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サムライと呼ばれし人 02


 久方ぶりに訪れた、クラウディアさんが営む宿の前に在る酒場。

 そこは以前と変わらぬ喧騒に包まれ、大勢の漁師たちが一日の英気を養っていた。


 一旦家に戻ったボクは、片づけの続きと洗濯を終えるなり、サクラさんとアルマを連れ、そこへと夕食を摂るべくやって来た。

 ボクらの姿を見た酒場の主人は、忙しそうにテーブルの間を駆け回りながらも、ニカリとその白い歯を向ける。

 今は忙しく相手をしている暇はないようだけれど、彼もまたこちらの帰りを喜んでくれているようだ。



「久しぶりに魚にありつけるわ」



 隅の席へと腰を降ろすなり、サクラさんは感慨深げに呟く。

 彼女は王都から帰る道中、ずっと食べられなかった魚への欲求を度々口にしていた。

 そもそもが最初にこの港町カルテリオへ行くと決めたのも、魚介が食べたいという欲求からだったのを思い出す。


 王都でも手に入らないことはないのだけれど、内陸地で手に入る魚といえば、川で獲れたものか塩漬けにされた物ばかりとなる。

 それも味の微妙な物ばかりな上に、やたらと値が張った。



「内陸だとどうしても、魚介は高くつきますからね。おまけに塩漬けか痛みかけた川魚ばかりで、質があまり良くありませんし」


「温泉宿でも食べられなかったし、今日は思う存分食べるわよ。そうだ、いっそ生魚に手を出してみようかしら。確かここには置いていたはずだし」


「本気ですか? ……ボクは遠慮しておきます」



 魚を好み、その質についてこだわるサクラさんからすれば、それは耐え難いことだったようだ。

 鼻先をくすぐる魚の焼ける匂いに、ウットリと恍惚の表情を浮かべる。

 カルテリオに拠点を構えた最大の利点は、魚好きである彼女の機嫌が、食事時は非常に良いということだろうか。



 給仕のお姉さんに適当な料理と酒を注文してから、それを待つ間にそれとなく周囲を見渡す。

 クラウディアさんの話だと、他の勇者と召喚士もまた、普段ここで食事を摂っているのだという。

 それなりに人が多いとはいえ、そこまで広くはない店内だ。すぐに見つかるだろうと思ったのだけれど……。



「見当たりませんね」


「ん? ああ、例の変わり者だっていう勇者」



 ボクの呟きに、一足先に来た果実酒を呑りながら、思い出すかのように返すサクラさん。

 もしやとは思うが、食事と共にここへ来た理由をすっかり忘れていたのだろうか。



「居れば一目で判るはずなんですけどね。髪の色で」


「もし髪が無かったらどうすんの」


「……その時は、逆にそういう人を探します」



 まだ数口しか飲んでいないにも関わらず、軽い冗談を飛ばしてくるサクラさんに合わせて返す。

 ただ気にしてる人も居るんだから、あまり大きな声で言わないでくれると助かる。



「まだ来てないんですかね? 他の人にちょっと聞いてみましょうか」



 このままそれらしい人物が現れるのを待つというのも面倒。

 手っ取り早く誰かに聞いて、挨拶しておいた方がお互いに気が楽というものだろう。

 ボクはそう言って立ち上がると、近くのテーブルを囲んでいる、顔見知りな漁師のおじさんに聞いてみることにした。



「勇者として変わり者かどうかは知らんが、そりゃ多分オリバーのことだろうな」


「オリバーさん……、ですか?」



 おじさんの発した名前に、ボクは小首を傾げ問い返す。

 男性のものだとは思うけれど、少々珍しい名前だ。


 決して名前そのものが珍しいという程ではない。

 少ないとは思うけれども、似たような名を一度や二度ほど聞いたことがある。

 とはいえそれはこちらの住人の話。あちらの世界から来た勇者にしては、名前の持つ雰囲気といったものがどこか違う気がした。



「おうよ、毎日この時間には居るはずだが……。ああ、居た居た!」



 漁師のおじさんが指さす方向。そちらへと視線を向けるも、それらしい人物は見当たらない。

 件の人物を見つけられずにいるボクを見かねてか、おじさんは立ち上がりボクの手を引き、オリバーと呼ばれた人物の居るテーブルへと連れて行ってくれた。



「えっと、貴方がオリバーさんですか?」



 手を引かれ案内されたテーブル。そこで食事をしていた人物は2人。

 一方は果実酒の入ったコップを口に当て、静かに飲んでいるシルバーブロンドの若い女性。

 もう一方は大皿に盛られた魚のローストを豪快に手で掴み、齧り付いている男性だ。

 名前からして、今まさに大口を開けて魚を食べている方がそうなのだろうけれど……。



「そうダヨ。オレがオリバーだけど、何か用かイ?」



 魚を置きどことなく変わった発音で、ボクの問いに答える彼。

 だがその容姿はどちらかと言えばボクらに近く、勇者たちが持つ特徴を持ち合わせてはいなかった。


 まさかとは思うけど、クラウディアさんを始めとして協会の人間が、一杯喰わされたのだろうかと考える。

 ボクの知る限り、勇者と呼ばれる人たちの髪は総じて黒。もしくは黒に近い茶だ。

 召喚当初のみは色が異なっても、日が経つうち徐々に黒寄りの色へ変わっていくのだと聞いたことがある。

 そうでないのは歳を経て白髪になった人くらいなのだと。


 しかし今ボクの目の前に座る人物の髪と瞳は、ボクとよく似た鳶色。

 ボク自身も含めて、この国では極々ありふれた髪色であると言っていい。

 それに彼の顔立ちもどことなくこちら寄りで、これまで会ってきた勇者たちとは異なるように思えた。


 何らかの理由によって勇者を名乗り、その立場を利用しようとする者は稀に存在する。

 ボクは一瞬、オリバーと名乗る彼もその類ではないかと考えたのだ。



「は、始めまして。実はボクらもこの町を拠点にしていまして、それでご挨拶を……」


「なるほド! YOUもお仲間だったんでスネ。それで、勇者の人はどこに居るんデスカ?」



 妙な喋り方をする人だ。

 今のところ彼が本当に勇者であるのか、それはボクの持つ知識だけではなんとも言えない。

 ただクラウディアさんが変わっていると言い、会ってみればいいと告げた理由がようやく理解できた。

 彼女はボクらに、彼が本物の勇者であるかどうかを見極めてもらいたかったのだ。



「あ、今呼んできますね」



 サクラさんの姿を探すオリバー。

 その彼に少しだけ待ってもらうように頼み、テーブルで運ばれてきた料理に舌鼓をうつサクラさんを呼びに行く。

 召喚士でありながら情けないけれど、ボクにはどうにも判断が付かない。

 ただあちらの世界の住人であるかどうかは、本物の勇者であればわかるはずだ。



「サクラさん、例の人居ましたよ」


「そう。印象はどうだった?」


「……確かに変わった人だとは思います。でもボクには何とも言えないので、直接会ってみてもらえませんか?」



 ボクが確信の持てない説明をして、下手な先入観を持たれてもいけない。

 やはり直接会って、当人の目で見定めてもらいたいと考えた。


 だが連れて行こうとするボクの行動を、サクラさんは手で制する。

 いったいどうしたのだろうと考えると、彼女はスッとボクの背後を指さした。



「で、後ろの彼が例の人?」


「へ?」



 その指さす先を視線で追い振り返ると、そこに立っていたのはニコニコと満面の笑みを浮かべるオリバーさんだった。

 サクラさんを呼んでくるのを待ちきれず、自ら挨拶にやって来たようだ。

 彼はボクをすり抜けてサクラさんの前へと行くと、右手を差し出し握手を求めた。



「はじめましてオジョーさん。ワタシはオリバー・デイヴィス言います。よろしくネ」


「え、ええ……。よろしく」



 サクラさんもまた、想像していた相手と大きく異なる様に戸惑いを隠せない。

 まだこれだけでは、彼が本当に勇者であるかは定かでない。

 ただサクラさんの様子からすると、向こうの人にとっても困惑するような相手ではあるようだった。



「えっと、オリバーさん」


「ハイなんでショ、Missサクラ」


「貴方、出身はどちらかしら?」



 その正体を確かめようとしたのか、サクラさんはオリバーへと出身地を尋ねる。

 ボクがそれを聞いても判断はつかないけど、向こうの世界の住人であれば、それは大きな判断基準となるはず。

 するとサクラさんの質問に対し、オリバーはこれといって逡巡することもなく揚々と答えた。



「United Statesのルイジアナ出身デス。ニューオーリンズの近くネ」


「ああ、アメリカの方でしたか。って、向こうの方でも召喚されたりするんですね」


「いえいえ、ココに来る前は日本の千葉に住んでまシタヨ。留学デス」



 オリバーの返答に、サクラさんは得心がいったようだ。

 即座に不可解そうであった表情を緩め、安堵の色を濃くさせていく。


 彼が説明した地名は、サクラさんの知識に照らし合わせても不可解なものではないらしい。

 それと同時にオリバーの容姿やその喋り方にも、ある程度の納得を示したように見える。


 そこからサクラさんらは、幾ばくかのやり取りを続ける。

 少しして一区切りついたところで、オリバーさんが席へと戻ったところで、ボクはソッとサクラさんに耳打ちした。



「つまり彼は勇者で間違いないんですか?」


「間違いなくね。それとなく向こうでの話題を振ってみたけど、内容にも破綻がなかったし、本物と判断していいと思う」


「それならいいんですが……。ああいった見た目の人も居るんですね」


「あの感じだし、クルス君が疑ってた気持ちもわかるかな。でも召喚されるのは、日本人に限った話じゃないみたいね」



 ボクは基本的に"ニホン"と呼ばれる土地が、向こうの世界そのものに近い感覚を覚えていた。

 しかし以前にも説明を受けた事はあったけど、それはあくまでもあちらの世界に在る一国。

 当然他にも国は多数あり、肌や髪色の異なる人が大勢いるというのは、考えてみれば至極当然のことだ。

 ボクやクラウディアさんは、あまりにも勇者と接する機会が多いが故に、黒髪黒目という勇者像に囚われ過ぎていたらしい。



「でも彼も日本に住んでたって話だし、召喚される基準は地理的な要因が強いのかしら?」


「召喚した当事者のボクが言うのもあれですが、そこは何とも……」



 正直言えば、その辺りに関する仕組みについては、ボクだって説明して欲しいくらいだ。

 そもそも異世界から人を呼び出すという、超常的な現象を起こす召喚術という手段についても、それがいったいどういう理屈なのやら。

 今現在召喚士たちが勇者たちを呼び出す時に行う儀式も、伝承に残された手段を改良した人物が残した方法を、忠実になぞって行っているに過ぎない。


 考えてもみれば、よくわかってもいない理解不能な術を使うというのは恐ろしいことなのだろう。

 一応そういったものを研究している人は存在するのだけれど。



「原理やら日本からしか召喚されない理由も、そのうち解明されたりするのかしら」


「かもしれませんね。いつになるかはわかりませんが」



 果実酒をグビリと飲みながら、サクラさんはどこか呆としながら呟く。

 長旅の疲労でウトウトし始めた彼女へと、ボクは気の無い答えを返すのだった。


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