サムライと呼ばれし人 01
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拝啓 お師匠様
現在ボクとサクラさんは、王都からカルテリオへの帰路についており、今回はその道中に筆を執りました。
詳しく報告はできませんが、今回受けた依頼はボクにとって、自己の存在すら揺るがしかねない、非常に困難なもの。
ですがそれも無事に終え、相応の報酬も得られたことで、勇者と召喚士として順調に歩めているのだと思わされます。
ただあまりに長く町を離れていたため、帰った時に好意的に迎え入れてもらえるかが目下の悩み。
今では他の勇者も町に居るため、その彼らに信頼を奪われているのではと、少しばかり不安感に襲われています。
もっともサクラさんは、そんなボクを毎度笑い飛ばしているのですが。
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「なんだか随分と久しぶりに戻ってきた気がします」
「実際久しぶりでしょ。もう1ヶ月近く留守にしてたんだから」
港町カルテリオの我が家へと入り、馬車から下ろした荷物を玄関に置く。
夏の盛りにこの町を出発し、王都へ行き潜入任務。
それを終え温泉のある保養地で英気を養い、ようやく帰り着いた時には、その暑さも幾分か和らいでいるように感じられた。
サクラさんの言うように、それだけの日数が経てば季節も移ろうというもの。
王都よりも暑さが厳しいこの地にあっても、時折吹き抜ける風からは、小さく秋の足音が聞こえてくるかのようだった。
当然のことながら、ゲンゾーさんとクレメンテさんは保養地から王都を経由して帰る道中で別れた。
元々彼らの拠点は王都であり、そこで勇者や召喚士を監督するという本来の役目もある。
どの道これ以上の同行は難しく、彼らの長い休暇は終わりとなったようだ。
「うわ、結構汚れちゃってますね。蜘蛛の巣がいくつも」
リビングへと踏み込むなり、部屋の隅に張られたいくつかの巣に辟易する。
この屋敷がボクらの所有となるまでは、役場の人間が定期的に掃除をしていたと聞く。
しかしこちらの手に渡った以上それは期待できず、当然住人の留守とする家は汚れていくばかりだ。
「蜘蛛は益虫だなんて言うけど、流石にこれはキツイわね。……面倒だけどやるしかないか」
基本的に家事の類は面倒臭がるサクラさんでも、この状況でゆっくりとくつろげる程に図太い神経ではないらしい。
早速彼女は裏手の納屋へ行き、そこから箒を持ってきた。
その掃除道具を手に床を掃いていると、ふと思い出す。
考えてみれば、この家をもらってからそれほど経たない内に、王都へと移動してしまっている。
町長からはこの家を貰う時に、行動の自由についてとやかく言うつもりはないと言われた。
しかしいくら上からの依頼とは言え、これだけの期間町を留守にしてしまっていたのだ。戻った報告くらいはしておくべきか。
「すみませんサクラさん。これから町長に報告をしてきますので、片づけと荷解きの続きをお願いしてもいいですか?」
「了解。あ、ついでにクラウディアのトコにも顔出してきてよ。留守にしてた間の状況を教えてもらえるよう頼んでおいたから」
「わかりました。アルマは、……寝ちゃってますね」
何だかんだで、ここまでの長旅によって疲れてしまったようだ。
町の正門を通った時点ではまだ元気だったアルマは、家に入るなりリビングのソファーへ転がりすっかり夢の中。
連れ歩くために起こすというのも可哀想だし、このまま寝かしておいてあげるとしよう。
「それじゃ行ってきますね」
「はいはい。戻ったら食事に行きましょ」
ボクもそれなりに長旅で疲れているので、流石に今から食材を買ってきて作るだけの気力は無い。
今日は外で食事を済ませることになりそうだ。
サクラさんに何が食べたいか考えておいてもらうよう告げ、ボクは町長が居るであろう町の役場へと向かった。
役場に向かう道中、喉の渇きを覚えたため、道中に通った市場で適当な果物を購入する。
手にしたそれは、このあたりではあまり採れない品。おそらく他所の地域から運ばれてきた物だ。
他の店の軒先へと目をやると、ボクらが町を出た時とは、並ぶ商品の内容が変わってきているのに気付く。
季節が移りゆくのに加え、この町へ新たに滞在する勇者たちにより魔物が狩られ、流通が良くなってきたのかもしれない。
真っ直ぐに役所へと向かい、そこで町長と顔を会わせる。
会って早々に頭を下げたボクに対し、町長はこれといって気分を害した様子もなく、帰還を喜んでくれた。
そこから頼まれた通り、クラウディアさんの経営する宿へと向かう。
協会の支部も兼ねたそこへ辿り着き扉を開けると、カランカランというドアチャイムの音が鳴る。
前回来た時には無かったはずなので、ボクらが町を発ってから取り付けたのだろう。
中に入ると、これはいつもの光景か。
暇そうにカウンターテーブルに突っ伏し、昼寝をするクラウディアさんの姿。
他に人の姿はないので、この町に滞在している他の勇者たちは魔物を狩りにでも行っているのかもしれない。
「クラウディアさん、起きて下さい。戻りましたよ」
眠る彼女へと触れ、軽く揺り起こす。
クラウディアさんは顔を起こすなり、しばし寝起きで呆としていたが、少しして頭が冴えてくると、ボクに対しおかえりと言ってくれた。
「思った以上に時間がかかったじゃない」
「すみません、長く留守にしてしまって」
クラウディアさんもまた、それ程長期の留守を気にした様子はない。
やはりボクらが留守にしている間も、町の周辺は安定しているようだ。
「町長も大丈夫だって言ってましたし、てっきりお役御免かと思っちゃいましたよ」
「そんなことないって。今は町に2組滞在しているけれど、両方ともサクラほど大暴れはしていないもの。町の人たちからすれば、勇者と言えばサクラのことよ」
そう言って、クラウディアさんは愉快そうに笑う。
喜んでいいのかどうか、なんとも困る言葉だけれど、ふと滞在しているという勇者について気付く。
町を出る前には、もう少し勇者は多かったはず。
ということはボクらが留守にしている間、勇者は少しばかり数を減らしたということになる。
当然のことながら、この港町カルテリオは決して都会とは言えず利便性も良くはない。
この町に来た人の全てが居付いてくれるなどとは、ボクを始めとして町の人たちも思ってはいないので、これも仕方がないか。
気を取り直しサクラさんに頼まれた、留守にしている間の出来事についてを聞く。
するとクラウディアさんは少しだけ首を捻って、「これといって何も」と返してきた。
「しいて言えば、勇者の出入りがあったくらいかな。何組かは出て行ったし、新しく入ってきた人も居る。今の人たちはそれなりに長く居てくれそうだけれど」
「やっぱり定住してもらうのは難しいですかね?」
「妥協できない部分ってのはあるからさ。虫の魔物がダメだって人も居たし、武具屋の品揃えが不満って人も」
サクラさんなどはある程度妥協しているけれど、やはりよその町……、特に王都などの都会で暮らしてきた人にとって、ここは若干問題が多いのかもしれない。
虫が嫌いという点に関しては、半ば責められないように思える。
この町の周囲に発生する魔物の多くは昆虫型だ。人によっては生理的な嫌悪感が強く、そこが耐え難いのであれば、この町で勇者として活動していくのは厳しい。
装備品への不満に関しても、これまた理解できる。
これまで活動してきた場所が、そういった品の入手に困らない場所であったならば特に。
町長の肝いりによって、この町の武具品入手事情も以前に比べればだいぶ改善はしている。
とはいえこれ以上となると、まだ現状では難しいようだった。
「そうそう、新しく入ってきた人で思い出した。実は最近来た勇者が、ちょっと変わった人なのよね」
「変わった人……、ですか」
唐突に思い出したかのように言うクラウディアさんの言葉に、どことなく得体の知れぬ感覚を覚える。
"面白い人"や"怪しい人"であれば、それなりに予想が付く。
しかし変わった人と形容したということは、彼女もその人物について測りかねているようだった。
「別に悪人だとか、雰囲気が怖いとかそういうのじゃないのよ。ただ……」
「ただ?」
「ちょっとあたしの想像する勇者とは違うのよねー」
クラウディアさんの想像する勇者像とは、どういったものであるのだろう。
強く、ボクらとは異なる知識を持ち、どこか変わり者が多い。そんなところだろうか?
そう考えれば、クラウディアさんの言う変わっているという表現は、ほぼ全員に該当するようにも思える。
「会ってみればわかるって。その人は今のところうちに泊まってるし、夜に正面の酒場へ顔を出せば会えると思うわよ」
会うのを止めようとする気がない様子から、これといって問題を抱えた人物という訳ではなさそうだ。
むしろボクたちに面通して、人となりを見極めてもらいたいという思惑もあるのかも。
どちらにせよ狭い町で活動する数少ない同業者。いずれは直接会って、挨拶くらいしておかなければ。
「そうですね、では早速今夜にでも」
「サクラとは土産話を肴に呑む約束をしているし、食後にでもいらっしゃいな」
彼女は穏やかな笑みを浮かべると、鼻息交じりで棚に納められた酒の数々へと視線をやる。
そのクラウディアさんへ了解を告げると、家で片づけの続きをすると断りを入れ宿を出る。
帰ったら荷解きの続きや、洗濯に取り掛からなければならない。
サクラさんは洗濯が少々不器用で、そこはボクが受け持つというのが我が家でのお約束。
これから家に帰ったら、馬車の荷台へ転がる3人分の洗濯物と対峙するのだ。
「あの量を片付けなきゃいけないのか……」
疲れからか気怠い感覚を覚えてしまい、どこかで時間を潰して洗濯は明日に回してしまいたい欲求が滲み出る。
とはいえ王都とは違い、寄り道をして遊ぶ場所などここには無い。
ただどちらにせよそんな事をしていれば、目敏く察したサクラさんに嫌味を言われてしまうのは目に見えている。
ボクはグッと伸びをして、気の抜けた身体に鞭打ち気合を入れ、食事までの短い時間で洗濯物を片付けるべく家へ戻る道を歩くのであった。