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ギャップ 05


「おいおい、いつからここは女子供が出入りする場所になったんだ。おままごとなら余所でやんな!」



 そう言ってこちらを指さす、小太りの異世界人らしき青年は、そのまま動きを止めている。

 "女子供"の内、女が誰を指すのかはわかる。間違いなくサクラさんのことだ。

 となると彼の指が示す先に居る、ボクが子供に該当するのだろう。

 だが正直子供とは聞き捨てならない。見たところ彼はどうも、ボクとさほど変わらぬ歳に見えるというのに。


 ともあれそんな女子供であるボクとサクラさん、それとカウンターに居るおじさんは、彼が次に何を言うのかと待ち構える。

 だがそこから先の言葉を発する様子はなく、おじさんは溜息一つついて自らの仕事へと戻っていった。



「えっと、次なんだっけ?」


「し、知りませんよぉ!」



 指をさしたままである勇者の青年は、いつの間にか横に立っていた小柄な女の子へ困ったように問いかける。

 その女の子は彼の問いかけに対し、身を縮め怯えているかのように抗議の声を漏らした。

 ただそんな姿にボクは小首を傾げる。あの女の子の方は、見覚えがあったためだ。



「ほらアレだって! 初めてギルドに来た時、先輩冒険者から受ける洗礼的なアレ!」


「だから知りませんよぉ……。ボウケンシャとかギルドとか何のことですかぁ」



 異世界人の彼が何を言わんとしているのか、正直ボクにもサッパリだ。

 ただ怯えた子犬のように言葉を発する女の子の様子から、彼女が誰であるのか確信を持つ。

 女の子と言ってはいるものの、一応ボクより年上の女性ではあるのだが。



「ソニア先輩、なにしてるんですか?」



 ボクがソニア先輩と呼んだ彼女は、2年ほど先に騎士団へ入った先輩召喚士だ。

 なのだがなかなか召喚実施の許可が下りず、つい先々月ようやく勇者の召喚を果たし旅に出たはずであったのだが。

 その彼女が、こんな所でいったい何をしているのだろうか。



「く、クルス君。ごめんねぇ迷惑かけちゃって」



 ボクの存在に気付いたソニア先輩は、一瞬安堵の表情を浮かべ駆け寄ってくるものの、目の前へ立つなりすぐさまそう縮こまる。

 弱々しい喋り方も含め、このあたりは全然変わってはいない。

 旅に出る前もこうやって、ボクのような後輩にも申し訳なさそうに話していた。

 そんな彼女が傍に居るということは、やはり隣の小太りな青年は彼女が召喚した勇者なのだろう。



「それはいいんですけど、先輩まだ他の町に移動してなかったんですね」


「ご、ごめんねぇ。私がノロいせいで……」


「いや、別に文句を言ってるわけでは」



 ぶっちゃけた質問をぶつけてみると、彼女は更に俯いて凹み始めてしまう。

 ソニア先輩にとって、これはあまり聞かれたくない内容のようだ。

 こうなると彼女はどこまでも落ち込んでいってしまい、真面に話も聞き出せなくなってしまうため、早く話題を逸らさなければ。



「えっと、彼はソニア先輩の勇者ですよね? さっきの発言は何か特別な意味があるんでしょうか?」


「ワタシもわかんないんだぁ。ずっとギルドとかボウケンシャとか言って、誰かを探してたみたいなんだけど」



 実のところ彼女にも、その意図するところは理解できていないらしい。

 ギルドというのは協会を目の当たりにした時、勇者たちが度々発するという、例の単語であるのは間違いない。

 だがボウケンシャとはいったい……。



「あの、少々よろしいでしょうか?」


「なにかね。簡潔に申したまえ」



 ソニア先輩に聞いてみても、彼の言動がいまいち理解できていないようなので、直接聞いてみた方が早そうだ。

 そこでボクが先輩の召喚した勇者らしき青年に近付き問うと、ふんぞり返って偉そうに質問の許可を下してきた。


 一応は先輩が召喚した勇者であるため、一定の敬意は払う必要があるのだけれど、ちょっとだけイラっとする。

 だがとりあえずは我慢と考え、小さく咳払いをして気を紛らわす。



「まず、確かに彼女は女性ですが、ボクが召喚したれっきとした勇者です」


「うむ、それはわかっている」


「勇者と知っていて言ったのですか? ではどうしてさきほどのようなことを……。ここは勇者と召喚士しか使う人が居ない施設ですよ?」


「それは……」



 彼はボクの問いかけに対し、口ごもる。

 あのようなある種威嚇行為とも言える発言をした以上、何がしかの理由が存在するはずだ。

 しかし彼はぼそぼそと聞き取り辛い言葉を呟くばかりで、どうにも要領が得ない。

 そこで辛抱強く耳を傾け、ボクは何度も聞き直す。



「……だって、こういう所に来たら先輩からちょっかいかけられるのがテンプレだし。でも誰もやってくれないから、なら俺がやってもいいかもって……」



 ようやく聞き取れた内容がこれだが、何のことだかサッパリだ。

 異世界の人は思考そのものがボクらとは違うのでは、などと考えサクラさんへ視線を向けるも、彼女の方はどこか呆れた様子であった。



「サクラさんわかります?」


「いいえ。私には全く理解できないわね」



 小声でサクラさんへ問うてみるも、彼女は顔にかけられた楕円の輪っかの位置を直しながら、ハッキリとした口調で否定を口にした。

 ただ彼女の頬が若干引きつり気味で、ソニア先輩の召喚した勇者がした発言の内、何割かは理解できているような空気を感じさせる。


 とはいえそれを突っ込んで聞くのも恐ろしく、ボクは再び勇者の青年へ視線を戻す。

 すると同郷の出である勇者が、意図を理解してくれぬのが衝撃的だったのだろうか。

 彼は一気にサクラさんへ詰め寄ると、両の腕を掴んで激しく揺さぶった。



「わからないの!? 異世界召喚なんだよ! ギルドに行ったら定番のイベントをこなさないとダメでしょ!?」



 いまだ名も知らぬ彼に掴まれ、サクラさんは眼前で大きな声で喚かれている。

 だがそんな状態が数秒ほど続いただろうか、彼は突如ビクリと身体を震わせ、大人しくソニア先輩の後ろへと下がっていった。


 原因はおそらくサクラさんが一瞬だけ見せた、酷く冷たい視線を浴びたせいだ。

 あんなのを食らったら、ボクも心折れそうになるかもしれない。

 サクラさんも外で本性を隠すのなら、もっと完璧に隠し通して欲しいところ。男心は繊細で壊れやすいんですから……。



「えっと、ボクらはこれから装備を整えに行くんですけど……。ソニア先輩、どこか良い店を知りませんか?」



 このなんとも微妙な空気感を変えるべく、顔を背け話題を振ってみる。

 ただこれはどちらにせよ知りたかった情報で、予算の限られた現状において目下切実な悩みであった。

 ソニア先輩は魔物の討伐に出てから2ヶ月が経つ。ならばそういった店の開拓もしていておかしくはない。



「そうだねぇ。大通りにある石材屋さんの角を入った先に、武具店があるよ。というよりも、この町にはそこだけしか無いんだけどねぇ」


「一軒だけですか……。何軒か回ってみたかったけれど、仕方ないですね」


「あんまり強力な武具は置いてないけど、いろんな種類のを置いてるし、手頃なのもあるからお奨めだよぉ」



 ノンビリとした口調のソニア先輩は、町で唯一という武具店を挙げる。

 他に店の選択肢が無いというのは頂けないけれど、彼女の言葉によれば、それなりに安価で種類があるというのは嬉しいところ。

 実際戦闘訓練の一つも経ていないサクラさんには、どういった戦い方が合っているかもわからないのだから。


 ソニア先輩は日頃からビクビクとした人ではあるが、やはり勇者を補佐する召喚士として一日の長がある。

 彼女には感謝しなければならない。



「すみません、助かります。とりあえずそこに行ってみますね」


「ちゃんとお店の人の助言は聞くんだよぉ。勇者のお姉さんも、見た目が好きだからって、自分に合わない武器とか選んじゃったらダメですからねー」



 珍しく忠告をしてくれる先輩の言葉には、ほんわかとしながらも若干の力がこもっている気がした。

 これは体験談なのだろうか。だとすれば先輩の勇者である彼が、店主の言う事を聞かず合わない武器を選んでしまったのかもしれない。

 見れば彼は背中へと、一本の短槍を差している。剣を持つよりは似合っているようには見えるけど。




 その後協会でソニア先輩と別れ、ボクらは真っ直ぐ目的の武具店へと向かった。

 本当はサクラさんの着る衣服なども必要なのだけれど、当人がまず武具を優先したいと言ったため、そちらを先に買うことにしたのだ。


 昼が近づき、人通りの多くなっていく大通りを歩く。

 太陽が高くなるにつれ、気温はどんどん上がっているようだ。この季節にしては強い陽射しに焼かれ、汗が噴き出てくる。

 さぞやサクラさんも暑いであろうと後ろを振り返るが、意外にもその顔は涼しげだ。

 そんな振り返ったボクを見て、丁度よいとばかりに彼女は質問を投げかけてくる。



「召喚士の人って全員、自分で召喚した勇者と一緒に、魔物を狩る旅について行くんだよね」


「そうですよ。全員がとは言いませんが、ほとんどがそうです」


「自分たちじゃ魔物と戦えないから、私みたいな日本人を呼び出したんでしょ。なんでついてくるの?」


「えっと……、ご迷惑ですか?」


「そうじゃなくて、単純に気になってさ」



 確かにボクらこの世界の住人は、勇者である異世界の人たちと比べればずっと弱い。

 単純な力や体力、敏捷さなどに雲泥の差があるし、だからこそ勇者を必要とし召喚という手段を選んだのだ。

 それを判ったうえで同行すると言うのだから、サクラさんの抱く疑問も当然に思えた。



「国にもよりますけど、ここシグレシア王国の召喚士は一応騎士団員ですから、多少は戦闘の心得があります。でも基本的に召喚士が担うのは、各地を旅する勇者の補佐という役割ですね」


「と言うと?」


「怪我をした場合の治療とか、買い物の交渉役などです。あとこちらの世情に疎い勇者へ情報を提供したり、定期的に騎士団や協会へ活動状況の報告もしないといけません」


「そっか、本当にサポート役なんだ。……それと見張りもかな?」



 そう言って目を細めるサクラさんの指摘は間違ってはいない。

 勇者としての活動や私生活を含め、諸々を補佐するため旅に同行するというのは本当だ。

 だがそれは表面上の理由で、勇者が他国に引き抜かれないよう監視するというのが、ボクら召喚士に与えられた最も重要な役割となる。


 基本的に勇者は、召喚を行った国に属している。

 所有権とも言えるそれがあるため、他国の勇者を引き抜く行為はタブーとされていた。

 というのも、勇者を多く抱えているというのは、強力な戦力を有しているのと同義。

 故に各国は召喚士を騎士団員や軍人とし、補佐という名目で他国に引き抜かれぬよう監視をしているのであった。



「それは、まぁ……」


「別にいいけどね。これといって困るわけじゃなし」



 ボクが口ごもる様子から察してくれたのだろう。肩を竦め視線を逸らすサクラさんの態度は、興味の無さからくるものとは少々違うように感じられた。

 正直これ以上聞かずにいてくれるのはありがたい。

 これは半ば公然の秘密と化しているため、別段隠匿しなければならないような内容ではない。

 ただ面と向かって貴女を監視していますだなどと、ボク自身の口から言いたくはなかった。


 任務などではなく、ただ純粋に勇者となった彼女の力となる為だけに旅へと出れたら、それはどれだけ素晴らしいものだろうか。

 そのように思いはするものの、そうするためには騎士団を抜けねばならない。

 そうすると今度は、先ほど登録した協会からの支援が得られなくなってしまう。

 よくできた仕組みだとは思いつつも、ボクはどこかそれがもどかしく思えてならなかった。



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