
「了解です。早速行ってきますね」
そう告げるとボクはいったん家の中へ戻り、風通しの良い廊下で陰干ししていた防具や弓を回収した。
それを一纏めにして大きな背嚢へ放り込み、背負って町の中心近くに立つ武具店へと向かう。
馬車でもあれば楽だけど、旅の時に使っていたのは借り物。
それにそこまで広くもない町だ、買い物用に持つには贅沢が過ぎる。
装備品の手入れを依頼しに向かった武具店は、ボクらがこの町に来て以降ずっと世話になっている店。
最初の頃は、漁師が副業として片手間にやっているような店であり、こちらの欲求を満足させるに足るだけの店ではなかった。
とはいえそれでもこの町に存在する唯一の武具店であり、なんとかそこで手に入る装備でやりくりするしかなかったのだけれど。
「いらっしゃいクルスさん。今日は何かご要り様ですか?」
出迎えてくれたのは、今現在この店の主人となっている鍛冶師のフェルナンドだ。
元々は王都に在る大きな店で修業していたけれど、ボクとサクラさんが町長に武具店の充実を掛け合い、人を探していた時の募集に飛びついたのが彼だった。
今では元の持ち主である漁師から店を買い取り、立派に独立を果たしている。
現在もサクラさんが格闘しているであろう、風呂へと変わる巨大な鍋に手を加えてくれたのも彼だ。
「装備を一式、手入れをお願いしたいんです。それと矢の補充も」
「了解です。鏃の指定はありますか? 使う金属の種類とか」
笑顔を向けてくるフェルナンドへと、普段通りの注文をする。
一応、万が一に備え高強度の魔物対策として、先端に重い金属を仕込んだ物も幾らか頼んでおく。
「今は少々立て込んでいまして、矢の方は全て揃えるのに、5日ほど待っていただけますか?」
多少申し訳なさそうに告げるフェルナンド。
矢の作成時間や費用などは、1本当たりで考えれば大したことはないと聞く。
しかしどうしても使う度に消費していく類の代物なので、ある程度まとまった数が必要となる。
当然急に数を用意しようと考えても難しい。
「構いませんよ。それにしても、なかなかに繁盛しているみたいですね」
「おかげさまで。ですが製造と販売を俺だけで回しているので、なかなか手が足りていません。これ以上勇者さんが増えたら、人を増やさなくてはなりませんね」
そう言うフェルナンドではあるが、その顔は充実していると言わんばかりだ。
念願の独立を果たし、それなりに顧客も居る。不満などないのだろう。
細々とした防具の一部に関しては、今すぐに手入れを済ませれるという話なので、ボクは世間話に興じながら待つことにした。
主に互いの近況についてだけど、彼は客あしらいが上手なのか、どんどん話を引き出してくる。
当然喋ってはならない内容や、個人的に秘密にしておきたい部分については誤魔化したけれど。
しばしそうして、終わった頃にギィと店の扉が開かれる音が。
他にお客が来たようだと思い視線を向けると、入口に立っていたのは2人の男女。
逆光の中で目を凝らしてみると、そこに居たのは数日前に顔を会わせたばかりのオリバーと、彼の召喚士である女性だった。
今後付き合いの長くなる可能性もある相手だ、好意的な笑みを浮かべて挨拶を交わす。
「君も装備を買いにキタのカイ?」
「今日は装備品の整備をお願いしに。しばらく使う機会がなかったので」
二言三言と雑談を交わした後、オリバーはフェルナンドに向き直り、何事かの相談を始めた。
そこに割って入るというのも気が引け、ボクは店内をつまらなそうに物色する彼の相棒となる人物へ。
前に自己紹介をした時に、オリバーからカミラと紹介された女性との会話を試みた。
「そういえば、彼はどんな武器を使うんですか?」
ボクの投げかけた質問に、カミラさんは一瞬だけ動きを止めると、背後に立つボクへと振り返る。
その目はなんというか、少々面倒臭そうな感情を纏っているようにも見える。
あまり人とのやり取りを好まないのだろうか。
「……大剣。あまり好みじゃないみたいだけど」
「大剣ですか。そういえば王都の方で活動している人は、大きな武器を扱う人が多いですよね。もしかしてカミラさんたちも王都から?」
「そう。……でもオリバーが他の土地にも行きたいって」
カミラさんの喋る雰囲気は、面倒そうというよりはひたすらに眠そうだ。
かといってボクの相手をするのをイヤがっているという風でもない。
彼女といくらかの会話をしていると、あまり口数多くなく、単に人見知りしがちな人であると思えた。
そうこうしているとフェルナンドを相手に相談を続けていたオリバーさんが、肩を落とす様子が見えた。
落胆の色を露わにするその様子は、少し薄暗い店内にあっても明らかだ。
「難しいかナ……?」
「試してはみますが、お望み通りな品になるかは保証できかねます。俺が修業した工房でも似た注文を受けた例がありますが、あまり芳しい出来じゃなかったですし」
話す内容から推測すれば、彼が何がしかの装備を注文したのだと知れる。
武器か、防具か。ただこの感じだと、フェルナンドが過去に手を出すも、上手くいかなかった品を欲しているようだ。
「しょうがナイか。でも一応お願いスルよ、しばらくしたらまた来るからサ」
これ以上ここで話しても、色よい言葉が聞けはしないと考えたらしい。
オリバーさんはボクへと会釈すると、カミラさんを引き連れて店をあとにした。
フェルナンドを見ると、今さっきの注文に対して悩むところがあるのか、顎に手をやり首を捻っている。
よほど難しい品を注文されたようで、これ以上長居して彼の邪魔をしても悪い。
一部装備の手入れも終わっているため、それだけ受け取ってお暇することとした。
「それじゃあボクもこれで失礼しますね。お代は矢を受け取る時がいいですか?」
「はい、お願いします。毎度ありがとうございました」
丁寧な礼をするフェルナンドに見送られ、ボクもまた店から出る。
外に出ると、いつの間にか朱く染まりつつある夕日に照らされた。
少しは涼しくなってきたとはいえ、差す西日からはまだまだ強い熱を感じられる。
そんな中で、さきほどされていたやり取りを思い出す。
ボクももう少しくらいは、装備に関して強い要望をしても、罰は当たらないのだろうかなどと考える。
それにフェルナンドの腕は悪くないとも聞く。
気温が落ち着いて狩りを再開したら、もうちょっと質を高めた装備を新調するのも悪くはないのかもしれない。